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番外編、すず子と猫だらけ!!(2024/05/07~)
(一)
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三が日を過ぎ、年の瀬から現世の本社で朝から晩まで働き詰めだったすず子を一週間ほど休ませていたある一月の中旬。神社には普段、神のいる神殿に仕えている者をやって五兄弟たちも順番に暇をとらせていた。
そんな冬のよく晴れた日の朝。
俺の猫寝殿内と神のいる神殿が通ずるよう設けた通用口を開けに行った黒が「既に十匹ほどが扉の前で待っていました」と執務室の座布団に座った俺に報告をする。
一応、俺とすず子の夜がどうあるのかを分かっている黒も「日が暮れる前に神の庭に戻るように」とわらわらと雪崩れ込んできた猫たちに言い聞かせてはいるようだが聞く耳持たず、と言ったところらしい。
雄も雌も、寒暖も関係ない。
一年中温暖で過ごしやすい神の庭とは違い、こちらは現世と同じ天気と気温だと言うのに猫たちはすず子に甘やかされにやってくる。特に飼い猫だった連中が多く……俺はまだすず子に伝えてはいなかったが中には心が満たされた猫が次なる転生に旅立っていると管理を任せている神使から報告を受けている。
俺も新年に上がってきた願い事を読み、捌くのに忙しい。邪魔にならないようにと気を利かせたすず子がこちらに顔を出す事がないとなかなか俺も書状と筆から手を離す事が出来なかった。
・・・
日が高い正午近く、黒光と玉乃井の優秀な二匹は俺の気を読んだのか「少し休憩をされては」と提案をしてくれた。
昼間、通用口の扉からの出入りは自由にしているために猫の気配が多いのは致し方ない。
俺の妻として、すず子は優しく猫たちの相手をしてくれている……が。
「何だこれは」
「国芳さん、ちょうどいい所に」
火鉢のそばで少し横になっていたらしい妻の綿の入った猫の紋様入りの掻巻の上に猫が三匹、そしてその掻巻の中にいったい何匹入っているのか異様に膨らんでいる。
「全然、動けなくなっちゃいまして……」
「お前たちな……寒いなら神の庭へ温まりに戻れば良いだろう」
横になったまま身動きのとれない妻の掻巻を捲るとまず、図体も態度も大きい茶白と目があった。さらにその奥には長毛キジトラのいつもの二匹の目が光る。
それ以外にももう二匹、中に入っていたが……すず子の胸の上で小さく丸くなっている飛び三毛の子猫に目がいった。
俺の緑の目は、見分ける事ができる。
神域で産まれた猫と、そうでないもの。
白地に、丸い三毛柄のある子猫は現世で……俺が見ようとすればその身に何があったかまで分かる。それにこの子猫にはまだ、現世の匂いがついていた。
「この子、茶白さんとキジトラさんが連れてきてくれたんですけどすっかり気に入ったみたいで……よく眠ってるんです」
「そうか」
俺も猫の事なら全てを知ることができる。
だが、こうして感情を持つからには……受け止めきれなくなってしまう時もあった。その時はまだ俺も若かったが全ての人の子がそうであるように、全ての猫が、命あるものが平等に幸せな命の果てを迎えられる訳ではない。
この子猫は母の温もりを欲している。
だから、茶白とキジトラが連れてきたのだろう。
すず子の胸に抱かれ、苦しかった記憶を過去のものと出来るように。転生しなければ記憶は消えない。
今頃、黒に貼り付いているであろう玉も自分の過去の記憶を未だ持っている。
俺は捲っていたすず子の掻巻を元に戻した。
「国芳さん?え、あっ、ちょっとだめ……っ、んぅ、くすぐったい」
猫の姿に戻った冬毛の俺はさぞ温かいに違いない。
未だに身動きが取れないすず子の首元に向かい合うように腰を下ろし、俺の癖毛の尾でその頬を撫でる。
くすぐったさに体を捩ったせいか子猫が起きたが……転がり落ちるように俺とすず子の間に潜り込み、すぐにまた安心したように深く眠ってしまった。それを見ていたすず子の今にも泣きそうに潤む瞳に彼女の優しさが見え、俺は腹に子猫を納めたまま瞼を閉じる。今日はもうこのままうたた寝をしよう、と妻を……他の猫も誘って俺たちは子猫を中心に午睡をとった。
・・・
夜、暖めた寝所には昼寝をしたせいでまだ眠気が訪れないと言う妻が足を崩して脇息に寄りかかっている。披露目のあとからすず子の長い髪はそのままになって……どうやら俺がそれを気に入っているのがバレているらしい。
子猫は茶白が咥えて神の庭へと連れ帰ったそうだがその際に嫌だと大鳴きをしていたらしい。まああちらに帰れば神や古参の神使がまとめて子猫たちを装束の内側に納めてくれているだろう。
いつか俺が野暮用で神殿に上がった時、わらわらと神の足元から子猫たちが這い出てきて何匹も俺によじ登って……とそんな話をすず子にしていれば「小さい子たちの転生は早いんですか?」と問われる。
「そうだな……確かに成猫は自分たちの持つ記憶や未練のような物、キジトラも長命な主人にもう一度会いたいから待っている、と言う強い念があるがまだ何も分からん子猫はお前が言うように早い。だが……」
神は一匹ずつ見極めてから送り出す、と伝えれば安心したように「そうでしたか」と言う。
しかしその送り出してから先のことは神も俺も、手出しは出来なかった。それをしてしまえば現世の命と自然の理を乱してしまう。ゆえに、生き物の命に対して罰せられるべき行いをした人の子は地獄へ向かわされるが自然の理の中での命の果てを迎えた場合……あの子猫は人に直接的に加害されたのではなく、野良の母猫が上手く育てられなかった子だった。
* * *
『猫の王』番外編です。
国芳とすず子、そして黒光とたまちゃんの仲良しな日常風景回となります。猫成分(?)多めです~。
そんな冬のよく晴れた日の朝。
俺の猫寝殿内と神のいる神殿が通ずるよう設けた通用口を開けに行った黒が「既に十匹ほどが扉の前で待っていました」と執務室の座布団に座った俺に報告をする。
一応、俺とすず子の夜がどうあるのかを分かっている黒も「日が暮れる前に神の庭に戻るように」とわらわらと雪崩れ込んできた猫たちに言い聞かせてはいるようだが聞く耳持たず、と言ったところらしい。
雄も雌も、寒暖も関係ない。
一年中温暖で過ごしやすい神の庭とは違い、こちらは現世と同じ天気と気温だと言うのに猫たちはすず子に甘やかされにやってくる。特に飼い猫だった連中が多く……俺はまだすず子に伝えてはいなかったが中には心が満たされた猫が次なる転生に旅立っていると管理を任せている神使から報告を受けている。
俺も新年に上がってきた願い事を読み、捌くのに忙しい。邪魔にならないようにと気を利かせたすず子がこちらに顔を出す事がないとなかなか俺も書状と筆から手を離す事が出来なかった。
・・・
日が高い正午近く、黒光と玉乃井の優秀な二匹は俺の気を読んだのか「少し休憩をされては」と提案をしてくれた。
昼間、通用口の扉からの出入りは自由にしているために猫の気配が多いのは致し方ない。
俺の妻として、すず子は優しく猫たちの相手をしてくれている……が。
「何だこれは」
「国芳さん、ちょうどいい所に」
火鉢のそばで少し横になっていたらしい妻の綿の入った猫の紋様入りの掻巻の上に猫が三匹、そしてその掻巻の中にいったい何匹入っているのか異様に膨らんでいる。
「全然、動けなくなっちゃいまして……」
「お前たちな……寒いなら神の庭へ温まりに戻れば良いだろう」
横になったまま身動きのとれない妻の掻巻を捲るとまず、図体も態度も大きい茶白と目があった。さらにその奥には長毛キジトラのいつもの二匹の目が光る。
それ以外にももう二匹、中に入っていたが……すず子の胸の上で小さく丸くなっている飛び三毛の子猫に目がいった。
俺の緑の目は、見分ける事ができる。
神域で産まれた猫と、そうでないもの。
白地に、丸い三毛柄のある子猫は現世で……俺が見ようとすればその身に何があったかまで分かる。それにこの子猫にはまだ、現世の匂いがついていた。
「この子、茶白さんとキジトラさんが連れてきてくれたんですけどすっかり気に入ったみたいで……よく眠ってるんです」
「そうか」
俺も猫の事なら全てを知ることができる。
だが、こうして感情を持つからには……受け止めきれなくなってしまう時もあった。その時はまだ俺も若かったが全ての人の子がそうであるように、全ての猫が、命あるものが平等に幸せな命の果てを迎えられる訳ではない。
この子猫は母の温もりを欲している。
だから、茶白とキジトラが連れてきたのだろう。
すず子の胸に抱かれ、苦しかった記憶を過去のものと出来るように。転生しなければ記憶は消えない。
今頃、黒に貼り付いているであろう玉も自分の過去の記憶を未だ持っている。
俺は捲っていたすず子の掻巻を元に戻した。
「国芳さん?え、あっ、ちょっとだめ……っ、んぅ、くすぐったい」
猫の姿に戻った冬毛の俺はさぞ温かいに違いない。
未だに身動きが取れないすず子の首元に向かい合うように腰を下ろし、俺の癖毛の尾でその頬を撫でる。
くすぐったさに体を捩ったせいか子猫が起きたが……転がり落ちるように俺とすず子の間に潜り込み、すぐにまた安心したように深く眠ってしまった。それを見ていたすず子の今にも泣きそうに潤む瞳に彼女の優しさが見え、俺は腹に子猫を納めたまま瞼を閉じる。今日はもうこのままうたた寝をしよう、と妻を……他の猫も誘って俺たちは子猫を中心に午睡をとった。
・・・
夜、暖めた寝所には昼寝をしたせいでまだ眠気が訪れないと言う妻が足を崩して脇息に寄りかかっている。披露目のあとからすず子の長い髪はそのままになって……どうやら俺がそれを気に入っているのがバレているらしい。
子猫は茶白が咥えて神の庭へと連れ帰ったそうだがその際に嫌だと大鳴きをしていたらしい。まああちらに帰れば神や古参の神使がまとめて子猫たちを装束の内側に納めてくれているだろう。
いつか俺が野暮用で神殿に上がった時、わらわらと神の足元から子猫たちが這い出てきて何匹も俺によじ登って……とそんな話をすず子にしていれば「小さい子たちの転生は早いんですか?」と問われる。
「そうだな……確かに成猫は自分たちの持つ記憶や未練のような物、キジトラも長命な主人にもう一度会いたいから待っている、と言う強い念があるがまだ何も分からん子猫はお前が言うように早い。だが……」
神は一匹ずつ見極めてから送り出す、と伝えれば安心したように「そうでしたか」と言う。
しかしその送り出してから先のことは神も俺も、手出しは出来なかった。それをしてしまえば現世の命と自然の理を乱してしまう。ゆえに、生き物の命に対して罰せられるべき行いをした人の子は地獄へ向かわされるが自然の理の中での命の果てを迎えた場合……あの子猫は人に直接的に加害されたのではなく、野良の母猫が上手く育てられなかった子だった。
* * *
『猫の王』番外編です。
国芳とすず子、そして黒光とたまちゃんの仲良しな日常風景回となります。猫成分(?)多めです~。
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