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〈ダンジョン都市〉編
117. 五階層はフルーツ天国
しおりを挟む早朝、波の音で目が覚めた。
やわらかな寝台から立ち去りがたい気持ちをどうにか誤魔化して、のろのろと起き上がる。
昨夜は腕の中で一緒に眠ったはずの仔狼の姿はもうない。エドの朝はいつも早いのだ。
服を着替えて、装備を整える。
テントから這い出して、伸びをしながら立ち上がった。目の前には明け方の空と穏やかな海が広がっている。
五階層は外の時間と繋がっているようなので、過ごしやすそうだ。
(夜になっても青空が広がっていたら、落ち着かないものね)
エドの姿はなかったが、テントを片付けることにした。
同じフロアで野営している冒険者たちはまだ眠っているようなので、これ幸いとそのまま収納する。魔道テントは設置は簡単だが、後片付けは面倒なのだ。
折り畳み式の小さなテーブルをそっと取り出したところで、エドが戻ってきた。
森の中を少しだけ探索してきたらしく、黄色っぽい果実を手土産に。
「起きたのか、ナギ」
「うん。おはよう、エド。それは?」
「マクワウリだ。熟していて、食べ頃だぞ」
「ほんと? ん、甘いて匂いがするね。デザートにしよう」
朝食は作り置きのサンドイッチにした。
卵やハム、チーズを使ったミックスサンド。スープは温かなポトフ。デザートは食べやすいようにカットしたマクワウリだ。
エドのパン作りの腕は回数を重ねるごとに上達し、サンドイッチ用の食パンは特に絶品だった。
美味しい朝食を平らげて、ダンジョン産のマクワウリを食べてみる。
メロンの変種とされているが、さっぱりとした甘さは南国向きだ。
冷やして食べると、また格別だと思う。
「美味しいね、これ。魔獣を狩るついでに採取したいな」
「ナギなら、そう云うと思った」
「エドも好みの味でしょ?」
「……味見して美味かったから、採ってきた」
「ふふ。ありがとう」
他の連中が起き出す前にテーブルや食器を片付ける。
ダミー用のリュックを背負い、お互いの装備に不備はないか確認して、セーフティエリアを後にした。
「このフロアは海がメインじゃないよね?」
「早朝にざっと調べてみたが、ここは島だ。海に囲まれた、緑豊かな小さな島のエリアらしい」
「島ひとつが五階層…? 小さいと言っても、そこそこ広さはあるよね」
「ああ。次の階層も同じ島エリアだから、下に降りる階段を探そう」
冒険者ギルドで手に入れられる地図は五階層まで。転移扉はランダムで出現するので、これ以降は手探り状態で進むしかない。
「島の外周を回ってみたが、砂浜には階段はなかったから、森の奥にあるはずだ」
「このジャングルの中に、ね」
「…こわいか?」
意外なことを聞かれて、ナギはきょとんとする。得体の知れない獣や鳥の鳴き声が響くジャングルは、たしかに未知の世界ではあったが。
「まさか。何が採取されるか、今から楽しみなのに?」
くすくすと軽やかに笑いながら言い放つ。
エドも楽しそうに口角を上げている。
「そうだな。森は俺たちにとっては恵みの場所。どんな魔獣がいるか、俺も楽しみだ」
「海ダンジョンだから、お肉じゃなくて魚がドロップされたりして?」
今のところ、魚介類のドロップ品は出ていないので、何となく期待している。
軽口を叩きながらも、警戒は怠らずに。
ナギは【気配察知】スキルを発動して、慎重にジャングルの中に足を踏み入れた。
セーフティエリアがあった砂浜は海風が通って快適だったが、ジャングルの中は蒸し暑い。
エドは早々に氷魔法でセルフクーラーに包まれたし、ナギも魔道ローブをはおった。
ひんやりとした空気に保護され、ほっと息を吐く。
「便利な魔道具や氷魔法がない冒険者さんたち、すごく大変だよね…」
「とにかくタフだな。俺たちは無理をせずに行こう」
体力のない、子供の肉体は脆弱だ。
狡い、と言われようが、使える物は使うつもりのナギは大きく頷きながら、地面を踏み締める。
気温はどうにか調整できたが、水分はこまめに摂らないと脱水症状を起こしそうだ。
レモン塩飴、椰子の実ジュース、麦茶の備えは充分。
なるべく頻繁に休憩を取ることにした。
ジャングルの小道はほぼ獣道だ。
青々と茂る枝が邪魔で、エドは鉈を手に先を進んでいく。
利き手側にはすぐに抜けるように片手剣を腰に下げている。
ナギは足元が悪い難所で転ばないようにと、杖を使っていた。
辺境伯邸の宝物庫に眠っていた魔法使い用の杖で、しっかりと太さがあり丈夫そうだ。
そっと鑑定してみると、魔法耐性があり、中級魔法までは跳ね返すことが出来るそうだ。
すごく良い物だと分かったが、今のナギには文字通りの転ばぬ先の杖で、ありがたく身を支えることに活用している。
先を歩くエドは邪魔な枝を鉈で払い、飛び掛かってくる魔獣を片手剣で一閃している。
襲ってきたのは、フレイムモンキーだ。
炎の耐性のある赤毛の猿の魔獣で、小柄だが動きは素早い。鋭い爪を伸ばして飛び掛かってくるが、すべてエドが打ち倒している。
ナギは少し離れた場所から、死骸を目視で収納していくだけの、簡単なお仕事だ。
「ドロップ品は魔石と毛皮のどちらかだね。これは消える前に収納した方がお得!」
まるっと収納したほうが、素材も魔石もゲット出来るのだ。なるべく取りこぼしがないように、せっせと拾っていく。
たまに、こちらに向かってくるフレイムモンキーは水の刃でさくっと倒した。
「今のところ、まだお魚ドロップはないね。ジャングルの中だからかな」
「そうかもしれないな。だが、砂浜に出てきた蟹っぽい魔獣も魔石しか落とさなかったぞ?」
「えっ? 蟹がいたの⁉︎ 私も倒したかった…!」
海鮮市場で購入した蟹はとても美味しかったのだ。蟹の魔獣なんて、大量の蟹身を齎してくれそうではないか。
「……次に見つけたら、譲ろう」
「ん、もしかして魔石以外はレアドロップかもしれないし、まるっと収納しちゃおう!」
楽しみが増えたナギは笑顔でフレイムモンキーの群れを水魔法で殲滅していく。
エドは呆れつつも、ナギの背後から襲い掛かろうとしていたキラーパンサーの首を刎ねる。
これは美しい黄金色の毛皮を持つ魔獣なので、もちろんナギはしっかりと収納した。
こつこつと魔獣を倒しながらも、ジャングルに自生している果実を採取することも忘れない。
外の森や栽培されているものよりも、魔素の濃いダンジョン産の果物の方が美味しいのだ。
「バナナにパイナップル、マクワウリ、パパイヤにスターフルーツ! 大量だね!」
「どれもよく熟していて食べ頃だな」
「完熟した果実は買取りは難しいかもね。私たちは自分用だから構わないけど」
【無限収納】内に保管しておけば、時間が停止されるので、いつでも完熟果実を堪能できる。最高の食べ頃なのは、むしろありがたい。
休憩時に採取した果実を味見したが、どれもとびきり美味しかった。
冷やして食べるのも美味しいが、搾ってジュースにするのも良い。
果肉多めのフルーツジュースを凍らしてシャーベットにすれば、暑さをしのぐに最適のスイーツだ。
「フルーツゼリーも良いと思う」
「いいわね。贅沢にたっぷり果肉を使いたいかも」
「よし。このフロアは食える肉も獲れないようだし、果物をメインに採取しよう」
瑞々しい果実にすっかり魅了された二人は、せっせと採取に精を出した。
もちろん襲ってくる魔獣は全て返り討ちにした。おかげで大量の素材と魔石も手に入れることが出来た。
「五階層クリア! 今日は疲れたから、六階層で休もうか」
「そうだな。昨日と同じ、砂浜があるから、そこにテントを張ろう」
セーフティエリアは階段の周辺だったが、どうせなら、ゆったりとした場所で休みたい。
結界の魔道具を作動させ、ふたりは六階層の砂浜エリアにテントを設置した。
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