人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
267 / 368
第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆23:閉幕−6

しおりを挟む
「じゃあボクらも帰ろうか」
「ああ。それじゃあお前、先にチーフのところに行っておいてくれ」
「陽司は?」
「おれはソバ屋で土産買って帰るわ。所長から買ってこいってメールが来てたのすっかり忘れてた」

 了解、と告げてチーフの車へと走ってゆく真凛。おれはソバ屋の店内に戻り、併設されている土産物屋で適当なものを物色した。

「えーと。『保己一もなか』に、なんだこれ。『つみっこ』……?微妙にマイナーだなあ」

 この手のお土産はメジャーすぎても芸がないし、マイナーすぎると敬遠されるので、さじ加減が結構難しかったりするのである。

「まーしかたがない。この『かぼちゃシュークリーム』にしとくか。なんのかんの言ってもあの人達なら甘いものは一日でカタがつくだろう」

 そうやって手早くレジを済ませる。帰りがけに、入り口近くの物陰に声をほうり込んだ。

「――お前は車に乗って行かなくていいのか?」
「構わん。現地解散で、このまま徒歩で次の職場に向かう」

 柱の陰に背を預けていた大男、シドウ・クロードがあさっての方向を向いたまま答える。おれも出口の方を向いたまま、奴を視界に入れずに言葉を続けた。

「徒歩かよ。相変わらず仕事熱心だな。で、次はどこなんだ?」
「福島の山間だ」
「そりゃ、伊勢冨田流は修験者の流れも汲んでるし、歩いた方が早いかも知れないけどな。たまには文明の利器も使ったらどうだい」
「必要なときは使う」
「そうかよ」

 わずかに、空白の時間が流れた。

「なぜおれを助けた?」

 数秒の沈黙の後、返ってきたのはなぜか質問だった。

「あの娘がお前と組むようになったのはいつ頃からだ?」
「なんだそりゃ、答えになってねぇぞ」
「いいから答えろ」
「……もう半年くらいだよ」

 ふん、とシドウが鼻を鳴らした。

「いい太刀筋だ。冨田の小太刀でも捌ききれぬほど、迷いのない伸びのある剣だった」
「いや、だから……」

 それじゃぜんぜん答えになってねぇって。

「ワタリ、聞きたいことがある」
「なんだよ?てかなんでおればっかり質問されているんだよ!?」
「お前が相手にしてきたのは、ああいうモノ・・・・・・か?」
「――ああ」
「奴らが、お前をああさせた・・・・・のか?」
「……それは、」

 その質問に、気楽に肯定の返事を出すことは出来なかった。乗っ取られたわけでも洗脳されたわけでもない。莫大な体験と情報量による価値観の変化。それは決して、外的な要因ではないのだから。

「そうか、わかった」

 おれが答えを出す前に、シドウはそう呟いた。

「なんだよテメェ、勝手に一人で結論出してんじゃねぇよ」
「そこでお前が安易に肯定していたら、今度こそ息の根を止めていた」
「おい……」

 どんどん独り合点されると、やりにくくって仕方がない。

「最後の質問だ」
「なんだよ?ってかお前ずいぶん饒舌だな」
「今後も、ああいうモノを相手にし続けるのか?」
「ああ。それが、おれがこの世に生まれてきた意義、って奴だからな」

 それだけは即答だった。貴方は男性ですか?と聞かれたら「はい」と答えざるをえない。それぐらい、今の質問は亘理陽司の本質をついていたので、おれには迷う余地もなかった。

「――ならば、時が来れば俺はお前達の力となろう」

 論理が飛躍しているというよりワープしている。なぜそういう結論になるのやら。

「おれの力になる?そりゃ一体、どういう風の吹き回しだよ」
「お前ではない。お前達、だ」

 視界の端で、奴の視線がどこを向いているかがわかった。ってちょっと待て。

「お前、何か勘違いしていないか?おれは個人的な問題にメンバーやアシスタントを巻き込むつもりはないぜ」
「お前はそうかも知れん。だが、周囲はそうではない。それを忘れるな」
「おい、さっきからなんなんだ。思わせぶりなことばっかり言いやがって――」

 おれが根負けしてついに視線をそちらに向けたとき。

 果たしてシドウ・クロードの姿はもうそこにはなかった。
 
 
 力となろう、か。

 奴の言葉は奇妙に耳に残った。人は社会の中でコミュニケーションを築き、たがいに補い合いながら生きていく。それは当然だ。だが、どうしても自分が戦わなければいけないもの、乗り越えなければいけないものがるのならば。誰かの支援を仰ぐ……いいや助けてもらうという行為は、果たして可能なのか。


 人は究極的には、どこまで行っても孤独なのではなかろうか?


 おれの思考を遮るように、向こう側からミニクーパーのレトロなクラクションが響いた。

「遅いよ陽司、日が暮れちゃうよ!」

 ふり返って駐車場を見れば、窓から真凛が顔を出して、なかなか戻ってこないおれにぶうぶうと文句を飛ばしている。

「はいはい、今戻りますよ」

 頭の中身をバイト学生のそれに整理しなおす。

 苦笑してかぼちゃシュークリームの袋を持って立ち上がり、北の方角に目をやった。夕日に染まりつつある板東山。すでに幕が下りた『役者』の舞台跡をもう一度だけ視界に焼き付けると、おれは今度こそ東京へ帰るべく、ミニクーパーに戻っていった。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『五十年目の理解』

小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...