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第三章
19.「運命を」*真奈
しおりを挟む「俊輔」
部屋を出た、凌馬さんの声が聞こえた。
「凌馬、真奈――――……」
「ああ……俊輔、先に一つ言っとく」
「あ?」
「……さっきの電話、嘘」
その後、結構長い沈黙があった。静かな声で話してるのかなと思って、少し耳をドアの方に向けた瞬間。
「何が……どれが……?」
俊輔の声が普通に聞こえた。
……ということは、今までずっと、呆けて黙ってた、ていうこと……かな。
うう。……そりゃそうだよね、どれが嘘って……なるよね。…………怖い。
オレがこっちで怯えているのに、凌馬さんはけろっとした口調で。
「拾ったのはほんと。絡まれてたっつーのも下の奴の話だとほんとらしい。んでその後、倒れてたのも、意識がほとんど無かったのも、手首が血だらけだったのも、熱がすっげえあって立てねえのもほんと」
「……じゃあ……」
「男にヤラれた、っつーとこだけは嘘」
「何でそんな嘘――――……」
会話は丸聞こえで、オレはとにかくビクビクしながら、身を竦めていた。
俊輔が凌馬さんに詰め寄ったと思われる、その次の瞬間。
何だかものすごい音がして、何かが壁に激突したような、音。
「……にしやがる!」
「それはこっちのセリフだ!」
少し声が遠ざかって――――…… 物音と、怒鳴り合う、声。
喧嘩……ていうか、今もしかして殴られたのって、まさか。
俊輔が詰め寄った瞬間の行為なのだから、普通に考えて、凌馬さんが殴られたとしか、思えない。
迷惑かけてるのに この上そんな。殴られるなら、逃げたオレなんじゃないの……。
ソファから起き上がり懸命に立とうと試み、少し歩いたけれど、情けなくもまた膝から力が抜けてしまった。
全部オレが勝手に逆らって、勝手に逃げてきた事が原因だから……凌馬さんに迷惑はかけちゃいけないのに。
「――――……ッ……」
狭い部屋は、あと数歩進めばドアが開けられる。
手をついて立ち上がって、そのまま一歩二歩、前へ進もうとするのだけれど、それすら、満足に出来ない。
熱のせいなのか、それとも違う理由なのか、もう何なのか分からないけれど、とにかく力が入らない。
オレが一人で懸命に進もうと藻掻いている間、嫌に外は静かだった。
異様な静けさに、ますます焦りながら、やっとドアノブに触れようと手を伸ばした瞬間。
そのドアが向こう側から開かれた。
「おっと……真奈ちゃん?」
支えられて、凌馬さんの落ち着いた声が上から降ってきた。
扉の少し手前で支えたオレを見下ろして、凌馬さんは目を丸くしていた。
「どした?」
「凌馬さん、 あの……?」
その顔を見上げて、オレはきょとんと、口を閉ざした。
あれ? ……殴られてない??
思わず首を傾げていたオレに、凌馬さんは、ああ、と気付いたようで、笑った。
「殴ったのはオレ。 少し位痛い思いさせねえとな」
はは、と笑いながら、凌馬さんは後ろを振り返る。それから、オレを半ば引きずるような感じで、ソファに戻して、布団をかけた。
そして、少し、凌馬さんが体をずらすと。
うしろに居る俊輔が見えた。俊輔は、オレから視線を逸らしていて。目は合わなかったけれど。
その姿を見て、条件反射のように、びく、と体が震えた。
「大丈夫だよ、こいつ。もう落ち着いてるから」
凌馬さんが、そう言うけど。怖い。
「とりあえずオレは一回出る。すぐそこに居っから。……大丈夫だよな?」
凌馬さんが俊輔に聞いて、俊輔が頷いたのが見えた。
「少し話してやって」
凌馬さんはオレに笑い掛けると、部屋を出て、ドアを閉めてしまった。
「――――……」
部屋の中が、シン、と静まり返る。
今この世で一番怖い人間と。
……何で二人きりにならなきゃいけないんだろうと、運命を呪いながら。
オレは、片手で、もう片方の腕を、ぎゅ、と握った。
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