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佐伯が帰った夜、後藤は帰らぬ人になった。
「佐伯さん!」
突然山路が管理人室に現れた。事情を聞いて一緒に急いで病室に向かった。
暗い廊下を転がるように走る。誰かに咎められた声がしたが無視して病室の前まで来た。
「うそ…」
さっきまで普通に話をして、帰ってきたばかりなのに。
俺が無理させた?
警察関係者が数人来ていた。見知っている顔もいる。そいつが佐伯に気がついた。
「君、佐伯拓海くん?」
長谷川と黒部の事件の時に話をした刑事だった。
組とはもう関係ないと言っていたが一度足を踏み入れると最後までつきまとうんだな。それに絶望した小泉と、病魔にやられた後藤と、どう違うのだろう。
死んでしまったら何もならない。
「なんで…後藤さん……」
「ご家族の方ですか?」
冷静な顔をした看護師が高圧的に聞いてきた。
「佐伯拓海は事件の重要参考人です。後藤の関係者で」
「ああ、そうですか」
警察の機転でとりあえずこの場にいてもいい立場になった。冷たい態度の看護師にイラついていると後藤の口癖を思い出す。
できるだけ冷静に、起きたことだけを考えよう。
そう思ったが横たわる後藤の体にすがりついて静かに泣いた。崩れ落ちそうな体を山路がそっと支える。
「どうして…俺のまわりの人はみんな先に逝っちゃうの……」
シーツを掴んで佐伯はすすり泣いた。
「どんな病気も急変することはありますから」
看護師が冷静に説明してくる。
「昼に会った時は元気だったのに無理してたのかな。俺のせいで後藤さんは」
「それは関係ないです」
「なんではっきり断言できんだよ!わかんないだろそんな事!他人が他人のこと…っ」
「ちょ…、佐伯さん!」
暴れる佐伯を山路と現役警官が取り押さえた。
「人が死んだのに何だよその態度!」
「君もだ!静かに見送ってあげるのが大人の態度だぞ」
「お前たちが追いつめたんじゃないかっ!!全部後藤さんに押しつけて高みの見物で…っ!」
「駄目だ、先生呼んでくれ」
そこから記憶が曖昧でよく覚えていない。多分医者の処置があったんだろう。気がついたら狭い処置室に寝かされていた。
「やあ、目が覚めたかい?後藤さんと同じような暴れ方だったねえ。少しは落ち着いた?」
白衣のおじいさんが話しかけてきた。
同じ暴れ方?
何の話だろう。
「後藤さんも一時錯乱状態になってね。こっちの精神科に移ってたの。頭をいじるとね、性格変わったり鬱になったりするから様子は見てたんだけどね」
独特の話し方をする医師らしい人物。
「…すいません。ご迷惑をおかけしました」
「あ、ゆっくり起きてね」
医師は背中を向けて何かをパソコンに入力してからPHSでどこかに連絡していた。
「先生は、精神科の人ですか?」
「そうだよお。久々の夜勤に大事件発生だ。びっくりしちゃった」
しばらくすると焦った顔をして山路が走ってきた。
「先生、佐伯くんは…っ」
「目が覚めたよ、今夜はゆっくり寝てね」
「後藤さんは…」
自分にかけられていた薄い布団をはらいのけて佐伯は山路に詰め寄った。
「後藤くんには生きなさいって言ったんだけどねえ」
老年の精神科医が肩を落とす。
医者が雁首並べて無能ばかりかよ。何言ってんだと佐伯は心の中で毒を吐く。
「医者はねえ。病気は取り除くことは出来るんだけど、神っていうラスボスに勝つのは難しいんだよねえ。あ、これはオフレコね」
「神さまなんか…」
「いるよ。死神が」
この人は何を言っているのだろう。医者なのにずいぶん非科学的な事を言う。
「佐伯くん、帰ろう。葬儀は会社で執り行うから」
ゆっくり立ち上がって部屋を出た。
「佐伯くん、医師や看護師は死に対して動揺しないように訓練しているからああいう態度になっちゃうんだ。気にするだけ損だ。今夜はゆっくり休んで」
「そんなことわかってます」
感情が絡まないとややこしくならない。後藤の持論の逆を考えてみた。
よけいややこしいじゃないか。
「ちっ」
無意識に舌打ちの数が増える。最近イライラすることが多い。
さっきの変わり者の先生にしばらく通ってみようかな。一人でこの感情を抱えていたらおかしくなりそうだ。
あの後藤にこんなに依存していたのも、彼が亡くなってから気がついた。
少し油断すると目からぽろぽろ雫が流れてくる。山路ももう何も言ってこない。
タクシーの中でも声を殺して泣いていた。管理人室に戻ってから人目を気にせず涙をあふれさせた。
長谷川が死んだ時や黒部が捕まった時もこんなに動揺しなかったのに、自分の感情がわからない。
人の心にすっと入り込んでくるのがあの連中の常套手段だ。それにすっかりハマった。
感情が絡むと。
あれは冷静な頭で考えて行動しろというアドバイスだったのか。
今夜だけ泣こう。泣いている理由がよくわからないが明日目が覚めたら新しい日々を生きればいい。
生きていれば、それでいい。
「佐伯さん!」
突然山路が管理人室に現れた。事情を聞いて一緒に急いで病室に向かった。
暗い廊下を転がるように走る。誰かに咎められた声がしたが無視して病室の前まで来た。
「うそ…」
さっきまで普通に話をして、帰ってきたばかりなのに。
俺が無理させた?
警察関係者が数人来ていた。見知っている顔もいる。そいつが佐伯に気がついた。
「君、佐伯拓海くん?」
長谷川と黒部の事件の時に話をした刑事だった。
組とはもう関係ないと言っていたが一度足を踏み入れると最後までつきまとうんだな。それに絶望した小泉と、病魔にやられた後藤と、どう違うのだろう。
死んでしまったら何もならない。
「なんで…後藤さん……」
「ご家族の方ですか?」
冷静な顔をした看護師が高圧的に聞いてきた。
「佐伯拓海は事件の重要参考人です。後藤の関係者で」
「ああ、そうですか」
警察の機転でとりあえずこの場にいてもいい立場になった。冷たい態度の看護師にイラついていると後藤の口癖を思い出す。
できるだけ冷静に、起きたことだけを考えよう。
そう思ったが横たわる後藤の体にすがりついて静かに泣いた。崩れ落ちそうな体を山路がそっと支える。
「どうして…俺のまわりの人はみんな先に逝っちゃうの……」
シーツを掴んで佐伯はすすり泣いた。
「どんな病気も急変することはありますから」
看護師が冷静に説明してくる。
「昼に会った時は元気だったのに無理してたのかな。俺のせいで後藤さんは」
「それは関係ないです」
「なんではっきり断言できんだよ!わかんないだろそんな事!他人が他人のこと…っ」
「ちょ…、佐伯さん!」
暴れる佐伯を山路と現役警官が取り押さえた。
「人が死んだのに何だよその態度!」
「君もだ!静かに見送ってあげるのが大人の態度だぞ」
「お前たちが追いつめたんじゃないかっ!!全部後藤さんに押しつけて高みの見物で…っ!」
「駄目だ、先生呼んでくれ」
そこから記憶が曖昧でよく覚えていない。多分医者の処置があったんだろう。気がついたら狭い処置室に寝かされていた。
「やあ、目が覚めたかい?後藤さんと同じような暴れ方だったねえ。少しは落ち着いた?」
白衣のおじいさんが話しかけてきた。
同じ暴れ方?
何の話だろう。
「後藤さんも一時錯乱状態になってね。こっちの精神科に移ってたの。頭をいじるとね、性格変わったり鬱になったりするから様子は見てたんだけどね」
独特の話し方をする医師らしい人物。
「…すいません。ご迷惑をおかけしました」
「あ、ゆっくり起きてね」
医師は背中を向けて何かをパソコンに入力してからPHSでどこかに連絡していた。
「先生は、精神科の人ですか?」
「そうだよお。久々の夜勤に大事件発生だ。びっくりしちゃった」
しばらくすると焦った顔をして山路が走ってきた。
「先生、佐伯くんは…っ」
「目が覚めたよ、今夜はゆっくり寝てね」
「後藤さんは…」
自分にかけられていた薄い布団をはらいのけて佐伯は山路に詰め寄った。
「後藤くんには生きなさいって言ったんだけどねえ」
老年の精神科医が肩を落とす。
医者が雁首並べて無能ばかりかよ。何言ってんだと佐伯は心の中で毒を吐く。
「医者はねえ。病気は取り除くことは出来るんだけど、神っていうラスボスに勝つのは難しいんだよねえ。あ、これはオフレコね」
「神さまなんか…」
「いるよ。死神が」
この人は何を言っているのだろう。医者なのにずいぶん非科学的な事を言う。
「佐伯くん、帰ろう。葬儀は会社で執り行うから」
ゆっくり立ち上がって部屋を出た。
「佐伯くん、医師や看護師は死に対して動揺しないように訓練しているからああいう態度になっちゃうんだ。気にするだけ損だ。今夜はゆっくり休んで」
「そんなことわかってます」
感情が絡まないとややこしくならない。後藤の持論の逆を考えてみた。
よけいややこしいじゃないか。
「ちっ」
無意識に舌打ちの数が増える。最近イライラすることが多い。
さっきの変わり者の先生にしばらく通ってみようかな。一人でこの感情を抱えていたらおかしくなりそうだ。
あの後藤にこんなに依存していたのも、彼が亡くなってから気がついた。
少し油断すると目からぽろぽろ雫が流れてくる。山路ももう何も言ってこない。
タクシーの中でも声を殺して泣いていた。管理人室に戻ってから人目を気にせず涙をあふれさせた。
長谷川が死んだ時や黒部が捕まった時もこんなに動揺しなかったのに、自分の感情がわからない。
人の心にすっと入り込んでくるのがあの連中の常套手段だ。それにすっかりハマった。
感情が絡むと。
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