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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆14:凶蛇と蝙蝠と紙鶴とー2
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先陣を切ったのは直樹だった。インバネスを翻したと思ったときには、一気に静から動へと転じ、五メートルの距離を二歩で詰めている。その左の掌に冷気が渦巻き、瞬時に氷で作られた鋭利な騎兵刀を構成する。
奴自身の剣の技量は達人の領域には及ばない。だがそれは奴が弱いことを意味しない。精緻な手の内や足捌きなど気にせず、奴自身のカンと人外の膂力を、緩やかに反りが与えられた刀身に乗せて倍加し、敵の甲冑ごと両断してのける介者剣法。
人間のように技術を系統だてて後人に残す必要のない吸血鬼には、それで充分過ぎるのである。左足を踏み込むことで突進の運動量が転化し、裁断機じみた斬撃が真横に振るわれる。『蛇』に反応する間も与えず、その右手首を切り飛ばした。戦闘不能確実の傷である。だが。
「――空蝉!?」
切り落とされた手首と、そして『蛇』の身体がぐにゃりと歪む。形を失い色が消え、たちまちそれは巨大な水の蛇と化して、直樹に躍りかかった。
「日本の忍者の専売特許ではないと言うことか!」
バックステップしつつ騎兵刀を翻し、まるで十字架を掴むかの如く逆手で構える。もちろん、世間一般のマジメな吸血鬼のように十字架を見て己の罪におののくような敬虔な心情など奴にはカケラもなく――そもそもシスターに欲情する罰当たりだ――その意図は別にあった。
構えた刀身に躍りかかってきた水の蛇が衝突する、と同時に、その蛇身が凍り付き、砕け散った。分子運動を一瞬だけ、だが完全に停止させることで熱を奪い絶対零度を生み出す奴の力が刀身に込められ、空蝉を構成していた数十キロの水塊を瞬時に氷塊へと変えてしまったのだ。
もっとも、これでも奴は手加減をしている。林の中でなければ、わざわざ剣に冷気を収束させずとも、全身から放射しながら戦い続けることも出来るのだから。宙を舞う氷の欠片を払い、林の奥に眼を凝らす。
”確かに戦闘能力では分が悪いな”
闇の奥、どこからともなく響く『蛇』の声。
”だが殴り合いに強いだけで勝てる程甘くは無いぞ”
突如林の奥、南の方角からがさがさと何か大量のいきものが迫ってくる気配がする。だが、夜の闇に紛れて姿が見えない。警戒する間もなく、攻撃がやってきた。
門宮さんが、『蛇』の本体を探し出そうと密かに展開していた『かえる』の式神達が、軒並み喰われてしまったのだ。気がつけば、落ち葉の積もった足下、枝枝の隙間、幹と根本。見渡す限り、水で出来た無数の小蛇がのたくっていた。
闇夜と透明な身体が著しく視認を困難にしているが、その数、少なくとも五百はくだらないだろう。もしも色がついていたら、蛇嫌いの人が間違いなく失神するくらいおぞましい光景だった。
「これほどの水、いったいどこから……」
「増上寺の南にはホテルがあります。そのプールから拝借したのでしょう。夏も終わったのにまだ水を溜めていたんですね」
「プール掃除まで業務範囲内とは恐れ入るな」
足下の蛇を二、三匹切り払ってみるが、すぐに無益であると確認する直樹と、準備していた式を全て破壊され、急いで次の術法の準備に取りかかる門宮さん。
しかし二人とも、続いて林の中から現れたモノを見たときは、平静では居られなかった。林の奥から静かに迫り来て、矢のように噛みついてくるそれをどうにかかわす。
「……『締める蛇』!亘理さん達の方に向かっているはずでは!」
「何も一匹だけしか操れないと言うわけでもなかろうよ」
忌々しげに直樹が述べる。森の奥から嗤い声が響いた。
”我が用いるはヒトなる種の始原のまじない。力の無さを小手先の技術でごまかすだけの東洋の三流術師など、到底及ぶ所ではない”
一斉に蛇の群れが襲いかかってきた。直樹が剣を振るい、コートの裾を翻すたびに、数十匹の蛇が凍り付き、砕け散る。門宮さんの『鶴』が嵐となって吹き散らす。蛇の残骸が水に還り、地面に染みこむが、そのたびに次から次へと林の奥から後続がやってくるのだ。
実際、『蛇』の呪力……キャパシティは恐るべきものだった。同時に複数の使い魔を操ること、そしてそれらの総合出力。どれをとっても超一級足りうるだろう。残念ながら、門宮さんの呪力は奴に及ばない。門宮さんが弱いわけではなく、『蛇』が異常なのである。
そしてその合間を衝いて、こちらは巨大な『絞める蛇』が襲いかかってくる。こればかりは片手であしらうわけにもいかず、次第に二人は劣勢に追い込まれていった。
奴自身の剣の技量は達人の領域には及ばない。だがそれは奴が弱いことを意味しない。精緻な手の内や足捌きなど気にせず、奴自身のカンと人外の膂力を、緩やかに反りが与えられた刀身に乗せて倍加し、敵の甲冑ごと両断してのける介者剣法。
人間のように技術を系統だてて後人に残す必要のない吸血鬼には、それで充分過ぎるのである。左足を踏み込むことで突進の運動量が転化し、裁断機じみた斬撃が真横に振るわれる。『蛇』に反応する間も与えず、その右手首を切り飛ばした。戦闘不能確実の傷である。だが。
「――空蝉!?」
切り落とされた手首と、そして『蛇』の身体がぐにゃりと歪む。形を失い色が消え、たちまちそれは巨大な水の蛇と化して、直樹に躍りかかった。
「日本の忍者の専売特許ではないと言うことか!」
バックステップしつつ騎兵刀を翻し、まるで十字架を掴むかの如く逆手で構える。もちろん、世間一般のマジメな吸血鬼のように十字架を見て己の罪におののくような敬虔な心情など奴にはカケラもなく――そもそもシスターに欲情する罰当たりだ――その意図は別にあった。
構えた刀身に躍りかかってきた水の蛇が衝突する、と同時に、その蛇身が凍り付き、砕け散った。分子運動を一瞬だけ、だが完全に停止させることで熱を奪い絶対零度を生み出す奴の力が刀身に込められ、空蝉を構成していた数十キロの水塊を瞬時に氷塊へと変えてしまったのだ。
もっとも、これでも奴は手加減をしている。林の中でなければ、わざわざ剣に冷気を収束させずとも、全身から放射しながら戦い続けることも出来るのだから。宙を舞う氷の欠片を払い、林の奥に眼を凝らす。
”確かに戦闘能力では分が悪いな”
闇の奥、どこからともなく響く『蛇』の声。
”だが殴り合いに強いだけで勝てる程甘くは無いぞ”
突如林の奥、南の方角からがさがさと何か大量のいきものが迫ってくる気配がする。だが、夜の闇に紛れて姿が見えない。警戒する間もなく、攻撃がやってきた。
門宮さんが、『蛇』の本体を探し出そうと密かに展開していた『かえる』の式神達が、軒並み喰われてしまったのだ。気がつけば、落ち葉の積もった足下、枝枝の隙間、幹と根本。見渡す限り、水で出来た無数の小蛇がのたくっていた。
闇夜と透明な身体が著しく視認を困難にしているが、その数、少なくとも五百はくだらないだろう。もしも色がついていたら、蛇嫌いの人が間違いなく失神するくらいおぞましい光景だった。
「これほどの水、いったいどこから……」
「増上寺の南にはホテルがあります。そのプールから拝借したのでしょう。夏も終わったのにまだ水を溜めていたんですね」
「プール掃除まで業務範囲内とは恐れ入るな」
足下の蛇を二、三匹切り払ってみるが、すぐに無益であると確認する直樹と、準備していた式を全て破壊され、急いで次の術法の準備に取りかかる門宮さん。
しかし二人とも、続いて林の中から現れたモノを見たときは、平静では居られなかった。林の奥から静かに迫り来て、矢のように噛みついてくるそれをどうにかかわす。
「……『締める蛇』!亘理さん達の方に向かっているはずでは!」
「何も一匹だけしか操れないと言うわけでもなかろうよ」
忌々しげに直樹が述べる。森の奥から嗤い声が響いた。
”我が用いるはヒトなる種の始原のまじない。力の無さを小手先の技術でごまかすだけの東洋の三流術師など、到底及ぶ所ではない”
一斉に蛇の群れが襲いかかってきた。直樹が剣を振るい、コートの裾を翻すたびに、数十匹の蛇が凍り付き、砕け散る。門宮さんの『鶴』が嵐となって吹き散らす。蛇の残骸が水に還り、地面に染みこむが、そのたびに次から次へと林の奥から後続がやってくるのだ。
実際、『蛇』の呪力……キャパシティは恐るべきものだった。同時に複数の使い魔を操ること、そしてそれらの総合出力。どれをとっても超一級足りうるだろう。残念ながら、門宮さんの呪力は奴に及ばない。門宮さんが弱いわけではなく、『蛇』が異常なのである。
そしてその合間を衝いて、こちらは巨大な『絞める蛇』が襲いかかってくる。こればかりは片手であしらうわけにもいかず、次第に二人は劣勢に追い込まれていった。
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