神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

07 ー 戦う料理番

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 いつか出くわすだろうと思っていた。
 アレクセイがモテるだろうことは彼を一目見た時から分かっていたし、実際熱い視線を送られているところは何度も見てきた。けれどこうして、そういった人と真正面から対峙するのは初めてだった。
 アレクセイから漏れ出た魔力のせいで、廊下はすぐさま氷点下まで気温が下がっている。ちらほらと降る雪が、アレクセイの心境を表しているようだ。
 誠は今まで数度見ただけの、表情が凍っているアレクセイを見上げていた。「氷の貴公子」の謂れはこの表情と態度だとレビ達に言われていても、やはり誠にはぴんとこない。ただの機嫌が悪いアレクセイとしか思えないのだ。
 けれど機嫌が悪いのは誠も同じだった。せっかく良い雰囲気になっていた。隠れてキスをするというシチュエーションは楽しいし、ついでに少しだけ精気も欲しかった。
 この場はアレクセイに譲る方が正解だろうか。無粋者の背後に居る、真っ青な顔をしたオスカーと目が合うと、大袈裟なほど首を縦に振られた。

「もう一度聞く。貴様は誰だ」

 イラついているのが、耳と尾の様子からも分かる。廊下に降る雪は吹雪へと変わり、扉の隙間から見える食堂からは、誰かの吐く白い息が見えた。
 そんなアレクセイの威圧に怯んだ様子を見せた相手は、廊下の壁に縋りついて震えながらも答えた。

「ぼ…僕は、ムゥカー騎士団の、ラペルと言います。あの…何度かアレクセイ様にはお会いしたこともお話しさせてもらったこともあって…」
「知らんな」

 バッサリと切り捨てたアレクセイは、少し大きな声でオスカーを呼んだ。

「オスカー!」
「は…はいぃぃ!」

 オスカーの羽には雪が積もっているが、寒くはないのだろうか。けれどオスカーはアレクセイの目の前まで来ると、踵を一度鳴らしてから直立不動の姿勢をとった。

「ムゥカー騎士団の班長を呼んで、そいつを回収してもらえ。いくら今が自由な交流時間だとはいえ…失礼過ぎやしないか」
「ええ、全くもってその通りだと思います!」

 寒さに震えるオスカーの羽からは、積もっていた雪がハラハラと落ちている。オスカーは急いで回れ右をして、食堂に消えた。
 そしてすぐに、屈強そうな大男の腕を掴んで戻ってきた。収まりの悪い髪が特徴だが、渋い顔に合っている。尾を見るからに、ライオンの獣人だろう。連れてこられた男性は廊下の惨状を見るや否や、大きな溜息を吐きだした。

「…すまない、アレクセイ」
「いえ。回収してくだされば、それで」

 冷たい表情を崩さないアレクセイは、フレデリクよりも年上に見える獣人に少し敬意を見せながらも言い捨てた。
 ライオンの獣人は小柄な自軍の獣人に体を向けた。

「はー…お前も問題起こすなっつったよな。何度目だオラァ!」
「僕は何もしてません!アレクセイ様の隣に、人間なんかが居たから…!」

 また「人間」か。
 少し呆れてしまったが、この様子では誠が狐獣人と偽っていても同じことを言っていただろう。それほど彼のアレクセイへの視線は、誠にとっては鼻につくものだった。
 ただの憧れなら分かる。恋する気持ちも…百歩引いて、分かる。けれど、あれはいただけない。
 まるでアレクセイが自分のものだという視線だ。ねっとりと絡みつき、見ているこちらが不愉快になった。

「…あいつ、ことある毎に班長に言い寄ってんだよ」

 いつの間にか隣に陣取っていたオスカーが、そっと誠に耳打ちをした。アレクセイは誠の近くだけには雪を降らさないので、オスカーも一息つけただろう。
 誠は「やっぱり」と呟いた。

「俺ら班長派の奴らにも評判悪ぃんだよな、アイツ。先輩と距離が近いローゼスにも態度悪いし、変な噂流してるらしいし」
「え、マジで?あの子、よく無事だね」
「あー…まあ。他領の団員だし、奴の親が有力貴族なもんでな。部隊長もそれだけじゃ断罪出来ないから、いろいろと…」
「手を回してる途中?」

 そう聞くとビンゴだったようで、オスカーは何も言わずに頷いた。


 他領の騎士団も王都騎士団と同じく、団内は部隊と班で構成されているそうだ。
 今回ムゥカー騎士団を率いるのは先程のライオン獣人で、オランジュという名だとアレクセイが教えてくれた。立髪に似た髪の色がオレンジっぽいので覚えやすい名だが、性格は瑞々しくも爽やかでもなく、見た目通り豪快らしい。
 あの後すぐに解散となり、それぞれ村の周辺の見回りに出かけた。昼食は各自自由。けれど夜は二つの騎士団員が、また邸に集まることになる。
 誠はオランジュの強い統率能力があることを祈りながら、アレクセイに着いて見回りに参加していた。
 夕方になってオスカーとドナルドと合流した誠は、そこでアレクセイと別れた。アレクセイはこれからもう一度付近を手早く見回ってから戻ることになっている。見回り途中で狩った魔獣は誠のマジックバッグに入れていたので、選別と記録、そして今夜の肉を選ぶために、誠はオスカー達に着いて、庭に向かった。

「はー…しっかしよぉ。久し振りに『氷の貴公子』の真骨頂を見ると、やっぱ怖ぇな」

 魔獣を並べながら、オスカーは「おお、怖っ」と大袈裟に自分の腕を擦った。ドナルドはそんなオスカーを横目に小さく頷きながら、記録を付けている。

「…そうですね。夜会などではあんな感じだと聞いていたんですが…マコトさん?」
「ん?ああ…」
「どうしました?もしかして、班長のことを嫌いになったりとか…」

 反応の薄い誠に最悪な予想を立ててしまったのか、ドナルドが焦っている。だが誠は少し考えていただけだった。

「いや。あのアレクセイは慣れたって言うか、怒っても仕方無い場面だったって言うか…。でもさぁ、何回か皆から聞いたけど、どうしてもアレクセイが冷たいだの『氷の貴公子』だのって言われるの、納得いかないんだけど」

 優しいじゃん、と付け足すと、オスカーとドナルドは声を揃えて、それは誠が隣に居るからだと言ってきた。

「いや…だってさぁ、初対面からあんな感じじゃん?」
「だから俺達、班長の後ろで固まってたでしょうが!」
「…そうだっけ?そうだった気もするけど。うーん」
「オスカー先輩。班長の前では誰もが霞んで見えるんですよ。班長の隣に並んでも存在感があるのなんて、部隊長だけだと思います」
「だよな。確かに班長は、くっそイケメンだけどよぉ。俺達もモテるんだぜ、マコト君」
「ああ、それは分かる」

 誠が肯定すると、珍しくオスカーとドナルドは照れたのか頬を赤く染めた。

「オスカーは飄々とした感じだけどそれが良いっていう人は居るだろうし、それにしっかり人を見てるし優しいしよな。ドナルドは…年下萌えっての?頼りになるのがポイント高いくせに、可愛い…みたいな」

 そうやって一般論を言っただけなのだが、二人からはアレクセイが居るところでは絶対に自分達を褒めるなと念を押されてしまった。
 それほどアレクセイ…いや、ヴォルクの者は嫉妬深いそうだ。そのうち誰かが氷の彫刻となる日も近いかもしれないと、レビ達の間では噂になっている。そして誰がその一番になるか、一班の中では賭けをしている者まで出ているらしい。

「あー!もう!そんな怖い話は終わり!さっさと肉決めようぜ、肉!」

 自身が氷の彫刻になる想像をしたのか、まだ腕をさすっていたオスカーは、手近な魔獣をぽいぽいとマジックバッグになっている巾着に戻していった。今日は羊の気分ではないらしい。
 いつの間にかこの旅では、先に誠と合流した方が今晩の肉を指定する権利を持てるようになっていた。
 基本的に二人一組で行動するので、今日はオスカーとドナルドに選ぶ権利がある。二人の意見が割れた時は話し合いか、誠の気まぐれで両方の肉が採用される場合もある。
 どうやら先に決まっていたようで、今晩の肉はオークとサーペントが良いとのことだった。

「これで唐揚げをお願いします」

 オスカーに恭しく差し出されたレッドサーペントを受け取った。けれど、気になるのはムゥカー騎士団のことだ。
 向こうは十人程の小班を組んでおり、何人かはもうこの邸に戻っている気配がする。そんな中での調理は、少々考えものだ。
 ミョート村で調査班に作った時は成り行きだったし、先日朝食を作ったのも、彼らが王都騎士団に所属していたからだ。
 今回はどうしたものか。それを相談したいアレクセイが戻るのにはまだまだ時間がかかるし、聞いてからだと夕食の時間が遅くなってしまう。
 腹ペコのオスカー達を放っておくことは出来ない。

「うーん…」

 誠は唸ることしか出来なかった。
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