神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

04 ー 黄金のもなか

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 やっと涙が引っ込んだらしいアレクセイは、急に誠の体を離すと、くるりと後ろを向いてしまった。ごそごそしていると思ったら、ハンカチで顔を拭いているようだ。

「…すまない。俺はマコトに、情けないところばかり見せているな」

 アレクセイは、まだ背中を見せたままだ。いつも元気な尾がへにゃんと垂れているので、相当へこんでいるか恥ずかしいかの、どちらかだろう。誠は小さく笑うと、その背中に抱きついた。

「別に、情けないって思ってないよ。俺はさぁ、アレクセイのそういった面を見れて良かったと思ってる。だって、アレクセイは俺より年下じゃん。それなのに、俺よりしっかりしてる時が殆どだし、レビ達を引っ張っていってる時とか最高に恰好良いし…可愛い時もたくさんあるけどな」

 銀色の尾が、誠の腹の辺りでゆらゆらと揺れている。

「情けないのは、俺の方…かな」

 ポツリと零してしまった言葉は、すぐさまこちらに向き直ったアレクセイに否定された。

「そんなことはない!俺は、マコトと出会って良かったと思っている。自分の中に、誰かをここまで愛するという気持ちがあったと、初めて知った。君と居ると、毎日が楽しい、頼りにしている」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど…俺は結構面倒臭い性格だよ?人間社会で育ったけど、考え方はどうしても妖狐寄りだから、アレクセイを束縛しちゃうかもしれない。アレクセイに害をなす奴は容赦なく殺せるし、欲張りだから俺のことをもっともっと知って欲しいと思ってる。それにアレクセイは、遠野の利権には関係無いから、俺という個体で見てくれるだろ?だから…余計にアレクセイに依存しそうで怖いよ」

 誠には、怖いものがいくつかある。その中で最も怖いのは、アレクセイに嫌われることだ。
 遠野のツガイ契約を終えているとはいえ、それは互いの気持ちを永遠にすることではない。良好な関係を続けていくには、互いの努力が必要になってくる。
 アレクセイは、誠の隣でずっと見ていると言ってくれたが、ふとした瞬間に不安が顔を覗かせる。アレクセイのことは、今では誰よりも信じられる存在になっているが、そう思ってしまうのは誠の心の弱さゆえだ。

「独占でも依存でも、何でもしてくれれば良い。その方が、俺は嬉しい」
「それで、アレクセイに嫌われたくないよ」
「嫌うものか。俺の方が、いつ君に愛想を尽かされるか分からないのに」

 アレクセイは自分の腕の中に誠を大切に囲うと、丹念に目尻を。そして額や頬に次々にキスを落とし、最後に唇へと丁寧に唇で辿った。
 長いキスを終えると、どちらの目も赤く染まっていた。


 闇に潜る。静かな混沌の海だ。
 自室が落ち着くのは当たり前だが、誠はこの闇の中が一番心地良いと思っている。
 アレクセイと同じ、凛とした気配に導かれるままに辿り着いたのは、ヴォルク家の霊廟だった。
 王都からすぐ北に、ヴォルクの領地はあった。スルト辺境伯領とはヴォルクの親戚の領地を挟んですぐだそうだ。
 静かな森の中にひっそりと佇む真っ白な石碑の下に、ヴォルクの始祖が眠っているという。
 この一角だけは綺麗に整地され、石畳が敷かれていた。小さな石造りの建物の入り口をくぐると、誠はアレクセイと手を繋ぎながら、石碑の前までゆっくりと歩いて行った。
 石碑には、向かい合って座っている狼の彫刻がほどこされているだけだった。たったそれだけなのに、ルシリューリクの教会よりも澄んだ空気が辺り一面を支配している。どちらかというと、神域に近いかもしれない。
 アレクセイは石碑の前で跪く。誠もそれに倣った。

「マコト。これから君にヴォルク家の、ツガイの契約魔法をかける。きっと君なら簡単に弾くことが出来るんだろうが、受け入れてくれるか?」
「当たり前だよ。でも、お義母様達の許可とか取ってんの?」

 今になって、大事なことに気が付いた。
 けれど、アレクセイは苦笑いを浮かべるだけだった。

「必要無い。ヴォルクは前も言ったが、ツガイ主義だ。それは、誰にも咎められないし、咎めることも出来ない。ただ一人を自分の心に従って選び、生涯大事に愛する。そんな唯一のツガイだから、一族の意向は関係無いし、ツガイ契約を行った後で報告するだけだ」

 アレクセイは言い切ると、誠の唇に小さなキスを落とした。そして自分の指を犬歯で傷付けた。そしてそのまま、ゆっくりと指から滴る血を数滴、石碑の一番下に垂らしてから、小さな声で呪文を唱えはじめた。
 媒介は血縁者の血なのだろう。呪文と共に、石碑からは小さな粒子が立ち上る。キラキラと、星のように輝くそれは、誠達の周りを静かに回っていた。
 しばらくその光景に見惚れていると、アレクセイは血の滲む指を誠の唇に近付けてきた。そっと咥えると、誠の体内へ、一気にアレクセイの魔力が流れ込んできた。
 熱い。そう感じたと同時に、また唇を塞がれた。
 以前噛まれた首元に熱が集中している。思わず跳ね除けようと身構えてしまったが、アレクセイのキスに酔っているうちに熱は治っていった。

「これで、ツガイ契約は終了だ。…ありがとう、マコト。俺のツガイ」

 アレクセイは、また泣きそうになっていた。誠は膝をついたまま少し移動して、アレクセイに抱きついた。

「俺の方こそ、ありがとうだよ。俺を見つけくれて、ありがとう」

 光の粒子は、いつの間にか消えていた。その代わりに、二人を祝福するように石碑はより白く、月のように輝いていた。
 どちらからともなく体を離すと、ゆっくりと立ち上がる。まだうすぼんやりと輝いている石碑の元から立ち去るのが惜しい。物言わぬ石碑だが、自分達を見守ってくれている気がするからだ。
 誠はバッグから小さな箱を取り出して、石碑の前に供えた。
 見慣れぬ箱に興味を示したのか、アレクセイが聞いた。

「それは?」
「お供え物。アレクセイが作ったクッキーだよ」

 蓋を開け、アレクセイに見せた。
 昼食後には、クッキーも作っていた。狐の型抜きを使ったクッキーは、アレクセイが最初から最後まで自分で作ったものだ。本当は自分だけのおやつにしようと思ったのだが、アレクセイのご先祖様になら分けてあげても良い。

「そんで、この下に…」

 箱を買った後、誠はちょっとした細工をしていた。一回り小さくなるように紙を工夫し、入れ子のようにしていたのだ。
 内側の箱をずらして持ち上げると、その下には蜂蜜とオレンジを練り込んだ、金貨の大きさにした丸いクッキーが入っていた。アレクセイは目をぱちくりとさせて手を伸ばしたが、誠は罰当たりだとパチリと叩き落とした。

「これは、ヴォルクのご先祖様の分だっつーの。後であげるから、ちょっと待ってて」

 しゅんと尾を垂らしたアレクセイの頭を乱暴にかき混ぜると、誠は鉄扇を取り出した。
 このクッキーは、どちらも龍脈の力を取り入れて作られていない。諏訪特製の鉄扇は、術の媒介だ。
 誠は片膝をつくと、閉じた鉄扇を両手で掲げて静かに目を閉じた。
 料理番としての供え物以外の物を捧げるのは、数年振りだ。上手く出来るか不安になったが、体内を巡る妖気と神気にアレクセイの魔力が混ざる。
 ふわり、と、体が軽くなった。これなら大丈夫そうだ。ゆっくりと力を流していくと、クッキーは砂金のような粒子になった。
 室内が、一気に明るくなる。次の瞬間、粒子は光の洪水となって石碑に吸い込まれていった。
 誠は小さく息を吐き出すと、空になった箱を回収した。

「俺は奇跡を見ていたんだろうか」

 ゆるりと尾を振ったアレクセイは、狐につままれたような表情を浮かべ、石碑を見上げている。

「俺も、ここまで上手くいくとは思わなかったよ。アレクセイのおかげだし、ヴォルクのご先祖様達のおかげかな」

 誠はアレクセイの腕に自分の腕を絡めると、肩に頭を預けながら石碑を見上げていた。
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