146 / 276
〈冒険者編〉
189. 快適コテージ泊
しおりを挟むコテージ泊は強固な結界のおかげもあり、いつものテント野営よりも落ち着いて過ごすことが出来た。
四方をきちんとした壁で囲まれた部屋で安心して眠れる贅沢さに、あらためて気付かされたように思う。
のんびりとレモンの香りのするお湯を堪能し、風呂上がりには保湿用の蜂蜜クリームをしっかりと全身に塗り付けたナギは上機嫌でベッドにダイブした。
コテージの寝室に設置したのは、もちろんお気に入りの天蓋付きのお姫さまベッドだ。
「仔狼を抱っこして眠れないのは寂しいけど、エドもたまには一人で落ち着いて眠りたいよね……」
もちろん、二人の寝室は別々だ。
ナギとしては同室でも構わないのだが、エドが頑なに拒んだので諦めた。
リビングを空間拡張で広げて作ったスペースに自分用の寝台を設置して、エドはそこで眠っている。
護衛任務中はずっと仔狼に肉体を貸していたので、今は自由に動ける身を楽しんでいるのだろう。
「読書に夢中になって、明日に響かないといいけど」
最近のエドは本を読むことにすっかりハマっていた。以前から、あらゆる分野を真面目に勉強していたが、今は興味を絞って書に耽溺している。
好むジャンルは魔法関連書と精霊や妖精、聖獣と呼ばれる幻の存在について記された本が多い。
冒険者活動に役立つ、魔物辞典や薬草の本は片端から読み漁っており、ナギもかなり助けられていた。
「鑑定スキルがあるから、薬草採取で間違えることはないけど、その薬草自体の情報がないと、どこに群生しているのか分からないものね」
水場の近くに生息する薬草、乾いた土を好む薬草。キノコのように腐葉土を養分とする薬草や決まった樹木の根元にしか根付かないものなど、薬草と言っても多種多様な環境下にあるのだ。
闇雲に探すと、とてつもなく時間が掛かるところを、知識を得たエドが案内してくれるので、とても助かっている。
「パン作りの他にも趣味が出来たようで良かった」
三年前、ここで拾った時のエドと比べても、まるで別人のように成長している。
自分も他人のことは言えないが、奴隷の首輪を嵌められていた少年は痩せ細り、ボロボロの状態だった。
今では、身長も三十センチ以上伸びており、棒切れのようだった手足にも見事な筋肉が付いている。
「あの頃はまだ可愛らしい顔立ちだったよね。今じゃすっかりイケメンだけど」
獣耳が良く似合う黒髪の美少年は精悍な若者へと成長を遂げていた。
頼りになる自慢の相棒だ。
狼の性質なのか、たまに無性に甘えてくる時があるけれど、大型犬に懐かれているようで、それはそれで嬉しい。
「ふふっ。あんなに大きくなったのに、まだ『特別な日』を大事にしてくれているんだよね。明日はフォレストボアの角煮をたくさん仕込まないと……」
三年前には何時間も煮込んで作っていた角煮だが、凄腕の鍛治士を味方に付けたナギには秘密兵器がある。
「ミヤさん特製の圧力鍋! 特別に大きなサイズでたくさん作って貰ったから、大量に仕込めるんだよね」
開発には時間が掛かったが、おかげで煮込み料理が短時間で作れるようになった。
大量に仕込めるので、作り置き料理には必須である。素晴らしすぎる、圧力鍋。
「角煮を作っている間にケーキも焼こうかな……エドの大好きな、クリームたっぷりのやつ……」
ふわぁっ、と小さく欠伸をもらすと、ナギは柔らかな枕に頭を沈めた。
久しぶりの山歩きで疲れていたので、すぐに眠りに落ちる。
危険な大森林の中での野営のはずだが、不安は全く感じなかった。
朝まで一度も起きることなく、ナギは気持ち良く熟睡した。
「コテージ泊は最高ね、エド」
「ああ。快適だった」
翌朝、気持ち良く目覚めた二人はあらためてコテージの素晴らしさに、真顔で頷き合った。これはもうテントに戻れないかもしれないと不安を覚えるほどに。
「ダンジョンの野営もコテージを使えたら良いのに」
「さすがに目立つだろう」
「じゃあ、人がいない階層だったら良い?」
「そうだな。海ダンジョンのキャンプ地なら滅多に人も来ないし、使っても大丈夫だろう」
前世が日本人の二人は定期的に海ダンジョンに通い、海産物を大量に入手している。
ほぼ自分たちのご飯用だ。
ダンジョン攻略中に見つけた穴場には魔獣が現れないため、冒険者はやって来ない。
そこを拠点にして、リゾート気分でカニやウニ、魚介類をせっせと獲っている。
日除けのタープを張り、魔道テントやハンモックで拠点を作ってのダンジョンキャンプだが、何日も続くとさすがに疲れが溜まる。
「コテージを設置すれば、ゆっくり休憩も取れるし、安眠もできるよね? 採取の効率も上がるはず」
「良い考えだとは思う」
結界と目眩しの魔道具を使えば、浅い階層を拠点にしている冒険者には見破られることもないだろう。
「うん、じゃあ家に戻ったら、海ダンジョンへキャンプに行こう! 久々に海鮮バーベキューをしたいわ」
笑顔のナギに、エドも微笑を浮かべる。
「美味しく海産物を味わうためにも、シオの実をたくさん採取しないとな」
「そうだった……浜焼きには醤油が必須だよね……」
魔素の薄い地には、シオの木は育たない。
なるべく森の奥まで踏み込むつもりなので、明るい内に移動しなければ。
「急いで朝食を済ませよっか」
「ああ。パンと飲み物は用意しておく」
「はーい。じゃあ、私はチーズオムレツとベーコンを焼くね」
手早く朝食の準備をする。
ほんのり甘みのある焼き立てのバターロールをバスケットに盛り、ミルクとオレンジジュースをエドが入れてくれた。
どちらも氷魔法で冷やしてくれている。
オムレツとベーコンを焼きながら、ナギはサラダも用意した。
一ヶ月ほど家を離れるために収穫した野菜が大量に収納してあるのだ。
成長途中の若芽は生で食べると、柔らかくて美味しいのでサラダに向いている。
ミニラディッシュもスライスにして、葉物中心のサラダを作った。オリーブオイルを使った特製ドレッシングで和える。フライドガーリックを散らすと香ばしくて更に美味しい。
冒険者は早食いの者が多いが、美味しいご飯が大好きな二人はゆっくりと味わいながら食べる。
デザートのマンゴーゼリーまでしっかり堪能し、二人は満ち足りた表情で後片付けに励んだ。
「魔道具を回収しておいた」
「ありがと、エド。じゃあ、コテージを収納するね」
コテージに手を触れて【無限収納EX】に送る。ぐるりと周囲を見渡して、空き地になった場所に木々を戻していった。
土魔法を駆使しながら、どうにか元に戻すと、ため息を吐く。
「ふぅ、終了! ……ねぇ、三年前には出来なかったけど、今なら成功するかもしれないし、シオの木を何本か、持って帰りたいな」
「育てる気か? だがシオの木は魔素が濃くないと枯れると聞いた」
「うん。だから、私の魔力を分けてあげたら、どうかなって」
レベルも上がり、毎日の鍛錬のおかげで、今のナギの魔力量はとっくに師匠であるミーシャのそれを追い抜いている。
ハイエルフ並みの魔力よ、と複雑そうな表情でミーシャが褒めてくれた、豊富な魔力の使いどころだろう。
「……なるほど。試してみるのも悪くないかもな」
「成功したら、醤油に困ることもなくなるし、魔力を余らせるのも何となくもったいない気がして」
魔力を残したまま眠るのがもったいない、と毎夜、魔道具に魔力を充填しているナギらしい発言に、エドは苦笑する。
「じゃあ、持ち帰るためにも頑張って探そう」
652
お気に入りに追加
14,861
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。