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第一章 王女を取り巻く環境

04 執着 ※アルノルド視点

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「ふざけてる! まだ諦めていないのか!」

 父であるヴォロネル王の執務室に呼ばれたアルノルドは、同じく呼ばれた弟の次男ロメオと三男シルヴィオとそれぞれソファーに座っていた。そして怒りで震えた声を出し、持っていた紙を握りしめて吐き捨てるシルヴィオの声を聞いていた。アルノルドの表情は変わらないが、気持ちはシルヴィオと一緒である。

 シルヴィオが握りしめている紙は、妹レティツィアに対する求婚書状。相手は我がヴォロネル王国の北に位置するプーマ王国の、第二王子ディーノからだった。何度断っても定期的に送られてくる。それはそれは頭の痛い話だった。

 プーマ王国第二王子からの求婚の始まりは、四年前だった。
 ヴォロネル王国の王宮で行われたパーティーは、他国からもたくさんの要人が招かれ、プーマ王国からは王弟と第二王子がやってきた。

 当時十三歳だったレティツィアはアルノルドの隣で客に挨拶をしていたのだが、第二王子はレティツィアを見たとたん様子がおかしくなった。そして周りに大勢の人がいる中、迷惑にも大声でレティツィアに求婚をしたのである。

 まさか断られるとは思っていない様子の第二王子は、驚きつつもその場を収めようと笑みを浮かべて口を開きかけたレティツィアの手を無理やり引っ張った。すぐにでもプーマ王国に連れ帰ろうとでも言うような強引さに、青い顔でレティツィアは震えながら引っ張られ、アルノルドが無理やり第二王子からレティツィアを引き離し、その場はなんとかこれ以上混乱することのないよう収めた。

 それから、プーマ王国から正式に求婚の書状が送られてくるようになった。まだレティツィアが子供だからと何度も断ているのだが、それでも定期的に送られてくる。

 それだけではない。書状だけでなく、第二王子自ら何度も我が国にやってきては、レティツィアに会おうとする。我が国の王宮は、文官や武官、使用人が大勢行き交う。その中に紛れて、王族しか入れない区域にこっそり入ろうとしたりするのである。

 また、これまでに三度、レティツィアは誘拐されかけた。どれも未遂で済んだが、誘拐の実行犯は金で雇われた者ばかりで、第二王子が犯人だという証拠がない。

 お陰で、王宮内だというのに、レティツィアは自室以外へ行く時は必ず護衛を付けなければならない。昔は侍女を連れていたが、それでは心もとないのだ。

 第二王子は、プーマ王国の愚王子だと有名なのに、正妃の唯一の王子で次期王太子だと目されている。王太子の座を争っている第一王子は優秀だが愛妾の子で、第二王子を支持する貴族との対立に負けるだろうと噂されている。

 愚王子と有名なだけあって、第二王子は見た目は整ってはいるものの、性格はクズ。自国では兄の第一王子に暗殺者を放ち、我が国ではレティツィアに執着しストーカー行為。迷惑しかない。

 我が国ヴォロネル王国は、プーマ王国と国土の広さは変わらないが、軍力がプーマ王国より弱い。そのため、プーマ王国とは敵対しない程度にはうまく付き合っていく必要がある。だから、レティツィアへの求婚を断っても何度も送られてくる求婚の書状に大きく抗議できないのが、頭が痛いところだ。しかもレティツィアも現在十七歳で、そろそろ『子供だから』が理由で断ることが難しくなってきている。最近では第二王子の我慢も限界のようで、『国同士がいつまで今までのように親密でいられるか』と、使者が不穏な空気をちらつかせるように遠まわしに脅してくる始末。

 我が国だけでなく近隣諸国の国では、王侯貴族だけでなく平民も全て十八歳になると成人となる。成人すれば、親の承諾なくとも結婚ができる。王侯貴族の場合、当主の承諾は一般的には必要なので、実際には親の承諾は必要、ということにはなるが、親に反対され、駆け落ちして結婚する人も時々いるのだ。婚姻は教会に依頼すればできるのだから。

 それを曲解して、第二王子がレティツィアが十八歳になった時に無理やり結婚しようとするのではないかと、今から不安で仕方がない。
 第二王子はレティツィアを度々誘拐しようとしているが、もし誘拐が成功したなら、レティツィアを成人するまで監禁するなどして、成人したらすぐにでも教会に依頼して婚姻を結ぼうとしているのだろう。それだけでなく、レティツィアを肉体的にも自分の物にしようとしているはずだ。

 第二王子は現在十八歳でレティツィアの一つ上。困ったことに、現在我が国の王立学園に通っている。せっかくレティツィアは王立学園の入学試験に合格したのに、第二王子と顔を合わせるのが怖いのだろう、入学を諦めてしまった。同年代の子供と一緒に勉学をし、親しい友人を作ることのできるせっかくの機会を、逃すことになったレティツィアが不憫でならない。

 あと数か月でレティツィアは十八歳になる。第二王子の求婚をはっきり断るためにも、レティツィアに婚約者を探した方がいいのは分かっている。しかし、国内で第二王子のレティツィア狂いは有名で、第二王子に嫌がらせをされたくないのだろう、レティツィアに求婚しようとする貴族の子息は少ない。それに、レティツィアに他の婚約者を作ろうものなら、第二王子の指示でプーマ王国からどんな仕返しがやってくるか分からないのも苦悩するところだ。

 いつかはレティツィアも結婚をする。第二王子以外で、可愛いレティツィアを任せることのできる男がいればいいが、いたらいたでレティツィアを任せるなんて嫌過ぎる複雑な兄心。

 そんな複雑な思いを横にやりながら、アルノルドは父と弟たちと今後の対応を協議するのだった。
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