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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆15:お部屋内見(歴史の闇)−1
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「ここが留学生向けの部屋ですか……」
物珍しげに部屋を見回すファリス。
留学生向けの寮は二人相部屋となっており、八畳の部屋の両側にベッドと机が据え付けられていた。右側は香雪のものらしく、壁は某アイドルの特大ポスターで覆われ、机とベッドにはCDや本、紙袋やバッグ各種が雑然と積み上げられている。
かたや対面のナターシャの机は整然と片付けられ、本棚には見ただけで陰鬱になりそうなロシアの分厚いブンガクショがずらりと鎮座ましましていた。
『んじゃアタシ達はみんなで池袋に飲みに行ってくるからサ。その間この部屋をゆっくり下見してってよファリスちゃん」
『急な話ですみません、香雪さん』
『いいっていいってー。アタシもナターシャが抜けた後次に入ってくるのがファリスちゃんだったら嬉しいしね。あっ、陽司は三和土から一歩でも上がったらコロすからね』
『ふふん、おれは用もないのに女性の私室に上がり込むほど不埒ではないぜ?』
『へぇー、じゃあ用があれば上がり込むんだ』
『ま、長居はしないがね』
『それでは亘理さん、終わったら鍵は管理人さんに電話して預かってもらってくださいな』
『おー、ありがとさん』
ナターシャ達にお礼を言って送り出す。他人が自室へ出入りすることへの気楽さは、さすが毎晩部屋飲みをやっている寮生といったところか。ちなみに直樹あたりは例え姉の来音さんであろうと部屋に寸毫たりとも立ち入ることを絶対に許さないらしい。
扉が閉まると、ファリスは玄関を上がり、部屋の中を確認する。
「机とかベッドは、新しいものみたいですね」
その様子は、どことなく落ち着かないように見えた。
「残っているわけ、ないですよね……」
無意識の呟きには、かすかな失望と、安堵が含まれていた。そこに、おれは一つ言葉を放り込んだ。
「――『箱』の手がかりは、ここにはなさそうだね」
「えっ……」
反応を観察する。その一瞬、|瞠(みは)られた彼女の紫の瞳に走った驚きは、『何を訳のわからないことを言っているのか』ではなく、『なぜ知っているのか』だった。
「ああ、やっぱりそうなのか」
「亘理さん、貴方は……」
「ごめん、カマをかけるような真似をしちゃってさ」
おれは一つため息をつくと、玄関の横に据え付けられた鏡を見た。映り込んだ、誰とも知れぬ他人の顔。
「いくらセゼル大帝の遺言だとしたって”日本にある”なんて曖昧すぎる話だけじゃ君だって動けるはずがない。情報はないにしても、多少の目星くらいはつけていたんじゃないか、ってね。……この部屋に手がかりがあると思ったんだろう?」
しかし、ここに至ってそんな手がかりを彼女がおれ達に隠すメリットはない。となれば、考えられる今の彼女の心情は。
「な、何を言っているんですか、ここに来たのは、ただの部屋の下見ですよ?」
その手がかりが、当たりであって欲しくない――とか。
「アルセス・ビィ・カラーティ」
その単語に、ファリスはまるで雷に打たれたように身を震わせた。
物珍しげに部屋を見回すファリス。
留学生向けの寮は二人相部屋となっており、八畳の部屋の両側にベッドと机が据え付けられていた。右側は香雪のものらしく、壁は某アイドルの特大ポスターで覆われ、机とベッドにはCDや本、紙袋やバッグ各種が雑然と積み上げられている。
かたや対面のナターシャの机は整然と片付けられ、本棚には見ただけで陰鬱になりそうなロシアの分厚いブンガクショがずらりと鎮座ましましていた。
『んじゃアタシ達はみんなで池袋に飲みに行ってくるからサ。その間この部屋をゆっくり下見してってよファリスちゃん」
『急な話ですみません、香雪さん』
『いいっていいってー。アタシもナターシャが抜けた後次に入ってくるのがファリスちゃんだったら嬉しいしね。あっ、陽司は三和土から一歩でも上がったらコロすからね』
『ふふん、おれは用もないのに女性の私室に上がり込むほど不埒ではないぜ?』
『へぇー、じゃあ用があれば上がり込むんだ』
『ま、長居はしないがね』
『それでは亘理さん、終わったら鍵は管理人さんに電話して預かってもらってくださいな』
『おー、ありがとさん』
ナターシャ達にお礼を言って送り出す。他人が自室へ出入りすることへの気楽さは、さすが毎晩部屋飲みをやっている寮生といったところか。ちなみに直樹あたりは例え姉の来音さんであろうと部屋に寸毫たりとも立ち入ることを絶対に許さないらしい。
扉が閉まると、ファリスは玄関を上がり、部屋の中を確認する。
「机とかベッドは、新しいものみたいですね」
その様子は、どことなく落ち着かないように見えた。
「残っているわけ、ないですよね……」
無意識の呟きには、かすかな失望と、安堵が含まれていた。そこに、おれは一つ言葉を放り込んだ。
「――『箱』の手がかりは、ここにはなさそうだね」
「えっ……」
反応を観察する。その一瞬、|瞠(みは)られた彼女の紫の瞳に走った驚きは、『何を訳のわからないことを言っているのか』ではなく、『なぜ知っているのか』だった。
「ああ、やっぱりそうなのか」
「亘理さん、貴方は……」
「ごめん、カマをかけるような真似をしちゃってさ」
おれは一つため息をつくと、玄関の横に据え付けられた鏡を見た。映り込んだ、誰とも知れぬ他人の顔。
「いくらセゼル大帝の遺言だとしたって”日本にある”なんて曖昧すぎる話だけじゃ君だって動けるはずがない。情報はないにしても、多少の目星くらいはつけていたんじゃないか、ってね。……この部屋に手がかりがあると思ったんだろう?」
しかし、ここに至ってそんな手がかりを彼女がおれ達に隠すメリットはない。となれば、考えられる今の彼女の心情は。
「な、何を言っているんですか、ここに来たのは、ただの部屋の下見ですよ?」
その手がかりが、当たりであって欲しくない――とか。
「アルセス・ビィ・カラーティ」
その単語に、ファリスはまるで雷に打たれたように身を震わせた。
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