学内格差と超能力

小鳥頼人

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1巻 学内格差編

第8話 ③

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 けどそれにも限界ってものはありまして――我に返った俺の顔はみるみるうちに熱くなっていった。
「あー、で、でもできれば星川さんとは争いたくないかなーなんて!」
 無理矢理作った笑顔はものの見事に引きつっていると自分でも実感できた。
「あはは――高坂君は佳菜の言う通りの人だったんだね」
 突如早口でまくしたてた俺に、星川さんは微笑をたたえた。
「自分のためにも誰かのためにも一生懸命で、精一杯努力して、相手のことも思い遣れて――モテるでしょ?」
 遠藤さん、君は俺を過大評価しすぎではなかろうか。
「いやぁ残念ながら女子の連絡先すら遠藤さんのしか知らなくて」
「意外――けど、なぁんだ。高坂君の初めては佳菜に奪われちゃったかー」
「言い方!?」
 美少女からそんな言い回しをされて、誰か知り合いに聞かれでもしたら俺は確実に狩られるぞ。しかも完全に誤解だし。
 星川さんは小悪魔っぽく笑って自分のスマホをいじりはじめた。
「私とも連絡先交換してほしいな」
「え」
 マジで? 星川さんと連絡先を交換できる日が来ようとは……!
「本当はデートに誘った段階で交換するべきだったんだけど、連絡先を教えない方が高坂君は来てくれるから絶対に交換するなって止められてたの。ごめんね」
 連絡先が分からなければ中止の連絡ができない。俺の性格を考えると中止するすべがなければ、何が何でも約束を守ろうとするに違いないという目論見だったそうな。
「さすがに買い被りがすぎるでしょ……」
 辻堂はなぜそこまで俺のことを知っているんだ? ストーカーか何かか?
 想像するだけで寒気がしてきた。
「そうかな? 彼は高坂君のことそれなりに知ってると思うけど」
「マジですか」
 星川さんは辻堂に対して特に疑問に思ってはいなかった。
「あのね、これだけは言わせてほしいの」
 連絡先を交換し、俺のアカウントを確認した星川さんは言葉を紡ぐ。
「確かに私はあなたから情報を引き出すためにデートに誘った」
「うん」
「けれどそれだけじゃなくて、純粋に高坂君と遊びたい気持ちもあったの。佳菜が好感を抱いてる男の子がどんな人なのか、高坂君の人となりが知りたかったんだ」
 そうだったんだ。よかった、少なくとも嫌々誘ったわけではないんだね。
 それにしても遠藤さんは俺を好いてくれているんだなぁ。当然人としてって意味だろうけど。
「今日一緒にいて分かったんだ。高坂君は優しくて真っ直ぐ。それから、あまり異性に慣れていないのも本当だった。ピュアって言えばいいのかな」
 俺が優しい? 真っ直ぐ? 今までそんなこと思ったことも言われたこともなかったぞ。
「星川さんは社交辞令も上手なんだね。さすがだよ」
「お世辞じゃないよっ」
 俺の反応が不満だったようで、星川さんの語気は少しだけ強い。
「球技大会で稲田君に手を差し伸べたり、今日はさりげなく車道側を歩いてくれたり、私と敵対したとしても全力で戦うと宣言したり――ほら、優しくて真っ直ぐ」
 車道側を歩くのは幼少時代からの習慣なんだよね。誰かしらと並んで歩く際には常に俺が車道側に立っている。
「それはそうと、本当に情報を漏らしちゃって大丈夫? 私が相手でも全力でぶつかるんでしょ? 教えない方が勝負しやすかったはずでしょ」
「さっき言った通りだよ。誘ってくれたお礼。それに別の策も考えるからノープロブレム」
「作戦を漏洩しなくても高坂君は口が堅かった、で済ませられるよ?」
 それはほら、俺は自分にも他人にも甘い性格だからと支離滅裂な弁明をすると、星川さんは口に手を当てて微笑んだ。
「今日は星川さんと遊べて楽しかったよ」
「これからが本番だよ? スパイ目的のデートはこれでおしまい」
 星川さんは晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。一切の濁りもない瞳がとても綺麗だ。
「ここからは純粋に楽しもうね♪」
「た、楽しみだなぁ」
 そうだった。俺たちは荒木台あらきだい波佐見野はさみのの中間地点にいるのだ。この場で解散したら、ここまで歩いてきた意味がなくなってしまう。
 というわけで立ち上がろうとした瞬間に――
 事件は起きた。

「あああ足がもつれたあああああ」
「きゃあっ」
 ――――ポチャッ!
 …………一瞬の出来事だった。

 どこに潜んでいたのか、先ほどの黒ニット帽の人が身体のバランスを崩しながら星川さんへと接近してきた。
 俺は黒ニット帽の人が接触する直前に星川さんを抱き寄せたが、黒ニット帽の人は星川さんが身に着けていたペンダントを引き外し、転倒すると同時に手から離れたペンダントは噴水の中にダイブした。
「星川さん、大丈夫だった!?」
「あ、ありがとう……ビックリしたぁ……」
 星川さんが無事でよかった。
 けど――――
「すんません、マジすんません」
 黒ニット帽の人はひたすらぺこぺこと頭を下げながら、噴水から拾い上げたペンダントを星川さんの元へと返した。
 当然ながらペンダントは濡れてしまっていた。
「い、いえ。壊れてないので大丈夫ですよ」
「本当にすまなかった――では急いでるのでこれにて失礼」
 そう言うや否やニット帽の人は嵐のように走り去っていった。
 で、それはそうと。
「ほ、星川さん? そろそろ離れてもいいんじゃないかなぁ?」
 星川さんは俺の胸に頭を乗せたままだ。シャンプーの匂いが嗅覚をくすぐってくる。
 頭だけではなく、柔い果実も俺の身体に柔い主張をしていて…………役得や。
「ひゃっ!? ごめんね!」
 はっとなった星川さんは慌てて俺から離れるとコホンとひとつ可愛らしい咳払いをし、さぁ行きましょうとばかりにベンチから立ち上がった。
 心なしか彼女の顔は赤くなっていたような?
 ま、いっか。

    ☆

 こうして俺たちは波佐見野はさみの駅前まで着き、おやつ代わりの軽食を済ませた。
 それはいいんだけど――

「なぜに星川さんの自宅前に立っているんだろうか……」

 俺たちは鉄筋でできてそうなそこそこ大きい一戸建ての前にいる。
 事の発端は食事中での星川さんからの突然のお誘いだった。

『私の家、ここから近いんだ。せっかくだから上がっていかない?』

 まさか、異性の自宅に上がり込む日が来ようとは。
 おまけに学園でも屈指の人気を誇る星川さんの家だぞ。緊張しないはずがない。
 星川さんのご家族は俺を見てどう思うだろうか。こんな冴えない奴をよくもまぁ恥ずかしげもなく家に連れてきたもんだ、とか思われないだろうか。
 俺がもし歩夢と同じスペックを持っていたならば、卑屈な考えは浮かばなかっただろう。
 ぶっちゃけ、招待された喜び以上に後ずさりしたくなる気持ちの方が強い。
「や、やっぱり帰ってもいいかな? なんだか悪いよ、はは……」
 俺が渇いた笑みを浮かべてしまったせいで、
「え……もしかして迷惑だった? ごめんなさい、高坂君の気持ちも考えずに」
「な、なんてね! 冗談だよ、ははは」
 親に見限られた子供のような表情を星川さんにさせてしまうとはなんたる失態。
 無理矢理感情を転回させたけど身体は正直だ。背中に冷や汗がどっと出てきた。
「よかったぁ……両親は出かけてるから、今は兄さんしかいないよ」
「そ、そうなんだ。ご両親に挨拶したかったんだけど残念だなぁ」
「なあにそれ~。結婚予定の恋人じゃないんだから。さすがに親が家にいたら男の子は呼べないよ」
 口から出まかせ言ったけど、心の中ではホッと胸を撫で下ろしています。
 星川さんはそんな俺の本心など知る由もなく、純白色で塗られた扉の鍵を開け、中へ入るよう促してくれる。
「お、お邪魔しま~す……」
 声が震える。ご両親が不在でもお兄さんがいるんだ。結局緊張はする。
 星川さんの自宅に上がらせてもらう。
 わぁ、これが星川さん宅の匂いかぁ。
「もう帰ってきたのか? 早かったな」
 嗅覚を研ぎ澄ませていると、部屋の奥から男性が顔を覗かせた。
「――おや、そちらの少年は?」
 マッシュヘアでやや痩せ型。顔は妹とはあまり似ていない。
「こちらは私のお友達の高坂君。で、こっちは私の兄」
「は、はじめまして。高坂宏彰と申します。お邪魔します」
 俺が緊張気味に会釈すると星川さんのお兄さんも返してくれた。
「俺は星川満ほしかわみつる。真夏の兄だ。ちなみにニートだ。よろしく、高坂君」
 挨拶が終わったのはいいけど、どうにも手持ち無沙汰だ。
 三人がいるのはリビング。テーブルにはノートパソコンが一台稼働している。

 ビリッ――――

 うっ、右手に痺れが。
 妙なドリンクを飲んだあの日以降、度々手が痺れるようになった。静電気に触れたような刺激。
 今回は右手だったけど毎回痺れる手は違う。両手同時に刺激が走ることもある。
 と、満さんが俺の右手を凝視していることに気がついた。
 なんだろう、よろしくない予感がする。
「――真夏。帰宅早々で悪いが、買い物を頼まれてくれるか。買ってほしい物はこの紙に書いてある。あとお金ね。お釣りは全部あげるよ」
「もう、自分で行けばいいでしょ? 兄さんのものぐさにも困ったものだよ」
「ははは、頼むよ。その間俺は高坂君と親交を深めているからさ」
 星川さんは諦念したようで深く溜息をくと、満さんから紙と一万円札を受け取っておつかいの準備をはじめた。
「くれぐれも高坂君に失礼のないようにね」
「俺だって大人だ、そのくらいの分別は弁えているよ」
 もう一度溜息をいて、星川さんは出かけていった。
 出かける前に俺にオレンジジュースを出してくれたのでありがたく飲む。
「さて、と」
 星川さんが家を出たと同時に、満さんは改めて俺に向き直った。
「うるさい外野がいなくなったところで」
 妹に対して酷い言いよう。
 星川さんを退場させるためにおつかいを頼んだのか。
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