上 下
33 / 81
第七話、ひと肌の恋しい季節

(三)

しおりを挟む
 それから暫くてきぱきと作業をして神社に戻る前に駅の中のお店に寄りましょう、と時計を確認する。
 スマートフォンも一応充電して、本当に今日は荷物の仕分けや片付けだけで一日が終わってしまったし、国芳さんの手も借りてしまった。

 どうやら私に関する時間が捻じ曲げられている、と確信したのは充電が切れて電源が落ちていたそれを起動させた時。メッセージアプリとかの通知が私がこちらにいなかった期間だけごっそり抜けていたようで今、戻って来たことによってお買い得なチラシ情報などの通知が一つだけ届いた。

 昼下がり、アパートの鍵を閉める。
 そんな私の肩にはトートバッグが一つだけ。
 今度こちらに来る時用の服とカーディガン、下着が数枚。

「すず子」
「はい」

 呼んでくれる声に振り向くと国芳さんは「俺が持つ」と私の肩からトートバッグを下ろして自らの肩に掛けてしまった。一体どこでそんなエスコートを覚えたのか不思議が尽きない。

「寄る場所があるんだろう?」
「ええ、たまちゃんと黒光さんにお土産を……こちらの物をあまり持ち込むのも良くないと思うので一つずつ」

 そうか、と国芳さんの口元が緩く弧を描く。
 私の脳裏にも笑顔のたまちゃんがいて、きっと私たちが戻って来るのを黒光さんと……でもそれならもう少し遅く帰っても、と悩む。
 もう鍵も閉めちゃったし。


 駅に向かう道すがら「腹は減らないのか」と隣の国芳さんが問う。
 確かに、前より食事量は格段に減ってしまったけれど体の維持は出来ていた。でもそれは人間にとって最低限なのかもしれない。
 私は、神様の仰っていた「私の気が馴染んでしまった」の言葉に、薄々勘付いていた。まだ今は心が追い付いていないだけで既に体は向こうの環境の方に順応している、と。

「……少し、寄って行きましょうか」

 私が時々、美味しいコーヒーが飲みたくなって行っていた喫茶店。
 お店は落ち着いた内装。小さくクラシックが流れる所なら国芳さんにもうるさくないかな、と思って誘う。

 私のお腹の減り具合を気にするのは多分、彼の執務室でお茶をするようになった時にたまちゃんに出して貰う果物や、私が宮司さんから頂いたお菓子を持ち込んで口にするのを見ていたから。
 私も遠慮なく食べてしまっていたけれど彼は私が倒れてしまわないように、気にしてくれている。

 倒れた時は確かに、人間で言う所の低血糖、脱水状態だった。

「コーヒーは飲めますか」
「ああ。爺さんが淹れたのなら飲んだ事がある。俗世の食事は大体、爺さんが教えてくれた。その前の宮司……爺さんの親の世代は堅物でな。まあ、物の無い時代でもあったが」

 宮司さん、普通に国芳さんの事も餌付けしていた。多分、見習いの五兄弟と国芳さんに現世の食べ物を与えている事を知ったら黒光さんは怒るんだろうけど純粋に宮司さんは猫が好きなのだと思う。
 そうでなきゃ高そうな減塩猫用煮干しなんて選ばない。通販したのかな。

「冷たい方は飲んだことありますか」
「いや……あるのか」

 興味を持つ時の国芳さんの目元がちょっと見開くのがやっぱり猫ちゃん。

「ふふっ」

 つい、笑ってしまえば少し恥ずかしそうに視線を反らす。
 一緒に暮らすようになって、段々と覚えて来た彼の仕草。

「では冷たいコーヒーを二つと、そうですね……ホットケーキを頼みましょうか」

 これは紛れもないデートだった。
 人の姿をした国芳さんと一緒に向かい合って座っていれば傍目からもそう見えるに違いない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたにspark joy

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:84

【R18BL】インキュバスくんの自家発電で成り上がり

BL / 連載中 24h.ポイント:5,170pt お気に入り:125

勢いで寝てしまった親友との関係にけじめをつけます

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:26

もう一度あなたに会えたなら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:279

知恵の実みかん

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ソシャゲやりすぎて頭イカレたん?

339
BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:71

[完]田舎からの贈り物

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

愛ゆえに~幼馴染は三角関係に悩む~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:45

処理中です...