3 / 45
第一章 王女を取り巻く環境
03 諦めたもの
しおりを挟む
ヴォロネル王国内の領地は、ほとんど貴族に統治を任せているが、王家には、王国内にいくつか王家が直に所有する領地がある。普段は王族ではなく、王家から任された官僚が統治するが、王家に王子や王女が生まれ成長すると、その領地を一時的に王族の子供たちが統治することもある。なぜかといえば、その領地は将来的に国を統治するための練習の土地として、存在しているのだ。
しかし、いくら練習の土地とはいえ、住民は存在する。生活するものがいるならば、当然、軽い気持ちで治めるわけにはいかない。
レティツィアも十一歳になったときに、王都の隣の領地チェルニを一時的な領地として預かり受けることになった。次代の王としてすでに王太子のアルノルドがいるから、レティツィアが国を治めるなんてことにはならないが、いずれレティツィアも誰かの妻になる。その時に、夫となる者を支えることができるくらいには知識が欲しいと思っていたのだ。
領地チェルニは主となる特産品がない。比較的、どこの土地でも採れる農作物なら採れるのだが、それでは特産品とは言えない。十一歳で領主となったレティツィアはすぐに領地を巡り、特産品になりそうなものを探した。そこで目を付けたのは、リリーベリーという、この土地でしか見かけない木の実。ベリーの一種のようで、甘酸っぱくて甘い木の実だが、苦味もあって商品価値はなかろうと、家庭で消費するだけの果実だった。
リリーベリーの木は、家庭の庭、畑以外の道の脇など、領地内のいたるところにあった。領民のリーダーたちと相談し、リリーベリーでジャム、ジュース、お酒、お菓子などを作り売り出したところ大当たりで、今ではチェルニの立派な収入源として役立っている。
レティツィアは、その日、チェルニからやってきた官僚の女性ファビオラと話をしていた。ファビオラは王家からチェルニに派遣されている官僚で、普段領地に住んでいないレティツィアから指示を受け、管理を任されている部下でもある。
「――ですので、老朽化の進んでいた橋の工事は、予定通り開始できそうです。工事中は回り道にはなりますが、代わりの道についても住人に通達済みです」
「そう、分かりました」
「では、次の報告ですが、紅茶についてです。以前レティツィア殿下とお話したリリーベリーの風味のする紅茶の試作品ができました」
ファビオラに渡された紅茶の容器の蓋を開けると、すごく良い匂いがした。
「とても良い香りね。さっそく飲んでみましょう」
使用人に紅茶を入れてもらい、ファビオラと試飲する。
「うん、とても良いわ、美味しい。リリーベリーのジャムを入れた紅茶も美味しいけれど、あれは甘い物が苦手な人には合わないものね。こっちは甘くないけれど、紅茶の味にリリーベリーの香りがして、すごく落ち着くわ」
「はい、私は甘い物は苦手ですが、これは気に入りました」
ファビオラも満足そうに笑っている。
それからも、チェルニの報告を聞き、ファビオラは領地へ帰っていった。レティツィアは、試作品の紅茶を母にも試飲してもらって、感想を聞きたいと部屋を出た。
レティツィアは、普段、家庭教師から勉学を学び、礼儀作法やマナーなども学び、領地チェルニの領主としての政務も行い、王女としての執務も行う。
王都には王立学園が存在し、王立学園は十六歳から十八歳の三年間を通うことができる。王立学園の対象者は、寄付のできる王侯貴族か資産のある平民で入学試験に合格したもの、もしくは、寄付はできなくてもある一定の学力がある者である。
本来であれば、レティツィアも王立学園に通うはずだったので、通っていれば現在二年生であっただろう。実際、レティツィアは入学試験を受け、その年の上位から五番目の成績で合格した。入学式の前日まで行くつもりだったのだが、悩みに悩んだ結果、入学式の前日に入学を辞退した。
ある不安を抱え、それを抱えたまま学園で勉強できるのか、平穏な毎日が送れるのか、自信がなかったのだ。
しかし、結果的にそれで良かったと思っている。毎日忙しいし、とても充実している。両親や兄たちは優しく甘やかしてくれるし、毎日が楽しい。
母の部屋へ向かっている途中、王である父と宰相のギランダ公爵とばったり会う。ギランダ公爵は長兄アルノルドの婚約者マリーナの父でもある。
「お父様、ギランダ公爵、ごきげんよう」
「これはこれは、レティツィア殿下、ご機嫌麗しゅうございます。何をお持ちですか?」
「これは紅茶ですわ。これからお母様のところへ参るところですの。ですが、紅茶の中身については、内緒です」
「ほほぅ。ということは、チェルニ関係ということですな?」
「それも内緒ですわ」
ギランダ公爵は父と幼馴染で、小さいころからレティツィアは可愛がられている。レティツィアが隠していることなど、だいたいお見通しだ。レティツィアがチェルニを発展させようと頑張っていて、いつもレティツィアが秘密にするのは、チェルニ関係のことばかりなのだから。それは分かっていて、レティツィアも隠すのだ。ここで全て暴露してしまっては、後で披露する楽しみがない。
ふふふ、と秘密を隠して楽しく笑うレティツィアの頬を、父が撫でる。その視線は慈愛に満ちていた。
「私には、その内緒は後で教えてくれるのだろう?」
「まだ、お父様にも内緒なの! ……後で、お母様に聞いたりしないでね?」
「なんと。王妃に妬いてしまいそうだぞ」
少し拗ねたような渋い顔をした父は、すぐに笑い、レティツィアの後ろを見た。なんだろう、とレティツィアも後ろを見るが、レティツィアの護衛騎士しかいない。不思議に思いながら父に顔を戻すが、父はいつもの父だった。
父とギランダ公爵と別れ、レティツィアは母の部屋に向かうのだった。
しかし、いくら練習の土地とはいえ、住民は存在する。生活するものがいるならば、当然、軽い気持ちで治めるわけにはいかない。
レティツィアも十一歳になったときに、王都の隣の領地チェルニを一時的な領地として預かり受けることになった。次代の王としてすでに王太子のアルノルドがいるから、レティツィアが国を治めるなんてことにはならないが、いずれレティツィアも誰かの妻になる。その時に、夫となる者を支えることができるくらいには知識が欲しいと思っていたのだ。
領地チェルニは主となる特産品がない。比較的、どこの土地でも採れる農作物なら採れるのだが、それでは特産品とは言えない。十一歳で領主となったレティツィアはすぐに領地を巡り、特産品になりそうなものを探した。そこで目を付けたのは、リリーベリーという、この土地でしか見かけない木の実。ベリーの一種のようで、甘酸っぱくて甘い木の実だが、苦味もあって商品価値はなかろうと、家庭で消費するだけの果実だった。
リリーベリーの木は、家庭の庭、畑以外の道の脇など、領地内のいたるところにあった。領民のリーダーたちと相談し、リリーベリーでジャム、ジュース、お酒、お菓子などを作り売り出したところ大当たりで、今ではチェルニの立派な収入源として役立っている。
レティツィアは、その日、チェルニからやってきた官僚の女性ファビオラと話をしていた。ファビオラは王家からチェルニに派遣されている官僚で、普段領地に住んでいないレティツィアから指示を受け、管理を任されている部下でもある。
「――ですので、老朽化の進んでいた橋の工事は、予定通り開始できそうです。工事中は回り道にはなりますが、代わりの道についても住人に通達済みです」
「そう、分かりました」
「では、次の報告ですが、紅茶についてです。以前レティツィア殿下とお話したリリーベリーの風味のする紅茶の試作品ができました」
ファビオラに渡された紅茶の容器の蓋を開けると、すごく良い匂いがした。
「とても良い香りね。さっそく飲んでみましょう」
使用人に紅茶を入れてもらい、ファビオラと試飲する。
「うん、とても良いわ、美味しい。リリーベリーのジャムを入れた紅茶も美味しいけれど、あれは甘い物が苦手な人には合わないものね。こっちは甘くないけれど、紅茶の味にリリーベリーの香りがして、すごく落ち着くわ」
「はい、私は甘い物は苦手ですが、これは気に入りました」
ファビオラも満足そうに笑っている。
それからも、チェルニの報告を聞き、ファビオラは領地へ帰っていった。レティツィアは、試作品の紅茶を母にも試飲してもらって、感想を聞きたいと部屋を出た。
レティツィアは、普段、家庭教師から勉学を学び、礼儀作法やマナーなども学び、領地チェルニの領主としての政務も行い、王女としての執務も行う。
王都には王立学園が存在し、王立学園は十六歳から十八歳の三年間を通うことができる。王立学園の対象者は、寄付のできる王侯貴族か資産のある平民で入学試験に合格したもの、もしくは、寄付はできなくてもある一定の学力がある者である。
本来であれば、レティツィアも王立学園に通うはずだったので、通っていれば現在二年生であっただろう。実際、レティツィアは入学試験を受け、その年の上位から五番目の成績で合格した。入学式の前日まで行くつもりだったのだが、悩みに悩んだ結果、入学式の前日に入学を辞退した。
ある不安を抱え、それを抱えたまま学園で勉強できるのか、平穏な毎日が送れるのか、自信がなかったのだ。
しかし、結果的にそれで良かったと思っている。毎日忙しいし、とても充実している。両親や兄たちは優しく甘やかしてくれるし、毎日が楽しい。
母の部屋へ向かっている途中、王である父と宰相のギランダ公爵とばったり会う。ギランダ公爵は長兄アルノルドの婚約者マリーナの父でもある。
「お父様、ギランダ公爵、ごきげんよう」
「これはこれは、レティツィア殿下、ご機嫌麗しゅうございます。何をお持ちですか?」
「これは紅茶ですわ。これからお母様のところへ参るところですの。ですが、紅茶の中身については、内緒です」
「ほほぅ。ということは、チェルニ関係ということですな?」
「それも内緒ですわ」
ギランダ公爵は父と幼馴染で、小さいころからレティツィアは可愛がられている。レティツィアが隠していることなど、だいたいお見通しだ。レティツィアがチェルニを発展させようと頑張っていて、いつもレティツィアが秘密にするのは、チェルニ関係のことばかりなのだから。それは分かっていて、レティツィアも隠すのだ。ここで全て暴露してしまっては、後で披露する楽しみがない。
ふふふ、と秘密を隠して楽しく笑うレティツィアの頬を、父が撫でる。その視線は慈愛に満ちていた。
「私には、その内緒は後で教えてくれるのだろう?」
「まだ、お父様にも内緒なの! ……後で、お母様に聞いたりしないでね?」
「なんと。王妃に妬いてしまいそうだぞ」
少し拗ねたような渋い顔をした父は、すぐに笑い、レティツィアの後ろを見た。なんだろう、とレティツィアも後ろを見るが、レティツィアの護衛騎士しかいない。不思議に思いながら父に顔を戻すが、父はいつもの父だった。
父とギランダ公爵と別れ、レティツィアは母の部屋に向かうのだった。
24
あなたにおすすめの小説
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる