花嫁はお前だろ?〜揉めた末、虎王子に食われるライオン皇子の物語〜

きよひ

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虎族は嫉妬深い

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「もし服を着る文化がない国に訪れた際、いきなり全ての衣服を剥ぎ取られたらお前はどう思う」
「落ちつかねぇ」
「そういうことだ。育った文化の差だ。悪いが譲ってくれ」
「でも嫁に来たんだからこっちの文化に合わせろよ」
「……」

 一理あると思ったのだろう。
 またもや黙ってしまった影千代だったが、ディランの尻尾が立っているのに気がついたらしい。
 何が面白いんだとでも言うように睨まれて、ディランは笑う。

「冗談だ。慣れねぇことも多いだろうし、今はそっちに合わせてやるよ」

 言いくるめられたようで癪に障ったから、意地悪く揚げ足をとっただけだった。
 まるで慣れてきたら愛人を見せびらかすかのような言い方をしたが、ディランには特に愛人を見せる趣味も必要性もない。

 影千代はフッと一仕事終えたような息を吐く。
 結婚式後の夜とは思えぬ会話を寝室でしてしまったのだ、当然と言えば当然だ。

「あと、複数人呼ぶのはやめておけ。隣の部屋で殺生沙汰があったらたまらない」
「そんなことあるかよ」

 ライオン族は戦闘が得意な種族だ。だからこそ大国を築き上げることが出来た。
 ディランも成人とみなされる十六のころから国同士の戦に参加し、そのセンスを褒めたたえられてきた。
 また、地方の小競り合いの鎮圧や盗賊の討伐など、武功を上げたのは一度や二度ではない。
 夜を共にした雌に命を奪われるなど、相手が複数人であってもそうそうあるはずはないのだ。

 忠告を一笑に付すディランの様子をみて、影千代は苦笑する。

「……ここに来たのが妹たちでなく、私だったことは不幸中の幸いだ」
「へぇ。家族思いだな」

 公に側室や愛人を作ろうとするであろう雄のもとに、その文化が無い者が家族を嫁がせたいとは思わないのは当然だろう。
 そう思っての言葉だったのだが、影千代は真顔で首を振る。

「違う。もし妹たちの誰かだったならば、この部屋は今頃……先ほどの雌たちの血で海ができている」
「血で海が」

 本気の声に、思わず復唱してしまう。
 嫁に来ていたのが雌だった場合、流石のディランも先ほどのようなことはせず通常の初夜になっていただろうが。
 それは影千代の知るところではない。

 ディランが怯んだことに気が付いた影千代は、どこか楽し気に瞳を細めて片手をベッドについた。

「これから交流することも増えるだろうから覚えておけよ」

 ギシリと音を鳴らしながら身を乗り出してくる影千代の透き通るような青い瞳から、ディランは目を離せなくなる。

「虎族は嫉妬深い。自分のものに触れるものは許さない」

 背筋が泡立つほどの低い声。
 しかし不快ではなく、怪しい色気を感じる音だった。
 膝をベッドに乗り上げて静かに近づいてくるのを止めることもせず、ディランはただその行動を見つめた。

 正装していた昼間は背が高い雄だと思った程度だったが、薄着した姿を改めて近くで見ると、明らかに影千代の方が体格がいい。
 シーツに皺を作る手も、ディランより一回り大きかった。
 知らず知らずの内に鼓動が早くなっていることに気が付く。

「なんだよ」

 気押されてなるものかと口を開いたところで、至近距離で精悍な顔が微笑し、手が伸びてくる。
 纏う空気が、ふわりと軽いものに変化した。
 
 影千代は身構えたディランのはだけたローブに色白の手をかけ、その合わせ目を紐できっちり結んだ。
 そして、

「下手に虎族の雌には手を出すなよ、花嫁殿」

 それだけ言い残すと、ベッドを下りて部屋を出て行ってしまった。
 後ろ姿を見送ったディランは左胸を押さえ、整えられた自分の装いを見下ろす。

(気になってたんなら、直せって言えよ……)

 引き込まれるようなアイスブルーの瞳と燻る熱を呼び覚ますような声を思い出す。

「なんか……苦手だ、あいつ」

 似た種族のはずなのに自分よりも雄を強く感じてしまうからだろうか。
 うまく言い表せない感情が、ディランの中に生まれていた。

 兎にも角にも本人の忠告通り。
 虎族には出来るだけ関わらないようにしようと誓ったディランであった。
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