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第3章「一人で実家帰りと思ったら」
8.謎すぎて。
しおりを挟む「とにかく頑張ろうって思えたきっかけだったんで」
少しだけ視線を外して、教科書を閉じながら、ふ、と琉生が笑う。
ただの教育実習生だった私の、あんな短いやり取りで。こんな風に努力してくれた人が居るって。それは嬉しすぎる。じんわり、喜んでいると、あ、そうだ、と琉生が私を見つめ直した。
「秋坂先生はなんて言ってました?」
「あ。今日行きましょうって言ってましたよ」
「ほんとですか。やった」
嬉しそうに笑う琉生に、ふ、と笑みが浮かぶ。
素直な反応。……可愛いな。なんとなく、反応が若いなあって感じる。……って私、ギリギリおばちゃんではないはずだけど。……うぅ。でもやっぱり、二十六って、高校生とかにとったら、おばちゃんなんだろうか。
「今日の午後も頑張って早く終わらせます」
明るい笑顔に、はい、と頷く。
「とりあえず、明日の授業の練習、しますか?」
そう聞くと、琉生は、 お願いしますと頷いた。琉生の授業の準備を待って、準備室を出て教室に向かう。
「清水先生、今日の授業、緊張してましたか?」
「うーん……わりと平常心でしたけど……緊張して見えましたか?」
「見えなかったので聞きました」
クスクス笑ってしまう。
「すごいですね、初授業、緊張しないなんて」
「教育実習もありましたし、大学でも結構練習してたので」
「大学で?」
「教師志望の皆で、空き教室使って、お互い生徒になって、授業の練習をしてたんです」
「そうなんですか? すごいですね。私もやっとけばよかった……」
なんだか心底そう思って、しみじみ言うと、琉生はにっこり笑って、私を見つめた。
「なるべくちゃんとした状態で、ここに来たくて」
「そうなんですね。偉いですねー」
「――」
返事がないので、ふと琉生を見上げると、なんだかとっても苦笑い。
「絶対、すごく年下だと思って喋ってますよね」
「え。……あの、偉いって言ったからですか?」
「良いんですけど」
確かに、年下の子に言うセリフかも。嫌だったのかなと思ってると、琉生はクスクス笑い出した。
「早くひとり立ちしますね」
「え。でも、まだ二日目なので、焦らなくて、いいですよ?」
「頑張ります」
なんだかとってもやる気な顔で笑うので、ちょっと笑ってしまった。
「じゃあ、頑張ってください」
「はい」
「でも、全然緊張もしないで落ち着いて授業してるし、生徒ともうまく交流してるし、すぐひとり立ちしちゃいそうですけどね」
そう言うと、琉生は、頑張ります、とまた言って笑った。
「緊張っていう話だけで言えば」
「はい?」
「先生と居るとずーっと緊張してますけど」
「――」
だから、もうほんとに、もう……。
琉生は学校では普通にするって言うけど、なんかちょくちょくからかわれてる気がする。でもこんなのは、もう冗談程度のものなのだろうとは思うのだけど……でも、反応に困って見上げると、クスクス笑われる。
「すみません」
笑いながら、教室の引き戸を開ける琉生。中に入ると、なんだか少し暑く感じて、教室の窓を開けた。
部活もまだ始まってないから、下に見える校庭にも誰も居ない。静か。
「中川先生。始めますね」
琉生の声が響く。振り返ると教卓のところで琉生が微笑む。
「お願いします」
そう返して、教室の一番後ろの席に腰かけた。
すぐに琉生が、授業を開始する。教科書を開いて、琉生の説明を聞きながら、板書もノートにとってみる。
そうしながら、遠くから、琉生を見つめる。
何だか急接近してる気がするけど。一昨日まで、私の世界に、かけらも居なかった人、なんだよね。
多分、誰から見ても、素敵だなと思われそうな人。
急に好きとか言われても。しかも、昔の私……バタバタ恥ずかしいことを語った私を覚えてて、その上でずっと、幸せを祈ってたとか。泣いてるの見たら我慢できなかった、とか。なんでだろって、謎な気持ちが大きすぎて。
こうして落ち着いて、遠くから見れば見るほど、なんか、遠い人に思える。
別れるまでは六年も、朝から寝るまでずっと私の世界に居た春樹は、もう、私の世界には居なくて、すごく遠くなってて。私の人生には、もう関わらなくなってるのに。
ほんと何だかなあって、思ってしまう。
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