神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

08 ー 戦う料理番

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「バーベキュー!」

 空腹で倒れる者が出るのが許せない誠は、結局庭でバーベキューにするという結論に至った。
 やっと室内で、しかもベッドで寝られる環境になったというのに、食事だけは野宿と変わらない状態に納得が出来ないが、背に腹は変えられない。
 庭の一部を結界で覆って、料理の匂いは風の力で遥か上空へ飛ばす。簡易換気扇の出来上がりだ。これで匂い問題は解決だ。あとはとにかく、凝った料理を見られなければ良いのだ。
 バーベキューは見た目はシンプルだが、味付けはこれまで通りのものを用意した。肉の漬け込み時間が甘いのはご愛嬌だが、その分スパイスとハーブを上から散らして補った。
 ナスのチーズかけのチーズは、アウトかセーフか。屋台で見たことがあるからセーフか?ナスの上の挽肉は、チーズのせいで見えていないからセーフか。
 多少悩みながらも、肉と野菜のバランスを考えたサイドメニューも何品か作る。
 もう少し見た目に拘りたかったが、意外とこれらを喜んでくれたのはルイージだった。

「え…ルイージって、美味しい物が好きなんじゃあ…?」
「マコトさんのご飯は何でも美味しいから好きです。でもバーベキューは、皆でわいわい言いながら楽しく食べられるじゃないですか。好きな物と好きなことが合わさっているマコトさんのバーベキューは、最高です」

 そんな嬉しいことを言いながら満開の笑顔を見せるルイージからは後光が見え、何だか拝みたくなってしまった。

「ルイージ…惜しいやつを亡くしたな」

 けれど、手伝ってくれていたオスカーは氷像一番乗りが決まったとばかりにボヤいた。
 オスカーのバーベキューコンロを一台借りて、二台体制で串を焼いていく。アレクセイが戻る頃には、スープも出来上がっている頃だろう。今日はトマトがゴロゴロ入ったコンソメスープだ。キノコと玉ねぎ、溶き卵も入っているので野菜とタンパク質も摂れる。隠し味は、擦り下ろした生姜だ。

「あ…ショウユ?だっけ」

 串に肉と野菜を刺していたレビが誠の手元を覗き込んだ。今作っているのは、ピーマンとソーセージの醤油炒めだ。以前の醤油のお披露目バーベキューで気に入ったのか、レビは尾を揺らしていた。
 唐揚げが揚がる頃、狙いすましたかのようにアレクセイが戻ってきた。庭で誠の結界の気配がしたから、そのままこちらに来たそうだ。
 焚き火ではなく折り畳みテーブルを囲んで祈りを捧げたあと、誠達は食べ始めた。

「はー…やっぱただのバーベキューに見えるけど、めっちゃ美味ぇ」

 レビは取り皿に唐揚げを山盛りにしてから、串に齧り付いた。良く見ると他の面々も唐揚げを山盛りにしている。日本の唐揚げは海外でも人気があると聞いたことがあるが、彼らも例に漏れずに、無事に醤油と生姜の虜になったのだろう。日本の味が受け入れられると、やはり嬉しいものだ。

「あ、レビ。野菜も食べないと」
「分かってるって」

 最近、レビとルイージが以前よりも甘い雰囲気を出すようになった。こっそりとレビに感謝されたが、どうやらルイージが誠達に触発されたらしい。
 ルイージが真面目な性格だということも大きかったが、それと同じくらい、アレクセイが独り身なのに自分達が敬愛するアレクセイの前でイチャつくのは…!と以前は思っていたそうだ。だから無事に誠達がツガイになったので、段々とルイージの態度も軟化して言ったそうだ。
「そんでさぁ、ベッドの中のルイージがちょー可愛くて…」と言いかけたレビは、そのちょー可愛い嫁が丁度背後を通りかかり、話の内容を聞かれてしまったために、最後まで言わせてもらえなかったオチがつく。
 そんな二人はともかく、まだ独り身の二人は…と誠が視線を移すと、オスカーはチラチラと食堂の方を気にしていた。
 もしかしたら、気になる人物が向こうに居るのだろうか。期待した視線をドナルドにぶつけると、キョトンとされてしまった。
 ドナルドはこのアレクセイ班に配属されてまだ一年ほどだったと思い出す。ここは後でレビかルイージにこっそりと聞くしかないみたいだ。
 楽しそうな誠に、アレクセイが尾をパシリとぶつける。何だとそちらを向くと、妙に色気のある笑顔があった。

「…何?」
「いや。今日も美味いよ。ありがとう」
「う…うん。アレクセイも、お疲れ様」

 急にドキリとさせるのはやめて欲しい。ここが庭であるのを分かっているので寝室に居る時のような色気もフェロモンも出てないが、流れ弾を喰らった面々は頬を赤らめていた。
 最近のアレクセイは、誠に対してこうした悪戯を仕掛けてくるようになった。とても困る。困るのだが、自分だけなので嬉しくも思ってしまう。
 誠は照れ隠しに、アレクセイの背中をペチリと叩いてやった。
 食事が終わる頃に、オランジュが酒瓶を片手にやって来た。

「アレクセイ、少し呑まねぇか」

 誠は気付かれる前に慌てて結界を解くと、出しかけたデザートをバッグに急いで戻した。
 今日はデザートが無しの日になった。背後から「きゅ~ん」とコヨーテと犬の悲しげな鳴き声が聞こえた気がしたが、恨むならオランジュを恨んでほしい。この場で出すと、オランジュなら騒ぎそうな予感がするのだ。
 誠はレビに「後で渡すから」と耳打ちをした。ちなみに今日のデザートは、ささっと作れるクレープだ。
 オランジュは返事を聞く前にスクエアポーチから椅子を出して、アレクセイの隣に座った。わずかに眉を顰めたアレクセイの顔に、誠は吹き出しそうになった。
 少しムッとしたアレクセイに、誠は「片付けしないとー」と、その場から離れることにした。オランジュのあの様子だと、きっと昔話と近状に花を咲かせに来たのだろう。この場に自分が居ると邪魔になると思い、誠は先にバーベキューコンロを片付けていたドナルドのところに行くことにした。
 片付けをすますと、先に部屋に戻っていると言い残して誠達は邸に入った。それぞれの騎士団で使う部屋は決まっているらしく、班長用の部屋は二階の一番奥だそうだ。中央の階段を挟んだ向こう側がムゥカー騎士団用となっていると、案内してくれたオスカーが教えてくれた。

「隣は俺だし向かい側はドナルドだから、何かあったら呼んで」
「分かった。ありがと」

 部屋に入ると、小さな溜息を吐いた。食事の準備をしていた時から、妙な視線を感じていたからだ。

「はー…。この国にもストーカー規制法とかあんのかな」

 厨房があるのに外で調理をしていたので、いろんな視線がこちらに向いていたのは知っていた。けれどその中の一つが、べったりと気持ちの悪いものだったのだ。それはアレクセイが庭に来た時から酷くなっていた。
 深く探らなくても、視線の主は分かっている。

「…めんどくさ。根性論は好きだけど、人生諦めも必要ってね」

 誠はばふっとベッドに飛び込むと、寝転がったままブーツを脱いだ。
 胸の奥が、ふつふつと沸いている。誠にはこれが何か分かっていた。
 ただの独占欲だ。
 惚れた腫れたは勝手にやってほしいが、アレクセイはもう自分のツガイだ。話を聞くつもりはなかったが、オランジュは「お前、いつの間にツガイができたんだ!」と、アレクセイを囃し立てていた。
 お互いのツガイ契約のあと、一夜を明かしたことはすぐにフレデリクにバレたし、レビ達も分かっていたようなので、アレクセイの色気が増大したから分かったのか獣人同士にしか分からない何かがあるのだろう。それが分かった時点で人のツガイからは手を引くのが普通ではないのか。
 考えれば考えるほど、イライラする。
 唯一の救いは、アレクセイがラペルを全く相手にしなかったことだ。もし、少しでも鼻の下を伸ばすようなことがあれば、きっと誠はアレクセイにドロップキックの一つでもきめていただろう。

「う~…」

 ムカムカ、モヤモヤ。
 こんな気持ちになったことはない。
 よく考えれば、何もかもがアレクセイとは初めてだったのだ。恋をするということも、誰かを独り占めしたいと思ったことも、キスも、そしてセックスも。
「遠野」という血統抜きで自分を見てくれる者は居ないと、どこか諦めて生きてきた。それに自分は「神様の料理番」としての役目を果たさなければならない。それが唯一、自分を証明できるものだったからだ。
 けれどアレクセイは遠野も役目も何もかもを抜きにして、誠を見てくれた。違う世界に住んでいるという理由もあるが、それだったら誠の周りをうろちょろしていた女性も同じだ。同じだけど、アレクセイは全く違う。
 違うからこんなにも隣に居ることが当たり前だと思えたし、寄り添いたくもなったのだ。
 誠はベッドの上でバタバタと足を動かしたあとで、そしてこれが三十手前の男がすることではないと恥ずかしくなった。

「それもこれも、全部アレクセイとあのクソガキのせいだ」

 いくら三十手前だからといっても、時には全て丸っと人のせいにしたい時もある。
 誠はいささか座った目をしながら起き上がると、バッグの中から包丁を取り出した。
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