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単話『これからも、ずっと』

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 会場近くの待ち合わせの駅前はやはり平日の夜とは言え混んでいた。
 路肩に滑り込んでくる黒塗りの高級車、ドアを開けて降りてくる人物に少し周りの視線がそちらに向いたのを千代子も感じる。

 しかし当の本人は降りて来てすぐに「ちよちゃん、寒くない?」と自らが手にしていたマフラーを掛けようかどうか心配してくれる。
 丈の長いコートを着て来てはいるがシンプルな千代子の服装。髪もまとめてアップにしてあるので司はその外気にさらされている首筋をどうしても心配してしまう。

 結局、司の手によって巻かれてしまうマフラー。
 ほんのりと司がエチケット程度に付けている香水……もう良く知っている匂いなのに千代子はどきどきしてしまい見開かれた瞳は丸く、司を見上げてしまった。

 見つめられた司にとってはそんな千代子が可愛くて、愛しくて。

「行こうか」
「はい」

 何の躊躇いもなく差し出される司の左手。
 千代子もその手に自分の右手を重ねれば――ぎゅ、と人混みからはぐれないように握り込んでくれる。そこにあるのはお揃いの指輪の存在。
 ひとりぼっちでうずくまって「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせていた時とは違う。今はこの大きな手がしっかりと、二人一緒なのだと教えてくれているような気がした。

 同じ方面に歩いて行く人の流れに二人も一緒に歩けば煌びやかな賑わいが視界に入って来る。

 デートを重ね経てからの同棲ではなかった思いがけない縁で結ばれたせいで手を繋ぐ事はまだまだ千代子にとって……そして司にとっても新鮮で、心をくすぐる。

「凄いね」
「実際見てみないと分からなかったですけど」

 会場を見渡す千代子の瞳がまるで少女の頃に戻ったように、もっと若い時に付き合う事ができていたなら見ていたかもしれないような表情がそこにはあった。本当に彼女はここに来る事を楽しみにしていてくれたのだと司は思う。

 小さな北欧の小屋のようにセッティングされた出店にはそれぞれにクリスマスツリーや室内用のオーナメントを売っている店、お菓子を中心としている店、どれも千代子の目を惹くものばかりで司は千代子を自由にさせようと「バッグ持ってるよ」とスマートに手を離してハンドバッグを預かってしまう。

 電飾の飾りにちらちらと照らされて輝く恋人の瞳を見つめる司の眼差しは優しい。
 自分たちはもう、はしゃぐ年齢を過ぎてしまったけれど今夜だけは。

 千代子が選んだのは北欧柄のクッションカバー。いまでも冬用の毛足の長い物が取り付けられているがシンプルな部屋が華やかになるのは想像できる。

 可愛い、と言う千代子に司も一緒に見て回る。
 家の事を任せきりにしてしまっているから、千代子の持つ可愛い欲望を満たせるなら幾らでも現金の用意は出来ている男の言葉はまるで魔法のようだった。暫くしてからふ、とその口車に気づいた千代子が司を見る。
 司の手に提げられている大きな紙袋。気を利かせてくれたお店の人が手荷物を纏めて入れられる大判の物をくれたのだが当の司は満足そうににこにこしている。

 魔法が解けかかっている千代子が申し訳なさそうな表情になってしまう前に司は「そろそろお夕飯に行こうか」と誘ってしまった。


 タクシーで移動した先のハイクラスホテルにあるレストラン。
 クロークに預けられるコート類、手慣れている司に任せて千代子もずっと纏っていたコートを脱ぐ。

 そこにあったのはやはり“千代子さん”の姿。

 今夜は可愛い“ちよちゃん”と大人の女性の“千代子さん”の両方を楽しめてしまっている司は丁寧に千代子をエスコートする。

 ディナーの席は少し照明が絞られているがそんな厳かな明りの下で見る“千代子さん”の素敵な姿。反対に千代子も司の慣れた所作や自分にしてくれる事にときめいていた。

「楽しかったね。私も仕事でイベント事に誘われたりもするけれど殆ど屋内だったから」
「想像していたよりも大規模で、びっくりしました」

 すごく楽しかった、と笑う千代子。
 デートをする回数はどうしても少ないから、これだけ嬉しそうにしていてくれる表情を見られて今夜は本当に良かったと司は思う。

 出されるのはクリスマス仕様のコース料理。
 普段、千代子が作ってくれる料理も家庭的で美味しいけれどこれはこれで雰囲気も含めて良い物だった。最後のデザートに出て来たほんのり温かいチョコレートブラウニーにアイスクリームと生クリームが乗ったものを幸せそうに食べている姿を眺めながら……こんな幸せを、どれだけ夢に見たか。
 普通のカップルだったらいくらでも出来た筈のこの光景。

 今から、一つずつ思い出を増やしたい。
 司がそう思っているのを知ってか知らずかまた「美味しい」と笑う人の美しさが目を楽しませてくれる。
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