10 / 25
噂話
しおりを挟む
翌朝、着替えて一階に下りたカレンを管理人マリーが呼び止めた。
「ああいたいた。おはよう、カレン」
「おはようございます、マリーさん」
マリーは一本のワインボトルを抱えていた。
「これ、ブラッド様からあなたに差し入れですって」
「えっ?」
カレンは驚きながら、マリーからワインボトルを受け取った。確かにブラッドと会った時に「ワインを贈ろう」と言われていたが、彼は本当にワインを贈って来たのだ。
「わー、嬉しい!」
思わずカレンの顔がほころぶ。早速今夜にでも、エマを誘ってワインを飲もうと心に決めたのだった。
♢♢♢
その日の夜、カレンはエマの部屋を訪ねた。エマは二人部屋で、ルームメイトのニーナと何やらお喋りしている所だった。
「あー! 待ってたわよカレン!」
エマが目を輝かせて立ち上がる。
「お待たせ。ワインを持ってきたよ」
カレンはワインボトルを掲げ、部屋の中に入った。狭い部屋に二つのベッドが押し込められるように置かれていて、カレンの一人部屋よりも狭い。
「私ももらっちゃっていいの?」
ニーナは遠慮がちにカレンを見る。
「当然! みんなで飲もうと思って持ってきたんだから」
「早く乾杯しましょ! カップもちゃんと用意してあるからね!」
エマはカップをニーナとカレンに渡し、ワインボトルを開けるとそれぞれのカップに注ぐ。テーブルも椅子もない部屋で、それぞれベッドに腰かけ、三人で乾杯をした。
「……何これ!? こんな美味しいワイン、飲んだことないわ!」
エマが一口飲んでみるみる笑顔になる。カレンも初めて飲んだこの世界のワインの美味しさに驚いていた。それはまるでベリーのような爽やかな香りがして、ジュースのようでとても飲みやすい。
「美味しいわね! ……それにしても、ブラッド様が女性に物を贈るなんて、珍しいんじゃない?」
ニーナはあっという間に飲み干し、既に二杯目に手が伸びている。
「確かに、あまり聞いたことがないかも……」
エマは何やらニヤッと笑みを浮かべ、カレンを見る。
二人の妙な視線を感じたカレンは、慌てて手を振る。
「いやいや、贈り物じゃなくて差し入れだと言ってたよ。私がこの国のお酒を飲んだことがないって話したから……」
「でもそれだけで、あのブラッド様がわざわざワインを贈る?」
ニーナは目を輝かせ、身を乗り出してきた。
「ほんとに、変な意味はないって、絶対! ブラッド様はセリーナ様に私のことを頼まれてるから、気を使ってるんだと思う」
「分からないわよ。ブラッド様だって、いつまでも団長の婚約者に横恋慕しててもしょうがないじゃない?」
ニーナはこういう話が大好物なのか、勝手に盛り上がっている。
「……そのことなんだけど、ブラッド様ってその……昔からずっとセリーナ様のことが好きなの?」
カレンはいい機会だとばかりに、ずっと気になっていたことを二人に聞いてみた。
「みんなそう思っているわよね。セリーナ様が筆頭聖女になった時に、ブラッド様が彼女の護衛騎士になったんだけど……実はその前からブラッド様はセリーナ様に恋してるんじゃないかって、教会では噂になっていたみたい」
エマの話に頷き、ニーナが話を続ける。
「ほら、ブラッド様ってあの見た目だし、カートラッド家の騎士でしょう? 聖女からも人気で、彼と結婚したいっていう聖女も多いのよ。だけどブラッド様はどの聖女にも興味がないみたい。そういえば……前にブラッド様に結婚を申し込んで断られた聖女がいたんじゃなかった?」
「ああ! 確かいたわね。もう他の騎士と結婚して教会を出て行ったんじゃなかったかしら」
カレンの頭に疑問が浮かぶ。
「ん? 聖女が騎士に結婚を申し込むの? 逆じゃなくて?」
エマは笑いながら頷く。
「そういうこともあるみたいよ。騎士は癒しの力を持つ聖女を妻にすることが、何よりの名誉とされてるの。だから騎士は聖女を妻にしようとするんだけど……でも誰を夫に選ぶか、決定権は聖女にあるのよね。騎士が結婚を申し込んでも断られたりするし、逆に聖女が騎士に結婚を申し込むこともあるみたい」
「ということは、サイラス団長を婚約者に決めたのはセリーナ様自身……?」
「そういうことになるわね」
ニーナはニヤリと笑いながら話に入って来た。
「サイラス団長は、セリーナ様が教会に入った時からずっと口説いてたって話よ。セリーナ様はそれに根負けしたんじゃないかしらね。サイラス団長は家柄もいいし、結婚相手としては悪くないもの。ブラッド様は二人の婚約を知ってショックだったと思うわよ」
「うーん……ドラマみたいな話!」
カレンは思わずうなった。
エリックは「教会に命を握られている」と話していた。それは単純に、聖女の為に命をかけるというだけではなく、騎士の人生も聖女次第ということなのだろうか。
ブラッドとセリーナの話を聞き、複雑な思いを抱えながらカレンはワインをぐいっと飲み干した。
「ああいたいた。おはよう、カレン」
「おはようございます、マリーさん」
マリーは一本のワインボトルを抱えていた。
「これ、ブラッド様からあなたに差し入れですって」
「えっ?」
カレンは驚きながら、マリーからワインボトルを受け取った。確かにブラッドと会った時に「ワインを贈ろう」と言われていたが、彼は本当にワインを贈って来たのだ。
「わー、嬉しい!」
思わずカレンの顔がほころぶ。早速今夜にでも、エマを誘ってワインを飲もうと心に決めたのだった。
♢♢♢
その日の夜、カレンはエマの部屋を訪ねた。エマは二人部屋で、ルームメイトのニーナと何やらお喋りしている所だった。
「あー! 待ってたわよカレン!」
エマが目を輝かせて立ち上がる。
「お待たせ。ワインを持ってきたよ」
カレンはワインボトルを掲げ、部屋の中に入った。狭い部屋に二つのベッドが押し込められるように置かれていて、カレンの一人部屋よりも狭い。
「私ももらっちゃっていいの?」
ニーナは遠慮がちにカレンを見る。
「当然! みんなで飲もうと思って持ってきたんだから」
「早く乾杯しましょ! カップもちゃんと用意してあるからね!」
エマはカップをニーナとカレンに渡し、ワインボトルを開けるとそれぞれのカップに注ぐ。テーブルも椅子もない部屋で、それぞれベッドに腰かけ、三人で乾杯をした。
「……何これ!? こんな美味しいワイン、飲んだことないわ!」
エマが一口飲んでみるみる笑顔になる。カレンも初めて飲んだこの世界のワインの美味しさに驚いていた。それはまるでベリーのような爽やかな香りがして、ジュースのようでとても飲みやすい。
「美味しいわね! ……それにしても、ブラッド様が女性に物を贈るなんて、珍しいんじゃない?」
ニーナはあっという間に飲み干し、既に二杯目に手が伸びている。
「確かに、あまり聞いたことがないかも……」
エマは何やらニヤッと笑みを浮かべ、カレンを見る。
二人の妙な視線を感じたカレンは、慌てて手を振る。
「いやいや、贈り物じゃなくて差し入れだと言ってたよ。私がこの国のお酒を飲んだことがないって話したから……」
「でもそれだけで、あのブラッド様がわざわざワインを贈る?」
ニーナは目を輝かせ、身を乗り出してきた。
「ほんとに、変な意味はないって、絶対! ブラッド様はセリーナ様に私のことを頼まれてるから、気を使ってるんだと思う」
「分からないわよ。ブラッド様だって、いつまでも団長の婚約者に横恋慕しててもしょうがないじゃない?」
ニーナはこういう話が大好物なのか、勝手に盛り上がっている。
「……そのことなんだけど、ブラッド様ってその……昔からずっとセリーナ様のことが好きなの?」
カレンはいい機会だとばかりに、ずっと気になっていたことを二人に聞いてみた。
「みんなそう思っているわよね。セリーナ様が筆頭聖女になった時に、ブラッド様が彼女の護衛騎士になったんだけど……実はその前からブラッド様はセリーナ様に恋してるんじゃないかって、教会では噂になっていたみたい」
エマの話に頷き、ニーナが話を続ける。
「ほら、ブラッド様ってあの見た目だし、カートラッド家の騎士でしょう? 聖女からも人気で、彼と結婚したいっていう聖女も多いのよ。だけどブラッド様はどの聖女にも興味がないみたい。そういえば……前にブラッド様に結婚を申し込んで断られた聖女がいたんじゃなかった?」
「ああ! 確かいたわね。もう他の騎士と結婚して教会を出て行ったんじゃなかったかしら」
カレンの頭に疑問が浮かぶ。
「ん? 聖女が騎士に結婚を申し込むの? 逆じゃなくて?」
エマは笑いながら頷く。
「そういうこともあるみたいよ。騎士は癒しの力を持つ聖女を妻にすることが、何よりの名誉とされてるの。だから騎士は聖女を妻にしようとするんだけど……でも誰を夫に選ぶか、決定権は聖女にあるのよね。騎士が結婚を申し込んでも断られたりするし、逆に聖女が騎士に結婚を申し込むこともあるみたい」
「ということは、サイラス団長を婚約者に決めたのはセリーナ様自身……?」
「そういうことになるわね」
ニーナはニヤリと笑いながら話に入って来た。
「サイラス団長は、セリーナ様が教会に入った時からずっと口説いてたって話よ。セリーナ様はそれに根負けしたんじゃないかしらね。サイラス団長は家柄もいいし、結婚相手としては悪くないもの。ブラッド様は二人の婚約を知ってショックだったと思うわよ」
「うーん……ドラマみたいな話!」
カレンは思わずうなった。
エリックは「教会に命を握られている」と話していた。それは単純に、聖女の為に命をかけるというだけではなく、騎士の人生も聖女次第ということなのだろうか。
ブラッドとセリーナの話を聞き、複雑な思いを抱えながらカレンはワインをぐいっと飲み干した。
1
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。
※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
※単純な話なので安心して読めると思います。
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
運命の番でも愛されなくて結構です
えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。
ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。
今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。
新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。
と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで…
「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。
最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。
相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。
それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!?
これは犯罪になりませんか!?
心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。
難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
最初から蚊帳の外でしたのよ。今さら騙されたと言われてもわたくしも困りますわ、殿下。
石河 翠
恋愛
聖女ヒラリーが偽聖女として断罪され、聖女の地位を剥奪された。王太子に色目を使うと同時に、王太子妃の悪評を巷に流したからだという。
だが実際は、王太子こそが聖女に言い寄っていた。一向になびかない聖女に業を煮やした王太子が、彼女を嵌めたのである。
王都から追放されたくなければ自分の妾になれと迫られるが、王太子が聖女に触れようとした瞬間、不思議な光が彼女を包み、美しい青年が突如現れる。
浮気だ、不貞だと騒ぎ立てる王太子に向かって、聖女は不思議そうに首を傾げる。そこで彼女が語ったこととは……。
悲劇のヒロインかと思いきや、愛する恋人のために働いていたヒロインと、ヒロインを溺愛しているヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しています。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID22495556)をお借りしております。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる