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孤独
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体が動かない。
鬼が出ると噂がたって、屋敷の周りには人間が近寄らなくなった。
遠くまで行って襲う体力はもうない。
床にうつぶせに倒れたまま、指を動かすのが精一杯の状態で、眼だけは憎悪の光を宿していた。
「裏切り者…‥」
吐き出す言葉は妻への呪い。
黒い床にぎりぎりと爪をたてると、剥がれた所が血が滲みだして小さな血溜まりになる。
静が兄クルトに心奪われたのはわかっていた。
だから考志が生まれても親としての情は全くわかず、確実に自分の血を引く子どもが欲しくなり、目をつけた女に近づいた。
だが静はそれを許さなかった。
扉を開けたとき、吐きそうなくらい血の匂いが充満して壁には血が飛び、床は血だまりで家具は木っ端微塵に壊されていた。
正室が愛人に暴力で戦いを挑むのは認められた行為だが、あまりの酷さに妻に恐怖した。
恐ろしい女。長男ではなく次男に嫁がされた事をずっと恨んでいたのか。
悔しさと憎しみで歯ぎしりする。
床に顔をつけて、何か言いたそうに口を開いたまま、アルノは動かなくなった。
沈黙とともに最期の姿を見送った灰色の侍女が静に報告する。
「見て参る」
使用人たちと一緒に書類に埋もれていた静は立ち上がって別宅に続く廊下をひとり進んだ。
しん、とした屋敷内を迷わず進んで、狭い部屋の前まで来る。
「…」
深呼吸して、そっと一歩を進めた。
枯れ木が積み上がった中心に、倒れている夫を見つける。
「アルノ様」
うつぶせに倒れ、目を開けたまま固まっている夫にそっとふれてみる。
「死んだふりして、私を食べるおつもりなんでしょ?」
わざと明るく言って、固くなった体を抱き起こそうとした瞬間、アルノの体が砂になって崩れた。
「!?」
かき集めようとしても、アルノの体はさらさらと崩れて、空間に消えていく。
体が崩れて顔だけが残り、それを掬おうとした時ざっと崩れて手の平に砂がたまった。
「誰か数人呼んでこい」
後ろに控える灰色の侍女に背中越しに命令する。
仕事に忠実な侍女は音もなく立ち上がって消えていく。
この前晴明が出現させた式神みたいな動きだなと、どうでもいい事が頭に浮かんだ。
うなだれて座っていると、ようやく足音が聞こえてきた。
「入れ」
静のまわりに散らばる大量の砂を見て、困惑した使用人たちの動きが止まる。
「総帥だ。そっと集めて唐櫃におさめてくれ」
背後の使用人たちを見ず、丸めた背中で棚の下を指差す。
「遺体とは呼べないが、クルト様のときよりは現実的な葬儀ができそうだ」
自分の髪や着物にもついている砂の夫を箱の中に払い落とす。
「うわあ!」
今頃まわりの木のような死体に気がついて悲鳴を上げる職員がいた。
「この件でもうあのうっとおしかった陰陽寮の官吏は来なくなる」
晴明が探していた木の死体を作っていた犯人はアルノ、口には出さずそれぞれ納得して使用人たちは黙々と作業を続けた。
アルノと思われる『部分』を拾い集めてから屋敷中の扉を開け放つと、風に吹かれて木の死体が消えていく。
唐櫃を抱えて運んでいく使用人を見送りながら、残った男たちと部屋のまわりを少し片付けた。
「何か遺品がないかな」
静の言葉に、ひとりの使用人が困惑顔で床を指差しながら静を見ていた。
指差した場所に血文字が書いてある。
「…どうしたらいいと思う?」
その使用人に尋ねる。
「総帥の名誉をおとしめることはよろしくないので消したほうがいいと思います」
このような時、あるじの望む答えを言うのが使用人の勤めでもあった。
「ではそのように処置せよ」
そう言い残して静は袿の裾をふりはらうようにして部屋を出ていった。
鬼が出ると噂がたって、屋敷の周りには人間が近寄らなくなった。
遠くまで行って襲う体力はもうない。
床にうつぶせに倒れたまま、指を動かすのが精一杯の状態で、眼だけは憎悪の光を宿していた。
「裏切り者…‥」
吐き出す言葉は妻への呪い。
黒い床にぎりぎりと爪をたてると、剥がれた所が血が滲みだして小さな血溜まりになる。
静が兄クルトに心奪われたのはわかっていた。
だから考志が生まれても親としての情は全くわかず、確実に自分の血を引く子どもが欲しくなり、目をつけた女に近づいた。
だが静はそれを許さなかった。
扉を開けたとき、吐きそうなくらい血の匂いが充満して壁には血が飛び、床は血だまりで家具は木っ端微塵に壊されていた。
正室が愛人に暴力で戦いを挑むのは認められた行為だが、あまりの酷さに妻に恐怖した。
恐ろしい女。長男ではなく次男に嫁がされた事をずっと恨んでいたのか。
悔しさと憎しみで歯ぎしりする。
床に顔をつけて、何か言いたそうに口を開いたまま、アルノは動かなくなった。
沈黙とともに最期の姿を見送った灰色の侍女が静に報告する。
「見て参る」
使用人たちと一緒に書類に埋もれていた静は立ち上がって別宅に続く廊下をひとり進んだ。
しん、とした屋敷内を迷わず進んで、狭い部屋の前まで来る。
「…」
深呼吸して、そっと一歩を進めた。
枯れ木が積み上がった中心に、倒れている夫を見つける。
「アルノ様」
うつぶせに倒れ、目を開けたまま固まっている夫にそっとふれてみる。
「死んだふりして、私を食べるおつもりなんでしょ?」
わざと明るく言って、固くなった体を抱き起こそうとした瞬間、アルノの体が砂になって崩れた。
「!?」
かき集めようとしても、アルノの体はさらさらと崩れて、空間に消えていく。
体が崩れて顔だけが残り、それを掬おうとした時ざっと崩れて手の平に砂がたまった。
「誰か数人呼んでこい」
後ろに控える灰色の侍女に背中越しに命令する。
仕事に忠実な侍女は音もなく立ち上がって消えていく。
この前晴明が出現させた式神みたいな動きだなと、どうでもいい事が頭に浮かんだ。
うなだれて座っていると、ようやく足音が聞こえてきた。
「入れ」
静のまわりに散らばる大量の砂を見て、困惑した使用人たちの動きが止まる。
「総帥だ。そっと集めて唐櫃におさめてくれ」
背後の使用人たちを見ず、丸めた背中で棚の下を指差す。
「遺体とは呼べないが、クルト様のときよりは現実的な葬儀ができそうだ」
自分の髪や着物にもついている砂の夫を箱の中に払い落とす。
「うわあ!」
今頃まわりの木のような死体に気がついて悲鳴を上げる職員がいた。
「この件でもうあのうっとおしかった陰陽寮の官吏は来なくなる」
晴明が探していた木の死体を作っていた犯人はアルノ、口には出さずそれぞれ納得して使用人たちは黙々と作業を続けた。
アルノと思われる『部分』を拾い集めてから屋敷中の扉を開け放つと、風に吹かれて木の死体が消えていく。
唐櫃を抱えて運んでいく使用人を見送りながら、残った男たちと部屋のまわりを少し片付けた。
「何か遺品がないかな」
静の言葉に、ひとりの使用人が困惑顔で床を指差しながら静を見ていた。
指差した場所に血文字が書いてある。
「…どうしたらいいと思う?」
その使用人に尋ねる。
「総帥の名誉をおとしめることはよろしくないので消したほうがいいと思います」
このような時、あるじの望む答えを言うのが使用人の勤めでもあった。
「ではそのように処置せよ」
そう言い残して静は袿の裾をふりはらうようにして部屋を出ていった。
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