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ショコラの接吻
03 ー 黄金のもなか
しおりを挟む小さなタルト台に、カスタードクリームや生クリーム、そしてフルーツを色の配置を考えて乗せていく。仕上げにミントを乗せると完成だ。
いくつか同じものを作ると、今度は乗せる材料を変える。四季をイメージして作る一口大のタルトは、実家のカフェでも人気のスイーツだ。フルーツをゼリーでコーティングした物もあるので、誠の力と混ざったそれらは余計にキラキラと輝いている。
アレクセイは次々とトレーに乗せられていくタルトを、ぼんやりと見ていた。
次に誠は、四角い透明の容器に冷やし固めておいたゼリーを冷蔵庫から取り出した。白や黄色、オレンジの層になっているゼリーは七割程度しか容器を埋めていない。これから最後の飾り付けだ。
カットしたフルーツ。そしてバットに流し固めておいた薄い黄緑のゼリーを崩し、スプーンで丁寧に乗せた。
集中して作業をしていると、時間を忘れてしまう。没頭していた誠が顔を上げると、アレクセイが何とも言えない表情でこちらを見ていた。
「…ん?」
道具を置くと、アレクセイは何でもないと首を振った。
また五人で夕飯をとると、誠達は用意してもらった部屋に入った。思ったよりも内装はシンプルだ。室内を一通り見ると、誠はコーヒーを淹れるために給湯室に向かった。
ゆっくりしていてと言ったはずなのに、もれなくアレクセイも着いて来たので背後にアレクセイをくっ付けたまま、お湯が沸騰するのを待っている。
ポコポコとケトルの底から気泡が上がってくるのを、二人でゆっくりと見ていた。
コーヒーの粉が、もこもこと膨らむ。途端に良い香りが広がった。もう少しその香りを堪能したいのだが、膨らみが完全に落ち着く前にお湯を注がなければならない。細い透明なラインを描くようにお湯を回し淹れる。
水出しやサイフォンコーヒーも良いのだが、ドリップコーヒーはその手順を含めた全てが好きだ。
実家のカフェではその三種類でコーヒーが楽しめるのだが、最初に父親に教えてもらったのはドリップコーヒーだった。基本と言えば基本なのだろうが、なかなかどうして、奥が深い。
父親に及第点を貰ってはいるものの、やはり父親が淹れた方が美味しい。
備え付けの棚にはティーカップしかなかったので、自前のコーヒーカップを用意した。
ソファーに戻ろうとしたが、ずっとくっ付いていたアレクセイに阻止されてしまったので、給湯室で立ち飲みだ。
「俺の服に零すなよ」
それだけは注意した。
飲み終わると、これから教会に移動だ。だいたいの方向だけ教えてもらい、影に沈んだ。
見回りの修道士だろうか。礼拝堂内をぐるりと回っている人の気配がある。それをやり過ごすと、アレクセイと手を繋いだ誠は、闇の中からするりと出た。
王都の礼拝堂は、他の領の教会よりもルシリューリクの神気が強い。そのせいか、ロウソクで照らされ、ぼんやりと浮かんだルシリューリクの像も、どこかふてぶてしく見えた。
誠は自分とアレクセイを包むように結界を張って、外から見えなくすると、祭壇にスイーツをこれでもかというほど乗せた。
天に昇る光の粒子を見送ってからアレクセイの方を向くと、また何とも言えない表情を浮かべている。
これは早急に話を聞き出すべきなんだろうか。誠は少し迷っていた。
夜の教会は、静かだ。遠くからコツコツと足音が近付いてくるのが聞こえる。また見回りに来たのかもしれない。姿を見られる前に誠はアレクセイと手を繋ぎ、さっさと礼拝堂を後にした。
移動した先は、近くの広場だ。通りには街灯が灯っているが、ここの明かりは月だけだ。
繋いでいた手を離し、誠はアレクセイの腕に自分の腕を絡めた。見上げると、銀色の髪や立派な耳がキラキラと煌めいている。
何度見ても、月明かりに照らされるアレクセイは格好良い。けれど、澄んだ氷の色をした瞳は、憂いを帯びている。
「話し合おう」と、アレクセイは言った。
その言葉があったから、誠は自分の気持ちを知ることができたし、アレクセイの隣を歩いて行こうと決められた。だから今度は、自分がその言葉を言う番だ。
誠は自分の髪を撫でるアレクセイの指を捕まえた。
「何か、不安なことでもあんの?」
「いや…何でもない」
「昼ご飯の後から、そればっかだよね。騎士団関係なら何も聞かないけど、それ以外なら話してみたら?話し合おうって言ったのは、アレクセイだよ。…まぁ、今言わなくても良いんだけどさぁ」
最後は少し拗ねるような言い方になってしまった。
アレクセイは、どう出るのだろう。少し心配になる。やはり今ではなく、もっと時間を置いた方が良かったのではないか。
誠が内心ぐるぐる考えていると、アレクセイは誠の額に自分の額をコツンとぶつけた。
「すまない、マコト…少し考えていてな」
一瞬、ツガイを解約したいのだろうと不安になった。
馬鹿なことを考えてしまったと思うのだが、誠は半妖だし、アレクセイは獣人だ。人間と獣人の考え方は近いのだろうが、妖怪と比べると根本的に違う。誠はその違いが怖い。
体に変に力が入ったのが伝わったのか、アレクセイは誠の体をぎゅっと抱きしめた。
「何か変なことを考えていないか?」
「いや、別に…」
そう答えたがアレクセイは信じていないようで、左右にゆっくりと体を誠ごと揺り動かしながら、何度も誠の髪に口付けをしていた。
「マコト、俺が考えていたのは…マコトがこちらの世界で暮らすとなった場合、君にとっては暮らしにくいんじゃないかと…それを考えていた」
「…へ?」
いったい、どこをどう考えれば、そんな着地点になるんだろう。
顔を上げようとしたが、アレクセイに強く抱かれたせいで頭がアレクセイの首元に埋まってしまい、身動きが取れない。
「マコトが作っていたタルトを見て思ったんだ。…いや、君の世界の物や文化に触れる度にかもしれない。料理やスイーツもそうだ。君が作るスイーツは、絵に残しておきたいほど美しい。だから…すまない、上手く伝えられないな」
アレクセイは小さく溜息を吐いて、言葉を続けた。
「俺は…君のように、何かを作り出すことができない。ただ、剣を振って魔法を使うだけだ。家は公爵だが、まだ誰が継ぐかも決まっていない。俺は君に、何を与えてやれる?何を返してやれるんだろう…」
最後の言葉はきっと、アレクセイの心からの声だ。そして誠も、アレクセイの想いと同じようなことを考えている。
一緒に居ると楽しいし安心できるけど、そのことが当たり前のようになってくると、もっともっとと望んでしまう。相手に対してではなく、自分に、だ。
誠とアレクセイは、そういう考え方が似ていた。
誠はアレクセイの背中に腕を回した。
「アレクセイはさ、俺を見てくれるじゃん。それだけで良いんだよ。俺にとっては、それが一番嬉しいんだ。それに、俺のは作る手と壊す手だけど、アレクセイは守る手だよ。俺には真似できない」
アレクセイが毎日素振りを欠かしていないことを、誠は知っている。繋いだ掌が、自分の掌よりも硬いことも知っている。
いくら始祖の片方が龍神とはいえ、誠はそこまで力を受け継いでいない。ただただ、強い力があるだけだ。きっと、妖狐である牡丹の力に引っ張られているのだろう。浄化や結界の力は、諏訪の力のオマケみたいなものなのだ。
だからアレクセイのように、何かを守るということは誠には真似ができない。心も体も強くないと、何も守れないからだ。誠はそこまで誰かを守りたいと思ったことがない。騎士団としてのアレクセイを見た時に、これが守る者の背中なのだと見惚れた記憶がある。
「アレクセイが居るから、俺は好き勝手に料理やスイーツを作れるんだよ。それに、食べてくれる人が居ないと、作りがいが無いじゃん」
「…そうだな。マコトの作る料理は、本当は独り占めしたい」
急に可愛いことを言うアレクセイに、誠はフフ、と笑った。
「住むのはさ、別にどこでも良いんだよ。前にアレクセイが言ってただろ、俺はどこでも生きていけそうだって」
「ああ…そうだったな」
「だったら、それが答えなんじゃないのか?向こうは年に一回は行き来が出来るし。確かに日本には一族が住んでる。友達も居る。でも、アレクセイが居ない」
きつく抱きしめられているので、じんわりとアレクセイの体温が伝わってくる。
妖怪は、人の心の隙間に潜り込んでくる。それと同じように、誠の心の隙間にいつの間にか潜み、住み着いているのはアレクセイだ。その体温と同じように、じんわり、じんわりと。
いつでも、考えてしまう。やっぱりアレクセイが隣に居ないと嫌だと。
「なあ、アレクセイ。連れてってよ。ヴォルク家のさ、霊廟に」
好きだから不安になる。少しのきっかけで、不安になる。
「それは良いんだが…マコト…?」
「次にいつ時間が取れるか分からないだろ。急いでる気もするけど、俺達がツガイってのは誰にも変えられないことだし。それでアレクセイの不安が取り除けるのなら、俺はそうしたい。それに、きちんとアレクセイのご先祖様にも挨拶がしたいよ」
誠は時間のやりくりをしようと思えば、いくらでも出来る。だが、アレクセイは違う。いつ騎士団の仕事が入るか分からないからだ。落ち着いた頃にと言っても、魔獣は待ってくれない。
そのこともあるが、好きだ、愛しているという気持ちが先行し過ぎているだけでもない。
きっと、アレクセイは真面目で慎重な性格だ。フレデリクの性格は、スカーレットに似ていると思う。母親と兄があの性格だから、次男のポジションであるアレクセイは、彼らを反面教師として真面目に育ったのだろう。
だから、誠はその慎重さを取っ払うだけだ。自分のことを考えてくれるのは嬉しいが、考え過ぎて臆病になっているようにも思う。
もっと自由に、もっと楽に。手を繋いで、ゆったりと。そんな感じでアレクセイと歩いていたい。
最初に、ぐいぐいと自分を引っ張って行ってくれたのはアレクセイだ。だから、今度は自分が引っ張る番だ。
どうだろうかと誠は顔を上げようとしたが、余計に抱き込まれてしまい、まだまだ身動きが取れないままだ。
小さく鼻を啜る音が聞こえる。誠は諦めて、しばらく動かずにいた。
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