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単話『これからも、ずっと』

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 司からのお願い。
 痛い事や怖い事は絶対にしない司の珍しい言葉に素直に頷けば体を起こされて――つまりは向かい合った座位でこの時間を過ごしたい、と言う事だった。

 司の墨色が巡る上半身にぴたりとくっついて、腰を撫でる手に誘われるままにゆっくりと彼の熱情を受け入れようとするがつぷん、とほんの先端が宛がわれた程度で膝立ちの千代子の体が止まってしまう。

「ゆっくりで良いよ」

 言われるがままに、とはいかない。
 恥ずかしいけれど司の事は愛したい。そのせめぎ合いの最中も千代子は自分の体が……ひくつき、ぬるりとスキン越しの司の熱の先端を甘く濡らしている事など知らず。

 優しく腰を撫でる手の先に力が入ると同時に低い吐息を漏らす司。意図せず、焦らしてしまっているのだと気づいた千代子の腕はぎゅうと司を抱いて、意を決したようにゆっくりと、ゆっくりと腰を落として行く。

 それすら彼にとっては何と言うか、拷問に近い物があった。

 耳元で切なそうに声もなく、息を飲むように喘ぎながら自ら挿入をしていく愛しい人。片手で腰を撫でる余裕は見せていたものの本当はもう限界だった。

「千代子、苦しい?」

 狡いな、と司は自分でも思っていた。
 彼女が何に対して、どんな言葉に弱いのかを知っている。

 胸が張りつめるのが分かる。座位になったとしても身長に差があるせいで千代子が上に跨ってやっと、互いの頭の位置が同じくらいの高さになる。
 今夜の司はそれを望んでいた。
 千代子の目線と合うように、交わり合いたいのだ、と。

「んん、ぅ」

 小さな喘ぎも聞き逃す事のない体位。

「千代子……」

 自らを支える必要もなくなった頃合い、慈しむように抱き締めてくれる司にやっと腰を落とし切った千代子が身震いをする。
 ぞわぞわと全身が震えて「寒い?」と心配をする司が室温を上げようとするが千代子は首を横に振る。

 仕事の日の司はワックスで髪をオールバックに、きっちりと後ろに流して纏めているが風呂上りの彼の髪は緩く下がっていて印象が変わる。彼の表向きの態度と苦労が少し実年齢より老けさせてはいたけれど千代子は今、自分との交わりの最中に揺れ、目元に少し掛かっていた司の髪をそっと指先でよけて……額に小さくキスをする。

 好き、の行為。

 普段は硬派な人が自分との夜の時間に没頭する姿が愛しいのだと伝える。

「ちよちゃん、それは……ちょっと今は」

 自分からはキスを沢山するのに?と千代子は思う。
 寒くなって、長袖になったからって、際どい所をきつく吸う人が何を今更。
 全て納めきった千代子に少し生じた余裕、司の耳元にもすりすりと頬を滑らせて甘える仕草をすればそれは司の持つ本来ならば強靭とも言える強い理性を容易く揺すり、くすぐってしまう。

 千代子からの甘えと悪戯心。
 ぴったりと密着した体、押しあたっているのは柔らかい素肌の丸い膨らみ。

 髪をよける動作が進んで、司の頭を撫でるような仕草に移る。
 いいこ、いいこ、といつもだったら千代子が望む手での触れ合いが今夜は反対に、千代子からもたらされる。

 愛している人を甘やかそうとしていたのに逆に甘やかされているこの状況。そう言えば以前にも一度、こうして座ったまま夜を過ごした時にも千代子は自分の事を、と司は思い出す。

 恋人同士の期間の短さ、それでも深い愛情は互いにあった。
 けれど、スキンシップの時間があまり取れていないから――司が少し、千代子の方に頭を傾ける。
 繋がり合ったままなのに今夜はとても静かで、それでいて愛情深く千代子が司の後頭部を撫でながら安心したように優しく抱きしめてくれる。

 司にとっての幸せも、千代子にとっての幸せも、同じ。

 愛して、愛される事こそが。

 ただ、司の隠し持つ強い気質は千代子の前だと容易く、正直になってしまう事がある。
 元から千代子をずっと想い続けていた男の滾る熱情はまだまだ発散しきれていないどころか優しい千代子がくれる愛情に増々、膨れ上がるばかり。

 座り直すフリをして少し揺すってみればすぐに「ひゃん」と声が上がった……と言うことは、千代子はかなり我慢をしている。

「痛くない?」

 問い掛けに頷いて、覚悟をしたように千代子が少し体を離して司が動きやすいように肩に手を添えてくれる。

 恥ずかしさを堪えている千代子は美しい。
 唇をぎゅっとさせて、肩を竦めて。

 腰を掴んで滾る熱を穿てばその肩はひくひくと跳ねる。
 何度も、何度も、喘いでいるのか、泣かせてしまっているのか、快楽に乱れ、とろけてぐちゃぐちゃになっていく愛しい人。そして自らも、余裕なんて脱ぎ捨ててただ貪欲に腰を進めて愛欲の底を暴き出す。

「あ、あ……っ」

 喉から絞り出すような声。
 今まで重ねて来た夜に丹念に司が教えたのはお腹の奥深くで、気持ちよくなれる事。
 そもそも体格に差があったので届いてしまっていた、と言う方が正しかったが回を重ねるごとに千代子に変化が訪れていたのは知っていた。

 強引にしないように優しく、揺り動かすように。

「や、奥……、っ」

 じわじわとお腹から熱が生まれる。

「はう、んんッ」

 司の吐息も直に聞こえるこの体勢。
 切なくて爪を立ててしまってもびくともしない人が弱いのは……自分からアプローチした時だと千代子は知っていた。

「つかさ、さん……好き」

 大好き。

 恥ずかしくて、気持ち良くて、彼の肩口に顔を埋める。
 熱の塊がびくびくと反応するどころか堪えるように歯を強く食い縛ったことまで分かってしまう。
 そんな反応に自分も一緒に甘く果ててしまうけれど……今夜はどうしても言葉で伝えなきゃ、と千代子は思っていた。

 本当は、いつも伝えなくちゃと思っていた言葉。
 恥ずかしくて、なかなか言えなかったけれど。

 千代子の言葉が砕けた口調になる時は本心を伝えている時。
 それを知っているから、司は自分の獰猛さを抑えようと必死になってしまい、言葉が出ない。

「司さん……あなたのことを、愛してる……ずっと、ずっと、好き」

 最早、殺し文句だった。
 向かい合って座ったまましたいと言ったのは自分なのに、どうしようもない欲に逆らえずそれでも痛い思いは絶対にさせたくなかった司はゆっくりと千代子の体勢を変えさせてベッドを背にして貰う。
 ぺったりと寝かされた千代子。その両手はそれぞれがっちりと司が掴んでしまった。

「抱き潰すとか、そう言うのって……本当は、駄目なんだけど……千代子、今夜だけは」

 ちよちゃん、と呼ばない司。

「私の我が儘、聞いてくれる?」

 余裕が消え去り、掴まれるように握られていた手を返事の代わりに深く握り返しながら頷く千代子は司が自分を傷つけるような事など絶対にしないと分かっているから、受け入れる。

 信頼しているから、快楽に二人で溺れる事を了承した。

 挿入から間が少し空いていたにも関わらず、司の熱は今にもはち切れんばかりで千代子の奥を揺すりだす。

「んんっ、ん」
「千代子……もっと、力を抜いて」

 そうしたら、喘いでしまう。

「私にその声を聞かせて」

 聞いただけでずく、と疼いてしまうような欲に濡れた司の低い声。

「ね?」

 穿たれる度に、音がする。
 肌と肌が当たって、溢れ出ていた蜜が白む。

「私も愛してる……だから千代子、苦しがらないで」

 奥深くに入ったままでぐりぐりと押し付けるような仕草をされてしまい、受け入れている場所全体が切なく司を締め付ける。今夜はお酒を飲んでいるせいか少し、感覚が麻痺しているのかもしれない。

 激しさを、自分も求めている。
 求めるままにきゅう、と司を締めれば――見たことも無いような顔で彼は笑っていた。

「ひ……っ、あ、ぁ」

 その表情にまた、ぞくぞくと肌が粟立つ。

「そう、そのまま」

 ぐ、と司も堪えるように息を整えて膨張してやまない熱で千代子の中を掻き乱す。

「や、あ……っい、あつ、い……い、く、いっ……や、」

 叩くような濡れた音が止まらない。

「やっ、や……奥、で、いっ…ちゃ、う……ッ」

 千代子の感じる場所を忘れる訳がない。
 そこばかりを愛して、愛して、激しくうねるその熱に包まれた司もまた濁っている欲を出してしまおうとする。

 腰を捩っても、何をしても、司の強い情熱に突き上げられて、擦りつけられて、かき混ぜられて、ただただ喘ぎながらぎゅうぎゅうと足の爪先を丸めてしまうばかり。

「い、く……いく、もう、だめっ!!やだ、奥いや……っ熱いの、きちゃ、う」

 甘い喘ぎ声が張りつめて、ぎゅううと全身が痙攣を起こしたかのように司を締め上げる。
 肩で息をしながらひくひくとまだ喘ぐ千代子に低く呻る司も精を吐き出して、それでも駆け上がったばかりの衝動にまだ引き締まっている腰を緩く揺すって、すべてを出し切ろうとする。

 その行為はあまりにも千代子にとっては卑猥で、言われるがままにいつもより喘いでしまった自分の恥ずかしさを上回ってしまった。

「千代子……?」

 は、は、と肩で息をする司の熱に浮かされた声。

「にゃ、んでも……にゃい、です……」

 本当は何でもなくは無い、が。
 一気に押し寄せてくる羞恥と疲労にふにゃふにゃになりかけていた。
 手を離してくれて、目一杯に千代子を愛した熱を引きずり抜く為に身を引く司。

「敷いておいてよかった、かも」

 え?と千代子は自分の腰の下にやっと厚手のローブが敷かれていた事に気が付いた。そして司の言葉の意味と自分が果てながら発した言葉――本当に、滴らせてしまったのかと途端に背筋が寒くなる。

「わ、わたし」
「大丈夫……ちよちゃん、前から濡れやすい体質なのは知っていたから」

 大丈夫じゃないんです、そうじゃないんです、と。
 バスタオルならまだしも……それは普段から司が使っている男性物のローブ。

 しっかりお洗濯をしたって、この事実は消えない。

「い、嫌……司さんなんで、言わなかったの……っ、タオルとか、用意したのに……」

 私の寝間着だってあったのに、敷くならそっちで良かったのに、と泣きそうになっている千代子ときょとんとしている司。

「私は全然気にしないよ」
「そうじゃなくて……ううう、お風呂、お風呂場に」
「私が洗っておくからまだゆっくりしてて」

 だからどこにそんな体力が残って、ともう千代子の頭の中はぐるぐると色んな事が押し寄せてしまいパンク寸前になっていた。
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