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第3話:『中央道カーチェイサー』
◆15:ゲーム・オーバー−2
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浅葱さんの宣言に、中年オヤジの動きがぴたりと静止した。動作の途中で静止画にされると、人間ってホント変てこなポーズになるよなあ。
「浅葱さん。よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「では。私、弓削かをるは、所有する『サイバー堕天使えるみかスクランブル』の連載権と、委託されている『瑞浪紀代人』の所属を、株式会社『ミッドテラス』に移管することをここに宣言します。契約書の作成をお願いできますか?」
「弓削君!」
「弓削さん!」
「ば――馬鹿なことを言うな!!そんな口約束、通るわけが無いだろう!」
「生憎と、この契約書は『ミッドテラス』社長と、『ホーリック』社長代理のあなたの印で作成されています。当然、印鑑を押されたということは文面は理解されておられましたよね」
ことさら語尾を下げ、疑問形にしないところが意地が悪い。
「……な、しかし、そんな……」
「である以上、この契約書に従えば公式に権利は弓削さんのものになる。そしてその弓削さんがその場で譲渡を宣言した以上、『えるみかスクランブル』と『瑞浪紀代人』は公式に『ミッドテラス』のものとなる。もちろん題名の変更等の不自然な修正も無しに。おわかりですか?」
「こ――これは、詐欺行為だ!第一、そんな口約束で物事を決められてたまるか!そ、そうだ、それこそもう一度契約書を書け。弁護士の立会いの下で。いや、弓削、その前にお前はもう一度社に戻って」
「その必要はありませんな」
突如割り込んだ第三の男の声に、ぎょっとして振り向く中年。見れば喫茶店のマスターがトレイを持って立っていた。
「なんだあんたは!これはウチの問題だからでしゃばっ」
「それならば今契約書を作成すれば良い。そうですね、みなさん」
「「はい」」
浅葱さんと弓削さんが唱和する。
「言うのを忘れていましたが、こちらのマスター、本業は弁護士です。こう言った民事関係のトラブルの草分け的な存在なんですよ」
所長の満面の笑みに、ようやく哀れな中年は、これが最初から最後まで筋書きの仕組まれた陰謀だったということに気がついた。
「ゆ、弓削……この、貴様、恩を仇で返すとは……!クビだ、クビ!もう二度とウチに顔を出すな!」
「確かにその言葉、伺いました」
「……ん?」
己が口走った言葉の重大さに、中年が青ざめたその時。
「弓削さああん!!」
感極まった態の瑞浪さんが抱きついた。
「弓削さん、ありがとうございました、やっぱり弓削さんは最高です!」
「……俺たちみんな、手玉に取られたか。たいしたもんだよ、お前は。……これで、いつでもうちに来てくれるな」
「作家にとってベストの環境を確保する。それが編集者の仕事ですから」
半ばあきれ顔を浮かべる伊嶋編集と対照的に、中年の顔は蒼白を通り越して土気色になっていた。
「弓削さん、弓削さん……」
「紀ちゃん、ごめんね、一連のごたごたで随分つらい目に合わせちゃったね。でも、もう大丈夫だから」
涙でぐしゃぐしゃの瑞浪さんの顔をハンカチでぬぐってやる弓削さんの顔を見ながら、おれは我知らず呟いていた。
「……おれも、佳い女センサー装備しようかねえ」
初めて、鉄仮面の下の素顔を、見た。
「ごちそうさんでした」
もう勝負のついた騒動を尻目に、おれは席を立った。今度こそ、これ以上先を見る必要は無い。と、今夜は大活躍だったおれの携帯が、再び銭形警部のテーマを奏でた。
『亘理さん、こちら玲沙です。今、神田のJR駅前につきました』
「はいはい、今迎えに行きますよー」
おれは、徹夜明けの空腹を満たすべく、『古時計』のドアを押し開けた。
ビルの谷間から昇るすがすがしい朝の陽光が、騒がしい夜の終了を告げていた。
【3話完】
「浅葱さん。よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「では。私、弓削かをるは、所有する『サイバー堕天使えるみかスクランブル』の連載権と、委託されている『瑞浪紀代人』の所属を、株式会社『ミッドテラス』に移管することをここに宣言します。契約書の作成をお願いできますか?」
「弓削君!」
「弓削さん!」
「ば――馬鹿なことを言うな!!そんな口約束、通るわけが無いだろう!」
「生憎と、この契約書は『ミッドテラス』社長と、『ホーリック』社長代理のあなたの印で作成されています。当然、印鑑を押されたということは文面は理解されておられましたよね」
ことさら語尾を下げ、疑問形にしないところが意地が悪い。
「……な、しかし、そんな……」
「である以上、この契約書に従えば公式に権利は弓削さんのものになる。そしてその弓削さんがその場で譲渡を宣言した以上、『えるみかスクランブル』と『瑞浪紀代人』は公式に『ミッドテラス』のものとなる。もちろん題名の変更等の不自然な修正も無しに。おわかりですか?」
「こ――これは、詐欺行為だ!第一、そんな口約束で物事を決められてたまるか!そ、そうだ、それこそもう一度契約書を書け。弁護士の立会いの下で。いや、弓削、その前にお前はもう一度社に戻って」
「その必要はありませんな」
突如割り込んだ第三の男の声に、ぎょっとして振り向く中年。見れば喫茶店のマスターがトレイを持って立っていた。
「なんだあんたは!これはウチの問題だからでしゃばっ」
「それならば今契約書を作成すれば良い。そうですね、みなさん」
「「はい」」
浅葱さんと弓削さんが唱和する。
「言うのを忘れていましたが、こちらのマスター、本業は弁護士です。こう言った民事関係のトラブルの草分け的な存在なんですよ」
所長の満面の笑みに、ようやく哀れな中年は、これが最初から最後まで筋書きの仕組まれた陰謀だったということに気がついた。
「ゆ、弓削……この、貴様、恩を仇で返すとは……!クビだ、クビ!もう二度とウチに顔を出すな!」
「確かにその言葉、伺いました」
「……ん?」
己が口走った言葉の重大さに、中年が青ざめたその時。
「弓削さああん!!」
感極まった態の瑞浪さんが抱きついた。
「弓削さん、ありがとうございました、やっぱり弓削さんは最高です!」
「……俺たちみんな、手玉に取られたか。たいしたもんだよ、お前は。……これで、いつでもうちに来てくれるな」
「作家にとってベストの環境を確保する。それが編集者の仕事ですから」
半ばあきれ顔を浮かべる伊嶋編集と対照的に、中年の顔は蒼白を通り越して土気色になっていた。
「弓削さん、弓削さん……」
「紀ちゃん、ごめんね、一連のごたごたで随分つらい目に合わせちゃったね。でも、もう大丈夫だから」
涙でぐしゃぐしゃの瑞浪さんの顔をハンカチでぬぐってやる弓削さんの顔を見ながら、おれは我知らず呟いていた。
「……おれも、佳い女センサー装備しようかねえ」
初めて、鉄仮面の下の素顔を、見た。
「ごちそうさんでした」
もう勝負のついた騒動を尻目に、おれは席を立った。今度こそ、これ以上先を見る必要は無い。と、今夜は大活躍だったおれの携帯が、再び銭形警部のテーマを奏でた。
『亘理さん、こちら玲沙です。今、神田のJR駅前につきました』
「はいはい、今迎えに行きますよー」
おれは、徹夜明けの空腹を満たすべく、『古時計』のドアを押し開けた。
ビルの谷間から昇るすがすがしい朝の陽光が、騒がしい夜の終了を告げていた。
【3話完】
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