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第4話:『不実在オークショナー』
◆09:作戦会議(その2)-3
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「陽司さんは冗談でそう言ってても、あの子は冗談以上に受け取っているんです。それで悩んでいるんですよ。『自分には戦うことしか出来ない。今まではそれだけで良かったけど、それだけではいけないような気がする。でも何をしていいかわからない』。そういう事です。さらに言ってしまえば、あの子はもっと貴方の役に立ちたいんですよ」
来音さんの言葉に、おれは返事のしようもなかった。氷だけになったグラスに突っ込んだストローが、ずずずずと間抜けな音を立てた。
――喧嘩にならないから居ても意味が無いってこと!?――
――だいたい陽司はいつも自分だけで――
氷をじゃらじゃらと鳴らす。グラスに両手を置き、テーブルに突っ伏した。
「でもねえ。あいつはまだ十六歳なんですよ」
カッコ悪ぃ。これじゃ飲み屋で管巻いてるサラリーマンだ。
「この業界、いかに仁義があるっつっても、一歩氷を踏み割れば、下に広がってるのは私欲と悪意のヘドロです。底に行けば行くほど、殺人、脅迫、誘拐。知りすぎたエージェントの抹消、同胞の密告、裏切り。なんでもあるじゃないですか」
格好いい仕事やお気楽な仕事ばかりでもない。この一年間と半で、時々そういった裏事情が透けて見える事があった。
「今回の密入国の件だってそうですよ。ナマで見るには刺激が強すぎる。あんなのはニュースで見て義憤に燃えてるくらいで丁度いいんです」
「だから真凛さんを仕事から外したと?」
「あの場で彼等を助け出したとして、その後どうするか。不法入国者として警察に突き出すか。一度助けた以上は最後まで生活の面倒を見てやるのか。子供どころか。大人だって簡単に判断を下せるもんじゃありませんよ」
くそ、何かぺらぺら下らんこと喋ってるなおれ。このドリンクバー、アルコールでも混ぜてあるんじゃなかろうな。
「あいつのいいところはね。この御時世には珍しいくらい偏見がない事です。世間的には色眼鏡で見られがちな、例えばホームレス、オタク、不良学生、外国人。あるいは有名人、お金持ち、権威ある学者――どちらにも気負うことなくごく普通に接する事が出来る。おれみたいな、二重三重に深読みして対策を立てながらでなければ人と話せないような人間には、到底真似が出来ない。だから。あいつにはまだ、あんまり人間の一番汚い部分を見せたくないんですよ」
「でも、陽司さんが十六歳の時は」
「あー。この業界でもさすがにおれは例外でしょう。中学生日記の時間にノンフィクション戦争映画をやってたよーなもんですからして。って、なに笑ってるんですか来音さん」
「いえいえ。陽司さんは本当に真凛さんを大事にしてるんだなー、と」
「……スタッフのアシスタントに対する義務感って奴ですよ。義理堅いんですよ?おれは」
来音さんはそこで笑いを収め、おれの肩に手を置いた。
「でもね、思い過ごしかも知れませんよ?」
「と、言いますと?」
「あなたが思っているよりずっと、真凛さんは芯が強いんじゃないかって事です。どうです?一度、彼女の能力ではなく。彼女自身を信じてみたら」
「信じる、ねえ……」
「それでは私はまた事務所に戻ります。一日がかりですけど、どうか頑張って下さい」
席を立つ来音さん。おれはそれに頭を下げて応える。と、その去り際。
「ところで、おれが真凛を外した事、いつ知ったんですかね?」
おれの質問に、来音さんはぺろっと舌を出して、
「そうでした。陽司さんと話すときは展開が早すぎるのが難点でしたね」
そう応え、彼女がここに来るまで打ってくれた手を明かしてくれた。
って。あれだけあった冷凍食品の群れは、どこへ消えたのだろう……?
来音さんの言葉に、おれは返事のしようもなかった。氷だけになったグラスに突っ込んだストローが、ずずずずと間抜けな音を立てた。
――喧嘩にならないから居ても意味が無いってこと!?――
――だいたい陽司はいつも自分だけで――
氷をじゃらじゃらと鳴らす。グラスに両手を置き、テーブルに突っ伏した。
「でもねえ。あいつはまだ十六歳なんですよ」
カッコ悪ぃ。これじゃ飲み屋で管巻いてるサラリーマンだ。
「この業界、いかに仁義があるっつっても、一歩氷を踏み割れば、下に広がってるのは私欲と悪意のヘドロです。底に行けば行くほど、殺人、脅迫、誘拐。知りすぎたエージェントの抹消、同胞の密告、裏切り。なんでもあるじゃないですか」
格好いい仕事やお気楽な仕事ばかりでもない。この一年間と半で、時々そういった裏事情が透けて見える事があった。
「今回の密入国の件だってそうですよ。ナマで見るには刺激が強すぎる。あんなのはニュースで見て義憤に燃えてるくらいで丁度いいんです」
「だから真凛さんを仕事から外したと?」
「あの場で彼等を助け出したとして、その後どうするか。不法入国者として警察に突き出すか。一度助けた以上は最後まで生活の面倒を見てやるのか。子供どころか。大人だって簡単に判断を下せるもんじゃありませんよ」
くそ、何かぺらぺら下らんこと喋ってるなおれ。このドリンクバー、アルコールでも混ぜてあるんじゃなかろうな。
「あいつのいいところはね。この御時世には珍しいくらい偏見がない事です。世間的には色眼鏡で見られがちな、例えばホームレス、オタク、不良学生、外国人。あるいは有名人、お金持ち、権威ある学者――どちらにも気負うことなくごく普通に接する事が出来る。おれみたいな、二重三重に深読みして対策を立てながらでなければ人と話せないような人間には、到底真似が出来ない。だから。あいつにはまだ、あんまり人間の一番汚い部分を見せたくないんですよ」
「でも、陽司さんが十六歳の時は」
「あー。この業界でもさすがにおれは例外でしょう。中学生日記の時間にノンフィクション戦争映画をやってたよーなもんですからして。って、なに笑ってるんですか来音さん」
「いえいえ。陽司さんは本当に真凛さんを大事にしてるんだなー、と」
「……スタッフのアシスタントに対する義務感って奴ですよ。義理堅いんですよ?おれは」
来音さんはそこで笑いを収め、おれの肩に手を置いた。
「でもね、思い過ごしかも知れませんよ?」
「と、言いますと?」
「あなたが思っているよりずっと、真凛さんは芯が強いんじゃないかって事です。どうです?一度、彼女の能力ではなく。彼女自身を信じてみたら」
「信じる、ねえ……」
「それでは私はまた事務所に戻ります。一日がかりですけど、どうか頑張って下さい」
席を立つ来音さん。おれはそれに頭を下げて応える。と、その去り際。
「ところで、おれが真凛を外した事、いつ知ったんですかね?」
おれの質問に、来音さんはぺろっと舌を出して、
「そうでした。陽司さんと話すときは展開が早すぎるのが難点でしたね」
そう応え、彼女がここに来るまで打ってくれた手を明かしてくれた。
って。あれだけあった冷凍食品の群れは、どこへ消えたのだろう……?
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