上 下
73 / 129
5章

85話 まさかの再会

しおりを挟む
 ヴィーの声が聞こえたような……。

 僕は後ろの部屋を振り返る。
 しかし、そこにはボロボロの壁があるだけだ。
 木造であるので、隙間から声が漏れ聞こえてくる。

 僕は良くないことだとは思いながらも、壁に耳を当てた。

「……それで……状……います……」
「なかな……きびし……。……り……ドがか……すぎ……」

 ちょっと聞き取りづらい。
 一応個室というだけあって、ある程度防音がされているようだし、隣の部屋の人達も声をひそめる用に話しているからだ。

「どうした?」
「すいません。ちょっとだけ待ってください」

 僕は師匠にそう言って待ってもらうと、更に聞き耳を立てる。

 部屋の向こうからはまた声が聞こえてきた。

「それで…………中央の……だい……すか」
「実は……ロベルトが……」
「一体何をやらかしたと言うのですか!?」

 ドン!

「!?」

 突如としてヴィーの大声が聞こえ、僕は思わず壁に体をぶつけてしまった。
 次の瞬間には、個室の部屋の者達は話すのを止める。

 どうしよう。
 僕は少し考えるけれど、意を決して少し大きめに声を出す。

「そう言えば師匠! ロベルト兄さんを見てどう思いましたか!?」

 ガタガタタ!

 今度は隣で何か慌ただしい様な音が聞こえる。

 師匠は僕の行動を不審そうにみていた。

「どうした突然。まぁ……ある種の才能は感じたな。本人が望むかどうかは別にして」
「なるほど」

 僕は師匠に返しつつも、半ば確信に変わった気持ちで個室からそーっと体を出す。
 そして、ヴィーがいるであろう部屋の方に頭を出すと、相手の方からもそーっと頭が出て来る。

 その頭は真っ黒の髪でヴィーのものではない。
 違ったのかとも思ったけれど、彼女はヴィーだと心の中の僕が叫んでいた。

「……」
「……」

 僕と彼女は頭だけを出して、暫く見つめ合う。

 彼女の姿は真っ黒な髪に、黒い瞳。
 どう考えてもヴィーではない。
 でも、瞳の奥の彼女は、ヴィーだと答えてくれていた。

 僕は意を決して口を開く。

「ヴィー?」
「!!!???」

 ヒュン

 彼女はすぐに個室の中に引っ込んでしまった。

 やっぱり違ったのか。
 そう思って肩を落としていると、個室からヴィーのよりちょっと大きい手がゆっくりと生えてきた。
 手はチョイチョイと手招きしている。

「……」

 僕はゆっくりと部屋から出て、隣の個室に行く。

「エミリオ?」
「すいません。少し出てきます」

 僕は師匠にそう言って隣に行くと、ガッと腕を掴まれ、流れるように口を抑えられて部屋に引きずりこまれた。

「!!??」
「しっ静かに。貴様、何も……の……」

 僕にそう詰問きつもんした人はすぐに口調がしぼんでいく。
 そしてすぐにうかがうような……猫撫で声に変わる。

「あ……あの……もしかして……エミリオ……様ですか?」

 ブンブン

 僕は口を抑えられたまま首を立てに振る。
 次の瞬間、体に自由が戻ってきた。

「すいませんでした!」

 僕は謝って来た人の方を見ると、どこかで見たことがある様な……。
 黒髪黒目のちょっとだけ目元がヴィーに似た女性だった。

「あ、いえ、頭を上げてください。僕も……ちょっと隣の個室の声を聞くなんて真似をしてしまったので」
「いえ……我々も両隣は入れないように働きかけたり、というか身内を配置しておくようにしていたはずなのですが……」
「間違ってしまったと?」
「お恥ずかしながら恐らく……」

 そう言って彼女は頭を再度下げる。

 僕はそれまで黙っているヴィー(多分)の方を見ると、彼女は自身の胸を抑えてテーブルの一点をじっと見つめていた。

「ヴィー?」

 ビクン!

 僕が彼女の名前を呼ぶと、彼女の体ははねる。
 というか、包帯も巻いていないし、髪や目の色も違うし一体どうしたのだろうか。

「どうしたの? 髪とか目の色も違うし……でも、ヴィーだよね?」
「……(コクン)」

 僕がそう聞くと、彼女は小さく首を立てに動かした。

「それ……」
「エミリオ様。ここは少々騒がしく思います。こちらへ」
「え? どこ?」

 女性は僕にそう言って耳打ちをしてくる。

「今は誰であるかは秘密のお忍び状態です。ですので、お名前を呼ぶことはお控えください」
「そうなんだ……ごめんね」
「いえ……それは……仕方ありませんから」

 ヴィーが視線を合わせてくれず、声もどこか小さい。
 しかも、以前あった時の様に顔も心無し赤い。
 彼女は体調が悪いのだろうか。

「ごめんね。ちょっと……その……嬉しくて声かけちゃったけど、取り込み中だったよね。僕も隣の部屋に戻るね」

 僕はそう言って席を立つ。

「待ってください!」
「……」

 ヴィーが大声で止めるので、僕は思わず固まってしまった。
 彼女も自分の声に驚いたのか、次の声はひどく小さくなる。

「あ……あの……。もしよろしければ、一緒に食べませんか?」
「いいの?」
「ええ、ただ、私の名前はリーアとお呼びください」
「……分かった。リーア。と、師匠……ジェラルド師匠も一緒でいい?」
「ええ、構いません」

 そう言われたので、僕は師匠を呼びに行こうとすると、師匠がぬっと扉から顔を覗かせる。

「師匠。今呼びに行こうと思っていたんです。こちらのヴぃ……リーアさん達と一緒に食事をしてもよろしいですか?」
「ん? ああ。もちろん構わない。しかし、今何か病の気配が……」
「僕以外は大丈夫だと思いますが……」

 2人共元気そうだけれど、チラリと覗いて見た。
 しかし、彼女達も首を振っている。

「そうか。勘違いかもしれないな」

 そう言って師匠は僕にヴィーの隣に座るように促した。
 彼はそのままもう一人の隣に座る。

「それで、お名前を伺ってもいいかな?」

 師匠が早速聞くと、ヴィーが自己紹介を始める。

「私はリーア。とある男爵の令嬢ですわ」
「なるほど」

 師匠が今度はもう一人に目を向ける。

「あたしはそんな彼女に仕える魔法使いのシオンだ」
「分かった。おれの自己紹介はいるか?」
「必要ありません」
「知っています」
「結構」

 話が早くて助かる。

「それで、どうして一緒に食事をすることになったんだ?」
「それは……」
「私が誘ったんです。今話題のバルトラン子爵の次男様ですもの。貴族の間ではとても話題になっております」
「ほう。それで共に食事をしようと?」
「何か問題が?」
「いや、ない。それでは食事にしよう。あまりこんな所でピリピリとしてもしょうがないからな」
「……そうしましょう」

 それからはコース料理をヴィーが頼み、無難な会話をして過ごす。

 どうしてここに来たのかという事や、これから何をするのか。
 ということに関してだったりだけれど、大事な事は師匠が基本的にはぐらかしていた。
 患者の名誉などの為にも仕方のないことだと思う。

 そんな事を話していると、料理が到着する。

「これは……」
「これがこの店自慢の料理ですよ」

 僕の目の前には魚の姿焼きやサラダに切った果実など、とても食べやすそうなものが並んでいた。

 それらを食べるととても美味しそうで、最近激しく使ってばかりの胃にも優しい。

「美味しい……」
「ふふ、私もです」

 ヴィーが僕の方を見て微笑みながら言って来るので、僕も彼女に笑い返す。

「うん。またヴぃ……リーナの笑顔を見れて嬉しいよ」
「!!」
「どうしたの?」
「い、いえ。なんでもありません」

 そうはいいつつもヴィーは必死に胸を抑えている。
 師匠が病の気配がすると言っていたし、もしかして病気なんだろうか。

「大丈夫? 僕も多少なら出来るから診ようか?」

 僕はヴィーに近寄り、彼女にそっと触る。

 彼女の顔がさっきよりも赤くなっている気がした。

「お前達はどういう関係なんだ?」

 そこへ、師匠が聞いてくる。

 どんな関係って……。

「僕達は友達ですよ」
「……ええ。友達ですね」
「仲がいいんだな」
「はい。とっても大事な……かけがえのない……存在ですから」

 僕はそうハッキリと言う。

 彼女にはお世話になりっぱなしだ。
 僕も……何か返すことが出来たらと思っているのだけど……。

 そこに、何かが近付いてくる気配がした。

「?」

 僕が個室の扉を見ると、そこにはサシャが目を怪しく光らせてヴィーを真っすぐに見つめていた。

「エミリオ様。そこの女狐は一体どこのどなたですか? それとジェラルド様? エミリオ様を守ってくださると聞いていたのですが? 女狐の毒牙も入っていると思っていたのですが?」

 サシャはどこからともなくカチャリと音を立てていた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ざまぁにはざまぁでお返し致します ~ヒロインたちと悪役令嬢と転生王子~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,586pt お気に入り:144

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:532pt お気に入り:467

異世界の路地裏で育った僕、商会を設立して幸せを届けます

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:3,031

転生少女は異世界でお店を始めたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,935pt お気に入り:1,724

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。