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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆14:凶蛇と蝙蝠と紙鶴と−3
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「このままホテルのプールが全て枯れるまで待つ、というのはどうだ」
「貴方の体力から言えばそれもありかも知れませんが。私と、何より亘理さん達が持ちません」
「世話の焼ける」
その頃おれ達も、無限の再生力を持つ敵を相手に苦戦を強いられていたのである。『蛇』の本体を見つけない限り、この蛇たちはほぼ無限に生まれてくる。能力的に相性の悪い直樹と門宮さんを消耗戦に引きずり込みつつ、水池氏に攻撃を加えるのが『蛇』の狙いだった。
「別に亘理が死んだ程度でどうと言うことはないが」
言いたいこと言ってくれるなこの野郎。
「……何より、本体に逃げられては元も子もありません」
フォローしてくれる門宮さん。涙が出そうだ。直樹の野郎は剣を縦横に振るいながら器用に首をかしげ、二秒で決断した。
「聞こえているか」
何だ。
「回路を開くぞ。手伝え」
マジかよ。
「……なんのことですか?」
門宮さんの問いには答えず、騎兵刀を地面に突き立て、手を離した。そのまま両腕を大きく広げる。膨大な量の冷気が奴の身体から立ち昇り、それは奴のコートの裾に、まるで折りたたまれた翼のように広がった。
「まずは雑魚を一掃する」
「しかし、この林の中で冷気を展開すれば周囲に被害が――」
「問題はない」
両腕を前に向けて突き出すと同時に、背中の銀の翼、つまりはたわめられた冷気が一気に前方へと吹き抜ける。
「――かかれ」
主の号令を受け、前方に展開された銀色の冷気の靄から、何かが一斉に夜へと飛び立つ。それは無数の、白い蝙蝠だった。一匹一匹の銀色の蝙蝠が密集した木々の間を駆け抜け、それぞれ地面に、幹に、枝葉に隠れる水の蛇を捕らえ、凍り付かせてゆく。
それはたとえて言うなら、マイクロミサイルの乱舞に等しかった。闇の林の中、殆ど音も立てず銀の蝙蝠が透明な蛇を砕いていく様は、傍から見る者が居れば美しいと思えたのかも知れない。十秒あまりの無音の戦闘の後、樹木を傷つけることなく、林の中の蛇は一掃されていた。
”なかなかやる……だが私が居る限り、何度でも後続が現れるぞ”
闇のどこかから、『蛇』があざける。直樹はその挑発には応じず、虚空を見上げ、誰にともなく呟いた。
「出番だ、働け亘理」
やれやれ。こっちは千葉だってのに。まったく人使いの荒い野郎だ。
遙か数十キロを隔てた病院の廊下、水の蛇を撃退し続ける真凛の背後で、おれは脳裏の引き出しから『鍵』を取り出す。
「『増上寺の境内で』『投じられる一撃は』」
『蛇』と名乗った敵手の能力同様、俺が紡ぐこの因果の鍵も、距離に影響されて威力が減じることはない。だが状況を正確に把握せずに因果の鍵を紡ぐことは、いたずらにその威力を浪費させ減じる事となり、甚だ効率が悪い。そう、状況を正確に把握できなければ。
「『潜む呪術師を』『外すことはない』!」
言語が枷となり、鎖となる。
時間という大河に穿たれる因果の楔。河を流れる、無数の誰かの意志決定の集積――時に運命とも呼ばれる抗いがたいこの激流に、楔を打ち込み堤と為して自らの望む結果を引き寄せる。無限の可能性を封じ、無限以外の可能性を開く因果の鍵が発動する。
『……馬鹿な!?』
『蛇』の口から驚愕の声が上がる。直樹が当てずっぽうに投げた氷の槍は、あり得ないほど運良く隠れている奴めがけて飛んでいった。
「貴方の体力から言えばそれもありかも知れませんが。私と、何より亘理さん達が持ちません」
「世話の焼ける」
その頃おれ達も、無限の再生力を持つ敵を相手に苦戦を強いられていたのである。『蛇』の本体を見つけない限り、この蛇たちはほぼ無限に生まれてくる。能力的に相性の悪い直樹と門宮さんを消耗戦に引きずり込みつつ、水池氏に攻撃を加えるのが『蛇』の狙いだった。
「別に亘理が死んだ程度でどうと言うことはないが」
言いたいこと言ってくれるなこの野郎。
「……何より、本体に逃げられては元も子もありません」
フォローしてくれる門宮さん。涙が出そうだ。直樹の野郎は剣を縦横に振るいながら器用に首をかしげ、二秒で決断した。
「聞こえているか」
何だ。
「回路を開くぞ。手伝え」
マジかよ。
「……なんのことですか?」
門宮さんの問いには答えず、騎兵刀を地面に突き立て、手を離した。そのまま両腕を大きく広げる。膨大な量の冷気が奴の身体から立ち昇り、それは奴のコートの裾に、まるで折りたたまれた翼のように広がった。
「まずは雑魚を一掃する」
「しかし、この林の中で冷気を展開すれば周囲に被害が――」
「問題はない」
両腕を前に向けて突き出すと同時に、背中の銀の翼、つまりはたわめられた冷気が一気に前方へと吹き抜ける。
「――かかれ」
主の号令を受け、前方に展開された銀色の冷気の靄から、何かが一斉に夜へと飛び立つ。それは無数の、白い蝙蝠だった。一匹一匹の銀色の蝙蝠が密集した木々の間を駆け抜け、それぞれ地面に、幹に、枝葉に隠れる水の蛇を捕らえ、凍り付かせてゆく。
それはたとえて言うなら、マイクロミサイルの乱舞に等しかった。闇の林の中、殆ど音も立てず銀の蝙蝠が透明な蛇を砕いていく様は、傍から見る者が居れば美しいと思えたのかも知れない。十秒あまりの無音の戦闘の後、樹木を傷つけることなく、林の中の蛇は一掃されていた。
”なかなかやる……だが私が居る限り、何度でも後続が現れるぞ”
闇のどこかから、『蛇』があざける。直樹はその挑発には応じず、虚空を見上げ、誰にともなく呟いた。
「出番だ、働け亘理」
やれやれ。こっちは千葉だってのに。まったく人使いの荒い野郎だ。
遙か数十キロを隔てた病院の廊下、水の蛇を撃退し続ける真凛の背後で、おれは脳裏の引き出しから『鍵』を取り出す。
「『増上寺の境内で』『投じられる一撃は』」
『蛇』と名乗った敵手の能力同様、俺が紡ぐこの因果の鍵も、距離に影響されて威力が減じることはない。だが状況を正確に把握せずに因果の鍵を紡ぐことは、いたずらにその威力を浪費させ減じる事となり、甚だ効率が悪い。そう、状況を正確に把握できなければ。
「『潜む呪術師を』『外すことはない』!」
言語が枷となり、鎖となる。
時間という大河に穿たれる因果の楔。河を流れる、無数の誰かの意志決定の集積――時に運命とも呼ばれる抗いがたいこの激流に、楔を打ち込み堤と為して自らの望む結果を引き寄せる。無限の可能性を封じ、無限以外の可能性を開く因果の鍵が発動する。
『……馬鹿な!?』
『蛇』の口から驚愕の声が上がる。直樹が当てずっぽうに投げた氷の槍は、あり得ないほど運良く隠れている奴めがけて飛んでいった。
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