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面倒だな
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二人っきりになってしまった広い部屋は、急に温度が下がったように感じる。
とりあえず何か着ろと言われて、しぶしぶ手元のローブを羽織ったディランは舌打ちをした。
「で、話ってなんだよ」
ストレスの発散先を失い結婚式中の不機嫌をぶり返したディランは、ベッドボードにもたれ掛かってしなやかな腕と足を組む。
前の合わせ目をきちんと閉めていないため、胸元も引き締まった腹筋も長い足もほとんどが空気に晒されている。
しかし影千代はそこにはもう触れることは無かった。
ベッドのそばに設置された、光沢のある黒い椅子に腰掛ける。
軽く開いた膝に拳を乗せ、まっすぐに仏頂面のディランを見てきた。
「私たちは政略結婚だ。雄同士で子を成す可能性も必要性もない。白い結婚となるのは承知している」
部屋に入って来た時とは違う、落ち着いた心地いい響きの声。
一度剥いでやったつもりだった仮面をまたつけられたようでディランは気に入らなかった。
そのため、目線を逸らして素っ気なく返事をする。
「そりゃそうだろうよ。お前が俺に抱かれたいっつっても悪いけどお断りだ」
「それはないから安心しろ」
「あっそ」
「そして了承した通り、互いに恋愛は自由だ。愛人も好きにすればいい。私もそうさせてもらう」
「ダメって言われても愛人くらい好きにするけどな」
おおよそ、夫婦になったばかりとは思えない淡々とした会話が流れていく。
話し合いたいと言うから何を言われるのかと身構えたが、どうやら今朝の話の再確認らしい。
だんだん興味を失ってきたディランは耳だけは立て、ダークブロンドの髪を指先に巻き付けて弄ぶ。
「で、さっきのはなんか問題あったか? 混ざりたくなきゃ混ざらなきゃ良いだけの話だっただろ。帰しちまいやがって」
ディランが未練も不満も隠さずに唇を尖らせると、影千代は目を閉じて二回目のため息を吐いた。
一度目よりも盛大に。
そして重々しく口を開く。
「一応、隠せ。周囲にも、私にもだ」
「なんで」
「なん、で?」
自分が真っ当で正しいと、なんの疑いももたずに話していたであろう影千代が言葉を詰まらせる。
伴侶に「愛人を大っぴらにするな」と伝えて、説明を求められるなど誰が想像するだろうか。
返答に困っている影千代が面白く、ディランは意地悪く目を細めて追い打ちをかける。
「俺がお前の前で愛人と居たら、なんか不都合でもあんのか? お互い了承しあってんのに」
「だが」
影千代は口を開きかけたが、それを無視してディランは更に言葉を重ねた。
「リーオ皇帝には皇后である正妻が一人、側室が六人居る。全員、城壁内の皇帝が住む塔で仲良く暮らしてるぜ」
「な……」
「たまに全員で皇帝の部屋に行ってるのを、ガキの頃に見たしな」
「七人全員が……?」
信じられないものを見る目で青い瞳が金茶色の瞳を凝視する。真意を見極めようと必死だ。
七人の雌が皇帝一人の寝所へ。何のためかは想像に難くない。
先ほど、四人の雌に囲まれているディランを目の当たりにしたばかりなのだから。
絶句している影千代に対し、ディランはとどめとばかりに肉食系特有の牙を見せて笑う。
「国がデカくなって種族が増えたから一応一夫一妻の形をとってる。けど、元々この国の皇族は一夫多妻の種族だ」
今でこそリーオ帝国や倭虎大王国のような多種族が交流し生活する国々が出来ているが、その前は種族ごとに分かれていた。
種族によって子孫繁栄のための方針が違うのは当然で、それは国が法律で統制したとしても根深く残っている。
結婚パーティーの際にファルケとヴォルフが嘆いていたように、種族間での差は大きい。
一夫一妻の国であるという情報だけを倭虎大王から伝えられていた影千代は、椅子に背を預けて唸り声を上げる。
「なるほど」
「納得したか?」
前髪を掻き上げながら影千代は頷いた。
尻尾は全てを諦めたかのように力なく下がり、目を伏せている。
「文化の差は理解した。とんでもない国に婿入りしたみたいだな」
「嫁だろ」
「嫁はお前だ。……いや、それは一先ず置いておこう」
あくまでも不真面目な雰囲気を崩さないディランの茶々入れには即座に反応しながらも、影千代は話の筋を元に戻そうとする。
小さく深呼吸してから、再びその雄らしく精悍な顔を上げた。
「私たちの結婚は互いの国の友好のためのものだ。我が国でも愛人の文化はあるがあくまでも公然の秘密。言っている意味は伝わるな?」
「俺がお前を大事にしないってことは、倭虎大王国を舐めてるってことになるわけだな」
「そういうことだ」
リーオ帝国の皇子が倭虎大王国の王子をないがしろにして遊び歩いている、などと噂になったらディランは不利だ。
城下の者ならディランがどういった雄であるかは皆が知っている。不貞の証拠になるものしか出てこないだろう。
ディランは紅い唇に指を当てて舌打ちする。
「面倒だな」
「私からしたら納得してなさそうなお前の方が面倒だ」
広いベッドの上で眉を寄せている伴侶の口ぶりに、立ち上がった影千代は呆れて肩を竦めるしかなかった。
その「もう話は終わった」というような態度に、ディランは鼻を鳴らした。
「隠したことがないからな。しかも今の理由なら、お前の前で隠す必要性はないだろ」
部屋に帰ろうと足を踏み出していた影千代だったが、止まらざるを得なくなる。
藍色の麻の葉模様の帯に親指を掛けて腰に手を当て、ディランを見下ろす。
ディランはというと「俺を納得させてみろ」と言わんばかりの挑発的な目で笑っている。
影千代は長い髪を揺らしながら、自分の部屋ではなくベッドの傍まで移動した。
とりあえず何か着ろと言われて、しぶしぶ手元のローブを羽織ったディランは舌打ちをした。
「で、話ってなんだよ」
ストレスの発散先を失い結婚式中の不機嫌をぶり返したディランは、ベッドボードにもたれ掛かってしなやかな腕と足を組む。
前の合わせ目をきちんと閉めていないため、胸元も引き締まった腹筋も長い足もほとんどが空気に晒されている。
しかし影千代はそこにはもう触れることは無かった。
ベッドのそばに設置された、光沢のある黒い椅子に腰掛ける。
軽く開いた膝に拳を乗せ、まっすぐに仏頂面のディランを見てきた。
「私たちは政略結婚だ。雄同士で子を成す可能性も必要性もない。白い結婚となるのは承知している」
部屋に入って来た時とは違う、落ち着いた心地いい響きの声。
一度剥いでやったつもりだった仮面をまたつけられたようでディランは気に入らなかった。
そのため、目線を逸らして素っ気なく返事をする。
「そりゃそうだろうよ。お前が俺に抱かれたいっつっても悪いけどお断りだ」
「それはないから安心しろ」
「あっそ」
「そして了承した通り、互いに恋愛は自由だ。愛人も好きにすればいい。私もそうさせてもらう」
「ダメって言われても愛人くらい好きにするけどな」
おおよそ、夫婦になったばかりとは思えない淡々とした会話が流れていく。
話し合いたいと言うから何を言われるのかと身構えたが、どうやら今朝の話の再確認らしい。
だんだん興味を失ってきたディランは耳だけは立て、ダークブロンドの髪を指先に巻き付けて弄ぶ。
「で、さっきのはなんか問題あったか? 混ざりたくなきゃ混ざらなきゃ良いだけの話だっただろ。帰しちまいやがって」
ディランが未練も不満も隠さずに唇を尖らせると、影千代は目を閉じて二回目のため息を吐いた。
一度目よりも盛大に。
そして重々しく口を開く。
「一応、隠せ。周囲にも、私にもだ」
「なんで」
「なん、で?」
自分が真っ当で正しいと、なんの疑いももたずに話していたであろう影千代が言葉を詰まらせる。
伴侶に「愛人を大っぴらにするな」と伝えて、説明を求められるなど誰が想像するだろうか。
返答に困っている影千代が面白く、ディランは意地悪く目を細めて追い打ちをかける。
「俺がお前の前で愛人と居たら、なんか不都合でもあんのか? お互い了承しあってんのに」
「だが」
影千代は口を開きかけたが、それを無視してディランは更に言葉を重ねた。
「リーオ皇帝には皇后である正妻が一人、側室が六人居る。全員、城壁内の皇帝が住む塔で仲良く暮らしてるぜ」
「な……」
「たまに全員で皇帝の部屋に行ってるのを、ガキの頃に見たしな」
「七人全員が……?」
信じられないものを見る目で青い瞳が金茶色の瞳を凝視する。真意を見極めようと必死だ。
七人の雌が皇帝一人の寝所へ。何のためかは想像に難くない。
先ほど、四人の雌に囲まれているディランを目の当たりにしたばかりなのだから。
絶句している影千代に対し、ディランはとどめとばかりに肉食系特有の牙を見せて笑う。
「国がデカくなって種族が増えたから一応一夫一妻の形をとってる。けど、元々この国の皇族は一夫多妻の種族だ」
今でこそリーオ帝国や倭虎大王国のような多種族が交流し生活する国々が出来ているが、その前は種族ごとに分かれていた。
種族によって子孫繁栄のための方針が違うのは当然で、それは国が法律で統制したとしても根深く残っている。
結婚パーティーの際にファルケとヴォルフが嘆いていたように、種族間での差は大きい。
一夫一妻の国であるという情報だけを倭虎大王から伝えられていた影千代は、椅子に背を預けて唸り声を上げる。
「なるほど」
「納得したか?」
前髪を掻き上げながら影千代は頷いた。
尻尾は全てを諦めたかのように力なく下がり、目を伏せている。
「文化の差は理解した。とんでもない国に婿入りしたみたいだな」
「嫁だろ」
「嫁はお前だ。……いや、それは一先ず置いておこう」
あくまでも不真面目な雰囲気を崩さないディランの茶々入れには即座に反応しながらも、影千代は話の筋を元に戻そうとする。
小さく深呼吸してから、再びその雄らしく精悍な顔を上げた。
「私たちの結婚は互いの国の友好のためのものだ。我が国でも愛人の文化はあるがあくまでも公然の秘密。言っている意味は伝わるな?」
「俺がお前を大事にしないってことは、倭虎大王国を舐めてるってことになるわけだな」
「そういうことだ」
リーオ帝国の皇子が倭虎大王国の王子をないがしろにして遊び歩いている、などと噂になったらディランは不利だ。
城下の者ならディランがどういった雄であるかは皆が知っている。不貞の証拠になるものしか出てこないだろう。
ディランは紅い唇に指を当てて舌打ちする。
「面倒だな」
「私からしたら納得してなさそうなお前の方が面倒だ」
広いベッドの上で眉を寄せている伴侶の口ぶりに、立ち上がった影千代は呆れて肩を竦めるしかなかった。
その「もう話は終わった」というような態度に、ディランは鼻を鳴らした。
「隠したことがないからな。しかも今の理由なら、お前の前で隠す必要性はないだろ」
部屋に帰ろうと足を踏み出していた影千代だったが、止まらざるを得なくなる。
藍色の麻の葉模様の帯に親指を掛けて腰に手を当て、ディランを見下ろす。
ディランはというと「俺を納得させてみろ」と言わんばかりの挑発的な目で笑っている。
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