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〈冒険者編〉
193. 黄緑色の宝石
しおりを挟む大森林での採取生活は順調だ。
エドの鼻を頼りに移動しながら、シオの実を採取していく。枝振りの良い木はそのまま【無限収納EX】で確保した。
確保した果樹は他にもある。味見をして気に入った果物の木もついでに持って帰ることにしたのだ。
庭にはまだ余裕があるので、いっそのこと塀に沿って周辺に植えるつもりでいる。
一応、魔道具で自宅には目眩しの結界を使っているが、高レベルの魔法使いには効果がない。なので、物理的な目隠し代わりに果樹を使おうと考えたのだ。
「家の周りが果樹園になりそうね。楽しみだわ」
「そうだな。ダンジョンの中や大森林と違い、庭では季節の果物しか収穫が出来なくなるが。これだけの種類があれば、それぞれの季節の果物を楽しめるだろう」
「やっぱり、普通はその季節の果物しか実らないよね……」
異世界植物だけに、少しだけ期待してしまったが、残念だ。
だけど、春には柑橘類、夏にはベリーやビワ、桃にマンゴーやパイナップル。
秋にはりんご、柿、無花果にぶどう、梨などが旬になる。
冬は種類が限られて、レモンや柑橘系、キウイなどが食べられるはずだ。
「ダンジョン都市は南国だから、冬でも秋の果物が食べられるから幸せよね」
かつてアリアと呼ばれていたナギが生まれた王国は厳しい北国で、果実の種類は極端に少なかった。
ベリーや柑橘類、りんごは厨房で良く見かけたが、生の果実はあまり食卓に並ぶことはない。ぶどうや無花果、梨は高価な贅沢品だった。
口にすることが出来るのは、それこそ貴族階級の人々や裕福な商家の者くらいで、辺境伯邸でもドライフルーツ入りの焼き菓子をティータイムに楽しむのが精々。
「それが大森林を越えて、南国に辿り着いたら、果物が採り放題だもの。ビックリよね」
特に東のダンジョンには森林エリアが多くあるので、果物は大量に手に入る。
王国では王族や高位貴族のために秘密の温室があり、そこで珍しい果実を育てているらしい──とは、辺境伯邸の図書室にあった、とある子爵の日記で読んだ。
ガラスの温室内は温度を一定に保つために、使用人が火を絶やすことなく二十四時間見張りが付いているらしい。
(高価な暖房の魔道具よりも薪代と人件費の方が安くつくもんね)
果物が大好きな二人は拠点をこの共和国にして、本当に良かったとしみじみ思う。
本日も果実のみならず、果樹ごと手に入れた何本かを思い起こし、口許を綻ばせた。
立派な梨とぶどうの木を庭に植え替えるのが、今から楽しみで仕方ない。
特にぶどうが待ち遠しい。デラウェアに良く似たぶどうはダンジョンでも見かけたが、本日発見したのは、粒の大きなマスカット。それも、綺麗な黄緑色の宝石だ。
(輝けるマスカットにそっくり!)
期待に震えながら、一粒を口に放り込んで、感動のあまり涙が滲んでしまったナギである。
前世日本で味わったことのある、一房が二、三千円はする高級品と遜色のない味だった。酸味は少なめ、糖度は確実に二十度以上はある。
ナギは同じく感動に震えるエドと視線を合わせると、ゆっくりと頷いて。
片端から周辺のマスカットの木を収納したのであった。
「ぶどうの実ごと収納してあるから、庭に根付かなくても、しばらくは味わえると思う。ああ、でもシオの実とこのマスカットは是非とも根付いて欲しいなぁ……」
「そうだな。どっちも手放し難い。マスカットは師匠たちの土産にもちょうど良さそうだし」
「ああ、ミーシャさん好きそう。ラヴィさんもタルトにしたらホールで食べそうよね」
お肉が大好きなラヴィルだが、女性らしく甘いスイーツも大好物なのだ。
特にフルーツタルトを好んでいるので、マスカットタルトは気に入るだろう。
「エドの酵母用フルーツ採取も順調だし、シオの実もたくさん入手できたね。そろそろ家に帰る?」
「……そうだな。もう一週間以上滞在したし、数年分の醤油は確保したから、明日には撤収するか」
「エドがたくさん狩ってくれたから、お肉も1ヶ月は余裕で食べられる量が手に入ったしね。じゃあ、今日の拠点を探しましょうか」
かなり奥まで踏み込んでしまったので、拠点探しには注意が必要だ。
オークやゴブリン、コボルトなどの上位種が集落を作っている可能性があるので、エドに周辺を探索してもらう。
肉弾戦に弱いナギは姿隠しのローブと【隠密能力】スキルで気配を消して、良さそうな場所を探した。
「ん? すごく大きな木がある……」
地球で世界一大きな木はジャイアントセコイアだったか。
樹齢が二千年越えで、高さは八十メートルを越えていたと記憶している。
根元の周囲も二十メートル以上ある、この大深林産の大木もなかなかの物だと思えた。
樹上には大きな枝が四方に枝分かれして、見事な樹冠が見える。
「立派な木。異世界だし、もしかしたら世界樹とかだったりして!」
ウキウキと鑑定してみて、ナギは固まった。残念ながら、この立派な大木は世界樹ではなく、ハイペリオンという種だったが。
それよりも度肝を抜かれる内容が【鑑定】で示されていたのだ。
呆然と立ち尽くすナギの背後からエドの声が降ってくる。どうやら探索を終えたようで、戻ってきたらしい。
高レベルで獣人のエドにはナギの【隠密】は簡単に見破られてしまうのだ。
「周囲の厄介そうな魔物は片付けてきたぞ、ナギ。……どうした? この木の下を拠点にするのか」
「そうじゃなくて! いや、そのつもりだったけど、今はそれよりも大変な発見があってね」
「落ち着け、ナギ」
「ごめん、落ち着く。……とりあえず、エドはこの木を鑑定してみてくれる?」
転生者特典スキルの【鑑定】をくれた、魂の管理者に感謝しながら、エドに頼み込んだ。
不思議そうな表情をしながらも、素直に鑑定してくれるエド。
「未発見ダンジョンの入り口……?」
「そう! そうなの! このハイペリオンの木がダンジョンの入り口みたいなのよ。ビックリよね?」
ぐるりと幹の周囲を巡ってみると、地面から迫り出したゴツゴツとした太い根の間に、木製の扉のような物があった。
埃をかぶり、蔦が絡まって半分ほど隠れていたが、確かにこれはダンジョンへの転移扉だ。
「大森林の中にもダンジョンがあるなんて知らなかった」
「魔の山に最難関ダンジョンがあるとは噂で聞いたことがあるが、こんな浅い場所に未発見ダンジョンがあるとはな……」
「どんなダンジョンなんだろう? ちょっと覗いてみたいよね」
好奇心のまま、ナギはその扉に触れてしまう。エドが顔色を変えて、こちらに手を伸ばしてきた。
「ナギ……!」
「ええっ? うそ……!」
ダンジョンに入る、と強い意志で魔力を込めないと開かないはずの扉が。
なぜか、ナギが触れた瞬間に起動し、転移の術式を発動した。
ナギが飛ばされる寸前、エドがその細い手首を掴み、腕の中に抱き込んだ。
溺れる者が必死に縋り付くように、ナギはエドの背をきつく握り締める。
ぶわり、と魔力が吸われる感覚に、ナギは目を閉じて必死に耐えた。
手指の先が冷たい。久しぶりに魔力が枯渇したのか、とぼんやりと考えながら、ナギは意識を手放した。
「ナギ! しっかりしろ!」
くったりと意識を失った少女を抱き締めて、エドは途方に暮れる。
飛ばされたのは、先程見つけたばかりのダンジョンの中。
強引に放り出された先は、草原エリアのようで、周囲には出入り口のはずの転移扉が見当たらない。
「ナギは魔力枯渇状態か。ダンジョンがナギの魔力を吸い上げやがったな……」
未発見と言うことは、ずっと放置されていたダンジョンに他ならない。
冒険者ギルドの蔵書で見かけた一文を思い出す。ダンジョンは元々、創造神が人々に与えた試練と恵みの場。
人々が欲する物を試練に耐えた者だけが手に入れることが出来る。
「未発見のダンジョンの場合は、発見者の望みが具現化されたダンジョンになる、だったか……」
国が管理しているダンジョンは数百年前からこの地にある物ばかりなので、それも伝承に近い。
だが、それが本当のことだったならば。
「ナギが望むもの……」
こくり、とエドは喉を鳴らした。
ダンジョンは未だ取り入れたナギの魔力を使い、内部を再構築しているのだろう。
ナギの望むダンジョンが完成するまでは、出入り口が現れないのだと思う。
周囲に魔獣の気配はないが、エドは念のために結界の魔道具を使い、少女をテントに寝かせることにした。
魔力枯渇はポーションを飲ませれば、ある程度は回復するが、魔力量がハイエルフ並のナギはこれまで必要としなかったため、持ち合わせていない。
一晩眠れば魔力は回復するので、一人用のテントで寝かせることにした。
広くて快適なナギのテントはあいにく彼女しか取り出せないので、今は我慢して貰うしかない。
一晩中、眠り姫の見張りをするために、エドはテントの外に出て、焚き火を起こした。
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