人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
314 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆15:お部屋内見(歴史の闇)−2

しおりを挟む
「なぜ、その、名前を」

「……おれなりに『箱』のヒントを探ろうと思ってさ。実は今回の依頼を受けてから、片っ端からルーナライナと日本をつなぐ記事を検索してたんだ」

 そう言っておれは自分のこめかみを小突く。

「検索……新聞記事が頭に入ってるとでも?」
「ここ数年分の日経とニューヨークタイムズだけだけどね。あとは近所の図書館の書庫で一ヶ月かけて流し読みさせてもらったトピックスをプラス十年ほど」

 おれの言葉をタチの悪い冗談と受け取ったのだろう、ファリスは怒りよりもむしろ、悲しげな瞳でおれを見つめた。その憂えるアメジストにおれは一秒で降参。くだらない特技自慢はやめにして話を進めることにする。

「まあ、日本とルーナライナの繋がりといえば、技術交流と留学くらいしかない。『箱』に繋がりそうな情報は思い出せなかった。……『相盟大学』というキーワードが手に入るまでは。過去にルーナライナから相盟大学に留学した人物は一人しか居ない」

 唯一の留学生。つまりは、この部屋のかつての主。

「アルセス・ビィ・カラーティ。相盟大学理工学部への留学生にして、大帝セゼルの曾孫。君にとっては、お互いの父親が従兄弟同士。いわゆる、”はとこ”だね」

 だが、アルセス氏をただのいち留学生と呼ぶには、いささか無理があった。

「存在に気づけば、彼と『箱』の関係を結びつけるのは難しくない。何しろ彼は、」
「――”ルーナライナの売国奴”、でしょう?」
「……ファリス?」

 涼しげな声。美しい発音には何も変わりはないのに、それはまるで新月の砂漠のように、どこまでも乾き澄み渡った虚ろな闇を思わせ、おれの背筋をかすかに震わせた。

 
 血を絶やさぬ事が義務とされ、十代で子供を設けることが当たり前とされるルーナライナ王家にあっては、大祖父と成人した曾孫が同じ時代に存在することも決して珍しくない。

 アルセスは第二王子の血筋で、当時の王位継承権は十位以内。孫や曾孫達の中でも抜きんでて聰明であり、セゼルの後継者として最も期待されていた王子だったという。

「今でこそ第三皇女、なんて肩書きですけど」

 どこか他人事のようにファリスは呟いた。

「元々私は、領地も持たない傍流の王族。それに正妻の子でもありませんでしたから、子供の頃は、王宮で他のはとこ達の小間使いみたいな仕事をしていました」
「……なんか本当に、ファンタジー世界の話を聞いている気になるよ」
「でも、そんな中でもアルセス王子は、私や他の子達にも、分け隔てなく接してくれる人でした。私も物心つく前から、しょっちゅう彼の後をついて回っていたそうです」
「だけど。アルセス王子は、日本への留学が決まったんだよな?」
「はい。その頃は既に、アルセス王子はセゼル大帝の右腕となるべく、国の仕事を幾つも担うようになっていました。そして、その仕事の一環として日本へ留学することとなりました」

 モラトリアム延長のために『語学の勉強』と称して海外に留学するようなおれの友人どもとは異なり、開発途上の国から国費で留学してくる学生は、政治や経済のシステム、技術を学び、あるいは人脈を構築し、国に還元するという使命がある。

 アルセスもおそらくは、日本の技術を学び、あるいは将来のジャーナリストや政治家、起業家の卵達と交流をするという目的があったのだろう。だが。

「そこでアルセス王子は……彼は、とある日本の企業と接触を持ちました。ルーナライナの、金脈の情報を、渡そうとしたのです」
「ファリス?」

 最初に感じた、新聞記事を読み上げるような口調。失われていく抑揚。

「ルーナライナの金脈の情報を漏らす。当然それは、セゼル大帝が敷いた鉄の掟に違反するものでした。発覚した後、アルセス王子は直ちに拘束。国元に召還され裁判を受ける身となりました」
「ファリス、」
「当時、もっとも信を置いていた皇族の裏切りは、セゼル大帝を激怒させるに十分たるものでした。結果、アルセス王子はルーナライナの国益を大きく損ねた売国奴として、見せしめを兼ねて、他の皇族立ち会いのもと、郊外の砂漠にて斬首の刑に――」
「ファリス、もういい!」

 彼女の肩を強く揺さぶる。淡々と流れていた言葉は、スイッチを落としたように止まった。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

会社でのハラスメント・・・ その一斉メール必要ですか?

無責任
経済・企業
こんな事ありますよね。ハラスメントなんて本当に嫌 現代社会において普通に使われているメール。 それを使った悪質な行為。 それに対する戦いの記録である。 まぁ、フィクションですが・・・。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...