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〈ダンジョン都市〉編
116. はじめてのダンジョン野営
しおりを挟む「砂漠エリアはずっと青空が広がっていたけど、五階層はちゃんと時間経過があるんだね」
「そうみたいだな。野営の準備をするか」
転移扉の周辺はセーフティエリアだ。
十メートル四方以内なら、魔獣や魔物は近寄って来ないと聞いた。
ちょうど周辺は砂浜で、野営向き。
なるべく他の冒険者たちと離れた場所に魔道テントを設置した。
外から眺めると二人では窮屈そうな小さめのテントだが、拡張魔法のおかげで中はゆったりと広い。
「セーフティエリアだけど、結界は張った方が良いよね?」
「ああ。ダンジョンでの野営時は魔獣もだが、人にも注意しておいた方が良い」
装備品やドロップ品の盗難はもちろん、稀に襲われることもあるらしい。
疑いたくはないけれど、自衛のための備えは必要だ。
魔道テントの結界は害意のある存在を弾いてくれる。
ある程度の攻撃はしばらく無効化されるので、その間にエドが相手を倒す手筈らしい。
「まあ、不埒な輩が近付いてきたら、すぐにアキラが排除するだろうが」
「そうだね。仔狼くんなら音と匂いですぐに分かるか。じゃあ、夜番というか、交代で見張っていなくても大丈夫なのかな?」
「ナギは寝ていたら良い。俺たちも眠る。気配には聡いから安心しろ」
「疲れているから、正直ありがたいです! じゃあ、ご飯食べようか」
テントの中よりも、どうせなら夜空を眺めながら食事をしたい。
ランタン代わりの焚き火を用意すると、エドが何処からか拾ってきた丸太をベンチにして、夕食をとることにした。
一応、他人の目があるので、この世界でもポピュラーなメニューを選んだ。
「たっぷりお肉が入ったビーフ、じゃなくてオークシチューだよ」
深皿に白飯をよそい、大きめに切ったオーク肉をごろっと投入したシチューをかけている。
デミグラスソースはパンはもちろん、お米にも良く合う。野営時なので、パンはやめて食べやすい白飯に合わせてみた。
丸太に仲良く並んで座り、オークシチューライスをスプーンですくう。
じっくりと煮込んだオーク肉はほろほろと口の中でほどけていく。
肉以外の野菜も大きめにカットしてあるが、どれも柔らかくて美味しい。
一気に五階層まで降りてきたので疲れていたけれど、美味しいご飯で空腹が満たされていくと、元気が出てきた。
二回ほど大盛りシチューをおかわりしたエドに、デザートのバニラアイスを手渡した。
ガラスの器は悪目立ちしそうだったので、木製の小皿に盛り付けてある。
バニラアイスにはミントの葉を添えて、スプーンを添えた。
「どうぞ、砂漠エリアの功労賞。後で仔狼くんにもたっぷりとあげるから、もうちょっと我慢してね?」
「分かった。…良い匂いがするな」
「ふふふ。バニラさまのおかげで、スイーツに深みが加わったよねぇ…。んー、冷たくて美味しい」
「美味い。すぐに無くなるのは残念だが」
「もうちょっと余韻を味わってほしいけど…。じゃあ、次。初メニューのチョコアイス! 貴重なチョコレートを使ったんだから、じっくりと味わって食べてね?」
辺境伯邸の祝宴用に取り寄せられていた、高価なチョコレート。
量もそれほどなかったので、今まであまり使ってこなかったが、今回はご褒美なので奮発してみた。
「ミーシャさんに聞いたんだけど、この海ダンジョンでカカオが採取出来るみたいなんだよね…」
この世界のカカオはダンジョンでしか採取出来ないらしい。
意欲的な農家が栽培しようと頑張っているようだが、いまだ根付いてはいないと聞いた。そのため、どうしても高価になってしまうのだ。
「エドくんにチョコの味と匂いを覚えて貰えれば、カカオを見つけられるかな、と」
「よし、探そう」
チョコアイスをバニラに続き、ぺろりと食べ切った少年が真剣な表情で頷いた。
よほど気に入ったのか、名残惜しげに皿を見詰めている。
放っておけば皿を舐めそうな勢いだったので、慌てて追加のバニラアイスを載せてやる。
「…チョコじゃないのか」
「チョコは少ししかないの」
「分かった。必ず見つけて帰ろう」
「うん、いっぱい持って帰れたら良いよね。チョコを使ったお菓子、作りたいものがたくさんあるんだー」
チョコレートケーキはもちろんだし、クッキーやマフィンにも使いたい。
冬はホットココアが飲みたいし、アイスココアも大好きだ。
パンケーキにチョコソース、チョコバナナクレープ、チョコレートパフェに挑戦するのも楽しそう。
指折り数えて、うっとりと呟いていると、エドが切なげに呻いた。
「もう止めてくれ。涎が溢れそうだ」
「あらら。もしかして…?」
「アキラが詳細な記憶を見せてくる…。くそっ、どれも食ってみたい…。ナギ、絶対に見付けて帰るぞ、ちょこれーとの実!」
「カカオね。期待してる」
エドのやる気が満ちたところで、休むことにした。夜の海は綺麗だけど、少し怖い。
同じエリアで野営するのはグループが三つと、ソロらしき冒険者がそれぞれ二人。
浅い階層のためか、若手ばかりだ。
「今日はお風呂はやめとこうか」
「そうだな。テントの中から水音がすると怪しまれる」
「砂漠エリアを通ったから、湯に浸かりたかったけど我慢だね」
テントに戻ると、浄化で汚れを落とした。
さすがにダンジョンの野営中に夜着で眠るのはどうかと思ったので、柔らかめな生地のシャツとゆったりしたハーフパンツに着替える。
『センパイ、センパイ! ご褒美のアイスください!』
「はいはい、ちょっと待ってね」
いつの間にか獣化していた仔狼が、ぴすぴすと甘えたように鼻を鳴らしながら寄ってくる。
ナギは収納から取り出したアイスを、仔狼用の皿にたっぷりと盛り付けてあげた。
「はい。たっぷりバニラアイスとおまけのチョコアイス! バニラには蜂蜜とベリーソースのトッピングもできるよ? チョコアイスにはホイップはどうかな」
『ぜんぶ! ぜんぶ味わってみたいです!』
興奮して、その場をくるくる回る仔狼に苦笑しながらも、ナギはリクエストに応えてあげた。
「はい、どうぞ。今日は砂漠エリアでは大変お世話になりました。ありがとう」
『どういたしまして! 俺も楽しかった。リアルダンジョンで魔物退治とか、最高!』
アイスにがっつく仔狼の尻尾はご機嫌に揺れている。
ファンタジー好きな彼のために、人の気配がないエリアでは、たまにエドと交代してもらうのも良いかもしれない。
『はー、美味しかった…アイスクリーム…。チョコアイスももっと食べたいから、俺もカカオ探しは協力しますよー?』
「ほんと? 助かる! いっぱいゲットできたら、リクエスト聞くよ。私が作れる物に限っちゃうけど」
『あ、じゃあ、チョコパイとチョコバナナのクレープが食べたいです!』
「チョコパイ! いいね、私も好き。見つかるといいなぁ…カカオ…」
ふたりで魅惑のショコラに想いを馳せながら、ベッドに寝転がった。
不便なダンジョンでの野営のはずだが、この快適お姫さまベッドだけは譲れない。
小さな狼を抱っこして、ふかふかの布団に潜り込むと、すぐに眠りに落ちる。
大森林だろうが、ダンジョンだろうが、気にせず熟睡できる少女を仔狼は少しだけ呆れた風に見やった。
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