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〈冒険者編〉

189. 快適コテージ泊

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 コテージ泊は強固な結界のおかげもあり、いつものテント野営よりも落ち着いて過ごすことが出来た。
 四方をきちんとした壁で囲まれた部屋で安心して眠れる贅沢さに、あらためて気付かされたように思う。

 のんびりとレモンの香りのするお湯を堪能し、風呂上がりには保湿用の蜂蜜クリームをしっかりと全身に塗り付けたナギは上機嫌でベッドにダイブした。
 コテージの寝室に設置したのは、もちろんお気に入りの天蓋付きのお姫さまベッドだ。
 
仔狼アキラを抱っこして眠れないのは寂しいけど、エドもたまには一人で落ち着いて眠りたいよね……」

 もちろん、二人の寝室は別々だ。
 ナギとしては同室でも構わないのだが、エドが頑なに拒んだので諦めた。
 リビングを空間拡張で広げて作ったスペースに自分用の寝台を設置して、エドはそこで眠っている。
 護衛任務中はずっと仔狼アキラに肉体を貸していたので、今は自由に動ける身を楽しんでいるのだろう。

「読書に夢中になって、明日に響かないといいけど」

 最近のエドは本を読むことにすっかりハマっていた。以前から、あらゆる分野を真面目に勉強していたが、今は興味を絞って書に耽溺している。
 好むジャンルは魔法関連書と精霊や妖精、聖獣と呼ばれる幻の存在について記された本が多い。
 冒険者活動に役立つ、魔物辞典や薬草の本は片端から読み漁っており、ナギもかなり助けられていた。

「鑑定スキルがあるから、薬草採取で間違えることはないけど、その薬草自体の情報がないと、どこに群生しているのか分からないものね」

 水場の近くに生息する薬草、乾いた土を好む薬草。キノコのように腐葉土を養分とする薬草や決まった樹木の根元にしか根付かないものなど、薬草と言っても多種多様な環境下にあるのだ。
 闇雲に探すと、とてつもなく時間が掛かるところを、知識を得たエドが案内してくれるので、とても助かっている。
 
「パン作りの他にも趣味が出来たようで良かった」

 三年前、ここで拾った時のエドと比べても、まるで別人のように成長している。
 自分も他人ひとのことは言えないが、奴隷の首輪を嵌められていた少年は痩せ細り、ボロボロの状態だった。
 今では、身長も三十センチ以上伸びており、棒切れのようだった手足にも見事な筋肉が付いている。

「あの頃はまだ可愛らしい顔立ちだったよね。今じゃすっかりイケメンだけど」

 獣耳が良く似合う黒髪の美少年は精悍な若者へと成長を遂げていた。
 頼りになる自慢の相棒だ。
 狼の性質なのか、たまに無性に甘えてくる時があるけれど、大型犬に懐かれているようで、それはそれで嬉しい。

「ふふっ。あんなに大きくなったのに、まだ『特別な日』を大事にしてくれているんだよね。明日はフォレストボアの角煮をたくさん仕込まないと……」

 三年前には何時間も煮込んで作っていた角煮だが、凄腕の鍛治士を味方に付けたナギには秘密兵器がある。

「ミヤさん特製の圧力鍋! 特別に大きなサイズでたくさん作って貰ったから、大量に仕込めるんだよね」

 開発には時間が掛かったが、おかげで煮込み料理が短時間で作れるようになった。
 大量に仕込めるので、作り置き料理には必須である。素晴らしすぎる、圧力鍋。

「角煮を作っている間にケーキも焼こうかな……エドの大好きな、クリームたっぷりのやつ……」

 ふわぁっ、と小さく欠伸をもらすと、ナギは柔らかな枕に頭を沈めた。
 久しぶりの山歩きで疲れていたので、すぐに眠りに落ちる。
 危険な大森林の中での野営のはずだが、不安は全く感じなかった。
 朝まで一度も起きることなく、ナギは気持ち良く熟睡した。



「コテージ泊は最高ね、エド」
「ああ。快適だった」

 翌朝、気持ち良く目覚めた二人はあらためてコテージの素晴らしさに、真顔で頷き合った。これはもうテントに戻れないかもしれないと不安を覚えるほどに。

「ダンジョンの野営もコテージを使えたら良いのに」
「さすがに目立つだろう」
「じゃあ、人がいない階層だったら良い?」
「そうだな。海ダンジョンのキャンプ地なら滅多に人も来ないし、使っても大丈夫だろう」

 前世が日本人の二人は定期的に海ダンジョンに通い、海産物を大量に入手している。
 ほぼ自分たちのご飯用だ。
 ダンジョン攻略中に見つけた穴場には魔獣が現れないため、冒険者はやって来ない。
 そこを拠点にして、リゾート気分でカニやウニ、魚介類をせっせと獲っている。
 日除けのタープを張り、魔道テントやハンモックで拠点を作ってのダンジョンキャンプだが、何日も続くとさすがに疲れが溜まる。
 
「コテージを設置すれば、ゆっくり休憩も取れるし、安眠もできるよね? 採取の効率も上がるはず」
「良い考えだとは思う」

 結界と目眩しの魔道具を使えば、浅い階層を拠点にしている冒険者には見破られることもないだろう。

「うん、じゃあ家に戻ったら、海ダンジョンへキャンプに行こう! 久々に海鮮バーベキューをしたいわ」

 笑顔のナギに、エドも微笑を浮かべる。

「美味しく海産物を味わうためにも、シオの実をたくさん採取しないとな」
「そうだった……浜焼きには醤油が必須だよね……」

 魔素の薄い地には、シオの木は育たない。
 なるべく森の奥まで踏み込むつもりなので、明るい内に移動しなければ。

「急いで朝食を済ませよっか」
「ああ。パンと飲み物は用意しておく」
「はーい。じゃあ、私はチーズオムレツとベーコンを焼くね」

 手早く朝食の準備をする。
 ほんのり甘みのある焼き立てのバターロールをバスケットに盛り、ミルクとオレンジジュースをエドが入れてくれた。
 どちらも氷魔法で冷やしてくれている。
 オムレツとベーコンを焼きながら、ナギはサラダも用意した。
 一ヶ月ほど家を離れるために収穫した野菜が大量に収納してあるのだ。
 成長途中の若芽は生で食べると、柔らかくて美味しいのでサラダに向いている。
 ミニラディッシュもスライスにして、葉物中心のサラダを作った。オリーブオイルを使った特製ドレッシングで和える。フライドガーリックを散らすと香ばしくて更に美味しい。

 冒険者は早食いの者が多いが、美味しいご飯が大好きな二人はゆっくりと味わいながら食べる。
 デザートのマンゴーゼリーまでしっかり堪能し、二人は満ち足りた表情で後片付けに励んだ。


「魔道具を回収しておいた」
「ありがと、エド。じゃあ、コテージを収納するね」

 コテージに手を触れて【無限収納EX】に送る。ぐるりと周囲を見渡して、空き地になった場所に木々を戻していった。
 土魔法を駆使しながら、どうにか元に戻すと、ため息を吐く。

「ふぅ、終了! ……ねぇ、三年前には出来なかったけど、今なら成功するかもしれないし、シオの木を何本か、持って帰りたいな」
「育てる気か? だがシオの木は魔素が濃くないと枯れると聞いた」
「うん。だから、私の魔力を分けてあげたら、どうかなって」

 レベルも上がり、毎日の鍛錬のおかげで、今のナギの魔力量はとっくに師匠であるミーシャのそれを追い抜いている。
 ハイエルフ並みの魔力よ、と複雑そうな表情でミーシャが褒めてくれた、豊富な魔力の使いどころだろう。

「……なるほど。試してみるのも悪くないかもな」
「成功したら、醤油に困ることもなくなるし、魔力を余らせるのも何となくもったいない気がして」

 魔力を残したまま眠るのがもったいない、と毎夜、魔道具に魔力を充填しているナギらしい発言に、エドは苦笑する。

「じゃあ、持ち帰るためにも頑張って探そう」
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