文学喫茶オムレット

松浦どれみ

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文学喫茶オムレット

第5話

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「お待たせいたしました『ハムレット』です」
「うん、食事も中々美味い」
「ありがとうございます」
「しっかりした従業員もいて、いい店だな。ヒナ」
「だろ?」

 咲造が思いの外しっかりとした店の様子を見て、満足げに微笑んでいた。三十路も近い大人とはいえ、彼にとって孫はいつまでも孫なんだろうと思いながら愛理は二人の様子を眺めていた。このまま坂本と雑談しつつ、店内が混んでくる十八時すぎに帰っていけば愛理と真白の任務は完了なはずだった。帰宅後は真白と二人で打ち上げでもしようかと考えていた。
 しかし、残念ながらそうはならなかった。こちらの事情など何も知らない咲造が気分良さそうに口を開く。

「店の名前も洒落ているしな。お前にしては考えたな、『シェイクスピア』にちなんで『ハムレット』とは」
「ああ、新メニューにちなんで、愛理と真白が『ハムレット祭り』にしてくれたんだよ」
「何?『ハムレット祭り』?」
「そうそう、店を全部『ハムレット』に……」
「あ、店長! ちょっとキッチンでアップルパイの在庫数見てきてもらえますか?」

 まずい、そう思った愛理は彼らの会話を慌てて遮った。藤崎が拍子の抜けた顔をしている。

「え? さっき愛理が数えたって言ってなかったっけ?」
「忘れちゃってました、すみません。お願いします!」
「ああ、いいけど」

 首を傾げつつ、愛理の勢いに押されて藤崎が厨房の中へ入っていく。真白と坂本と三人でほっと胸を撫で下ろした。
 数分後、素直にアップルパイの在庫を数えた藤崎が厨房から姿を現す。

「おーい、6食だったぞ」
「あ、ありがとうございます」
「じいちゃんそれで続きなんだけど……」
「店長!」

 せっかく逸らせたはずの話を戻そうとする藤崎に、次は真白がいつもは出さないような大きな声で会話を遮った。

「今度は真白か? どうした?」
「あ、豆がちょっと足りない気がするのでストック見てもらえませんか?」
「いや、昨日確認しただろう?」
「今日忙しかったらしいじゃないですか。もう一度確認してください」
「お、おう……」

 初めは引かずにいた藤崎が、真白の圧に負けてまたも厨房に消えていった。その様子を見た咲造が残った三人に対し、訝しむような目を向ける。

「君たち、何か隠しているのか?」
「いいえ、そんな、隠していることなんて……」

 先ほどまでとは打って変わった鋭い眼光に、愛理は若干狼狽しつつ、首を横に振り否定する。直後に藤崎が不満そうな顔をしながら厨房から戻って、真白に文句を言った。

「真白。やっぱストック足さなくても大丈夫じゃねえかよ」
「あ、ヒナちゃん! 悪いけどブレンドおかわりもらえるかな?」
「愛理、頼むわ」
「は、はい……」

 最後は坂本もなんとか藤崎と咲造が会話しないよう追加のオーダーをしたが、残念ながらそれは愛理の仕事だった。彼女は気まずそうな顔でコーヒーの準備をし始めた。

 咲造が来店した後、待ち合わせの客が一組来店し、真白が用意したコーヒーを飲み、三十分ほどで帰っていった。現在店内には坂本と咲造以外の客はいない。咲造が改めて自身の疑問を解消しようと思ったのか話を差し戻した。

「で、ヒナ。『ハムレット祭り』について詳しく教えてくれないか?」
「そうなんだよ、この店、本当は『オムレット』なんだけど、『ハムレット』の発売記念で店の名前も『ハムレット』にして盛り上げようって話。これがかなり上手くいってんだよなあ」
「『オムレット』?この店、『ハムレット』じゃないのか?」

 会話が一気に核心に触れてしまった。愛理はこの状況を打開しようと、必死に頭の中で考えを巡らせるが何も思い浮かばない。真白は真顔のまま二人の成り行きを見守っているようだ。坂本に関してはすでに諦め、コーヒーを飲んで遠くを眺めていた。

「じいちゃん、ギャグじゃないんだから、さすがに本当の店の名前は『ハムレット』にできねえよ」
「『ハムレット』が……ギャグ?」
「そうだろう。ハムが具材の『オムレット』で『ハムレット』。店の名前には使えねえよ」
「俺の『シェイクスピア』に因んだんじゃないのか?」

 愛理は会話を聞きながら、半ば憐れむような視線を咲造に送っていた。きっと今日、この日まで彼にとって藤崎日陽は少しバカだけど可愛い孫だったんだろう。そう、少しだけ。目の前にある残念な事実から目を背け逃げ出したい、受け入れられないという思いが、咲造の言葉からひしひしと伝わった。
 しかし、それも当の本人は全くわかっていない。

「そうだよ。だから『オムレット』じゃん」
「ヒナ、お前、『オムレット』が何かわかってるのか?」

 最後の最後、咲造は何かに縋るように質問を投げかけた。
 そして、彼の孫は誇らしげな顔で尊敬する祖父にとどめの一言を放った。
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