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6章

117話 孤児院

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「何……」
「なんだろう……」
「どうしたんだ?」

 何かを感じる僕とサシャとは別にロベルト兄さんは不思議そうにこちらをみていた。

「あ、な、何でもないよ」
「そう……ですね」

 敵意の様な視線はいつの間にか消えてしまい、僕の気のせいだったのかと思わされる。

 僕達が門を通って孤児院の中に入ってすぐに、建物から1人の女性が出て来た。

 その女性は30台中盤くらいだろうか? 深緑の髪を背中側に伸ばしていて、腰の辺りで止めている。
 服装は長袖長ズボンをまとっていて、一部分以外ほっそりしている体全体を覆っていた。
 手袋もしていて、地肌が分かるのは顔しかない。

 彼女は慎重に僕達に近付いてくると、頭をれるように聞いてくる。

「あの……。そちらの子はここの子だと思うのですが、貴方がたは一体……」

 代表して兄さんが話してくれる。

「道を歩いていたらその子の悲鳴が聞こえてきた。それで助けて連れてきただけだ」
「それは……本当にありがとうございます。貴族様にそのようなことをしていただけるとは……」
「気にしなくてもいい。襲われていたから助けただけだよ」
「襲われた……?」

 その女性は目を開いて兄さんを見つめる。

「ああ、よくわからないが、チンピラ3人に襲われていたぞ。助けたから問題はなかったが……」
「重ね重ねありがとうございます。それではお名前と泊まっている宿を教えて頂いてよろしいですか?」
「突然どうしたんだ?」
「ここは孤児院、あなた方貴族様をおもてなしすることはできません。しかし、貴族様方に何もしない訳にはいきません。後日、何とかして金銭等を作ってお支払いしますので……」
「……?」

 なんだか不思議に感じた。
 なんというか……僕らが金銭をたかっている様な……。
 それも、ジェシカを使って……。

 ロベルト兄さんも同じように考えたらしい。
 慌てて院長の考えを否定していた。

「ま、待て。別に俺達は金銭が欲しくてこの子を連れて来たわけではない」
「そうなのですか?」
「ああ、そうだ。助けたついでに中央への道も教えてもらえればいいと思って来ただけだ。ほら、ジェシカ。院長のところに」
「……いや。ロベルトお兄ちゃんといる」

 しかし、ジェシカは兄さんの服をぎゅっと掴んだまま離さない。

 それを見た院長は少しだけ表情をやわらげて微笑む。
 その笑みは見ている者を落ち着かせる様な雰囲気があった。

「大変失礼いたしました。貴族様にもあなた方のような方がおられるのですね。といっても、本当にこの孤児院は貴族様にお出し出来る物はありませんが……」
「気にしなくてもいい。俺達は貴族と言っても地方の裕福ではない出だ。だから……別に歓迎もいらない」
「しかし……そういう訳には……」

 孤児院に留まらせるのは申し訳ない。
 そんな風に言っている院長を気遣って、兄さんは笑いかける。

「大丈夫。一緒に遊んだら俺達は帰る。それであればいいだろう? ジェシカもいいか?」
「うん。いっしょにあそぼう」
「という訳で……院長さん? それでいいか?」

 院長は少し悩んだ後に、兄さんの言葉に頷く。

「……はい。畏まりました。よろしくお願いします。それと、わたしはメーテル。この孤児院の院長をしています」
「俺はロベルト」
「僕はエミリオです」
「私はサシャと申します」

 僕達はお互いに自己紹介をする。
 そして、院長が建物の方を向いて手招きをしたら、建物からわらわらと子供たちがこれでもかと出てきた。
 数にしてざっと30人はいるだろう。

「いんちょーせんせー! そのひとたちはー!?」
「この方々はみんなと一緒に遊んでくださるんですって」
「ほんとー!?」
「おれたちとあそぼうぜー!」
「わたしはおままごとがいい!」
「なにいってんだ! おいかけっこだ!」
「こっちであそぶのー!」

 という感じで僕達は子供たちに一瞬で囲まれてしまう。

「え……え、ええ……」

 僕はどうしていいのか分からず、戸惑っていると、兄さんが大きな声を出した。

「よし! 体を動かしたいやつは俺のところにこい! そんで、おままごとをしたいのはさ……サシャ? サシャで出来るか? ……いいか。サシャっていうメイドのところにいけ!」
「ロベルト様?」

 サシャからちょっと怖い雰囲気が出るけれど、兄さんはそれを無視して話を続ける。

「エミリオ。あれは使ってもいいか?」
「あれ……? あれだね!」

 それはきっと魔法のことだろう。
 リーナとか、アイネを楽しませる時の魔法を見せれば楽しんでくれる。
 本当はあんまり使わない方がいいのは確かだけれど、ジェシカには見せてしまったし、孤児院の院長であるメーテルさんが貴族と関わっているようなことはあんまりないと思う。

「うん! 問題ないよ!」
「よし! じゃあそれ以外をしたい子はそっちのエミリオのところに向かってくれ! はい! 別れる!」
「わーい!」

 兄さんは子供の扱いに慣れているお陰か、子供たちは兄さんの指示通りにわかれる。
 数はそれぞれ10人ずつに別れていて丁度いい。

 兄さんは庭の中央に向かい、サシャと僕は建物の邪魔にならない場所に陣取った。

「サシャ達との距離は……問題ないね」

 ロベルト兄さんはすでに子供たちとおいかけっこをして遊んでいる。

 サシャはサシャで……

「えーと、まずは……食器を出して……」
「そうじゃないよー! りょうりをつくってからー!」
「え? この屋敷ではそうなのですか?」
「やしきじゃなくってーおうちだよー!」
「わ、わかりました」

 サシャは僕の方をチラチラと見ているからか、子供に指示されていた。
 あれはあれでいいのかな……。

 そんな事を考えていると、子供に声をかけられる。

「おにいちゃんはなにをしてくれるのー?」
「あ、ちょっと待っててね」

 僕は目の前の子供達に集中するべく、目を閉じて意識を魔力に向ける。

「素敵な玉、水の玉、空に浮かび我が意に従え『水玉生成操作アクアボールコントロール』」

 僕は魔法を発動させて、水の玉を30個作る。
 そして、それを色々な形に変えていく。

 鳥だったり魚だったり、キツネだったり。
 この子達が見たことあるのかはわからないけど、少しでも楽しんでくれると嬉しい。

「……」
「はぇ……」
「しゅごい……」

 魔法を見せている途中でチラリと子供たちの様子をうかがうと、口をポカンと開けてじっと見ている子が10人くらいいた。
 他の子達もじっと僕の魔法を見ている。

「ん?」

 今数がおかしかったような……。
 でも、魔法の集中を途切れさせないようにしながら目の前の子達を数えると、15人いる。
 兄さんとサシャの方を見ると、少しずつこっちに流れてきていたみたいだ。

 そんな風にやっていると、子供たちからリクエストがきた。

「おれドラゴンがみたいー!」
「あたしはユニコーン!」
「ぼくはクラーケン!」
「わたしはフェンリル!」
「ちょ、ちょっと待ってね?」

 そんな存在は僕も見たことはない。
 というか、見たら死んでしまうかもしれないような存在も混じっているのだ。
 っていうかクラーケンに憧れるんだと思いながらも、必死で母さんに聞かせてもらった話を思い出したりしながら形を作っていく。

「あ、でもこの数だと足りないや。ちょっと待ってて」

 僕は魔法を人が居ないところで解き、もっと多くの数を作り出した。

「よし! これで行けるでしょ!」

 それから色もつけたりして、ドラゴンは赤色に、ユニコーンは白に、クラーケンは……よくわかんないから青色で、フェンリルは銀色で作る。

「しゅごいしゅごいしゅごい!」
「なにこれなにこれ!」
「できるようになりたいー!」

 一つ造ったら消して、新しいのを作る。
 ということを繰り返していて終わった頃には目の前に33人いた。
 子供たち全員と、ロベルト兄さんにサシャ、メーテルさんだ。

「え、みんないる?」
「すごかったぞエミリオ! それを毎日やるだけで金を稼げるんじゃないのか?」
「そ、そうかな?」
「ええ、多くの人を楽しませて、幸せにするとてもよい使い方だと思います」
「あ、ありがとう」
「貴族様はそんな素晴らしい魔法も使えるのですね……」
「こ、これは僕に魔法を教えてくれた人達がすごかったからで……」
「いえいえ、子供たちがこんなに笑顔になって……楽しませて頂いて本当にありがとうございます」

 そういって彼女は頭を下げてくる。

「気にしないで下さい。僕がやりたくてやっただけですから」

 僕が答えると、子供たちが声をあげた。

「ねーもっとみせてー!」
「もっともっとー!」
「いけません。あんまり魔力を使わせてはいけないのですよ」
「えー」
「いいじゃん!」
「けちー!」
「あ、ちょっと」

 子供たちはそう言って、メーテルさんにじゃれつく。
 そして、バランスを崩した彼女は子供の方のいない方の地面に倒れた。

「大丈夫ですか!?」
「ええ、いつものことなので……!!」

 メーテルさんは地面についた手の服が少しずれていて、その下の肌が見えそうになっていた。
 でも、その下も黒い服を着ているのか、真っ黒で肌は見えなかった。

 彼女はそれでもじっと伺うように僕に聞く。

「見ましたか?」
「な、何を?」
「……いえ。なんでもありません。失礼しました」
「あ、はい」

 いきなり彼女の雰囲気が変わり、ちょっと驚いてしまう。
 でも、見なかったと答えたら、彼女は先ほどまでのおっとりした雰囲気に戻っていた。


 それからまた別れて遊んでいると、この孤児院に入ってくる馬車があった。

「院長先生。いつもの物をお持ちしました」

 そう言って入って来たのは、クレアさんの秘書を勤めているディオンさんだった。
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