98 / 150
ショコラの接吻
04 ー 亜種
しおりを挟む
お互いに礼を言い合い、カージナルはそこで別れた。
誠はアレクセイに連れられ、今度こそ魔道具店に向かっていた。
「しっかしさぁ…」
訓練中も団員達の視線は感じていた。敷地内を出て、やっと解放されたことに誠は息を吐く。
「何だ?」
「カージナルだよ。何かすぐ餌付けされてたけど、大丈夫なのか?」
第三部隊は、諜報活動がメインの部隊だ。美味しい物につられて仕事を満足にこなせるのか。誠はカージナルを心配していたが、どうやら要らぬお節介だったようだ。
「ああ。アイツは兄上の子飼いだからな。あれでも優秀なんだよ」
「あれでも…」
「あそこまで懐くとは思わなかったが、多分マコトだからじゃないか?手合わせをしている間に、君を心から認めたんだと思う。本来は警戒心が強い奴らだからな」
「そうなんだ。何かちょっと嬉しいね」
よく「可愛いは正義」だと言うが、その通りだと思う。それに、実家の近くの野良猫には避けられていたのだ。ローゼスに続き、猫と仲良くなれた誠の機嫌は上向きになっていた。
段々と空の色がオレンジへと変わる時間になると、大通りは人が溢れてくる。空の買い物籠を持って夕飯の買い物に行く者や、今日の成果を携えた冒険者の姿が多くなってくるのだ。
その人波をすり抜けるように、アレクセイは誠をエスコートしていた。そして人通りが少ない職人街に並ぶ店の一つに入った。
カランカランと、ドアに取り付けられているベルが店内に響く。中には数人、冒険者の姿があった。雑貨店のようにいろいろな商品が並べられているが、店内は思ったよりも狭くない。
「先にマジックバッグを見ようか?それとも、店内を一周しようか」
さすがアレクセイは分かっているのか、誠の腰を抱いたまま聞いてくる。ありがたくその提案に乗ることにして、誠は棚の端から商品を見ることにした。
駄菓子屋に並んでいそうな玩具やら謎の粉、大型のよく分からない道具まで並んでいるので、見ていても飽きがこない。棚の一角には錬金術に使う道具が並んでいたので、ずっと保留にしていたポーション作りに必要な物を物色していると、アレクセイも興味深そうに一緒に見てきた。
「アレクセイも、ポーション作りに興味あんの?」
「いや。調理道具に似ているなと思ってな」
「確かに」
材料をすり潰す棒や、かき混ぜる用の柄の長いスプーン、鍋などは、厨房や家庭のキッチンにあってもおかしくはない。
「錬金術はキッチンから生まれたって言うし、だからじゃないかな?」
「そう言えば、そんな言葉があるな。けれどマコトは錬金術師じゃなくても、厨房で魔法を使っているぞ」
「…それくらい美味いってこと?」
「もちろん」
嬉しい褒め言葉だ。クスクスと笑い合いながら、誠は道具を選んでいた。
本当はキッチン用品で代用しようと思っていたのだが、せっかく魔道具店に来たのだ。ポーション用の道具なら安価なので、一セットは買っておいても損はないだろう。
選び終えると、次は本命のマジックバッグだ。マジックバッグは店員が居るカウンターの向こうの壁に並べられていた。
「すまないが、時間停止の付与が無いマジックバッグはどれだろうか」
「付与が無い物でしたら、下の二列がそうです」
「そうか。ありがとう」
アレクセイに礼を言われた店員は、頬を染めていた。もう誠の方を向いているアレクセイは気付いていなかった。
ツガイ以外には興味はない。そう言外に表しているようで、店員には悪いが誠は嬉しく思っていた。
「…マコト、選ばないのか?」
「いや…うん、選ぶけど」
「君が好きそうなのは…あの右の黒いのか?あれはブラックブルの革だろうな。けれど、料理に使うのなら、汚れても気にならない素材の方が良いのか?」
どうやらアレクセイは、段々と誠の好みを把握しているようだ。確かにあの巾着の革は好みだ。
「んー…そうだね。それがネックなんだよなぁ」
かと言って、木綿や麻の巾着やポーチは好みの色ではない。少し妥協すれば良い話なのだが、マジックバッグは高価らしいので、それも勿体無いと思ってしまう。
「ぐぬぬ…」
「マコト。迷っているなら、次の手を打とうか」
「次の手って…ああ、アレクセイの」
近くに店員が居るので他所の店の話を出さなかったが、どうやら当たったようだ。アレクセイは小さく頷くと、誠が持っていた道具を店員に渡した。
「会計を頼む」
「え…アレクセイ?」
アレクセイはスクエアポーチから自らの巾着を取り出した。そしてウインクを一つ。
「俺に贈らせてもらえないか」
「いや、でも…」
「いいから」
アレクセイはさっさと支払ってしまうと、誠に渡した。
「…ありがと」
「ああ」
会計の時に俺が、いや私がというやり取りはスマートではないのでこの場はアレクセイに譲ったが、奢られっぱなしも性に合わない。
ここは一旦引くことにするが、誠は何かアレクセイが驚くような物をプレゼントしようと密かに誓っていた。
地球には無い魔道具店でかなり過ごしてしまったので、店を出るとすっかり日が暮れていた。朝に立てた予定通り、騎士団の寮の食堂で夕飯を食べることになったのだが、並んでいた料理は朝食よりも肉の種類と量が増えていた。
アレクセイと分け合ったので、全種類少量ずつ食べることができたのだが、食堂を出た誠は微妙な表情を浮かべていた。
「明日は宿の朝食にするか?」
誠の顔を覗きながらアレクセイが聞いてきたので、誠は大きく頷いた。高級宿だが、朝からスパイスがしっかり効いた肉料理は出ないだろう。
部屋に戻ってぐったりとソファに座っていると、側を離れていたアレクセイがティーセットを乗せたトレーを持って誠の隣に座った。
「ありがと」
「ああ。しかし、今日は疲れたな。もう少しゆっくりできると思っていたんだが」
「…だねぇ。まさか亜種に遭遇するとは」
思い返せば、何とも濃い一日だった。定住する前に今後の予定が決まったが、アレクセイと一緒だし手助けができるのだ。しかも手付金まで貰えたので、誠としては何も言うことは無い。
けれど一つだけ言えば、そろそろスイーツを作りたいところではある。
やっと飲み頃になったハーブティーを口に含むと、ミントの爽やかな香りが駆け抜けた。
「美味しい」
「良かった。マコトがハーブティーも好むと伝えたら、ローゼスが渡してきたんだ。菓子の礼だそうだ」
アレクセイはスクエアポーチから茶葉が入った瓶を取り出すと、誠の前に置いた。
「そうなの?別に良いのに」
「いや、貰ってばかりだと気にしていたからな」
「そうだったかな?…あ、良い香り」
蓋を開けて鼻を近付けると、ミントの爽やかな香りが鼻を抜ける。肉を食べた後なので、清涼感溢れる香りは大歓迎だ。
誠は蓋を閉めると、バッグにしまった。
「しっかし、直接俺に渡しゃ良いのに。どんだけツンデレなんだよ」
「褒められると弱いタイプだからな。まぁ…察してやってくれ」
「でも、そんなローゼスでもオニーチャンはニヤニヤしながら見てそう」
「見ているぞ。兄上は性格が悪いからな」
本人が居ても居なくても、アレクセイはフレデリクに対して辛辣な時がある。誠はその言い方が面白くて、くつくつと笑ってしまった。
そしてカップを置いて、向き合う。
「…あのさぁ。ちょっとお願いがあるんだけど」
前々から気になっていたことだ。改めてアレクセイに頼むことではないのかもしれないが、ずっとそうしたいと思っていたことだ。
アレクセイなら断らないと分かっていても、少しだけ誠は緊張していた。
「何だ?俺にできることなら、何でも叶えるが…」
「うん…。アレクセイの尻尾の手入れ、させてくんないかな」
「俺の?してくれるのか?」
「もちろん」
そう言うと、アレクセイの尾は盛大に揺れた。
そんなに嬉しいのかと思ったが、獣人は尾の手入れをし合えるのが良いツガイだと言われているそうだ。お互いの大事な体の部分を預けられる。つまりは、信頼関係がしっかり築けているという解釈らしい。
それならと、誠は自分の耳と尾を出して、そのうちの一本をアレクセイの腕に絡める。
「狐の尾なのに、器用なんだな」
「ま、妖狐ですから」
誠は早速、バッグの中から椿油と専用のブラシを取り出した。
「楽しそうだな」
尾を触りやすいように、アレクセイは誠の膝の上に乗せた。
「ん?そりゃ、もう。だってこんな綺麗な銀色だし、ふわっふわじゃん。もう一目惚れだったね」
「マコトが惚れたのは、俺の尻尾だけか?」
アレクセイはわざと誠の耳元で囁くように言う。人型をとっていても、本来の姿に戻っても、耳が自分の弱点だということはアレクセイにバレている。それに、その声も好きだということもそうだろう。
耳を押さえながらアレクセイを見ると、少し意地悪な銀狼の口角は片方だけ上がっていた。
「もう…!」
誠はぷりぷりと怒ったふりをしながら、アレクセイの尾にブラシを通した。
いつ見ても立派な尾だ。狼は種類によって尾のふさふさ具合が違うが、アレクセイは誠にとって、理想のふさふさだ。シンリンオオカミに近いのかもしれない。
朝、適当にブラシを通しているのを何度か見たが、それだけでこの艶とボリュームなのだ。しっかりと手入れをすれば、どれほどになるのかと何度思ったことだろう。
誠が尾の手入れをしている間、アレクセイは誠の尾で遊んでいた。猫のように器用に動くさまが、珍しいのだろう。
仕上げの椿油を薄く伸ばして丁寧に塗り込めると、アレクセイの尾の輝きは違って見えた。さすがは牡丹御用達のオイルだ。諏訪が作っているのだから、高級オイルとは訳が違う。塗っても一切ベトつかず、すぐさま傷んだ毛を修復させて艶やかな輝きを放つという一品なのだ。
思わず頬擦りしたくなるのを堪え、誠は仕上がりを確認してもらった。
「…凄いな。自分の尻尾なのに、別人のような気がする」
「だろ?恰好良い尻尾だなぁ」
見惚れながら尾を撫でていると、誠の体は宙に浮いた。そして下ろされた先は、アレクセイの膝の上だった。
「ありがとう、マコト。この礼はしっかりしないとな」
不敵に笑ったアレクセイの顔に見惚れてしまったが、アイスブルーの瞳はギラギラと煌めいている。どうやら変なスイッチを押してしまったようだ。
逃げようとしたが、がっちりと腰を抱かれているので立ち上がることすらできない。
「九本もあるんだから、手入れが大変そうだな。俺がしっかり手入れしてやるから、心配しなくて良い」
いや、目が怖いんですけど。
そんな台詞は、アレクセイが根本からねっとりと撫であげたせいで消えてしまった。誠は声にならない悲鳴を上げながら、愛撫に近い手入れが終わるまで、アレクセイから解放されることはなかった。
誠はアレクセイに連れられ、今度こそ魔道具店に向かっていた。
「しっかしさぁ…」
訓練中も団員達の視線は感じていた。敷地内を出て、やっと解放されたことに誠は息を吐く。
「何だ?」
「カージナルだよ。何かすぐ餌付けされてたけど、大丈夫なのか?」
第三部隊は、諜報活動がメインの部隊だ。美味しい物につられて仕事を満足にこなせるのか。誠はカージナルを心配していたが、どうやら要らぬお節介だったようだ。
「ああ。アイツは兄上の子飼いだからな。あれでも優秀なんだよ」
「あれでも…」
「あそこまで懐くとは思わなかったが、多分マコトだからじゃないか?手合わせをしている間に、君を心から認めたんだと思う。本来は警戒心が強い奴らだからな」
「そうなんだ。何かちょっと嬉しいね」
よく「可愛いは正義」だと言うが、その通りだと思う。それに、実家の近くの野良猫には避けられていたのだ。ローゼスに続き、猫と仲良くなれた誠の機嫌は上向きになっていた。
段々と空の色がオレンジへと変わる時間になると、大通りは人が溢れてくる。空の買い物籠を持って夕飯の買い物に行く者や、今日の成果を携えた冒険者の姿が多くなってくるのだ。
その人波をすり抜けるように、アレクセイは誠をエスコートしていた。そして人通りが少ない職人街に並ぶ店の一つに入った。
カランカランと、ドアに取り付けられているベルが店内に響く。中には数人、冒険者の姿があった。雑貨店のようにいろいろな商品が並べられているが、店内は思ったよりも狭くない。
「先にマジックバッグを見ようか?それとも、店内を一周しようか」
さすがアレクセイは分かっているのか、誠の腰を抱いたまま聞いてくる。ありがたくその提案に乗ることにして、誠は棚の端から商品を見ることにした。
駄菓子屋に並んでいそうな玩具やら謎の粉、大型のよく分からない道具まで並んでいるので、見ていても飽きがこない。棚の一角には錬金術に使う道具が並んでいたので、ずっと保留にしていたポーション作りに必要な物を物色していると、アレクセイも興味深そうに一緒に見てきた。
「アレクセイも、ポーション作りに興味あんの?」
「いや。調理道具に似ているなと思ってな」
「確かに」
材料をすり潰す棒や、かき混ぜる用の柄の長いスプーン、鍋などは、厨房や家庭のキッチンにあってもおかしくはない。
「錬金術はキッチンから生まれたって言うし、だからじゃないかな?」
「そう言えば、そんな言葉があるな。けれどマコトは錬金術師じゃなくても、厨房で魔法を使っているぞ」
「…それくらい美味いってこと?」
「もちろん」
嬉しい褒め言葉だ。クスクスと笑い合いながら、誠は道具を選んでいた。
本当はキッチン用品で代用しようと思っていたのだが、せっかく魔道具店に来たのだ。ポーション用の道具なら安価なので、一セットは買っておいても損はないだろう。
選び終えると、次は本命のマジックバッグだ。マジックバッグは店員が居るカウンターの向こうの壁に並べられていた。
「すまないが、時間停止の付与が無いマジックバッグはどれだろうか」
「付与が無い物でしたら、下の二列がそうです」
「そうか。ありがとう」
アレクセイに礼を言われた店員は、頬を染めていた。もう誠の方を向いているアレクセイは気付いていなかった。
ツガイ以外には興味はない。そう言外に表しているようで、店員には悪いが誠は嬉しく思っていた。
「…マコト、選ばないのか?」
「いや…うん、選ぶけど」
「君が好きそうなのは…あの右の黒いのか?あれはブラックブルの革だろうな。けれど、料理に使うのなら、汚れても気にならない素材の方が良いのか?」
どうやらアレクセイは、段々と誠の好みを把握しているようだ。確かにあの巾着の革は好みだ。
「んー…そうだね。それがネックなんだよなぁ」
かと言って、木綿や麻の巾着やポーチは好みの色ではない。少し妥協すれば良い話なのだが、マジックバッグは高価らしいので、それも勿体無いと思ってしまう。
「ぐぬぬ…」
「マコト。迷っているなら、次の手を打とうか」
「次の手って…ああ、アレクセイの」
近くに店員が居るので他所の店の話を出さなかったが、どうやら当たったようだ。アレクセイは小さく頷くと、誠が持っていた道具を店員に渡した。
「会計を頼む」
「え…アレクセイ?」
アレクセイはスクエアポーチから自らの巾着を取り出した。そしてウインクを一つ。
「俺に贈らせてもらえないか」
「いや、でも…」
「いいから」
アレクセイはさっさと支払ってしまうと、誠に渡した。
「…ありがと」
「ああ」
会計の時に俺が、いや私がというやり取りはスマートではないのでこの場はアレクセイに譲ったが、奢られっぱなしも性に合わない。
ここは一旦引くことにするが、誠は何かアレクセイが驚くような物をプレゼントしようと密かに誓っていた。
地球には無い魔道具店でかなり過ごしてしまったので、店を出るとすっかり日が暮れていた。朝に立てた予定通り、騎士団の寮の食堂で夕飯を食べることになったのだが、並んでいた料理は朝食よりも肉の種類と量が増えていた。
アレクセイと分け合ったので、全種類少量ずつ食べることができたのだが、食堂を出た誠は微妙な表情を浮かべていた。
「明日は宿の朝食にするか?」
誠の顔を覗きながらアレクセイが聞いてきたので、誠は大きく頷いた。高級宿だが、朝からスパイスがしっかり効いた肉料理は出ないだろう。
部屋に戻ってぐったりとソファに座っていると、側を離れていたアレクセイがティーセットを乗せたトレーを持って誠の隣に座った。
「ありがと」
「ああ。しかし、今日は疲れたな。もう少しゆっくりできると思っていたんだが」
「…だねぇ。まさか亜種に遭遇するとは」
思い返せば、何とも濃い一日だった。定住する前に今後の予定が決まったが、アレクセイと一緒だし手助けができるのだ。しかも手付金まで貰えたので、誠としては何も言うことは無い。
けれど一つだけ言えば、そろそろスイーツを作りたいところではある。
やっと飲み頃になったハーブティーを口に含むと、ミントの爽やかな香りが駆け抜けた。
「美味しい」
「良かった。マコトがハーブティーも好むと伝えたら、ローゼスが渡してきたんだ。菓子の礼だそうだ」
アレクセイはスクエアポーチから茶葉が入った瓶を取り出すと、誠の前に置いた。
「そうなの?別に良いのに」
「いや、貰ってばかりだと気にしていたからな」
「そうだったかな?…あ、良い香り」
蓋を開けて鼻を近付けると、ミントの爽やかな香りが鼻を抜ける。肉を食べた後なので、清涼感溢れる香りは大歓迎だ。
誠は蓋を閉めると、バッグにしまった。
「しっかし、直接俺に渡しゃ良いのに。どんだけツンデレなんだよ」
「褒められると弱いタイプだからな。まぁ…察してやってくれ」
「でも、そんなローゼスでもオニーチャンはニヤニヤしながら見てそう」
「見ているぞ。兄上は性格が悪いからな」
本人が居ても居なくても、アレクセイはフレデリクに対して辛辣な時がある。誠はその言い方が面白くて、くつくつと笑ってしまった。
そしてカップを置いて、向き合う。
「…あのさぁ。ちょっとお願いがあるんだけど」
前々から気になっていたことだ。改めてアレクセイに頼むことではないのかもしれないが、ずっとそうしたいと思っていたことだ。
アレクセイなら断らないと分かっていても、少しだけ誠は緊張していた。
「何だ?俺にできることなら、何でも叶えるが…」
「うん…。アレクセイの尻尾の手入れ、させてくんないかな」
「俺の?してくれるのか?」
「もちろん」
そう言うと、アレクセイの尾は盛大に揺れた。
そんなに嬉しいのかと思ったが、獣人は尾の手入れをし合えるのが良いツガイだと言われているそうだ。お互いの大事な体の部分を預けられる。つまりは、信頼関係がしっかり築けているという解釈らしい。
それならと、誠は自分の耳と尾を出して、そのうちの一本をアレクセイの腕に絡める。
「狐の尾なのに、器用なんだな」
「ま、妖狐ですから」
誠は早速、バッグの中から椿油と専用のブラシを取り出した。
「楽しそうだな」
尾を触りやすいように、アレクセイは誠の膝の上に乗せた。
「ん?そりゃ、もう。だってこんな綺麗な銀色だし、ふわっふわじゃん。もう一目惚れだったね」
「マコトが惚れたのは、俺の尻尾だけか?」
アレクセイはわざと誠の耳元で囁くように言う。人型をとっていても、本来の姿に戻っても、耳が自分の弱点だということはアレクセイにバレている。それに、その声も好きだということもそうだろう。
耳を押さえながらアレクセイを見ると、少し意地悪な銀狼の口角は片方だけ上がっていた。
「もう…!」
誠はぷりぷりと怒ったふりをしながら、アレクセイの尾にブラシを通した。
いつ見ても立派な尾だ。狼は種類によって尾のふさふさ具合が違うが、アレクセイは誠にとって、理想のふさふさだ。シンリンオオカミに近いのかもしれない。
朝、適当にブラシを通しているのを何度か見たが、それだけでこの艶とボリュームなのだ。しっかりと手入れをすれば、どれほどになるのかと何度思ったことだろう。
誠が尾の手入れをしている間、アレクセイは誠の尾で遊んでいた。猫のように器用に動くさまが、珍しいのだろう。
仕上げの椿油を薄く伸ばして丁寧に塗り込めると、アレクセイの尾の輝きは違って見えた。さすがは牡丹御用達のオイルだ。諏訪が作っているのだから、高級オイルとは訳が違う。塗っても一切ベトつかず、すぐさま傷んだ毛を修復させて艶やかな輝きを放つという一品なのだ。
思わず頬擦りしたくなるのを堪え、誠は仕上がりを確認してもらった。
「…凄いな。自分の尻尾なのに、別人のような気がする」
「だろ?恰好良い尻尾だなぁ」
見惚れながら尾を撫でていると、誠の体は宙に浮いた。そして下ろされた先は、アレクセイの膝の上だった。
「ありがとう、マコト。この礼はしっかりしないとな」
不敵に笑ったアレクセイの顔に見惚れてしまったが、アイスブルーの瞳はギラギラと煌めいている。どうやら変なスイッチを押してしまったようだ。
逃げようとしたが、がっちりと腰を抱かれているので立ち上がることすらできない。
「九本もあるんだから、手入れが大変そうだな。俺がしっかり手入れしてやるから、心配しなくて良い」
いや、目が怖いんですけど。
そんな台詞は、アレクセイが根本からねっとりと撫であげたせいで消えてしまった。誠は声にならない悲鳴を上げながら、愛撫に近い手入れが終わるまで、アレクセイから解放されることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
大嫌いなこの世界で
十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。
豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。
昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、
母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。
そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる