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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆10:疾風と濁流と−5
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「くっそ、どいつも、こいつも、体力バカ、かよ!」
痛む喉をさすりながら、おれは息も切れ切れに喘いだ。……まあ、おれが運動不足なのは正直認めるところではあるが。
前方を走る真凛の脚力は大したものだが、足場の悪い山中の獣道を走破するとなると、軍隊で専門の訓練を受けたシドウに一日の長がある。併走する巫女さんの方も山歩きに慣れているのか、やたらに早い。そしておれはといえば、連中に引き離されないようにするのが精一杯だった。
ちくしょう、今日は完璧にオーバーワークだぜ!
朝の予定では、実務はチーフに、雑用は真凛にまかせておれは気楽な中間管理職を気取っていられるはずだったのに。息切れで愚痴をこぼすことも出来ず、おれは走り続けた。
すると、唐突に森が消え、ひらけた場所に出た。いや、そこは正確にはひらけた場所というわけではなかった。水はけの悪い土砂が大量にぶちまけられており、そこらにあったはずの木々が根こそぎ押し倒され、流された跡があった。そしてすぐ側に見える濁流は、板東川か。
「……そうか。ここが、土砂崩れのあった場所なのか」
合点がいったおれが周囲を見回す。
すでにシドウと巫女さんは歩みを止め、追いついた真凛と静かに相対していた。
「ここで決着をつけるつもり?」
真凛が問う。だが、シドウと巫女さんは言葉を返さない。それならば、と真凛がさらに一歩踏み込む。
「おい止せ真凛――」
おれは駆け寄る。妙に落ち着き払った二人の様子が、おれの脳裏に黄色信号を点滅させていたのだ。迷わずここに向けて走ってきたことも気になる。そしておれが真凛の傍らに立ったとき。
「はい。ひっかかった」
横合いからとぼけた声がかけられた。
「えっ?」
真凛が間抜けな声をあげた時には、おれはすべてを理解していた。
「しまった……誘い込まれた!!」
おれ達から少し離れた岩の上に、さっきの妙ちきりんなファッションの兄ちゃんが腰掛けていた。それも、こともあろうに携帯ゲーム機をもったまま。
「悪いが、仕込みはとっくに済ませてあったんだよね」
機体からタッチペンを引き抜く。山の中、川の傍、土砂崩れ、誘い込まれたとくれば。
「地脈使い!罠を設置するタイプの異能力者か!!」
「ご名答。でも遅かったね」
兄ちゃんはそのまま、タッチペンで己の座っている岩を突いた。
ずん、と低音がひとつ響き渡った。
結局のところ、今日のおれはまったく頭が回っていなかったようだ。
今さらになって、そう言えば北関東を中心として活動する、とくに山岳地帯や河川地帯では無類の強さを発揮する厄介な異能力者がいる、なんて噂を思い出していたのだから。代々受け継がれる神道系の能力者ではあるが、『土と豊穣の神様』を奉るうちに、普通の神主さんとはずいぶん異なる進化を遂げた。
土、それも『地脈』を扱うすべに強力に特化し、今ではむしろ、大陸の風水師のイメージに近いものとなっているのだとか。
その低音が消えるとやがて、地の底から咆吼のごとき地鳴りが轟き始める。
その家系には先天的に地脈の『線』と『ツボ』を見抜く力があるとされる。地脈の流れを読み、ツボを突いて刺激をすることで、地脈に含まれた余分な水や土を河川に排出させたり、あるいは氾濫止まぬ河川に流れ込む地下水を断ち鎮める、といった行為を可能とする。便秘解消と下痢止めみたいなもん……と言ってしまうと身も蓋もないのだが。
とにかく。土の理を知り五穀豊穣をもたらす地脈使いからしてみれば、突然の土砂崩れにより山肌が切り崩され、川の流れが妨げられているなどという状況は充分に『地脈が乱れている』ということになるのではないだろうか。
そしてそこに、地脈の『ツボ」への刺激が加わることで、”もとに戻ろうとする”力を与えられたならば。堆積している邪魔な土砂や水は、どうなる?
地鳴りは鳴りやまない。
「ホントはアンタ達に備えて張ったモンじゃないんだけどね。すでに十箇所の『ツボ』を突いてある。このコンボは、ちょぉっとごっついぜ」
「でええええええっ!?な、何あれ?」
真凛が目を見開くのも無理はない。岩の上に座る兄ちゃんのすぐ脇にはこの地鳴りの原因である満々とたたえられた土砂と泥の塊――ここにあった大量の”いらないもの”があった。
「へぇ。そこのちっこいお嬢ちゃん、たぶん『毒竜』をぶっ倒した子だろ。史上最年少の”ドラゴンバスター”の噂はあちこちで飛び交ってるよ」
二つ名で『竜』を名乗れるということは、周囲にそれを認めさせる実力がある証でもある。そしてその『竜』に勝利した者には、二つ名とは別に時折”ドラゴンバスター”などと称されることも、ままあるのだ。それはさておき、兄ちゃんはタッチペンでおれ達を指し示す。
「『浄めの渦』土直神安彦。今後ともよろしく」
兄ちゃん……土直神の背後に湛えられた膨大な土砂と水が、まさしく堰を切ったかのようにいっせいに襲いかかってきた。
兄ちゃん本人と、少し離れたところにいる巫女さんとシドウを綺麗に避けて、おれ達だけをまるで生き物のように狙ってくる。関節を破砕する凶悪な武術も、因果をねじ曲げる反則技も、襲いかかる土石流の前にはなんら意味をなさない。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」
抵抗する間もありはしない。おれ達二人は瞬く間に呑み込まれ、たいそう間抜けな声を挙げながら、板東川の遙か下流へ向けて流されてしまったのだった。
痛む喉をさすりながら、おれは息も切れ切れに喘いだ。……まあ、おれが運動不足なのは正直認めるところではあるが。
前方を走る真凛の脚力は大したものだが、足場の悪い山中の獣道を走破するとなると、軍隊で専門の訓練を受けたシドウに一日の長がある。併走する巫女さんの方も山歩きに慣れているのか、やたらに早い。そしておれはといえば、連中に引き離されないようにするのが精一杯だった。
ちくしょう、今日は完璧にオーバーワークだぜ!
朝の予定では、実務はチーフに、雑用は真凛にまかせておれは気楽な中間管理職を気取っていられるはずだったのに。息切れで愚痴をこぼすことも出来ず、おれは走り続けた。
すると、唐突に森が消え、ひらけた場所に出た。いや、そこは正確にはひらけた場所というわけではなかった。水はけの悪い土砂が大量にぶちまけられており、そこらにあったはずの木々が根こそぎ押し倒され、流された跡があった。そしてすぐ側に見える濁流は、板東川か。
「……そうか。ここが、土砂崩れのあった場所なのか」
合点がいったおれが周囲を見回す。
すでにシドウと巫女さんは歩みを止め、追いついた真凛と静かに相対していた。
「ここで決着をつけるつもり?」
真凛が問う。だが、シドウと巫女さんは言葉を返さない。それならば、と真凛がさらに一歩踏み込む。
「おい止せ真凛――」
おれは駆け寄る。妙に落ち着き払った二人の様子が、おれの脳裏に黄色信号を点滅させていたのだ。迷わずここに向けて走ってきたことも気になる。そしておれが真凛の傍らに立ったとき。
「はい。ひっかかった」
横合いからとぼけた声がかけられた。
「えっ?」
真凛が間抜けな声をあげた時には、おれはすべてを理解していた。
「しまった……誘い込まれた!!」
おれ達から少し離れた岩の上に、さっきの妙ちきりんなファッションの兄ちゃんが腰掛けていた。それも、こともあろうに携帯ゲーム機をもったまま。
「悪いが、仕込みはとっくに済ませてあったんだよね」
機体からタッチペンを引き抜く。山の中、川の傍、土砂崩れ、誘い込まれたとくれば。
「地脈使い!罠を設置するタイプの異能力者か!!」
「ご名答。でも遅かったね」
兄ちゃんはそのまま、タッチペンで己の座っている岩を突いた。
ずん、と低音がひとつ響き渡った。
結局のところ、今日のおれはまったく頭が回っていなかったようだ。
今さらになって、そう言えば北関東を中心として活動する、とくに山岳地帯や河川地帯では無類の強さを発揮する厄介な異能力者がいる、なんて噂を思い出していたのだから。代々受け継がれる神道系の能力者ではあるが、『土と豊穣の神様』を奉るうちに、普通の神主さんとはずいぶん異なる進化を遂げた。
土、それも『地脈』を扱うすべに強力に特化し、今ではむしろ、大陸の風水師のイメージに近いものとなっているのだとか。
その低音が消えるとやがて、地の底から咆吼のごとき地鳴りが轟き始める。
その家系には先天的に地脈の『線』と『ツボ』を見抜く力があるとされる。地脈の流れを読み、ツボを突いて刺激をすることで、地脈に含まれた余分な水や土を河川に排出させたり、あるいは氾濫止まぬ河川に流れ込む地下水を断ち鎮める、といった行為を可能とする。便秘解消と下痢止めみたいなもん……と言ってしまうと身も蓋もないのだが。
とにかく。土の理を知り五穀豊穣をもたらす地脈使いからしてみれば、突然の土砂崩れにより山肌が切り崩され、川の流れが妨げられているなどという状況は充分に『地脈が乱れている』ということになるのではないだろうか。
そしてそこに、地脈の『ツボ」への刺激が加わることで、”もとに戻ろうとする”力を与えられたならば。堆積している邪魔な土砂や水は、どうなる?
地鳴りは鳴りやまない。
「ホントはアンタ達に備えて張ったモンじゃないんだけどね。すでに十箇所の『ツボ』を突いてある。このコンボは、ちょぉっとごっついぜ」
「でええええええっ!?な、何あれ?」
真凛が目を見開くのも無理はない。岩の上に座る兄ちゃんのすぐ脇にはこの地鳴りの原因である満々とたたえられた土砂と泥の塊――ここにあった大量の”いらないもの”があった。
「へぇ。そこのちっこいお嬢ちゃん、たぶん『毒竜』をぶっ倒した子だろ。史上最年少の”ドラゴンバスター”の噂はあちこちで飛び交ってるよ」
二つ名で『竜』を名乗れるということは、周囲にそれを認めさせる実力がある証でもある。そしてその『竜』に勝利した者には、二つ名とは別に時折”ドラゴンバスター”などと称されることも、ままあるのだ。それはさておき、兄ちゃんはタッチペンでおれ達を指し示す。
「『浄めの渦』土直神安彦。今後ともよろしく」
兄ちゃん……土直神の背後に湛えられた膨大な土砂と水が、まさしく堰を切ったかのようにいっせいに襲いかかってきた。
兄ちゃん本人と、少し離れたところにいる巫女さんとシドウを綺麗に避けて、おれ達だけをまるで生き物のように狙ってくる。関節を破砕する凶悪な武術も、因果をねじ曲げる反則技も、襲いかかる土石流の前にはなんら意味をなさない。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」
抵抗する間もありはしない。おれ達二人は瞬く間に呑み込まれ、たいそう間抜けな声を挙げながら、板東川の遙か下流へ向けて流されてしまったのだった。
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