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様々な問題

ギルリスタムの資料

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 備蓄庫へ行き、いつもの茶葉を受け取って執務室へと戻った。ケリーは執務室のドアの傍で待機して、入って来ようとはしない。
 執務室ではルウクが戻って来たことでお茶の時間を期待してか、セレンが伸びをして持っていたペンを置いた。

「あの、陛下」
「んー?」
「実は先ほどケリー見習士官に教えていただいたんですが、ギルリスタム地域の資料が公安にあるようなんです」
「公安? 地域公安部のことか?」
「そうです」
「そうか……、そんな所にあるとは考えもしなかったな」

「はい……。それで、今そのケリー見習士官に来てもらっているんですが、一緒にお茶をいただいてもらって、それから公安部の部隊長に取り次いでもらって来てもよろしいですか?」

「ああ。もちろんだ。呼んできてくれ」
「畏まりました」

 ルウクはドアを開けて、そこに待機しているケリーに声をかけた。

「ケリーさん、陛下が中に入るようにと仰っています」
「え? いや、俺はここでいいから。俺は単なる見習士官だし、ルウクを案内するだけだからここで待っているし……」
「それは困ります。ケリーさんを連れてくると明言してしまいましたから」

 ルウクの返答に、ケリーは頭を掻いた。

「……分かった。じゃあ、言葉に甘えて……」

 ケリーがそう返事をすると、ルウクはホッとしたように笑顔になる。扉を大きく開けて、ケリーを招き入れた。

「ケリー見習士官、ルウクから聞いた。有益な情報を感謝する」
「恐縮です」

 軍人らしく礼儀正しく一礼するケリーに、セレンは軽く笑って座るようにと促した。勧められるまま応接セットのソファーに腰掛けようとして、ケリーはクラウンと目が合った。見覚えのある上官の姿に、思わずビシッと敬礼する。

「クラウン大尉。お久しぶりでございます」

 縦社会の厳しい軍に属するケリーにとって、この反射的な行動は身に沁みついた習性のようなものだ。クラウン自身も軍隊に居たときはそうだったなと思い起こし、少し懐かしい気持ちでケリーを笑って手で制した。

「いや、俺は退役したからもう大尉ではない。元気に頑張っているようだな」
「はい!」
「クラウン、お前もここに来て茶を飲め。ルウク、すまないが頼むな」
「はい、畏まりました」

 ギルリスタム地域の件に関しては、まだまだ資料の確保に時間がかかると皆がそう思っていたのだ。それがもしかしたら今日中にでも解決できそうな目途が立ち、セレンの表情も、ここ最近の疲れを吹き飛ばすかのように明るくなっていた。

「どうぞ」

 皆に紅茶を配り、秘書室へも足を向けてシガ達にも運んで行った。そして同じようにギルリスタム地域の資料を探しているハイドに、これから公安部に行き資料を手に入れてくると伝えた。

「うっわ。凄いな、軍での訓練が功を奏したな」
「はい」

 良かったーと、晴れ晴れとした顔でハイドは資料を閉じる。そして美味しそうに紅茶を啜った。シガも良くやったと親指を立てて見せた。

 ルウクは執務室に戻り、皆と一緒にお茶を楽しんだ後、ケリーと共に地域公安部へと向かった。

「失礼いたします」

 地域公安部に向かい部隊長に許可を得て、資料室長のグラッシーを訪ねる。

「やあ、ケリー。久しぶりだな、パイロン大尉から訓練に励んでいると聞いているぞ」
「……恐れ入ります」
「うん? この坊やは?」

 ケリーの後ろで控えているルウクを見て、グラッシーが首を傾げる。軍のことは大体把握しているつもりだったが、ルウクのことは見たことが無かった。

「失礼いたしました。私は、国王の第一秘書を任されているルウク・ターナーと申します」

 ペコリと一礼するルウクに、グラッシーは目を瞬いた。色々な噂は聞いていたが、実際の人物を目にするのは初めてだった。

「失礼いたした。私は地域公安部資料室長のトーマ・グラッシーだ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 一通りの挨拶が終わったのを見て取って、ケリーが口を挟む。

「室長。陛下が、ギルリスタム地域の資料をお借りしたいそうなんです」
「ギルリスタム?」

 怪訝な表情をするグラッシーに、ルウクが領地争いになっていることを手短に説明した。

「……なるほど、それは驚きだな。まさかあの地に金が埋まっているとはな……。ちょっと待っていなさい」

 そう言い残してグラッシーは資料が埋まっている本棚の奥へと入って行き、すぐに戻って来た。手には、その資料だろう。かなりの古さを物語る、黄ばんだ分厚いファイルがあった。

 グラッシーは、青い付箋が貼られている箇所を開いてルウクに見せる。そこには、皆が一生懸命探していたギルリスタムの名前が記されていた。

 ルウクはグラッシーとケリーに深々と頭を下げて礼を言い、執務室へと急いだ。
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