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ショコラの接吻
06 ー 勃発、嫁姑問題…ではなく
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真っ赤になったスカーレットがロイズに殴りかかったが、ロイズはヒョイと避けた。
「奥様。私に八つ当たりするのは止めてください。そして何で食事会がこんな結果になったのか話さないと、マコト様にもアレクセイ様にも嫌われてしまいますよ」
「…チッ。分かったよ。まあ、座れよマコト」
スカーレットはアレクセイの隣へと顎をしゃくる。話が長くなるのかもしれないと、誠は素直にそれに従った。
「マコト、お兄ちゃんの膝の上に座るか?」
フレデリクの後ろを通りかかった時にそう言われたが、座るはずがない。
「…バカじゃねぇ?ローゼスでも乗せてろ」
誠はまだ耳を立てて警戒中のアレクセイの膝の上に、どかりと座った。すぐにアレクセイの腕が腹に回ったが、気にしない。
スカーレットはそれを見て目を丸くし、ロイズは俯いてしまったが、肩を震わせているので笑うのを我慢してるのだろう。それも気にしない。誠はこの場での最善策を取っているだけだ。
「スカーレット夫人。あんまり、ご自分の息子に意地悪しないでくれます?今現在、公爵家よりもアレクセイの顔の方が、思いっきり潰れてますよ」
「顔よりもアレクセイ様の足の方が、現段階では潰れているかと」
「そこの秘書の人、五月蝿いですよ。俺の家は代々カカア天下なもんでね。旦那を立てつつも、しっかりと尻に敷くんですよ」
「なるほど…。ヴォルク家にピッタリですね」
「そりゃ、どうも」
ロイズは満足気に笑った。どうやら彼も、クセの強い御仁らしい。
どいつもこいつも面倒臭いなと思いながら、誠はスカーレットに視線を戻した。スカーレットは座りなおすと、ロイズの紅茶を人数分頼み、素直に話し始めた。
今回誠をエントランスで出迎えたのは、分家筋や付き合いのある家から紹介があったメイド達だった。彼ら彼女らは、数ヶ月の研修を経てから客前に出せるかどうかの最終確認を行う。
その最終確認の場にしたのが、今回のことだったのだ。
「で、俺はマコトを招けるし、アレクセイ狙いのバカも炙り出せるし、ヴォルク家に入り込みたかった貴族の弱みを握れる…と。フレデリクとアレクセイは、どの時点で気付いたんだ?」
説明を終えたスカーレットは、対照的な表情をしている兄弟に聞いた。
「私はエントランスの状況を知らなかったのですが、この別館の厨房を覗いたあたりですかね。料理長であるジャフをはじめ、皆探究心が深いと言っても、母上の命令は守るはずだ。野放しにしている時点で、何かあるんだと思っていました」
「なるほどな。で、アレクセイは?」
スカーレットがアレクセイに聞くと、誠の背後からは、また唸り声が聞こえてきた。
「アレクセイ」
誠が腹に回された手をポンポンと叩くと、アレクセイは渋々答えた。
「俺も、兄上と同じくらいですかね。けれど、こういう魂胆があるなら、先に教えてもらいたかった」
「そう言うなよ。マコトがどんな反応をするかも、見てみたかったんだよ」
「…最悪ですね。俺はマコトのことも考えて、マコトの料理が好きな部下達を招待したんですよ。コイツらまで、我が家の問題に巻き込む必要は無かったのでは?」
「あー…まあ、タイミングが悪かったな」
「母上!」
簡単に流すスカーレットに対してまた怒りのメーターが吹っ切れたのか、アレクセイが吠えた。
「母上。これではアレクセイが可哀想ですよ。アレクセイのことだ、マコトにも部下達にも楽しんでもらおうと思ってたんですよ、この食事会を。多分マコトは遠慮してるから、アレクセイを宥めるだけですけどね、彼本来の気性なら、途中で帰っていると思いますよ」
「…そうなのか?」
フレデリクのアシストに対し、キョトンとした顔でスカーレットがこちらを見て来た。
誠はグルルルという唸り声をBGMに、少しだけ胸の内を吐露した。
「正直、オニーチャンの言った通りですね。けれど途中で帰れば、夫人とアレクセイの顔を潰すことになるし。まぁ、外野の嫌味なんてどうでも良いんですけど、こういう展開を狙ってたんなら、先に一言言って欲しかったですよ。それならもっと別の手を考えたのにって。あとは純粋に、レビ達に迷惑かけてるので、それは酷いと思いますけど」
そこまで言い切ると、スカーレットが眉を八の字にしていることに気が付いた。
言い過ぎてしまったのだろうか。少し不安になっていると、ロイズが小脇に抱えていたトレーで、いきなりスカーレットの頭を叩いた。
「ってぇー!テメェ、何すんだロイズ!」
「マコト様をはじめ、皆様、奥様が申し訳ありませんでした。このバカ主人は面白そうだと思ったら、周りの迷惑を考えずに突っ走る癖がございまして…」
深々と頭を下げるロイズに、変形したトレーが気になり過ぎて誠は何も言えなかった。
「このあと、私と旦那様でしっかり説教しておきますので、これで手打ちにしていただけませんか」
「…ロイズさん。どうして急にそんなことを?」
腹の探り合いは、得意ではない。面倒臭いからだ。
誠はこのスカーレットの右腕の態度の変化に、まだ何かあるのかとうんざりしていた。
「いえ、ねぇ。流石に私も酷いと思ってたんですよ。案の定、アレクセイ様はまだお怒りですし。それに、マコト様の料理に、いたく感動したんですよ」
「俺の料理に?」
「ええ。私もスパイスが多い料理が苦手なので、この家で出る料理は美味しいと思っていたんですが…貴方の料理を食べて、これが美味しい料理なのかと目から鱗が落ちました。しかも私、ニンジンがあまり得意ではないんですよ。残すのは嫌なので我慢しようと思ったんですが、あの味付け!お酢ですか?それにしては酸味だけではなかったですし、黒胡椒がアクセントになっていて…ああ、スープも大変美味しかったです。野菜ってあんなに甘かったんですね。優しいスープでした。それとローストビーフも肉自体の旨味が噛めば噛むほど出ていましたし、あのソースも美味しかったです。もちろん、付け合わせの野菜も。そして最後のデザート。リンゴのコン…ポートでしたか。あの甘さと酸味のハーモニー…思い出すだけで涎が出そうです」
ニコニコと一息で言い切ったロイズに対して、誰もが目を丸くしていた。しかしスカーレットだけは「お前がそこまで喋るの、久し振りだな」と、妙に感心していた。
「私がこれだけ感動したのです。きっとフレデリク様もアレクセイ様も部下の方々も、この食事会を楽しみにしていたと思いますよ。それを台無しにしたのです、反省してくださいね、奥様」
どうケリをつけるのかと思っていたが、全てをこのできる右腕が持って行ってしまった。
ここまで自分の主人を押さえつけて誠やアレクセイ達を持ち上げられると、これ以上言った方が悪者になってしまう。
しかし身内だからか、アレクセイはまだ唸っていた。そんなアレクセイを見かねたのか、フレデリクはスクエアポーチから紙の束を取り出すと、スカーレットの前に置いた。
「母上。この場で出すのは卑怯だと思ったのですが、これはお返ししますね。以前にも言いましたが、マコトの本業のこともあるので家は自分達で探すようです。私も自分の持ち家は一軒あれば十分ですので」
「…本当に、卑怯だな。この状況じゃ、俺は強く言えないし、お前にもアレクセイにも家を買ってやれないじゃないか」
「子供にかまいたいのは分かりますが、自分で住む家ですよ?自分達で探したいに決まってるじゃないですか」
不満げなスカーレットを宥めたロイズは、紙の束を自分のマジックバッグにしまった。
さすがは腹黒帝王だ。まさかこの場面で物件のことを持ち出すとは、お釈迦様でも思うまい。
誠が変に感心していると、アレクセイの腕に力がこもった。
「マコト、レビ達に残りの料理を振る舞わなくて良いのか?」
背中に顔をグリグリと擦り付けながら言う台詞ではないのだろうが、フレデリクの隠し球が上手いことアレクセイに作用したのだろう。何とか自分の中で折り合いをつけたらしい狼は、誠を促した。
「はいはい。じゃあ、用意するか。スカーレット夫人、ロイズさん。今日の罰として、手伝ってくれますよね?」
誠は綺麗に笑うと、公爵夫人とその右腕を手伝い要員に駆り出してしまった。
厨房に移動すると、結界を張って保温しておいた鍋や皿をどんどんワゴンに乗せていく。スカーレット達には取り皿の準備をしてもらった。
最後に唐揚げの皿の結界を解くと、誠はスカーレットに唐揚げを見せた。
「お義母さん。これはジェネラルサーペントの肉です。アレクセイが狩ったんですよ。もう俺らは先に食べてるんですけどね、残りの肉は俺の好きにしてくれって言ってたんですけど、この肉を今日の食事会に出したいって。貴方に食べてもらいたいって言い出したんですよ、アレクセイは」
「…アレクセイが、こんな高級肉を」
「ええ。だから、あとでお礼言ってあげてください」
「……ううぅぅ…」
スカーレットは涙腺がいきなり崩壊したのか、誠に抱きついてきた。
「お…お義母さん?」
いきなりのことで慌ててしまった誠は、目を白黒させながらロイズに助けを求めたが、ロイズは苦笑いを浮かべるだけだった。
「ロイズー…俺の息子達が尊い…」
「ええ、そうですね。アレクセイ様も、ちゃんと貴方を気にかけてくれてるんですよ。それに、マコト様にまたお義母様って呼んでもらえて良かったですね」
「うん…」
ぎゅうっと更に抱きしめられる。誠はそんなスカーレットの背中を、ぽんぽんと優しく叩いていた。
目を赤くして戻ったスカーレットに誰もが気付いただろうが、指摘する者は誰も居なかった。
誠はパンと手を打って、注目を自分に集めた。
「さあ、こっからが本番ですよー!最初はスパイス少なめの、素材を生かした料理。ここからは、スパイスをふんだんに使っても美味しい料理です。デザートもあるから、お腹いっぱいに食べないように!」
「先生、それは無理な注文です!」
レビがピシっと手を上げて、この場を和ませる。
「じゃあ、レビだけデザートは無しだな。ルイージ、良かったな。デザート二人分食べても良いぞ」
「本当ですか?やった!レビ、ありがとうございます」
「え…いや、嘘嘘、無理だって。俺もデザート食べたい!」
本気で喜ぶルイージに焦るレビ。場は笑いに包まれた。
誠がアレクセイとフレデリクという二大権力者を駆使して作り上げたのは、これまでにも作った料理だった。中東やアジア料理が多いが、チーズをたっぷり使ったグラタンも用意している。マカロニの代わりにじゃが芋を敷き詰めているので、味が濃い料理に飽きたら口直しにもなるだろう。
一番人気は誠が予想した通り、ジェネラルサーペントの唐揚げだった。テーブルに置いた途端に、アレクセイやレビ達が一斉に手を伸ばす。負けじとスカーレットも取り皿に山盛りにしていた。
デザートは、苺を使ったババロアだ。ヨーグルトを使っているので、甘さと酸味がたまらないだろう。
平皿に取り分けて、生クリームと苺のコンポート、そしてミントを皆の前で飾り付けながら置いていくと、皆の顔は綻んでいた。
やはり、美味しいものの前で顰めっつらや泣きそうな顔は持続できないのだ。
片付けは公爵家の料理人がするとのことだったので、自分の調理器具だけ回収した誠はアレクセイと共に帰路についた。泊まって行けと何度もスカーレットに言われたが、さっきの今だ。気持ち的に少々遠慮したいものがあるし、またアレクセイの機嫌が悪くなるのも嫌だ。
丁寧に辞退して、また遊びに来ることを約束すると、渋々と解放されたのだった。
「はー…何か疲れた」
夜道をアレクセイと並んで歩く。途中まで方向が同じなので、目の前では手と尾を絡めたバカップルが歩いている。片方は夜に溶けそうな色合いなので、余計にローゼスのパールホワイトが目立っていた。
「お疲れ様。本当に美味しかったけど、マコトにとっては災難だったね」
「だろー?」
振り返ったローゼスに、誠はフーっと息を吐き出した。
「本当は、ずっとスイーツ作る予定だったのにさ。まぁ、皆喜んでくれたから良いんだけど」
「何だ。料理ではなく、スイーツが作りたかったのか。以前は仕込みたい料理があると言っていただろう?」
疲れた表情を見せた誠に、フレデリクが聞いた。
「んー…キャンプ中に、少しだけ終わらせた。本当は、遠征中の料理の下拵えと、スイーツの両方を作りたかったんだよ。スイーツはおやつと奉納の分。だから、俺が使えるキッチンを探してたんだ。何日もキッチンを占領するわけにもいかないから、スカーレット夫人にも聞いてみたんだけど、まさかこんな結果になるとはなぁ…」
やはり自分の持ち家がないと不便だ。王都にも龍脈が通っているが、残念なことに市場付近を避けるようにして通っている。だから、平民街の宿を取り直して、共有キッチンを使うことも出来ない。
遠征用の仕込みならそこでも大丈夫なのだが、いかんせん王都は人が多い。調理中、人に見られないはずがない。その問題もクリアさせなければならないのだ。
どうしようかなと誠が考えていると、フレデリクがニヤリと笑った。
「喜べマコト。先日、君が手配をしてくれと言っていたキッチンだが…」
「え…もしかして、見つかった?」
「ああ。見つかったと言うか、修理し終わったと言った方が正しいな」
「どういうこと?」
誠が首を傾げると、フレデリクの笑みは濃くなった。
「私の私邸だ。先日やっと完成したんだが、厨房の内装が間違っていたようでな。その工事が終わったから使えるぞ。小さな邸だから厨房も小さいが、何せ私の正装や使わない荷物を置くための邸だ。執事とフットマン、あとは庭師の三人だけしかおいていない。誰にも見られずに料理ができるだろう」
その提案に乗りたいが、何か裏があるかもしれない。けれど、スイーツは作りたい。もだもだしていると、アレクセイは誠の腰を抱きながら言った。
「兄上の邸が、もう完成していたとは…。マコト、兄上の提案に乗ったらどうだ?…兄上、貴方は普通に厨房を貸してくれるんですよね?」
耳を立てながらアレクセイが聞くと、黒豹はまたもやニヤリと笑った。
「私がタダで貸すわけがなかろう。マコト、使用料はローゼスに渡してくれ。それだけで十分だ」
「え、マジで?それだけで良いなら、お邪魔するー!」
「決まりだな。場所は後で教えよう。明日から使えるようにするから、勝手に入ってもかまわんよ。泊まれるよう手配もしておくから、好きにしなさい」
「やったー!オニーチャン、あんた最高だ!」
誠はアレクセイに抱きついた。満更でもないアレクセイは、尾をブンブンと振った。
「では兄上、お言葉に甘えて、明日から私邸に泊まらせていただきます」
「ああ。もう少しで遠征だ。しっかり休んで、料理も作り置きをすれば良いさ。マコト、くれぐれも私の子猫ちゃんへの使用料、忘れるなよ」
「もちろん!楽しみにしとけよ、ローゼス」
「…?」
使用料が何か分かっていないローゼスは首を傾げていたが、フレデリクが楽しそうなので特に気にしていないようだ。
この日は宿に戻ると、誠は明日も朝市に繰り出すべく、早めに就寝したのだった。
「奥様。私に八つ当たりするのは止めてください。そして何で食事会がこんな結果になったのか話さないと、マコト様にもアレクセイ様にも嫌われてしまいますよ」
「…チッ。分かったよ。まあ、座れよマコト」
スカーレットはアレクセイの隣へと顎をしゃくる。話が長くなるのかもしれないと、誠は素直にそれに従った。
「マコト、お兄ちゃんの膝の上に座るか?」
フレデリクの後ろを通りかかった時にそう言われたが、座るはずがない。
「…バカじゃねぇ?ローゼスでも乗せてろ」
誠はまだ耳を立てて警戒中のアレクセイの膝の上に、どかりと座った。すぐにアレクセイの腕が腹に回ったが、気にしない。
スカーレットはそれを見て目を丸くし、ロイズは俯いてしまったが、肩を震わせているので笑うのを我慢してるのだろう。それも気にしない。誠はこの場での最善策を取っているだけだ。
「スカーレット夫人。あんまり、ご自分の息子に意地悪しないでくれます?今現在、公爵家よりもアレクセイの顔の方が、思いっきり潰れてますよ」
「顔よりもアレクセイ様の足の方が、現段階では潰れているかと」
「そこの秘書の人、五月蝿いですよ。俺の家は代々カカア天下なもんでね。旦那を立てつつも、しっかりと尻に敷くんですよ」
「なるほど…。ヴォルク家にピッタリですね」
「そりゃ、どうも」
ロイズは満足気に笑った。どうやら彼も、クセの強い御仁らしい。
どいつもこいつも面倒臭いなと思いながら、誠はスカーレットに視線を戻した。スカーレットは座りなおすと、ロイズの紅茶を人数分頼み、素直に話し始めた。
今回誠をエントランスで出迎えたのは、分家筋や付き合いのある家から紹介があったメイド達だった。彼ら彼女らは、数ヶ月の研修を経てから客前に出せるかどうかの最終確認を行う。
その最終確認の場にしたのが、今回のことだったのだ。
「で、俺はマコトを招けるし、アレクセイ狙いのバカも炙り出せるし、ヴォルク家に入り込みたかった貴族の弱みを握れる…と。フレデリクとアレクセイは、どの時点で気付いたんだ?」
説明を終えたスカーレットは、対照的な表情をしている兄弟に聞いた。
「私はエントランスの状況を知らなかったのですが、この別館の厨房を覗いたあたりですかね。料理長であるジャフをはじめ、皆探究心が深いと言っても、母上の命令は守るはずだ。野放しにしている時点で、何かあるんだと思っていました」
「なるほどな。で、アレクセイは?」
スカーレットがアレクセイに聞くと、誠の背後からは、また唸り声が聞こえてきた。
「アレクセイ」
誠が腹に回された手をポンポンと叩くと、アレクセイは渋々答えた。
「俺も、兄上と同じくらいですかね。けれど、こういう魂胆があるなら、先に教えてもらいたかった」
「そう言うなよ。マコトがどんな反応をするかも、見てみたかったんだよ」
「…最悪ですね。俺はマコトのことも考えて、マコトの料理が好きな部下達を招待したんですよ。コイツらまで、我が家の問題に巻き込む必要は無かったのでは?」
「あー…まあ、タイミングが悪かったな」
「母上!」
簡単に流すスカーレットに対してまた怒りのメーターが吹っ切れたのか、アレクセイが吠えた。
「母上。これではアレクセイが可哀想ですよ。アレクセイのことだ、マコトにも部下達にも楽しんでもらおうと思ってたんですよ、この食事会を。多分マコトは遠慮してるから、アレクセイを宥めるだけですけどね、彼本来の気性なら、途中で帰っていると思いますよ」
「…そうなのか?」
フレデリクのアシストに対し、キョトンとした顔でスカーレットがこちらを見て来た。
誠はグルルルという唸り声をBGMに、少しだけ胸の内を吐露した。
「正直、オニーチャンの言った通りですね。けれど途中で帰れば、夫人とアレクセイの顔を潰すことになるし。まぁ、外野の嫌味なんてどうでも良いんですけど、こういう展開を狙ってたんなら、先に一言言って欲しかったですよ。それならもっと別の手を考えたのにって。あとは純粋に、レビ達に迷惑かけてるので、それは酷いと思いますけど」
そこまで言い切ると、スカーレットが眉を八の字にしていることに気が付いた。
言い過ぎてしまったのだろうか。少し不安になっていると、ロイズが小脇に抱えていたトレーで、いきなりスカーレットの頭を叩いた。
「ってぇー!テメェ、何すんだロイズ!」
「マコト様をはじめ、皆様、奥様が申し訳ありませんでした。このバカ主人は面白そうだと思ったら、周りの迷惑を考えずに突っ走る癖がございまして…」
深々と頭を下げるロイズに、変形したトレーが気になり過ぎて誠は何も言えなかった。
「このあと、私と旦那様でしっかり説教しておきますので、これで手打ちにしていただけませんか」
「…ロイズさん。どうして急にそんなことを?」
腹の探り合いは、得意ではない。面倒臭いからだ。
誠はこのスカーレットの右腕の態度の変化に、まだ何かあるのかとうんざりしていた。
「いえ、ねぇ。流石に私も酷いと思ってたんですよ。案の定、アレクセイ様はまだお怒りですし。それに、マコト様の料理に、いたく感動したんですよ」
「俺の料理に?」
「ええ。私もスパイスが多い料理が苦手なので、この家で出る料理は美味しいと思っていたんですが…貴方の料理を食べて、これが美味しい料理なのかと目から鱗が落ちました。しかも私、ニンジンがあまり得意ではないんですよ。残すのは嫌なので我慢しようと思ったんですが、あの味付け!お酢ですか?それにしては酸味だけではなかったですし、黒胡椒がアクセントになっていて…ああ、スープも大変美味しかったです。野菜ってあんなに甘かったんですね。優しいスープでした。それとローストビーフも肉自体の旨味が噛めば噛むほど出ていましたし、あのソースも美味しかったです。もちろん、付け合わせの野菜も。そして最後のデザート。リンゴのコン…ポートでしたか。あの甘さと酸味のハーモニー…思い出すだけで涎が出そうです」
ニコニコと一息で言い切ったロイズに対して、誰もが目を丸くしていた。しかしスカーレットだけは「お前がそこまで喋るの、久し振りだな」と、妙に感心していた。
「私がこれだけ感動したのです。きっとフレデリク様もアレクセイ様も部下の方々も、この食事会を楽しみにしていたと思いますよ。それを台無しにしたのです、反省してくださいね、奥様」
どうケリをつけるのかと思っていたが、全てをこのできる右腕が持って行ってしまった。
ここまで自分の主人を押さえつけて誠やアレクセイ達を持ち上げられると、これ以上言った方が悪者になってしまう。
しかし身内だからか、アレクセイはまだ唸っていた。そんなアレクセイを見かねたのか、フレデリクはスクエアポーチから紙の束を取り出すと、スカーレットの前に置いた。
「母上。この場で出すのは卑怯だと思ったのですが、これはお返ししますね。以前にも言いましたが、マコトの本業のこともあるので家は自分達で探すようです。私も自分の持ち家は一軒あれば十分ですので」
「…本当に、卑怯だな。この状況じゃ、俺は強く言えないし、お前にもアレクセイにも家を買ってやれないじゃないか」
「子供にかまいたいのは分かりますが、自分で住む家ですよ?自分達で探したいに決まってるじゃないですか」
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誠が変に感心していると、アレクセイの腕に力がこもった。
「マコト、レビ達に残りの料理を振る舞わなくて良いのか?」
背中に顔をグリグリと擦り付けながら言う台詞ではないのだろうが、フレデリクの隠し球が上手いことアレクセイに作用したのだろう。何とか自分の中で折り合いをつけたらしい狼は、誠を促した。
「はいはい。じゃあ、用意するか。スカーレット夫人、ロイズさん。今日の罰として、手伝ってくれますよね?」
誠は綺麗に笑うと、公爵夫人とその右腕を手伝い要員に駆り出してしまった。
厨房に移動すると、結界を張って保温しておいた鍋や皿をどんどんワゴンに乗せていく。スカーレット達には取り皿の準備をしてもらった。
最後に唐揚げの皿の結界を解くと、誠はスカーレットに唐揚げを見せた。
「お義母さん。これはジェネラルサーペントの肉です。アレクセイが狩ったんですよ。もう俺らは先に食べてるんですけどね、残りの肉は俺の好きにしてくれって言ってたんですけど、この肉を今日の食事会に出したいって。貴方に食べてもらいたいって言い出したんですよ、アレクセイは」
「…アレクセイが、こんな高級肉を」
「ええ。だから、あとでお礼言ってあげてください」
「……ううぅぅ…」
スカーレットは涙腺がいきなり崩壊したのか、誠に抱きついてきた。
「お…お義母さん?」
いきなりのことで慌ててしまった誠は、目を白黒させながらロイズに助けを求めたが、ロイズは苦笑いを浮かべるだけだった。
「ロイズー…俺の息子達が尊い…」
「ええ、そうですね。アレクセイ様も、ちゃんと貴方を気にかけてくれてるんですよ。それに、マコト様にまたお義母様って呼んでもらえて良かったですね」
「うん…」
ぎゅうっと更に抱きしめられる。誠はそんなスカーレットの背中を、ぽんぽんと優しく叩いていた。
目を赤くして戻ったスカーレットに誰もが気付いただろうが、指摘する者は誰も居なかった。
誠はパンと手を打って、注目を自分に集めた。
「さあ、こっからが本番ですよー!最初はスパイス少なめの、素材を生かした料理。ここからは、スパイスをふんだんに使っても美味しい料理です。デザートもあるから、お腹いっぱいに食べないように!」
「先生、それは無理な注文です!」
レビがピシっと手を上げて、この場を和ませる。
「じゃあ、レビだけデザートは無しだな。ルイージ、良かったな。デザート二人分食べても良いぞ」
「本当ですか?やった!レビ、ありがとうございます」
「え…いや、嘘嘘、無理だって。俺もデザート食べたい!」
本気で喜ぶルイージに焦るレビ。場は笑いに包まれた。
誠がアレクセイとフレデリクという二大権力者を駆使して作り上げたのは、これまでにも作った料理だった。中東やアジア料理が多いが、チーズをたっぷり使ったグラタンも用意している。マカロニの代わりにじゃが芋を敷き詰めているので、味が濃い料理に飽きたら口直しにもなるだろう。
一番人気は誠が予想した通り、ジェネラルサーペントの唐揚げだった。テーブルに置いた途端に、アレクセイやレビ達が一斉に手を伸ばす。負けじとスカーレットも取り皿に山盛りにしていた。
デザートは、苺を使ったババロアだ。ヨーグルトを使っているので、甘さと酸味がたまらないだろう。
平皿に取り分けて、生クリームと苺のコンポート、そしてミントを皆の前で飾り付けながら置いていくと、皆の顔は綻んでいた。
やはり、美味しいものの前で顰めっつらや泣きそうな顔は持続できないのだ。
片付けは公爵家の料理人がするとのことだったので、自分の調理器具だけ回収した誠はアレクセイと共に帰路についた。泊まって行けと何度もスカーレットに言われたが、さっきの今だ。気持ち的に少々遠慮したいものがあるし、またアレクセイの機嫌が悪くなるのも嫌だ。
丁寧に辞退して、また遊びに来ることを約束すると、渋々と解放されたのだった。
「はー…何か疲れた」
夜道をアレクセイと並んで歩く。途中まで方向が同じなので、目の前では手と尾を絡めたバカップルが歩いている。片方は夜に溶けそうな色合いなので、余計にローゼスのパールホワイトが目立っていた。
「お疲れ様。本当に美味しかったけど、マコトにとっては災難だったね」
「だろー?」
振り返ったローゼスに、誠はフーっと息を吐き出した。
「本当は、ずっとスイーツ作る予定だったのにさ。まぁ、皆喜んでくれたから良いんだけど」
「何だ。料理ではなく、スイーツが作りたかったのか。以前は仕込みたい料理があると言っていただろう?」
疲れた表情を見せた誠に、フレデリクが聞いた。
「んー…キャンプ中に、少しだけ終わらせた。本当は、遠征中の料理の下拵えと、スイーツの両方を作りたかったんだよ。スイーツはおやつと奉納の分。だから、俺が使えるキッチンを探してたんだ。何日もキッチンを占領するわけにもいかないから、スカーレット夫人にも聞いてみたんだけど、まさかこんな結果になるとはなぁ…」
やはり自分の持ち家がないと不便だ。王都にも龍脈が通っているが、残念なことに市場付近を避けるようにして通っている。だから、平民街の宿を取り直して、共有キッチンを使うことも出来ない。
遠征用の仕込みならそこでも大丈夫なのだが、いかんせん王都は人が多い。調理中、人に見られないはずがない。その問題もクリアさせなければならないのだ。
どうしようかなと誠が考えていると、フレデリクがニヤリと笑った。
「喜べマコト。先日、君が手配をしてくれと言っていたキッチンだが…」
「え…もしかして、見つかった?」
「ああ。見つかったと言うか、修理し終わったと言った方が正しいな」
「どういうこと?」
誠が首を傾げると、フレデリクの笑みは濃くなった。
「私の私邸だ。先日やっと完成したんだが、厨房の内装が間違っていたようでな。その工事が終わったから使えるぞ。小さな邸だから厨房も小さいが、何せ私の正装や使わない荷物を置くための邸だ。執事とフットマン、あとは庭師の三人だけしかおいていない。誰にも見られずに料理ができるだろう」
その提案に乗りたいが、何か裏があるかもしれない。けれど、スイーツは作りたい。もだもだしていると、アレクセイは誠の腰を抱きながら言った。
「兄上の邸が、もう完成していたとは…。マコト、兄上の提案に乗ったらどうだ?…兄上、貴方は普通に厨房を貸してくれるんですよね?」
耳を立てながらアレクセイが聞くと、黒豹はまたもやニヤリと笑った。
「私がタダで貸すわけがなかろう。マコト、使用料はローゼスに渡してくれ。それだけで十分だ」
「え、マジで?それだけで良いなら、お邪魔するー!」
「決まりだな。場所は後で教えよう。明日から使えるようにするから、勝手に入ってもかまわんよ。泊まれるよう手配もしておくから、好きにしなさい」
「やったー!オニーチャン、あんた最高だ!」
誠はアレクセイに抱きついた。満更でもないアレクセイは、尾をブンブンと振った。
「では兄上、お言葉に甘えて、明日から私邸に泊まらせていただきます」
「ああ。もう少しで遠征だ。しっかり休んで、料理も作り置きをすれば良いさ。マコト、くれぐれも私の子猫ちゃんへの使用料、忘れるなよ」
「もちろん!楽しみにしとけよ、ローゼス」
「…?」
使用料が何か分かっていないローゼスは首を傾げていたが、フレデリクが楽しそうなので特に気にしていないようだ。
この日は宿に戻ると、誠は明日も朝市に繰り出すべく、早めに就寝したのだった。
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※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
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