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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆23:閉幕−6
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「じゃあボクらも帰ろうか」
「ああ。それじゃあお前、先にチーフのところに行っておいてくれ」
「陽司は?」
「おれはソバ屋で土産買って帰るわ。所長から買ってこいってメールが来てたのすっかり忘れてた」
了解、と告げてチーフの車へと走ってゆく真凛。おれはソバ屋の店内に戻り、併設されている土産物屋で適当なものを物色した。
「えーと。『保己一もなか』に、なんだこれ。『つみっこ』……?微妙にマイナーだなあ」
この手のお土産はメジャーすぎても芸がないし、マイナーすぎると敬遠されるので、さじ加減が結構難しかったりするのである。
「まーしかたがない。この『かぼちゃシュークリーム』にしとくか。なんのかんの言ってもあの人達なら甘いものは一日でカタがつくだろう」
そうやって手早くレジを済ませる。帰りがけに、入り口近くの物陰に声をほうり込んだ。
「――お前は車に乗って行かなくていいのか?」
「構わん。現地解散で、このまま徒歩で次の職場に向かう」
柱の陰に背を預けていた大男、シドウ・クロードがあさっての方向を向いたまま答える。おれも出口の方を向いたまま、奴を視界に入れずに言葉を続けた。
「徒歩かよ。相変わらず仕事熱心だな。で、次はどこなんだ?」
「福島の山間だ」
「そりゃ、伊勢冨田流は修験者の流れも汲んでるし、歩いた方が早いかも知れないけどな。たまには文明の利器も使ったらどうだい」
「必要なときは使う」
「そうかよ」
わずかに、空白の時間が流れた。
「なぜおれを助けた?」
数秒の沈黙の後、返ってきたのはなぜか質問だった。
「あの娘がお前と組むようになったのはいつ頃からだ?」
「なんだそりゃ、答えになってねぇぞ」
「いいから答えろ」
「……もう半年くらいだよ」
ふん、とシドウが鼻を鳴らした。
「いい太刀筋だ。冨田の小太刀でも捌ききれぬほど、迷いのない伸びのある剣だった」
「いや、だから……」
それじゃぜんぜん答えになってねぇって。
「ワタリ、聞きたいことがある」
「なんだよ?てかなんでおればっかり質問されているんだよ!?」
「お前が相手にしてきたのは、ああいうモノか?」
「――ああ」
「奴らが、お前をああさせたのか?」
「……それは、」
その質問に、気楽に肯定の返事を出すことは出来なかった。乗っ取られたわけでも洗脳されたわけでもない。莫大な体験と情報量による価値観の変化。それは決して、外的な要因ではないのだから。
「そうか、わかった」
おれが答えを出す前に、シドウはそう呟いた。
「なんだよテメェ、勝手に一人で結論出してんじゃねぇよ」
「そこでお前が安易に肯定していたら、今度こそ息の根を止めていた」
「おい……」
どんどん独り合点されると、やりにくくって仕方がない。
「最後の質問だ」
「なんだよ?ってかお前ずいぶん饒舌だな」
「今後も、ああいうモノを相手にし続けるのか?」
「ああ。それが、おれがこの世に生まれてきた意義、って奴だからな」
それだけは即答だった。貴方は男性ですか?と聞かれたら「はい」と答えざるをえない。それぐらい、今の質問は亘理陽司の本質をついていたので、おれには迷う余地もなかった。
「――ならば、時が来れば俺はお前達の力となろう」
論理が飛躍しているというよりワープしている。なぜそういう結論になるのやら。
「おれの力になる?そりゃ一体、どういう風の吹き回しだよ」
「お前ではない。お前達、だ」
視界の端で、奴の視線がどこを向いているかがわかった。ってちょっと待て。
「お前、何か勘違いしていないか?おれは個人的な問題にメンバーやアシスタントを巻き込むつもりはないぜ」
「お前はそうかも知れん。だが、周囲はそうではない。それを忘れるな」
「おい、さっきからなんなんだ。思わせぶりなことばっかり言いやがって――」
おれが根負けしてついに視線をそちらに向けたとき。
果たしてシドウ・クロードの姿はもうそこにはなかった。
力となろう、か。
奴の言葉は奇妙に耳に残った。人は社会の中でコミュニケーションを築き、たがいに補い合いながら生きていく。それは当然だ。だが、どうしても自分が戦わなければいけないもの、乗り越えなければいけないものがるのならば。誰かの支援を仰ぐ……いいや助けてもらうという行為は、果たして可能なのか。
人は究極的には、どこまで行っても孤独なのではなかろうか?
おれの思考を遮るように、向こう側からミニクーパーのレトロなクラクションが響いた。
「遅いよ陽司、日が暮れちゃうよ!」
ふり返って駐車場を見れば、窓から真凛が顔を出して、なかなか戻ってこないおれにぶうぶうと文句を飛ばしている。
「はいはい、今戻りますよ」
頭の中身をバイト学生のそれに整理しなおす。
苦笑してかぼちゃシュークリームの袋を持って立ち上がり、北の方角に目をやった。夕日に染まりつつある板東山。すでに幕が下りた『役者』の舞台跡をもう一度だけ視界に焼き付けると、おれは今度こそ東京へ帰るべく、ミニクーパーに戻っていった。
「ああ。それじゃあお前、先にチーフのところに行っておいてくれ」
「陽司は?」
「おれはソバ屋で土産買って帰るわ。所長から買ってこいってメールが来てたのすっかり忘れてた」
了解、と告げてチーフの車へと走ってゆく真凛。おれはソバ屋の店内に戻り、併設されている土産物屋で適当なものを物色した。
「えーと。『保己一もなか』に、なんだこれ。『つみっこ』……?微妙にマイナーだなあ」
この手のお土産はメジャーすぎても芸がないし、マイナーすぎると敬遠されるので、さじ加減が結構難しかったりするのである。
「まーしかたがない。この『かぼちゃシュークリーム』にしとくか。なんのかんの言ってもあの人達なら甘いものは一日でカタがつくだろう」
そうやって手早くレジを済ませる。帰りがけに、入り口近くの物陰に声をほうり込んだ。
「――お前は車に乗って行かなくていいのか?」
「構わん。現地解散で、このまま徒歩で次の職場に向かう」
柱の陰に背を預けていた大男、シドウ・クロードがあさっての方向を向いたまま答える。おれも出口の方を向いたまま、奴を視界に入れずに言葉を続けた。
「徒歩かよ。相変わらず仕事熱心だな。で、次はどこなんだ?」
「福島の山間だ」
「そりゃ、伊勢冨田流は修験者の流れも汲んでるし、歩いた方が早いかも知れないけどな。たまには文明の利器も使ったらどうだい」
「必要なときは使う」
「そうかよ」
わずかに、空白の時間が流れた。
「なぜおれを助けた?」
数秒の沈黙の後、返ってきたのはなぜか質問だった。
「あの娘がお前と組むようになったのはいつ頃からだ?」
「なんだそりゃ、答えになってねぇぞ」
「いいから答えろ」
「……もう半年くらいだよ」
ふん、とシドウが鼻を鳴らした。
「いい太刀筋だ。冨田の小太刀でも捌ききれぬほど、迷いのない伸びのある剣だった」
「いや、だから……」
それじゃぜんぜん答えになってねぇって。
「ワタリ、聞きたいことがある」
「なんだよ?てかなんでおればっかり質問されているんだよ!?」
「お前が相手にしてきたのは、ああいうモノか?」
「――ああ」
「奴らが、お前をああさせたのか?」
「……それは、」
その質問に、気楽に肯定の返事を出すことは出来なかった。乗っ取られたわけでも洗脳されたわけでもない。莫大な体験と情報量による価値観の変化。それは決して、外的な要因ではないのだから。
「そうか、わかった」
おれが答えを出す前に、シドウはそう呟いた。
「なんだよテメェ、勝手に一人で結論出してんじゃねぇよ」
「そこでお前が安易に肯定していたら、今度こそ息の根を止めていた」
「おい……」
どんどん独り合点されると、やりにくくって仕方がない。
「最後の質問だ」
「なんだよ?ってかお前ずいぶん饒舌だな」
「今後も、ああいうモノを相手にし続けるのか?」
「ああ。それが、おれがこの世に生まれてきた意義、って奴だからな」
それだけは即答だった。貴方は男性ですか?と聞かれたら「はい」と答えざるをえない。それぐらい、今の質問は亘理陽司の本質をついていたので、おれには迷う余地もなかった。
「――ならば、時が来れば俺はお前達の力となろう」
論理が飛躍しているというよりワープしている。なぜそういう結論になるのやら。
「おれの力になる?そりゃ一体、どういう風の吹き回しだよ」
「お前ではない。お前達、だ」
視界の端で、奴の視線がどこを向いているかがわかった。ってちょっと待て。
「お前、何か勘違いしていないか?おれは個人的な問題にメンバーやアシスタントを巻き込むつもりはないぜ」
「お前はそうかも知れん。だが、周囲はそうではない。それを忘れるな」
「おい、さっきからなんなんだ。思わせぶりなことばっかり言いやがって――」
おれが根負けしてついに視線をそちらに向けたとき。
果たしてシドウ・クロードの姿はもうそこにはなかった。
力となろう、か。
奴の言葉は奇妙に耳に残った。人は社会の中でコミュニケーションを築き、たがいに補い合いながら生きていく。それは当然だ。だが、どうしても自分が戦わなければいけないもの、乗り越えなければいけないものがるのならば。誰かの支援を仰ぐ……いいや助けてもらうという行為は、果たして可能なのか。
人は究極的には、どこまで行っても孤独なのではなかろうか?
おれの思考を遮るように、向こう側からミニクーパーのレトロなクラクションが響いた。
「遅いよ陽司、日が暮れちゃうよ!」
ふり返って駐車場を見れば、窓から真凛が顔を出して、なかなか戻ってこないおれにぶうぶうと文句を飛ばしている。
「はいはい、今戻りますよ」
頭の中身をバイト学生のそれに整理しなおす。
苦笑してかぼちゃシュークリームの袋を持って立ち上がり、北の方角に目をやった。夕日に染まりつつある板東山。すでに幕が下りた『役者』の舞台跡をもう一度だけ視界に焼き付けると、おれは今度こそ東京へ帰るべく、ミニクーパーに戻っていった。
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