神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

03 ー 王都へ

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「そう言えば、パン作りは順調か?何か分からないことあったら、教えるけど」

 シンクにもたれかかりながら、誠は聞いた。

「いや、大丈夫だ。パン作りも酵母の育ちも順調だ。毎朝、美味しいパンをフレデリク様に食べてもらっている」

 嬉しそうにふんわりと笑うローゼスを見ると、その通りなのだろう。作り方も漏洩しないように、酵母はしっかり鍵をかけた自室で育て、パンは調理人が帰った後の厨房で作っているそうだ。
 何とも涙ぐましい努力だが、そこまで徹底して約束を守ってくれているのが嬉しかった。けれど嬉しいことは更に続いた。

「あと、これ。受け取ってほしい」

 スクエアポーチから取り出した、掌に収まるサイズの薄い木箱をずいっと押しつけられた。咄嗟に受け取ってしまったが、その軽さに首を傾げる。小さな桐箱に似ているが、綺麗な木目の邪魔にならないような彫刻が蓋の縁に施されていた。

「何これ。開けても良い?」
「ああ。主にフレデリク様からだけど、僕も一緒に考えたんだからな」

 少し唇を尖らせたローゼスは、そう言いながら腰に手を当てて胸を外らせているが、顔はそっぽを向いている。
 お前はツンデレキャラか。
 誠は訝しがりながらも箱を開けた。そこには、王冠を被り横たわった黒豹をモチーフにしたバッジが収められていた。しかも王冠部分には宝石が使われているのか、キラキラと光を反射している。
 サテン生地のクッションに包まれているので、黒豹が余計にふてぶてしく見えるのはなぜだろう。

「…オニーチャン?」

 しかも黒豹と言えば、フレデリクだ。ローゼスが持っているならまだしも、これを自分に渡される意味が分からない。
 誠が訝しんでいるのが分かったのか、ローゼスはまだ腰に手を当てたまま言った。

「このバッジは、フレデリク様、つまり王弟殿下御用達の印だ。これを屋台のエンブレムにつけておくだけで、信用度が上がるんだ。マコトはセーヴィルの港街で、先輩を広告代わりに使ったんだろう?それをフレデリク様から聞いたから、店の役に立つ物にしようと相談したんだ」
「マジか…。ありがと。でも、俺ってそんな信用あんの?」

 "王弟殿下の御用達"というパワーワードに面食らう。貴族制度に親しみの無い誠でも、それが芸能人御用達よりも重い言葉だということは分かる。
 確かに賄賂(現代日本で食べられる料理やスイーツ)は渡したが、果たして自分にその価値があるのかは不明だ。それが、フレデリクの弟であるアレクセイのツガイだとしても、だ。

「あるに決まっているだろう。班長にやっとできたツガイだってだけでも凄い存在なのに、あのフレデリク様が褒めるんだぞ。お前はもっと、自分のことを誇っても良いんだ」
「そうなの?付き合い短いし、話したのも数回なのにか?」

 真夜中の密談を含めても、片手で足りる程だと記憶している。それなのに、あの腹黒そうなショタコン帝王は自分を認めたということなのか。

「それだけで十分だろう。フレデリク様は、人を見る目は厳しいんだ。気に入らない相手は、どんな手を使っても破滅させることなんか朝飯前だ」

 朝飯前なのか。その様子がありありと想像できてしまい、誠は少しだけげんなりした。

「あー…うん。じゃあ、ありがたく頂戴します。オニーチャンとローゼスの信頼と二人の立場を傷つけないように、しっかりとした商いをします」
「ああ。あと、ついでにこれも貰ってくれれば良い」

 ローゼスは薄水色の包装紙に包まれた物を誠に渡す。持ってみると、軽めだし、くにゃりとしている。中身は何だろうか。

「開けても?」
「ああ。気に入らなければ、雑巾にでもすれば」

 誠を見ないようにしているローゼスだが、ツンデレ疑惑の「疑惑」が取れて、確信に変わった。
 ツンデレ最強時代はとっくに終わったと言うのに、さすが猫科と言うべきだろうか。似合い過ぎていて、指摘する気にもならない。
 誠は言われた通りに包みを開けた。中には服が入っていた。
 広げてみるとシンプルな黒いエプロンだったが、胸ポケットには銀の糸で狼の刺繍がされている。
 ローゼスは誠の様子をチラチラと伺いながら、手持ち無沙汰なのか今度は腕を組んだ。

「エプロンなら、何枚あっても困らないだろう」

 実は誠は、調理中にエプロンを着けていない。実家のカフェならコックコートに着替えているし、サロンも巻いている。それがキッチンでの制服だ。
 こちらに来てからは、いちいちそれに着替えるのが面倒臭いのでサロンだけは持ってきていたのだが、結局は使っていない。粉が舞うのでパン作りの時だけは使っていたが、エプロンをしていないのをローゼスは覚えていたのだろう。

「ありがとな。これからは、使わせてもらうよ」
「当たり前だ。特注だからな。高いんだぞ」
「そうなの?じゃあ、大事に使わないとな」

 ローゼス達の気持ちが、ただただ嬉しかった。服や持ち物には拘りがあるが、貰い物となると別だ。贈ってくれた者の気持ちがこもっているので、雑に扱うことを誠はよしとしていない。
 誠はそっと狼の刺繍を撫でると、大事にバッグにしまった。

「見てみろ、アレクセイ。子猫共が戯れているぞ」

 足音を立てずに来たのだろう。相変わらず気配が薄く、周りに溶け込ませている兄弟が、給湯室の入り口から誠達の様子を伺っていた。いつから見ていたのかは知らないが、フレデリクはニヤニヤと笑っている。

「ローゼス。君が譲らなかったエプロンは、ちゃんとマコトに渡せたのか?」
「なっ…!」

 フレデリクにバラされたローゼスは、一気に顔を赤くさせた。
 どうやら自分に渡す物を話し合った時に、何か役立つ物という意見は合致したが、何にするかで少しもめたらしい。フレデリクは自分の権威が及ぶ物を、ローゼスは普段使いができる物を。
 平民であるローゼスの方が誠の感覚に近いから、いきなり御用達の証を渡されても、荷が重いと感じるだろうと心配したそうだ。けれど今後のことを考えると、商業ギルドや高位貴族もおいそれと手を出せない王弟殿下の威光を見せびらかした方が良いとフレデリクに諭されたローゼスは、だったら実用的な物、つまりエプロンを個人的に用意したと言う。
 しかも王弟殿下御用達である、ヴォルク家の商会でだ。
 そこまでバラされたローゼスは、恥ずかしさのメーターが吹っ切れたのかフレデリクに猫パンチを繰り出しているが、子猫が戯れているとしか思っていないだろうフレデリクは嬉しそうだ。
 誠はアレクセイの側に寄り、「貰っちゃった」とローゼスに渡された二つを見せていた。

「良かったな。しかも銀狼の刺繍入りか」
「うん。これってアレクセイをモチーフにしたものだよな?」
「おそらく、そうだろう。…言おうかどうしようか迷っていたのだが、マコトの店のエンブレムも銀狼だろう?もしかして…」

 誠はアレクセイの疑問に答えなかった。軽い気持ちで選んだのだが、本人に指摘されると小っ恥ずかしい。
 無言は肯定だと捉えたアレクセイは、染まった頬を隠すように片手で口元を覆っていたが、銀色の尾は嬉しそうに揺れている。お互い隠し事が苦手なようだが、これからは似た者夫婦となっていくのだろうか。
 そう考えた誠は、この甘酸っぱい空気を払拭するために少し大きな声を出した。

「お茶請けの用意ができたから、席に戻ろう!」
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