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ショコラの接吻
01 ー 黄金のもなか
しおりを挟む昨日と同じく、早朝だというのに市場は活気に溢れていた。誠は羽織っていたカーディガンを脱ぐと、マジックバッグにしまった。
手が自由になると、すかさずアレクセイの指が絡んでくる。いつもと変わらない態度なのだが、昨日のことがあってか、まだどこかむくれているのが誠には分かった。絡む指に、きゅっと力を込めると、途端に銀色の尾が揺れた。
「…チョロい」
誠はアレクセイに聞こえないように、呟いてしまった。
朝市では、店頭に並んだばかりの旬を過ぎた果物を買い込んだ。そんなに買ってどうするのだとアレクセイに聞かれたが、苺やオレンジはスイーツの定番だ。出来上がりを楽しみにしてほしいものだ。
ついでに遠征分の食料もいくつか買うと、屋台の通りをぶらついた。空きっ腹にスパイスの香りは、酷だ。誠は串焼きをいくつかとソーセージを買うと、広場の奥のベンチにアレクセイを誘った。
アレクセイは何も聞かず、ベンチを洗浄魔法で綺麗にしてくれた。誠は礼を言って座り、手にも洗浄魔法をかけてもらった。
そしてバッグから取り出したのは、食パンのような形にしたライ麦パンだ。先にパンも野菜も切ってあるので、皿に置いたパンの上にケチャップと野菜を乗せるだけのお手軽な朝食だ。
誰も見ていないことを確認すると、風の力で先程買ったソーセージを薄切りにしてから追加で乗せた。
「これはサンドイッチとは違うんだな」
「そうだよ。多分このままでも美味しいと思うけど、まぁ見てて」
誠は更にバッグからチーズを取り出した
「…ピザか!」
アレクセイの尾が大きく揺れた。
以前出したのを覚えていたのだろう。レビ達にも好評だったし、誠も好きだ。
「うーん…近いんだけど、正しくはピザトーストっていうんだ。これを…」
食パンの上に手をかざす。手の中には小さな狐火を仕込んでいるので、一瞬でパンはこんがりと焼け、チーズの良い匂いが上ってきた。
場所が場所なのでチーズの焼ける匂いは紛れると思うのだが、あまり注目を集めたくなかったので、わざわざ奥まったところに座ったのだ。近くに座っている数人の獣人は、気になるのかチラチラとこちらを見てきたが、誠の隣に座っている騎士団の制服を目にすると、それ以上のアクションを起こさなかった。
休暇中だと言っても、いつ呼び出しがかかるか分からないのでアレクセイは制服を着用しているのだが、聞けば私服はあまり持っていないし着ないそうだ。
以前、私服姿で誠と食事をした時があったが、あの時は制服の見た目で誠を萎縮させたくなかったらしい。何ともマメな男だが、誠としてはヨーロッパの軍服は好きなので、制服姿のアレクセイの方が好みだったりする。けれど私服も似合っていた。
結局、何を着ていてもアレクセイは誠の好みなのだ。
「出来上がりー!どう?」
誠はアレクセイに皿を渡した。スライスした玉ねぎとピーマンも、適度に火が通っているので食べやすいはずだ。
「ああ、美味そうだ。ピザトーストなら、簡単にできるんだな」
「うーん…多分ケチャップが無いから、無理かも。でも、食べたかったら言ってよ。ピザでもピザトーストでも作るから」
ケチャップのルーツは、アジアの魚醤という説が有力だ。十七世紀頃、東西貿易が盛んになる中で、アジアからヨーロッパに伝わったと言われている。
その後、ケチャップはヨーロッパで大きく姿を変え、牡蠣やロブスターなどの魚介類の他、キノコやフルーツなど様々な材料で作ったケチャップが登場する。そして十八~十九世紀に、アメリカで当時普及しはじめていたトマトでケチャップを作ったのが、今日のトマトケチャップの始まりだ。
中世の食文化が主流なので、当然この国にはトマトケチャップは普及していない。一応はレシピを知っているのだが、誠は好きなメーカーがあるので手を出したことはない。
もっと突き詰めてピザトーストを作ろうと思えば、ピザソースを使うと良い。これなら好きなメーカーに拘らなくても、一からケチャップを作れば良いので、そちらの方がマシだろう。その分手間が増えてしまうのだが。
アレクセイはピザトーストが気に入ったのか、三枚もたいらげた上に、串焼きも誠が食べた三倍以上を腹に収めてしまった。朝からもの凄い食べっぷりだ。
それに気をよくした誠は、スイーツに使おうと思っていたオレンジをデザート代わりに出してやった。
腹ごなしにまた市場をぶらぶらと見て周り、時計を確認すると九時を回っていた。そろそろフレデリクの私邸にお邪魔をしても良い時間帯だろう。
アレクセイもサラリと聞いただけだけだったので、向かう途中でフレデリクに詳しい道を聞いていた。貴族街の端に目的の私邸はあったのだが、あのフレデリクには似つかないほどの落ち着いた色合いの邸だった。
外壁から玄関までの距離は短く、庭も狭い。できたばかりだと言っていたが、その庭は綺麗に手入れがされていた。
「ここ?」
「…らしい。隣は空き地だと言っていたからな。この辺りは、貴族街でも人気が無い土地なんだ」
アレクセイの言葉に驚く。何か曰く付きの土地なのだろうか。だとしたら、フレデリクはチャレンジャーだ。
誠の顔が歪んだのを見て、アレクセイは小さく笑った。
「人気が無いのは、王城から遠いし買い物にも不便だからだ。まあ、その分辺りは静かだがな。この辺りも下位貴族が多いが、すぐに邸を手放す者も多いから、入れ替わりが激しいんだ」
「え…それって、お家断絶とかで?」
一瞬、怖い考えが頭を過ったが、即座にアレクセイに否定された。
「その場合もあるが、子供が王都の学校に通う期間だけ邸を買ったり建てたりする地方の下位貴族が多いからだ。親戚が王都に居れば、社交シーズンだけはそこに泊まって、他の期間は領地で腰を据えて統治する家が多いぞ」
「そうなんだ」
何でも、タウンハウスの維持費を考えると、潔く手放した方が安上がりらしい。この国は堅実な統治を行う地方貴族が多いので、先の大戦後からはそういった合理的な考えが地方では浸透しているそうだ。
だったらその合理的な考えを少しでも料理に回してくれと思わないでもないが、それがこの国の文化なのだから仕方が無い。
誠はアレクセイにエスコートされながらドアの前に立った。
ヴォルク家のノッカーは狼だったが、この邸は持ち主がフレデリクだということで豹かと思っていたら見事に裏切られた。ノッカーは、可愛らしい猫の形をしていた。
すぐにドアが開き、迎え入れてくれたのは豊かな髭が特徴の、初老の犬系獣人の男性だった。燕尾服を着ているので、すぐに執事だと分かる。
「久しいな、シュナウツァー」
アレクセイは執事の顔を見た途端、笑顔を見せた。どうやら知り合いらしい。
誠が聞いてみると、何でも以前はヴォルク家でフレデリク付きの執事を務めていたそうだ。フレデリクが騎士団の寮に入る頃にはそろそろ年だということで屋敷を辞したのだが、私邸を建てるにあたって「暇なら私の邸で読書でもしていろ」と声がかかったとのことだ。
同じ理由で、フットマンと庭師もこの邸に部屋を貰っている。
「家でゆっくりしたいと思わないんですか?」
誠がそう聞くと、シュナウツァーと呼ばれた執事は破顔した。
「ええ、そうだったんですけどね。しばらくゆっくりしていると、暇で暇で…。丁度良いタイミングで、フレデリク坊ちゃんにお声がけいただきましたよ」
「フレデリク…坊ちゃん」
誠がそのパワーワードに絶句していると、シュナウツァーはニッコリと笑った。
「おっと失礼。昔の癖が抜けませんで。さて、アレクセイ様はどういたしますか?先にお部屋へ?」
案内された厨房は、当たり前だがピカピカだった。まだ殆ど使用していないので当たり前だが、綺麗な厨房は気持ちが良い。
アレクセイは先に泊まる部屋を確認してから、すぐに厨房に戻ってくるそうだ。
何か用があればベルを鳴らしてくれとシュナウツァーに言われたので、渡されたベルを作業台の隅に置くと、誠は早速材料を作業台に並べた。
約束通りフレデリクは話を通してくれているそうで、滞在中は誰も厨房には入らない手筈となっている。誠はサロンを腰に巻きつけると、ニンマリと笑った。
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