うっかり拾った人ならぬ少年は私をつがいにするらしい。

妓夫 件

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イケメン vs. 子狼

2話

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「えっ……と、俺は… 空手段持ちなんだけど」

「元々は日本拳法やってるのよね」

苦笑する男性の言葉を受けて私が付け加える。
琥牙は困ったみたいに頭を掻いた。

「だからこれでも褒めてるんだよ」

「は?」

「雪牙は普段なら大して怪我なんてさせずに相手を倒せるけど、そうでもない相手なのかなって思ったから」

そうなんだ。

そう聞いても私にもあまり驚きはない。
引越しの時の彼の馬鹿力を見てるし、元はあれだし。

「っんなの、どうでもいーって! 兄ちゃん、何でさっきから冷静なんだよ!! コイツ真弥の愛人だぜきっと」

それを聞いて思わずぶっと吹き出してしまった。

「……ご、ごめん」

「家族でしょ?」

「よく分かったね。 自衛隊入ってる私の弟」

「匂いがしたから……あっ、おい」

気付くと私たちの会話を聞いてないのか、再び雪牙くんがダッシュで浩二に飛びかかるところだった。
浩二がすっとそれを脇へ避ける。

好戦的だなあ。
そういえば雪牙くんって、初対面からこんな感じだったような。

「……なんなの? 真弥、この子…っいってえ!」

素早く体制を整えた雪牙くんが浩二に足先を伸ばす。
それが脛にクリーンヒットして顔を歪める浩二。

雪牙くんの体がふわっと浮いた。
顔面への蹴りに慌てた様子の浩二は両肘でそれを受け止めた。
浩二は驚いた顔をしていた。
多分その直後、彼自身の大きな体が背後にあった壁についていたからだろう。
丸めた背中を塀で止め、浩二は目を丸くして雪牙くんを見ていた。


「あれ?  匂いが…お前、家族か。  でも……ははッ、何かやってんのか?」

雪牙くんは雪牙くんで自分の攻撃をガードされたのが意外だったらしい。
それなのに嬉しそうな表情。

「……なんだ 、チビ。 お前?」

「最近遊んでなかったからな、おもしれえ。 この際いいや。 人間でも」

そして浩二はこんなでもかなり喧嘩っ早い性格でもある。
面白がって煽ってくる雪牙くんにカッとなった様子で仕掛けてく。

狭い道端でじゃれ合いを始めた彼らにどうする? そう言って横に並んでる琥牙を見ると少し離れよ、とでも言う様に私の手を取った。

「いいけど雪牙。 怪我させたら承知しないよ」

「浩二ー! 子供だからって油断しちゃダメだよー」

とばっちりを受けないよう離れた位置についた私たちは、かくして木陰のブロック塀にもたれてスポーツ観戦を決め込むことにしたのだった。


眺めてると雪牙くんがやられてるように見えるが浩二の攻撃が全然当たってないっぽい。
大の大人が振り回されてるといった風情である。

「浩二が大振りに見えるわ」

「体格差が有り過ぎるからかな。 おれとかだとまだ向こうが有利に働くんだろうけど。 雪牙はギリギリで振って遊んでるけど、あれだとお互い疲れるんだよね」

あいつって、すばしっこいけどその分持久力がいまいちなのになあ、なんて琥牙が実況をする。

浩二はスタミナある方だけど、そしたら長引くと面白いかのな。 と私もそれに乗る。

「さすがにそれは無い。 ネコ科とかなら分かるけど……でも彼、面白いね。 日本拳法だっけ? 動画で見たカラテとも動きが少し違う」

「小学生からやってるの。 高校のインターハイやスポーツ推薦枠には無いけど、空手やボクシングにも繋がる総合格闘技に近い武術らしいよ」

「インターハイ……? でもなるほどねえ。 攻撃の型が柔軟なのはそのせいなのかな」

「そういえば……匂いって、家族も匂いが似るもの? そんなので分かるの?」

「うん、正確にいうと血の匂いだよ。 汗とか体質的なものも似るけど。  あと、前に二度ほどちょっとしたいざこざがあったでしょ?  そういうのに疎そうな真弥があんまり動じなかったの、ずっと不思議に思ってて。 普通の人間の女性はもっと怖がったり嫌ったりするから」


あの時の私が怖かったのは琥牙の野生にも近い殺気だった。
そんなものは格闘技とはいえスポーツの試合で見れる様なものじゃない。


「よく弟の試合の観戦とか行ってから、慣れてるのは慣れてるのかな。 今はあれでも穏やかになったんだけど浩二って基本的に馬……頭に血が登りやすいし。 ……それにしてもなんであんなに雪牙くんって強いの?」

力持ちなのは知ってたけど。
今みたいな人の姿でもまるで動物みたいに速く高く上下左右と忙しなく動く。
あんなのはプロでも見た事ない。

「うーん。 例えばね、三キロ足らずの猫相手に本気で来られたら、成人男性でも降参するらしいよ。 重量差は確かにあるけど、単なる体の作りだけでいえば人間ほど戦いに向かない動物ってあんまり居ないんだよね。 あ、アイスもらっていい? 溶けそう」

「じゃあ、私も食べちゃう。 ……でも、人の時の雪牙くんって牙も爪もないよね?」

観戦に飲食が加わった。
頭上からは白い太陽の日差しが地面に影を作り、こんな暑さじゃホントはビールといきたいところでもある。


「聴覚や嗅覚が元から桁外れだし、反射神経もおれたちは作りが違うから。 筋力もだけど、戦いに限れば人の時はなにより咬合力かな」

「咬む力って事?」

「そう。 人間はせいぜいイコール体重なんだけど、狼のそれは自重の5倍以上。 雪牙の……例えば握力なんかだと80キロ超えるんだけど、そのレベルの腕力と膂力なんかに人の何倍もの咬合力が乗るわけ」

「それが速さや力に繋がるのね。 確かに力を入れる時歯を噛みしめたりするよね」

獣体だと爪や牙があるから強みや戦い方がまた全然変わってくるんだけど、と琥牙が続ける。
そんな事を聞いてると雪牙くんがまるで大きな虎みたいに見えてきた。

「だからおれは狼の時の雪牙以下なんだよね。 生みの母狼はもう死んだけど、元々あいつは純血だし」

嫌な事を思い出した、そんな表情の琥牙。

「でも琥牙って実はそれ、言うほど気にしてないでしょう?」

「分かる? だって武器を持たない小競り合いなんてたかがしてれるし。 そう思うようになったのは父親が死んだ時からだよ」

「確か銃でって……」

それが原因で亡くなったのだと少し前に伯斗さんが言ってた。

「そう。 おれらの中でも最強だと言われてた父親が人の銃弾で簡単に倒れた。 だからおれはこのままでいい。 雪牙はあんなに強いんだから、本当はあいつがリーダーになればいいと思ってる。 おれは真弥を守れればそれでいい」

そう言って琥牙が顔を寄せてきて私の頬に口付けた。

その時の私はなんと言っていいのか分からなくって複雑な表情をしていたと思う。

琥牙に色々な事情があるのは知っている。
それはあの雪牙くんも同じ。

「雪牙くんは基本的に人間が嫌いなんだよね」

「正確に言うと弱い人間が、かな。 それこそ武器を持ち出すような。 雪牙は頑なにおれの事を信じてて、いつか父親の仇とるような大人になるって。 単におれはずっと傍にいたから慕ってるってのもあるんだろうけど、おれが……人と狼の血を引いてるからだと思う」

だけど動物の血が濃い方が強いんじゃないの? 理解できなくて首を傾げる。

「人の血も引いてるから? それってどういう意味?」

「元々のおれらの祖先がそうだったって云われてる。 何百年前か何千年前。 おとぎ話みたいだけど、狼が人間の女性と恋をして姿を変えたのが最初の人狼だとか。 そしてその間に出来た子供は人と狼の頂点だったらしくって、今も両方の世界で神格化される話の元にもなってる」

世にいう人狼や狼男。
愛する女性と結ばれるために人間に変身する様になったとは、何ともロマンチックな由来である。

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