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ショコラの接吻
02.55 ー 訪問
しおりを挟む経営している宿を出て馬車に乗り込むと、スカーレットは先程のやりとりを思い出してまた笑っていた。
「…奥様?」
「いや、気にするな。ただの思い出し笑いだ」
先に乗り込んでいた部下を片手で制するも、スカーレットの笑いはまだ治らない。
「お前にも見せてやりたかったぜ。あのアレクセイが一丁前に、ツガイへの独占欲丸出しだったんだぜ。しかも子供みたいに」
「アレクセイ様が…ですか?嘘でしょう」
「いや、本当なんだって。多分番ったばっかりだろうな。野郎、浮かれてやがった」
「あのアレクセイ様がですか?」
スカーレットの部下は、さっきから同じようなことしか言わない。衝撃がそれだけ大きかったようだ。
部下は年若く見えても、スカーレットがヴォルク家に嫁ぐ前から仕えているので、アレクセイが生まれた頃からの付き合いだ。フレデリクに続き、神童と呼ばれていたアレクセイのそんな様子が思い浮かばないのだろう。
「あのアレクセイが、だよ。いやー、久し振りに大笑いしたね」
「それで…お相手の方は?」
「ああ。見た目は若いけど、アレクセイより年上だってよ」
「へえ…どんなタイプでした?」
「しっかりしてそうだったな。あれは気が強いだろう。でも、アレクセイと仲良くやってるっぽいし、上手く掌で転がしてたな。でも、アレクセイをしっかり立ててた」
「なるほど…スカーレット様と同類ですね」
「そうか?」
ええ。と、部下は深く頷いた。
「まさしく、ヴォルク家に嫁がれる方では?スカーレット様も、旦那様を尻に敷きまくってますし。…まあ、私はアレクセイ様が尻に敷かれる姿が想像できませんが」
スカーレットも、誠に会うまでは部下と同意見だった。
いくらヴォルクの血を濃く受け継いでいるとは言え、あのアレクセイだ。親の自分から見てもしっかりした息子で、長男のフレデリクをよく支えている。そして下二人の面倒見も良い。
学校もフレデリクに続き、首席で卒業したと思ったら、王都騎士団にストレート合格だ。そして数年で班長の位置に上り詰めた。
そんなできた兄が上に二人も居れば、兄弟の誰かはグレるだろうと密かに心配していたが、さすがはあの二人だ。上手く導き、憧れの存在になっている。グレるどころか、若干ブラコン気味だが真っ直ぐ育っている。
そんな、どこに出しても恥ずかしくない長男…いや、次男のアレクセイだ。ヴォルクの者らしく、ツガイに焦がれていたのは知っていたが、まさかこんなにも早く捕まえるとは思ってもみなかった。
きっと、百年は見つからないだろうと思っていたのだが、蓋を開ければあの有様だ。笑いたくもなるし、面白がってしまうのも無理はないだろう。
「ま、アイツもヴォルクの者だったってことだな」
スカーレットは、部下に渡された帳簿を確認し始めた。
「旦那様には、何と報告を?」
これから向かうのは、新しく作った喫茶店だ。そこで誠の菓子を売ろうと思ったが、アレクセイに止められてしまった。
だったら、業務提携はどうだろう。
スカーレットは、誠の内面にも技術にも興味を示していた。
「旦那?ああ、俺の見たままを報告するよ。昔はあんなにお兄ちゃんっ子だったのに、いつの間にかクソ真面目に育ちやがったアレクセイが選んだ相手は、ちょっと喰えない相手だったってな」
長男だか次男だかのアレクセイは、大事な息子の一人だ。しかも公爵家の令息だ。金も権力も唸るほどあるし、スカーレットと旦那の良いパーツを集めて、更に数代前に降嫁してきた王族にも似ている。つまりは、フレデリクとは違ったタイプの美丈夫だ。
スカーレットがアレクセイの顔の良さを聞いたのは、付き合ったきっかけを聞きたかっただけではない。そんな付属品に騙されてフラフラと寄ってきたのではないかと確認したかったのだ。
ヴォルク公爵家は、血が血なので代々恋愛結婚だが、そこはやはり貴族の家だ。しかも公爵家なので、いくらツガイ主義の血統だと言え、変な者を家に入れるわけにはいかない。しっかりと後継者たるツガイを見定めるのも、公爵夫人の役目の一つだ。
だからこそ、少しばかり分かりにくいように突いてやった。その結果、誠にはしっかりと惚気られたし、こっちが試していると気付かれただろう。けれど親であるスカーレットにそのことで噛み付くことはなかった。嫁姑問題を上手く回避できる頭があったので、スカーレットとしては合格点をあげたい。
噛み付いたのは、むしろ息子の方だ。ベタ惚れだったのが分かった。
「しっかしよぉ」
「何です?」
「俺のツガイ持ちの息子達って、優秀なんだけどツガイにベタ惚れ過ぎなんじゃねえか?」
「…アレクセイ様はまだこの目で見ていないので何とも言えませんが、フレデリク様はそうですね」
「だろ?やっぱ長男も、ヴォルクの家の子だな」
「ですね。まだ王家から何か?」
「あ?ああ。未だに弟を返してくれって、あの甘ちゃんが五月蝿ぇの何のって。ばっかじゃねぇの。あれは俺の息子なんだ。誰が返すか。しかも嫁のローゼスは可愛いし。死んでも嫌だね」
スカーレットは怒りがぶり返してきたのか、持っていた帳簿には皺が寄っていた。
自分の腹を痛めなかったが、フレデリクはれっきとした自分の子供だ。ちょっとばかり、王位継承権を持っているだけの、自分の子供なのだ。
ヴォルク家はツガイに対しての執着が酷い。そして一族の団結力も強いし、家族愛も深い。
相手が王家であれ誰であれ、自分の家族に害なす相手は徹底的に叩き潰すのみだ。
「…俺もヴォルクの一員だってことだな」
「何を今更。スカーレット様の気質は、間違いなくヴォルク公爵家のそれですよ。それに、ご実家の侯爵家を数代辿ればヴォルク公爵家の方が婿入りされてますし」
「あー…だなぁ。本当に、厄介な血だな」
「でも、お好きなんでしょう?旦那様も、ヴォルク公爵家も」
「…だな。はー…新しい息子かぁ。良い響きだな。あ…」
楽しすぎて忘れるところだった。スカーレットは帳簿の皺を伸ばしながら、部下に伝えた。
「マコトが…ああ、新しい息子の名前はマコトって言うんだけどよ。ソイツ、今度うちに呼ぶから、別館に招けるように準備しといて」
「かしこまりました。けど、本館ではなくて別館ですか?」
「ああ。厨房を使いたいんだとよ。後で俺にも食べさせてもらう約束してんだ」
「ふむ…。そのマコト様は、料理人ですか?」
「いや?実家のカフェで働いていた時は、菓子をメインに作ってたんだと。でもアレクセイ達は一月近く、マコトの飯を食ってたらしい。絶品だとよ。ほら、マコトが作った菓子だ。食ってみろ」
そう言ってスカーレットは誠に渡された紙袋の一つを部下に渡した。
中身はショートブレッドだ。この場にコーヒーは無いのだが、そのままでも十分美味しかった。きっと部下は気にいるはずだとスカーレットは確信していた。
「…これは」
「美味いだろ?ああ、この菓子の件は、他言無用な。アレクセイは何か小難しいこと並べてたが、ありゃ何かあるな。ちょっと ばかしピリピリしてた。親の目は誤魔化せないぜ」
「分かりました。ここだけの話ですね」
「ああ。残りはやるが、絶対に他のやつに見られないようにしろよ。それと、そのショートブレッドはコーヒーか甘口のワインに浸して食べると美味しいんだとよ。俺はコーヒーで試したが、確かに美味かった」
「ありがとうございます。夕食後にどちらも試してみます」
部下はサッと紙袋の口を折って、自分のマジックバッグにしまった。
馬車はまだ動いている。スカーレットは目的地に到着するまで、アレクセイと新しい息子についてのことを嬉しそうに部下に話していた。
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