人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆15:お部屋内見(歴史の闇)−2

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「なぜ、その、名前を」

「……おれなりに『箱』のヒントを探ろうと思ってさ。実は今回の依頼を受けてから、片っ端からルーナライナと日本をつなぐ記事を検索してたんだ」

 そう言っておれは自分のこめかみを小突く。

「検索……新聞記事が頭に入ってるとでも?」
「ここ数年分の日経とニューヨークタイムズだけだけどね。あとは近所の図書館の書庫で一ヶ月かけて流し読みさせてもらったトピックスをプラス十年ほど」

 おれの言葉をタチの悪い冗談と受け取ったのだろう、ファリスは怒りよりもむしろ、悲しげな瞳でおれを見つめた。その憂えるアメジストにおれは一秒で降参。くだらない特技自慢はやめにして話を進めることにする。

「まあ、日本とルーナライナの繋がりといえば、技術交流と留学くらいしかない。『箱』に繋がりそうな情報は思い出せなかった。……『相盟大学』というキーワードが手に入るまでは。過去にルーナライナから相盟大学に留学した人物は一人しか居ない」

 唯一の留学生。つまりは、この部屋のかつての主。

「アルセス・ビィ・カラーティ。相盟大学理工学部への留学生にして、大帝セゼルの曾孫。君にとっては、お互いの父親が従兄弟同士。いわゆる、”はとこ”だね」

 だが、アルセス氏をただのいち留学生と呼ぶには、いささか無理があった。

「存在に気づけば、彼と『箱』の関係を結びつけるのは難しくない。何しろ彼は、」
「――”ルーナライナの売国奴”、でしょう?」
「……ファリス?」

 涼しげな声。美しい発音には何も変わりはないのに、それはまるで新月の砂漠のように、どこまでも乾き澄み渡った虚ろな闇を思わせ、おれの背筋をかすかに震わせた。

 
 血を絶やさぬ事が義務とされ、十代で子供を設けることが当たり前とされるルーナライナ王家にあっては、大祖父と成人した曾孫が同じ時代に存在することも決して珍しくない。

 アルセスは第二王子の血筋で、当時の王位継承権は十位以内。孫や曾孫達の中でも抜きんでて聰明であり、セゼルの後継者として最も期待されていた王子だったという。

「今でこそ第三皇女、なんて肩書きですけど」

 どこか他人事のようにファリスは呟いた。

「元々私は、領地も持たない傍流の王族。それに正妻の子でもありませんでしたから、子供の頃は、王宮で他のはとこ達の小間使いみたいな仕事をしていました」
「……なんか本当に、ファンタジー世界の話を聞いている気になるよ」
「でも、そんな中でもアルセス王子は、私や他の子達にも、分け隔てなく接してくれる人でした。私も物心つく前から、しょっちゅう彼の後をついて回っていたそうです」
「だけど。アルセス王子は、日本への留学が決まったんだよな?」
「はい。その頃は既に、アルセス王子はセゼル大帝の右腕となるべく、国の仕事を幾つも担うようになっていました。そして、その仕事の一環として日本へ留学することとなりました」

 モラトリアム延長のために『語学の勉強』と称して海外に留学するようなおれの友人どもとは異なり、開発途上の国から国費で留学してくる学生は、政治や経済のシステム、技術を学び、あるいは人脈を構築し、国に還元するという使命がある。

 アルセスもおそらくは、日本の技術を学び、あるいは将来のジャーナリストや政治家、起業家の卵達と交流をするという目的があったのだろう。だが。

「そこでアルセス王子は……彼は、とある日本の企業と接触を持ちました。ルーナライナの、金脈の情報を、渡そうとしたのです」
「ファリス?」

 最初に感じた、新聞記事を読み上げるような口調。失われていく抑揚。

「ルーナライナの金脈の情報を漏らす。当然それは、セゼル大帝が敷いた鉄の掟に違反するものでした。発覚した後、アルセス王子は直ちに拘束。国元に召還され裁判を受ける身となりました」
「ファリス、」
「当時、もっとも信を置いていた皇族の裏切りは、セゼル大帝を激怒させるに十分たるものでした。結果、アルセス王子はルーナライナの国益を大きく損ねた売国奴として、見せしめを兼ねて、他の皇族立ち会いのもと、郊外の砂漠にて斬首の刑に――」
「ファリス、もういい!」

 彼女の肩を強く揺さぶる。淡々と流れていた言葉は、スイッチを落としたように止まった。
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