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聖女の目覚め編

噂話

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 翌朝、着替えて一階に下りたカレンを管理人マリーが呼び止めた。
「ああいたいた。おはよう、カレン」
「おはようございます、マリーさん」
 マリーは一本のワインボトルを抱えていた。
「これ、ブラッド様からあなたに差し入れですって」
「えっ?」

 カレンは驚きながら、マリーからワインボトルを受け取った。確かにブラッドと会った時に「ワインを贈ろう」と言われていたが、彼は本当にワインを贈って来たのだ。

「わー、嬉しい!」
 思わずカレンの顔がほころぶ。早速今夜にでも、エマを誘ってワインを飲もうと心に決めたのだった。


♢♢♢


 その日の夜、カレンはエマの部屋を訪ねた。エマは二人部屋で、ルームメイトのニーナと何やらお喋りしている所だった。

「あー! 待ってたわよカレン!」
 エマが目を輝かせて立ち上がる。
「お待たせ。ワインを持ってきたよ」
 カレンはワインボトルを掲げ、部屋の中に入った。狭い部屋に二つのベッドが押し込められるように置かれていて、カレンの一人部屋よりも狭い。

「私ももらっちゃっていいの?」
 ニーナは遠慮がちにカレンを見る。
「当然! みんなで飲もうと思って持ってきたんだから」
「早く乾杯しましょ! カップもちゃんと用意してあるからね!」
 エマはカップをニーナとカレンに渡し、ワインボトルを開けるとそれぞれのカップに注ぐ。テーブルも椅子もない部屋で、それぞれベッドに腰かけ、三人で乾杯をした。

「……何これ!? こんな美味しいワイン、飲んだことないわ!」
 エマが一口飲んでみるみる笑顔になる。カレンも初めて飲んだこの世界のワインの美味しさに驚いていた。それはまるでベリーのような爽やかな香りがして、ジュースのようでとても飲みやすい。

「美味しいわね! ……それにしても、ブラッド様が女性に物を贈るなんて、珍しいんじゃない?」
 ニーナはあっという間に飲み干し、既に二杯目に手が伸びている。
「確かに、あまり聞いたことがないかも……」
 エマは何やらニヤッと笑みを浮かべ、カレンを見る。

 二人の妙な視線を感じたカレンは、慌てて手を振る。
「いやいや、贈り物じゃなくて差し入れだと言ってたよ。私がこの国のお酒を飲んだことがないって話したから……」
「でもそれだけで、あのブラッド様がわざわざワインを贈る?」
 ニーナは目を輝かせ、身を乗り出してきた。
「ほんとに、変な意味はないって、絶対! ブラッド様はセリーナ様に私のことを頼まれてるから、気を使ってるんだと思う」
「分からないわよ。ブラッド様だって、いつまでも団長の婚約者に横恋慕しててもしょうがないじゃない?」
 ニーナはこういう話が大好物なのか、勝手に盛り上がっている。

「……そのことなんだけど、ブラッド様ってその……昔からずっとセリーナ様のことが好きなの?」
 カレンはいい機会だとばかりに、ずっと気になっていたことを二人に聞いてみた。

「みんなそう思っているわよね。セリーナ様が筆頭聖女になった時に、ブラッド様が彼女の護衛騎士になったんだけど……実はその前からブラッド様はセリーナ様に恋してるんじゃないかって、教会では噂になっていたみたい」
 エマの話に頷き、ニーナが話を続ける。
「ほら、ブラッド様ってあの見た目だし、カートラッド家の騎士でしょう? 聖女からも人気で、彼と結婚したいっていう聖女も多いのよ。だけどブラッド様はどの聖女にも興味がないみたい。そういえば……前にブラッド様に結婚を申し込んで断られた聖女がいたんじゃなかった?」
「ああ! 確かいたわね。もう他の騎士と結婚して教会を出て行ったんじゃなかったかしら」

 カレンの頭に疑問が浮かぶ。
「ん? 聖女が騎士に結婚を申し込むの? 逆じゃなくて?」
 エマは笑いながら頷く。
「そういうこともあるみたいよ。騎士は癒しの力を持つ聖女を妻にすることが、何よりの名誉とされてるの。だから騎士は聖女を妻にしようとするんだけど……でも誰を夫に選ぶか、決定権は聖女にあるのよね。騎士が結婚を申し込んでも断られたりするし、逆に聖女が騎士に結婚を申し込むこともあるみたい」
「ということは、サイラス団長を婚約者に決めたのはセリーナ様自身……?」
「そういうことになるわね」

 ニーナはニヤリと笑いながら話に入って来た。
「サイラス団長は、セリーナ様が教会に入った時からずっと口説いてたって話よ。セリーナ様はそれに根負けしたんじゃないかしらね。サイラス団長は家柄もいいし、結婚相手としては悪くないもの。ブラッド様は二人の婚約を知ってショックだったと思うわよ」
「うーん……ドラマみたいな話!」
 カレンは思わずうなった。

 エリックは「教会に命を握られている」と話していた。それは単純に、聖女の為に命をかけるというだけではなく、騎士の人生も聖女次第ということなのだろうか。

 ブラッドとセリーナの話を聞き、複雑な思いを抱えながらカレンはワインをぐいっと飲み干した。
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