人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆23:閉幕−5

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 その後、おれ達は依頼主である昂光の工場長に連絡。今日はまだ日曜日のため、留守番電話に仕事が終了した旨だけを告げるに留め、正式な報告書は後日提出することにした。おれ達の任務は、終わったのだった。

「んじゃあ、オイラ達はこれで」

 ソバ屋を出るとすでに夕日は沈みかかっていた。東京では到底望めないようなデカイ駐車場に止められたワゴンに、土直神達ウルリッヒのチームは乗り込んでゆく。

「このワゴンも、本当の持ち主のところに返してやんないとだぁね」
「徳田さん、だったよな。彼はもう……」
「ああ。もうウルリッヒに依頼してあるから。たぶんすぐに遺体が見つかると思う」
「……そうか」
「結局、あの人が一番とばっちりだったんだよなァ」

 そもそも彼らがこの仕事に参加した時点ですでに、小田桐がすり替わっていたのだ。どう頑張っても事態は防げたはずはないのだが、それでも無力感だけは残った。

「すまないな。後始末ばかりを押しつけてしまって」

 横合いからのチーフの言葉に、土直神は気安く応じる。

「あー気にしないで下さい。もともとこっちが片付けるべき案件でさぁね」

 『小田桐剛史の亡骸を見つける』という依頼は、皮肉にも完璧に果たされることになった。家族から小田桐剛史だと思われていた男の亡骸と、そして正真正銘小田桐剛史だった男の亡骸。両方が見つかってしまったのである。

 この二つの亡骸はとりあえず、ウルリッヒの資本の入った病院によって回収された。そして皮肉にも……どちらの亡骸も、おそらくは小田桐剛史として公式に認定されうるだけの情報を所有していた。果たしてどちらを『小田桐さんの亡骸』と主張すべきなのだろうか。

「やっぱり奥さんと息子さんが探していたのは先代の『役者』サンの方だから、こちらで報告しようと思ってサ」

 そう土直神は言った。やはり、それが道理なのだろう。だが、おれは少しだけ……あれほど己の”顔”を求めついに叶わなかった男に、ほんの少しだけ同情していた。

 公式には密入国どころか、そもそも出国さえしていないはずの男だ。任務に失敗したエージェントを『第三の目』がわざわざ引取に来るはずもなし、彼は一体どうなってしまうんだろうか。

「そのことなんだけんどね」

 おれの疑問に、土直神が応える。

「たった今、『役者』の姐さんから聞いたんだけど、先代の『役者』さんが、自分のとは別に、小田桐の実家近く、先祖代々のお墓に場所を確保してるんだってサ」
「ってことは」
「表向きは分骨、ってことになるだろうけど、たぶん実家の墓には本物の小田桐が、今の家族の墓には、先代の『役者』サンが収まることになるんじゃあないかな」

 メンドイけどそれぐらいの手続きはこっちでなんとかするやね、と請け負う土直神。

「そうなのか……」

 結局のところ、収まるべきところに収まったというべきなのだろうか。土直神がエンジンが始動させ、窓を閉めようとすると、後ろの席から風早清音が顔を出した。

「私もこれで失礼します。言っておきますが、今回は私たちウルリッヒは負けたわけではありませんからね!」
「い、いや。そもそもこれ、勝ち負けを競うような話じゃなかったでしょうに」
「気持ちの問題です、気持ちの!」
「あ、じゃあ清音さん、また増量の仕方とか教えてくださいね」
「あははははは。まったく愉快な人ですね七瀬さんは」
「ストップ!そこまで。それじゃあまた、別の仕事で会ったときにはよろしくな」
「――ええ。決着をつける機会があることを祈ってます」

 運転席の窓が閉まる。そうして二人を乗せた車は、国道の北へと消えていった。
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