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ショコラの接吻
02.75 ー 亜種
しおりを挟む誠達が退室すると、フレデリクは椅子に深く座り直してカップに残っていた紅茶を飲み干した。
彼らを見送っていたローゼスが隣に戻ると、フレデリクは足を少し広げ、自らの膝を叩く。
「ローゼス」
自分が何を言わんとするか分かったのか、ローゼスは戸惑っている。職務に忠実なのは良いことなのだが、だからこそ彼を少し困らせたくなる。フレデリクは、ローゼスのどんな表情も好きなのだ。
「…数時間後に、座らせてもらいます」
「それは困るな。私は足が寒いのだよ」
「それなら膝掛けを…」
「ローゼス」
スクエアポーチに手をかけたローゼスを、名前を呼ぶことで制する。こうなると、誰もフレデリクを止められる者は居ない。ローゼスは諦めて、フレデリクの膝に座ることにした。
体重をかけないようにちょこんと座るローゼスを抱きしめ、しっかりと座らせる。自分よりも遥かに軽く細身だ。全身で寄りかかられてもびくともしないのに、ローゼスは毎回遠慮している。フレデリクはそれが寂しくもあり、だからこそもっと甘やかしたくなる。
「良い子だ」
「フレデリク様…」
暫くローゼスの髪を手で梳いてやる。お互い猫科なので、こうしたグルーミングは重要だ。時折、髪や頬にフレデリクがキスを落とす度に、ローゼスの頬はピンクに染まる。
地上に落ちてきた天使。
ローゼスのことを、そう呼ぶ者達が居る。けれどフレデリクは己のツガイを月だと言う。夜の色を纏うフレデリクと、月の色をしているローゼス。
全てが正反対の色だ。だからこそ、フレデリクがローゼスの隣に並ぶと、その黒色が目立ち、反対にローゼスは真珠のような髪色と薄い金色の毛並みが輝いて見える。
この世では、フレデリクのように体に黒か白一色を纏う者が生まれることは稀だ。黒豹やホワイトライオンの獣人がそれにあたる。
古代からそれらの獣人は、吉兆の現れや神の失敗作などと呼ばれ、差別を受けてきた経歴があった。今では教会によって、なぜか「神の使者」という扱いになっているが、そんなことはフレデリクにとっては、どうでも良い。
ただただ、己の手にローゼスが居るか居ないか。重要なことは、それだけだ。
十分にローゼスの体温を堪能すると、フレデリクはスクエアポーチの中から一冊の古い書籍を取り出し、テーブルに置いた。
「それは?」
「教会の、隠された真実。…と言ったら、どうするかね」
見てみなさい。と、フレデリクはローゼスに渡した。
ローゼスは恐る恐るページを捲る。随分と紙が痛み、掠れている文字はあるものの、読めないことはない。
「この本は写本だが、教会が設立されたばかりの頃、祭壇に突如として置かれてあったそうだ。神による、予言の書といったところか。いくつかの事柄は当たっているらしい。そして今後起こるとされているのが、ここの部分だ」
フレデリクは何枚か捲ると、目的の部分を見せた。
「これは…詩ですか。散文?」
その部分だけ、飾り文字になっていた。
「"そこには、何も無かった。種を植えよう。肥料を与えよう。水を与えよう。全ては君から始まった。全ては森から始まった。寂しいのなら、彼ら四匹を与えよう"…フレデリク様、この文は一体…」
途中まで声に出して読んでいたローゼスは中断すると、フレデリクを見上げた。
フレデリクも、何度も読んだ文だ。散文になっているので、どうとでも解釈ができる。その解釈は教会内でもいくつかあり、その数だけ派閥ができていると耳にしたことがある。
「不完全な写本は出回っているが、この文こそ教会が一番隠したがっている箇所だ。完全な写本は数冊しか現存していないようでね。そのうちの一冊が、これだ」
「どうしてこんな本を…いえ、失礼しました」
フレデリクは、ローゼスを見つめている。その視線だけで自分が答えたくないのが分かったローゼスは、そのまま引き下がった。長年の付き合いから、フレデリクが絶対に答えないと分かっているのだ。
「そうだ。いくら君でも、それは知る必要はない。誰かに聞かれたら、知らなかった。そう答えるんだ」
「フレデリク様…でも…」
「いいね、ローゼス。くだらない秘密は、私だけが持っていれば良いんだ。私は王弟だからね、陛下以外、誰も私を罰することはできないんだよ」
「それは分かっています。でも、僕にも貴方の苦労を分けてください」
「嫌だ…と言ったら?」
フレデリクはローゼスの唇に指を滑らせた。
気高い精神を持とうと常に心がけている、愛しいツガイ。だからこそ、闇よりも暗い物には触れて欲しくないというのは、フレデリクの我儘だ。
ローゼスの尾を自分の尾で絡めながら、フレデリクは小さな溜息を吐いた。これから起こるであろう事柄が大き過ぎるからだ。
「フレデリク様?」
「いや、なに。これから私は、アレクセイに嫌われる覚悟をしないといけないものでな」
「先輩に…ですか?何をしたんです」
「何をと言うか…何も。いや、黙っているから…かな」
見た前。そう言ってフレデリクは、散文の後半部分を指した。
『君、願う。星よ。流星よ。
君の憂いを取り除いておくれ。森の悲鳴を聞いておくれ。
君が与えた三つの宝物よ。
彼らを脅かす、異端の生き物よ。
星よ。君は星に託す。
最後には、湖に沈むだろう。星が、沈むだろう。そしてまた君の世が続く。』
「これをローゼスは、どう解釈する?」
「どう、と言われても…"森"は、はじまりの森ですよね。"三つの宝物"って何だろう。"湖"は、はじまりの森にある、メテオリート湖のことでしょうか?」
ローゼスは眉を寄せて真剣に考えたが、分からなかったようだ。読めば読むほど、答えが遠のく。そんな散文だからだ。
「どの解釈も、"森"と"湖"は、はじまりの森とメテオリート湖だと言っている。私もそう思う。そして"三つの宝物"とは、昔、この国の前にあった国の話を知っているかね」
「はい。ナチャーロという国ですよね」
「そうだ。その国の逸話で、神から三つの神器が下賜されたというものがある。三つの宝物というのは、おそらくそれだろう」
ローゼスが知らないのも無理はない。この国がたいらげた過去の国の話だ。教会の地下深くにかろうじて文献が残っているか、王宮の図書室の奥深く、禁書に指定されている棚に数冊あるだけだからだ。
どれも、おいそれと読むことはできない。フレデリクでさえ、司書の目を盗んでやっと読んだくらいなのだ。
「その三つの神器は、剣、盃、指輪だそうだ」
「剣、盃、指輪…もしかして…」
ローゼスは何かに弾かれたように顔を上げる。その顔は、真っ白になっていた。
「ああ。もしかしたら、その剣は先日の魔剣じゃないかと推測できる。瘴気にあてられた剣は、時として魔剣となるのは知っているな?けれどセーヴィルで見つかった剣は、今までの比ではなかった」
「だから、逸話の剣は先日の魔剣ではないかと…?じゃあ、この秋に入ってからの異変は…」
「杞憂だと良いのだがね。"異端の生き物"が頻繁に出現している亜種だとすると、この散文が当てはまる時期が来たのかもしれん」
「だとしたら、これから見つかるかもしれない盃も指輪も、あの魔剣と同じくらいの瘴気に当てられている可能性があるってことですよね。マコトがそれらと対峙することもあるってことですよね」
あの魔剣は、たまたま彼らが移動できる距離に居たから対処させた。おそらくフレデリクは、これから同じようなことが起こっても、誠達に対処させるだろう。それだけの力があると、分かったからだ。
「…私は王都騎士団の第一部隊、部隊長だ。そして王弟だ。どちらの立場としても、 民を守らなければならないんだよ」
「でも…でも、マコトには関係ありません」
「けれど、アレクセイのツガイだ」
「それでも…!」
ローゼスの声は、悲鳴混じりになった。
辛いのだろう。それはフレデリクにも分かる。先程同じような内容でアレクセイに責められた時に、ローゼスは己の副官としての立場を尊重して黙っていた。けれど今は、フレデリクの隠していた思惑を責めている。それは、誠の友人としての立場から。
それでも。それでも、私情を捨てて守らなければならないものがあるのだ。
「…できる限りのサポートをするつもりだ」
「だから…先輩に嫌われる覚悟を、と?」
「ああ。このことをあの子に言えば、絶対にマコトを隠すだろう。そうすると、どうなる。単騎で…いや、あの子の小班が残りの二つと対峙することになる。私は、自分の家族を見殺しにはできんのだよ」
「…マコトも、もうすぐ家族になりますよ」
「そうだな。だから困っているんだ。アレクセイ一人なら、死ぬ可能性が高い。マコトと二人なら、生きる可能性が高い」
セーヴィルにこれまでにない規模の魔剣が見つかり、そしてアレクセイの命が尽きかけた。その知らせを聞いた時、フレデリクは人生で一、二を争うほど取り乱してしまった。もうあんな知らせは、二度と聞きたくない。
そして大事な弟を救ったのはマコトで、弟のツガイで、そして面白いと思えた人物だ。義理の弟になる。また自分の宝物が増えるのだ。こんなに嬉しいことはないのだが、それと同時に命の危険を伴う戦いに出さねばならない。
「ローゼス。私は欲張りだ。君を傷つけたくない。弟も、そのツガイも無事に戻ってきてほしい。けれど国が…民が大事なんだ」
普段は尊大な態度を見せているフレデリクだが、ローゼスにだけは一番弱い部分を見せられる。それだけ大切なのだ。そして、自分の半身なのだ。
ローゼスは何も言わず、フレデリクの頭を撫でた。
「…先輩に怒られる時は、僕も一緒です」
「それは困るな。あの子の説教は長い。それにこんな美人で可愛い子にも、平気で拳骨を落とすからな」
フレデリクは軽口を叩いたが、ローゼスの首元に額をつけていたので、その表情はローゼスには見えなかった。いや、見せなかったと言った方が正しいだろう。
守りたい者が居ると、人は強くなれる。けれど守らなければならない者が多いと、身動きが取れなくなる場合もある。
フレデリクは、そんな己が情けなかった。自分はアレクセイの兄で、誠の義兄となる予定なのに。
「…だったら、最高のお膳立てをするまでだ」
呟いた声は、ローゼスだけが聞いていた。
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