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第3話:『中央道カーチェイサー』
◆15:ゲーム・オーバー−1
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おれが『古時計』の重厚なドアを押し開けると、澄んだドアベルの音が店内に鳴り響いた。
おれの顔を見て、露骨に落胆した人が一名。この人が伊嶋さんだろう。そして満面の笑みを浮かべる脂ぎった中年のオッサンが一名……オッサンの笑顔など見たくも無いのでその場で脳裏に保存せず消去……そして相変わらず鉄仮面顔の弓削さん。同じテーブルに着いて本当に泣きそうな顔をしている眼鏡の女の子は、はて誰だろう。何気に結構可愛いと思うのだが。今日は本当に美人に縁のある日だ。玲沙さんもすでに甲州街道に下りたらしいし、あと何時間後かの朝飯におれは思いを馳せつつ店内に足を踏み入れる。
「勝負の結果は?」
冷たいとも言える言葉がおれを現実に引き戻した。見れば、浅葱所長がおれを見据えている。ここでの彼女の役割はおれ達の所長ではなく、このふざけたゲームの立会人なので、それは至極まっとうな反応だった。おれは報告する。
「ホーリック代理人の亘理陽司です。『ミッドテラス』のエージェントを三人と一台を排除し、ここに辿り着きました。こちらも三名が途中でリタイヤしましたがね」
「原稿は?」
「こちらに」
言っておれは、血と汗と涙の結晶である二つのキャリーケースを、衆人環視の元で弓削さんに手渡した。
「確かに、中身に間違いはありません」
封を開けて中を確かめた弓削さんが言い、中を見た少女も首を縦に振った。
「では、立会人として……今回のゲーム、ホーリック社の勝利を宣言いたします」
狂喜乱舞するのは中年オヤジのみで、他はいずれも沈みきった、もしくは冷めた反応だった。かくいうおれ自身も、目標を達成した以上の感慨は無く、黙って手近な席に腰を下ろす。マスターにコーヒーを一杯注文した。
「お疲れさま、亘理クン」
ここでようやく浅葱『所長』がおれにねぎらいの声をかけてくれた。だがおれはそれに軽く手を振ったのみ。
「あの眼鏡の子、誰ですか?」
それに対する答えにおれはさすがに驚いた。まさか『えるみか』の作者が女の子だったとは。……だが、それもおれに取ってあまり嬉しいニュースにはなり得なかった。
「用件はこれで終わりっスよね?コーヒー飲んだら帰らせていただきますよ」
店内の雰囲気だけでも、だいたいどのようなやり取りが成されたかわかってしまうという物だ。これ以上ここで繰り広げられる出来の悪いコメディに付き合う気分ではなかった。
直樹の野郎へのイヤがらせのため瑞浪さんにサインでもねだろうか、と思ったが、敵側の選手で、しかも勝たせてしまった人間がでしゃばったらどうなるか、という事がわからぬ程阿呆ではないつもりだ。
「そう言わないで。自分の仕事を確かめるためにも、もう少し見ていったら?」
浅葱さんにそう言われ、おれはつまらなさげな表情を作って、運ばれてきたコーヒーを呷った。確かにまあ、玲沙さんとの朝飯の約束にはまだ十分時間が合ったのだが。
「それでは、契約書のとおりに」
「はい、契約書のとおりに」
弓削さんはそう答えると、原稿をテーブルの上に積んだ。そして立会人である浅葱所長の目の前で、複写式になっている契約書におれ達が勝利した旨の文章を書き込んでゆく。何気なく契約書の文書の内容を追っていったとき、おれの頭の中にピンとひらめくものが合った。……ああ。なるほど、そういう事ね。
「よくやったぞ、弓削!!」
中年ががなり立てる。……このオッサンが今回一番の迂闊者だな、間違いなく。
「それではすべて、契約書のとおりに。このレースに勝利した側の編集”者”……弓削かをる氏が、『えるみか』と瑞浪の身を預かることとなりました」
おれの顔を見て、露骨に落胆した人が一名。この人が伊嶋さんだろう。そして満面の笑みを浮かべる脂ぎった中年のオッサンが一名……オッサンの笑顔など見たくも無いのでその場で脳裏に保存せず消去……そして相変わらず鉄仮面顔の弓削さん。同じテーブルに着いて本当に泣きそうな顔をしている眼鏡の女の子は、はて誰だろう。何気に結構可愛いと思うのだが。今日は本当に美人に縁のある日だ。玲沙さんもすでに甲州街道に下りたらしいし、あと何時間後かの朝飯におれは思いを馳せつつ店内に足を踏み入れる。
「勝負の結果は?」
冷たいとも言える言葉がおれを現実に引き戻した。見れば、浅葱所長がおれを見据えている。ここでの彼女の役割はおれ達の所長ではなく、このふざけたゲームの立会人なので、それは至極まっとうな反応だった。おれは報告する。
「ホーリック代理人の亘理陽司です。『ミッドテラス』のエージェントを三人と一台を排除し、ここに辿り着きました。こちらも三名が途中でリタイヤしましたがね」
「原稿は?」
「こちらに」
言っておれは、血と汗と涙の結晶である二つのキャリーケースを、衆人環視の元で弓削さんに手渡した。
「確かに、中身に間違いはありません」
封を開けて中を確かめた弓削さんが言い、中を見た少女も首を縦に振った。
「では、立会人として……今回のゲーム、ホーリック社の勝利を宣言いたします」
狂喜乱舞するのは中年オヤジのみで、他はいずれも沈みきった、もしくは冷めた反応だった。かくいうおれ自身も、目標を達成した以上の感慨は無く、黙って手近な席に腰を下ろす。マスターにコーヒーを一杯注文した。
「お疲れさま、亘理クン」
ここでようやく浅葱『所長』がおれにねぎらいの声をかけてくれた。だがおれはそれに軽く手を振ったのみ。
「あの眼鏡の子、誰ですか?」
それに対する答えにおれはさすがに驚いた。まさか『えるみか』の作者が女の子だったとは。……だが、それもおれに取ってあまり嬉しいニュースにはなり得なかった。
「用件はこれで終わりっスよね?コーヒー飲んだら帰らせていただきますよ」
店内の雰囲気だけでも、だいたいどのようなやり取りが成されたかわかってしまうという物だ。これ以上ここで繰り広げられる出来の悪いコメディに付き合う気分ではなかった。
直樹の野郎へのイヤがらせのため瑞浪さんにサインでもねだろうか、と思ったが、敵側の選手で、しかも勝たせてしまった人間がでしゃばったらどうなるか、という事がわからぬ程阿呆ではないつもりだ。
「そう言わないで。自分の仕事を確かめるためにも、もう少し見ていったら?」
浅葱さんにそう言われ、おれはつまらなさげな表情を作って、運ばれてきたコーヒーを呷った。確かにまあ、玲沙さんとの朝飯の約束にはまだ十分時間が合ったのだが。
「それでは、契約書のとおりに」
「はい、契約書のとおりに」
弓削さんはそう答えると、原稿をテーブルの上に積んだ。そして立会人である浅葱所長の目の前で、複写式になっている契約書におれ達が勝利した旨の文章を書き込んでゆく。何気なく契約書の文書の内容を追っていったとき、おれの頭の中にピンとひらめくものが合った。……ああ。なるほど、そういう事ね。
「よくやったぞ、弓削!!」
中年ががなり立てる。……このオッサンが今回一番の迂闊者だな、間違いなく。
「それではすべて、契約書のとおりに。このレースに勝利した側の編集”者”……弓削かをる氏が、『えるみか』と瑞浪の身を預かることとなりました」
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