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聖女の目覚め編

王子エリック

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 夜になり、カレンの仕事がようやく終わる。
 使用人棟にあるお風呂から出てきたカレンは、髪が濡れたままだ。

(ドライヤーがないのはきついなあ)

 タオルで頑張って水気を取っているが、完全に乾くまでは時間がかかる。髪が痛むのが気がかりだが、この世界に来て一ついいことがあった。風呂場にはヘアオイルが置いてあるのだが、これがとても質がいいのだ。花の香りは気分が良くなるし、髪の毛も艶々になる。カレンはすっかりこっちの世界のヘアオイルが気に入ってしまった。

(食べ物もそうだけど、ヘアオイルとか保湿クリームとか、いいものばかりなんだよね)

 この世界のものが肌に合うのか、カレンの身体は調子が良かった。おかげで、知らない世界に来てもなんとかやっていけそうだと思えた。

 階段を上がり、自分の部屋に戻ろうと歩いていたその時、廊下に二人の人影が見えてカレンは立ち止まった。

「うわっ」

 思わず声に出てしまった。何故ならそこにいたのは、隣の部屋の「首ホクロ女」アメリアとエリック王子だったのだ。
 二人は抱き合い、クスクス笑いながらキスをしていた。カレンの声に気づき、二人は廊下に立ち尽くすカレンに目をやる。

「あれ? カレンってここのフロアに住んでたの?」
 エリックは少し驚いた顔をしていた。首ホクロ女のアメリアは、何故か勝ち誇った顔でカレンを見ながら、エリックの腰に手を回している。

「失礼しました。どうぞごゆっくり」
 思わずカレンは踵を返し、階段を下りた。

(部屋でやれ!)

 首ホクロ女のドヤ顔を思い出し、カレンはむかむかしてきた。自分の部屋の前なのに、わざわざ廊下でイチャイチャするなんて、人に見せつけようとでもしていたのだろうか。

 一階に下りたカレンは、行き場もないので談話室に顔を出した。就寝の鐘は既に鳴った後なので、談話室には誰もいない。中の灯りも既に消されていて真っ暗だ。

「まあ、いいか……」

 扉を開けたままにすれば、廊下の灯りが少しは入る。扉の近くに椅子を持ってきて腰かけ、ため息をつきながらカレンは天井を見上げた。ちょうどいいからここで髪が乾くまでいようと思い、カレンはしんとした談話室で一人、ぼんやりとしていた。

 その時、ガタっと音がして、カレンは音のする方を見た。

「カレン」

 そこにはエリックが立っていた。廊下のわずかな灯りを背に、ゆっくりとカレンに近づいてくる。

「もう終わったんですか?」
 ポカンとしてカレンはエリックに尋ねる。
「え? ……アハハ! 君ははっきり言うね」
 エリックは吹き出し、椅子をカレンの前に置き、そこに座る。

「カレンの顔を見たら、なんだかその気がなくなっちゃったよ」
「そうですか。邪魔しちゃってすみません」
 エリックは相変わらず、笑顔を浮かべたままカレンに話しかける。
「まさかカレンがあの子の隣の部屋だったなんて、知らなかったんだ」
「ここにいないで、早く彼女の所に戻った方がいいんじゃないですか?」

 もしも首ホクロ女がエリックを追いかけてきて、二人が一緒にいる所を見られたら面倒なことになりそうだ。ここでの揉め事はできるだけ避けたい。

「どうして?」
「どうしてって……」

 おもむろにエリックは椅子を引きずり、更にカレンの近くに寄って来た。
「カレンに謝ろうと思ったんだ。さっきは嫌な思いをさせて悪かったね」
 エリックの顔を近くで見たカレンは、思わず目を逸らした。常に笑みを浮かべたような顔と、自分に自信がある立ち振る舞い。エリックは自分が女性にモテると分かっている男だ。

「気にしないでください。エリック様が何をしようと自由ですし」

「自由?」
 エリックはじっとカレンを見つめたまま、ふと低い声で呟いた。

「僕に自由があると思う?」
 エリックの顔からすっと笑みが消える。

「……それは、エリック様が王子だからですか……?」
 少し戸惑いながらカレンは尋ねる。
「それもあるけどね。僕は騎士だから、魔物を倒すのが使命なんだ。僕の命は教会が握っているようなものだよ」

 聖女は王国の平和を守るために重要な存在である。領主に仕える騎士団と、各領地にあり独立している教会とは協力関係にある。その関係性は一見対等に見えるが、聖女がいなければ騎士は魔物と戦うこともままならない。結局騎士団は教会に従うしかないのが、この国の現状なのだ。

 エリックはため息をつき、再び笑みを浮かべた。

「だから、できるだけ人生を楽しもうと思ってるんだよね。でもさっきの子が僕の恋人だとカレンに誤解されるのは嫌だから、それを言いに来たんだよ」
 カレンは困惑の表情を浮かべた。
「……そうですか……一応、分かりました」
「良かった。それじゃ、おやすみ。ゆっくり休んでね」
 エリックは微笑み、談話室を出て行った。

 彼が去る姿を、カレンは眉間に皺を寄せながら見送った。
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