学内格差と超能力

小鳥頼人

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1巻 学内格差編

第8話 ②

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 マジでさっきの人は何者だったんだ。明らかに普通じゃなかったぞ。
「やったぁ、またストライクー!」
「すごいね! 星川さんは運動神経良いなぁ」
 そんなことないよと謙遜する星川さんのボウリングの腕前はかなりのもので、二フレームに一回はストライクを叩き出していた。
 ストライクもすごいけど、投げる姿が美しく凛々しくて見入ってしまいまくりであった。
 俺はというと、ボウリングの経験もごく僅かで、ちょこちょこガーターを出してしまっている。
 そんな俺の体たらくを見ても呆れることもなく、笑顔で応援し続けてくれる星川さんはもはや聖女だ。これが、星川さんが学園中の生徒から憧れの的になる理由の一つなんだろうな。
 現在九フレーム目。
 星川さんのスコアは201、俺のスコアは89。もう勝負にならない。
 だけど、こうして誰かとのんびりボウリングを楽しむのってすごく久しぶりだなぁ。それこそ中学時代以来かもしれない。
 ところで、一人で投げている隣の人はさっきからガーターばかりだ。
 どんな人が投げてるんだろう――
……俺は自分の好奇心に酷く後悔した。
「………………(ニヤリ)」
 例のニット帽の人だ。
 ニット帽の人はガーターなのになぜかガッツポーズをしつつ俺を見つめている。
 え、なにこの人怖い。
「あー! 今、私が投げたの見てなかったでしょ?」
「あっ、ごめん! 違う方を見てて……」
 視線を前に戻すと、頬を膨らませた星川さんから可愛らしい抗議を受けた。
「う~。――あれ? あの人……」
「……さっきのバチバスターの人だ」
 俺はニット帽の人を存在しないものと自己暗示をしてボールを持つ。

「どうもニット帽の男です。綺麗なお嬢さん、あんなダサいナヨ男と遊んで楽しいかね?」
「きれ……!? ――楽しいですよ」
「そうかい」
「あ、見ていて気になったんですけど、投げる時は腕を真っ直ぐ振らないと、ボールが斜めに転がってガーターになってしまいますよ」
「おやおや、これはご丁寧にどうもウサギさん」
「ウ、ウサギさ……い、いえいえ。頑張ってくださいね~」
「ふむ。さすがは学園で人気があるだけの人柄ってところか――ってまたガーターか。マジ球技嫌い~。マジボウリングツマンネ」

 隣のレーンでニット帽の人が身体をクネクネさせながら唸っている。無視だ無視。
 そんな具合で二ゲームを楽しんだ。
 星川さんはボウリングも上手と分かっただけでも収穫だけど、俺自身も色々と溜まっていたものが発散され、有意義な時間を過ごすことができた。休日に誰かと汗を流すのも悪くないな。
 腕時計を見る。おっと、色々と遊んでいるうちに二時半を回っていましたか。
「ねぇ高坂君、思い切って波佐見野はさみの駅まで歩かない? 波佐見野はさみの駅前には美味しいお店が多いんだよー」
 これからどうしようかってところに、星川さんの方から案を提示してくれた。
波佐見野はさみの駅は降りたことがなかったし、いい機会だ」
「決まりだねっ、じゃあ行こっか」
 荒木台あらきだいから波佐見野はさみのまでは徒歩で五十分くらいかかるけど、星川さんと並んで街を散歩する気分で歩けば楽しいだろうな。
 ただ会話が持つのか、それだけが心配の種だ。

    ☆

「ふぅ、ここら辺で一休憩しよっか」
 三十分ほど歩いたところで小休憩することに。公園のベンチに二人で座る。
 俺は星川さんから少し距離を置いて座った。
 天候は依然として怪しいものの、今のところは雨が降る気配がない。
 すぐ近くには大きな噴水があり、噴出される水の音が徒歩で火照った身体の体温を下げてくれる。
 歩いてる間はなんら変哲もない会話を何度か挟んだものの、ほとんどの時間が無言だった。
 星川さんは先ほどから言いたいことがあるけどなかなか切り出せない、そんな心中なのではと感じるほどに会話の歯切れが悪い。
「そ、そだ、この前はありがとう。助かったよ」
「星川さんにお礼を言われることなんてあった?」
「放課後にパソコン室を使わせてもらったことがあったじゃない」
 そのことか。むしろパソコンをシャットダウンしてしまったので怒られるべき出来事だけどなぁ。
「パソコン部でもない私が利用時間を延長してパソコン室を借りたんだもの。もし、退室が遅れてたらパソコン部の人たちに迷惑をかけちゃってたもん」
 貴津学園では設備を延長して利用する場合は申請者が誰であろうと、有事の際の責任は設備の管理者の瑕疵かしとなる。
 星川さんのケースの場合、延長申請をしたのが星川さんでも、星川さんが時間までに片付けを完了できなければ、パソコン室の管理者である俺たちパソコン部が一週間の活動停止処分を受ける、そこはかとなくモヤっとする学則なのだ。
「その時のお礼も兼ねて。はい、ジュース。常温でも美味しい飲み物だから安心して。二本あるから好きな方をあげる」
「あ、ありがとう」
 星川さんが鞄からジュースを取り出した際に、鞄の中身がちらっと見えてしまった。
 鞄の中からは、表紙の部分に『2科』なんたらと書かれた大学ノートと筆箱が見えた。
 なるほど。そういうことか。
「星川さんは予備校とか行ってたりする?」
 俺の唐突な問いに星川さんは一瞬目を丸くした。
「夏期講習と冬期講習だけね。普段は通ってないよ」
「そっかぁ。ごめん、鞄の中がチラっと見えちゃって。ノートと筆箱が目に入ったから、このあと予備校があるのかと思っちゃった」
「え――あ、そうだったんだ」
 星川さんは俺の指摘にバツが悪そうな表情を作った。
 うーむ、今日のデートもそろそろ潮時だな。
 俺は姿勢を正して星川さんの方を向いた。

「――――星川さん。今日は俺なんかと遊んでくれてありがとう」
「え、えぇ? 急にどうしたの? まだデートは終わってないよ?」
 はじめからただの遊び目的ではないと思ってはいたけど、星川さんの狼狽ぶりから確信に変わった。
「そろそろ聞かせてくれないかな。今日俺を誘った理由」

 知らぬが仏ということわざがある通り、何も知らないまま遊んで思い出の一ページとして本を閉じておけば幸せだったのかもしれない。
 けど、どうしても星川さんの本当の心情が知りたかった。
「連休明けの勝負に向けて、2科の情報収集でもするつもりだった?」
「っ…………」
 星川さんは俯いてしまったが、その瞳が揺らいでいたことは見逃さなかった。
「――なんてね! いくらなんでもそれは」

「――――高坂君の言う通りだよ」

 力のない、潤みを帯びた瞳で俺を見つめる星川さんの口から事の真相が語られることに。
「……ある人に、1科勝利のために高坂君の様子を見てくれって頼まれたんだ。高坂君は人がいいから少し遊んで機嫌がよくなれば、戦法とかを明かしてくれるだろうって」
 星川さんが俺を誘ってくれたのは、辻堂が勝負をけしかけてくる前だったよね?
 そのある人――辻堂その人だろうけど――は、はじめから勝負を見据えてしかけてきたのか。
 なんということだ。辻堂ははじめから一手先を読んでいたのか。恐るべし。
「本当にごめんなさい! 高坂君は純粋に楽しんでくれてたのに、私はあなたを」
 これ以上星川さんに悲痛な表情をさせ続けるわけにはいかない。
「謝らないでよ。むしろ俺の方こそ謝りたいんだ」
「え……?」
 頭を下げていた星川さんは俺の言葉を受け、顔を上げてポカンとした表情を浮かべる。
「理由はどうであれ、星川さんは俺なんかとつまらない時間を過ごした」
「そんなこと――」
「本当ならもっと別の、例えば獣医になるための活動とか、気心が知れた友達と遊ぶとか、できたことはたくさんあったと思う」
 目的があったとはいえ、ゲーセンやボウリング場での君の笑顔に嘘偽りはなかった。
「だからごめん、そしてありがとう。星川さんに誘ってもらえて、ゲーセンやボウリングで遊べて、今日は楽しく過ごせたよ」
「………………」
 我ながら卑屈かつ臭い台詞だけどありのままの気持ちだ。
「気づいてないフリすることも頭をよぎったけれど、やっぱり真実が知りたくなったんだ。星川さんから回答をもらえてスッキリしたよ」
「こ、高坂君、あのね」
「じゃあ用意しておいた作戦を明かすよ。そのためのノートと筆記具でしょ?」
 星川さんが忍ばせているノートと筆記具は俺の作戦をメモるための道具だ。
「あの――」
「いいからいいから。さぁ、準備して」
 俺は星川さんの言葉を強引に遮って作戦を明かそうとする。
 成果なしで今日を終えると星川さんの顔に泥を塗る結果となる。それだけは避けたいがために、事前に考えておいた作戦をバラす決断を下した。
「――うん…………」
 明らかに乗り気ではない星川さんに、太一たちと練った作戦をできる限り詳細に伝えた。
 嘘の作戦をでっちあげて教えることも考えたけど、それもそれで星川さんに申し訳ないのでやめた。
 みんな、ごめん。やっぱり俺は偽善の心を捨てきれない。1科には勝ちたいけど、星川さんだって1科だけど――1科って理由だけで俺は星川さんを冷たく突き放せない。
「こんなところか。メモできた?」
「う、うん……――どうして」
「今日遊んでくれたお礼だよ。どうせ元々俺が考えたものばかりだし、連休を使えば追加で新しい作戦も考えられるしね。勝負当日は今教えた作戦はそのまま実行する。俺の自分勝手な行動で2科の人たちには迷惑をかけるけど、代わりの作戦を考えて埋め合わせはする」
「高坂君…………」
「けど、1科に負ける気はないよ。全力で勝負に臨む」
 俺は神妙な顔つきで俺を見つめてくる星川さんに宣戦布告をした。
「たとえ星川さんが立ちはだかっても本気で突っ込んでいく」
 星川さんの面目を潰したくないから今日のところは作戦を教えたけど、仮に星川さんが来週の勝負に参戦してきたとしても忖度するつもりはない。
「どんなに嫌われても、今後一切口を聞いてもらえなくなっても構わない」
 俺が自分から星川さんを傷つけるのは耐えられないけど、星川さん側が俺を嫌って牙を剥いてきたとしてもそれはそれで仕方のないことだと思っている。
「俺は2科の生徒として、2科の待遇が変わるまで戦い続けるよ」
 そうする道を選んでしまったのだ。もう後戻りはできない。
「凡人で不器用な俺にはそういうやり方しかできないから」
 星川さんは俺の目から片時も視線を外すことなく話を聞いてくれた。
 普段ならありえないことだけど、星川さんから目を逸らさずに自分の気持ちを直球でぶつけることができた。
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