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葬列
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アルノの葬儀に先立って、静は館に勤めているもの全員に、着物を新調するための布を送った。
「一着くらい礼服は持っていないとね」
喪服用とはいえ、新しい着物を仕立てるのはうれしい。
灰色の侍女たちでさえ、無表情ながら内心喜んでいるのがわかる。
物をもらってうれしくない事はない。
静はまず身内を固めることから始めた。
アルノの葬儀の喪主は名目上考志だが、一切を取り仕切るのは母の静である。
別宅の広間を急いで葬儀の間に設えて、訪れる弔問客は砂の遺体になったアルノを収めている唐櫃に首をひねりながら一礼している。
その列は静の部屋に向かっていく。
一段上がった畳の間に、考志は中央にちょこんと座り、静が並んで座っていた。
「いやあ、立て続けに葬儀とは静も大変だな」
月山家の総帥で実の父親が、巻き上げられた御簾をくぐって大きな声で娘に声をかけた。
静は白い扇で顔を隠し、黒ずくめの衣装で鎮座したまま無言で父を迎える。
座る位置が、総帥に臣下が謁見を許されるような感じになっていた。
「前の総帥の死因はわからず、夫は病死とはつくづく不幸な娘よ」
娘の前でなれなれしく一方的に話していたが、空気の違和感を感じ取ってまわりを見た。
静は父親をじっと見つめながら、何も言わない。
両端に控える百音と律も無言で座っている。
娘が生んだ孫に頭を下げている事で、自分がどのような扱いを受けているかだんだんわかってきた。
『俺は娘の生んだ孫より格下だというのか?』
その娘は威厳をたたえてゆったり座っている。
「遠路ごくろうであった」
考志の声にはっとして、老父は頭を上げた。
おそらく大人たちに教えらえた言葉を繰り返しているのだろう。
「は…、若君も気を落とさぬよう、何かあったらこの爺に…」
「若?」
実父の言葉を途中で切って、静がようやく口を開いた。
「あ、いや、総帥には心やすらかにお過ごし下さい」
幼い孫に深々と頭を下げる実父を見て、静は扇の影で満足げな笑みを浮かべる。
目の前にいるのは本当に娘なのか。
実父にはその変わり目がわからなかった。
今や新総帥の後見人として、堂々とした姿で息子の横に座っている。
そそくさと出ていった実父の後にも弔問客は続き、考志に頭を下げて挨拶していく。
静は無言のまま、誰が一番権力があるのか自然な形で誇示した。
「ごくろうであった」
長々と口上を垂れる大人たちの言葉を途中で遮って、考志は教えられた言葉を繰り返している。
「ははうえ、まだ続くの?」
静にたずねてから、考志は助けを求めるように百音を見た。
「今日はもう疲れたね。終わろうか」
ようやく解放された考志が百音の所へ走り寄る。
「ねえ、いつまで続くの?」
百音にも静の心の内はわからない。
「お父上の別れの儀式ですから」
「ふうん…」
納得しない顔で考志が首をかしげている。
ふたりが去った後、側に控えていた律がみじろぎして静を見上げた。
「これで望みはかないましたか?」
「お前が言ったんだろう。子ども生んで乗っ取れって。発言には責任を持て」
扇を閉じたり開けたりしながら静が言う。
あれは結婚を嫌がる静をなだめるための言葉のあやだったのだが。
「そうでございましたねえ、姫さま」
紆余曲折あったが、結果そうなったのだから何も言うまい。
「…姫?」
ぱし、と音を立てて静は扇を閉じた。
姫呼ばわりが気に入らなかったのか、見下すように睨んでいる。
「え‥、なんとお呼びすれば…」
「今の私は総帥の母だ」
そう言って喪服姿の静はゆっくり立ち上がった。
「一着くらい礼服は持っていないとね」
喪服用とはいえ、新しい着物を仕立てるのはうれしい。
灰色の侍女たちでさえ、無表情ながら内心喜んでいるのがわかる。
物をもらってうれしくない事はない。
静はまず身内を固めることから始めた。
アルノの葬儀の喪主は名目上考志だが、一切を取り仕切るのは母の静である。
別宅の広間を急いで葬儀の間に設えて、訪れる弔問客は砂の遺体になったアルノを収めている唐櫃に首をひねりながら一礼している。
その列は静の部屋に向かっていく。
一段上がった畳の間に、考志は中央にちょこんと座り、静が並んで座っていた。
「いやあ、立て続けに葬儀とは静も大変だな」
月山家の総帥で実の父親が、巻き上げられた御簾をくぐって大きな声で娘に声をかけた。
静は白い扇で顔を隠し、黒ずくめの衣装で鎮座したまま無言で父を迎える。
座る位置が、総帥に臣下が謁見を許されるような感じになっていた。
「前の総帥の死因はわからず、夫は病死とはつくづく不幸な娘よ」
娘の前でなれなれしく一方的に話していたが、空気の違和感を感じ取ってまわりを見た。
静は父親をじっと見つめながら、何も言わない。
両端に控える百音と律も無言で座っている。
娘が生んだ孫に頭を下げている事で、自分がどのような扱いを受けているかだんだんわかってきた。
『俺は娘の生んだ孫より格下だというのか?』
その娘は威厳をたたえてゆったり座っている。
「遠路ごくろうであった」
考志の声にはっとして、老父は頭を上げた。
おそらく大人たちに教えらえた言葉を繰り返しているのだろう。
「は…、若君も気を落とさぬよう、何かあったらこの爺に…」
「若?」
実父の言葉を途中で切って、静がようやく口を開いた。
「あ、いや、総帥には心やすらかにお過ごし下さい」
幼い孫に深々と頭を下げる実父を見て、静は扇の影で満足げな笑みを浮かべる。
目の前にいるのは本当に娘なのか。
実父にはその変わり目がわからなかった。
今や新総帥の後見人として、堂々とした姿で息子の横に座っている。
そそくさと出ていった実父の後にも弔問客は続き、考志に頭を下げて挨拶していく。
静は無言のまま、誰が一番権力があるのか自然な形で誇示した。
「ごくろうであった」
長々と口上を垂れる大人たちの言葉を途中で遮って、考志は教えられた言葉を繰り返している。
「ははうえ、まだ続くの?」
静にたずねてから、考志は助けを求めるように百音を見た。
「今日はもう疲れたね。終わろうか」
ようやく解放された考志が百音の所へ走り寄る。
「ねえ、いつまで続くの?」
百音にも静の心の内はわからない。
「お父上の別れの儀式ですから」
「ふうん…」
納得しない顔で考志が首をかしげている。
ふたりが去った後、側に控えていた律がみじろぎして静を見上げた。
「これで望みはかないましたか?」
「お前が言ったんだろう。子ども生んで乗っ取れって。発言には責任を持て」
扇を閉じたり開けたりしながら静が言う。
あれは結婚を嫌がる静をなだめるための言葉のあやだったのだが。
「そうでございましたねえ、姫さま」
紆余曲折あったが、結果そうなったのだから何も言うまい。
「…姫?」
ぱし、と音を立てて静は扇を閉じた。
姫呼ばわりが気に入らなかったのか、見下すように睨んでいる。
「え‥、なんとお呼びすれば…」
「今の私は総帥の母だ」
そう言って喪服姿の静はゆっくり立ち上がった。
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