神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

04 ー 港街

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 夜もすっかりふけた頃。誠はアレクセイを起こさないようにベッドから抜け出した。
 位置を確認して、闇から闇へと渡る。出現した部屋で眠る子猫にのみ結界を張ると同時に、鋭利な岩が誠に飛んで来た。
 全て風で包み、砂へと変えてしまうと、それらはサラサラと小さな音を立てながら消えてしまった。岩の出現場所では、アイスブルーの輝きが二つ、誠を狙い定めていた。

「いつかは来ると思っていたが、まさか今夜とはな」
「オニーチャン、どうも」

 誠は軽く手を上げて、ベッド近くのテーブルセットから椅子を引いて座った。フレデリクもそんな誠の様子に気を抜いたのか、ローゼスの顔を見てからゆっくりと起き上がった。

「ローゼスにかけているのは…結界か?」
「当たり。こんな夜中に起こすのも、可哀想でしょ」
「まったくだ。君はあのアレクセイが選ぶだけあるな」
「別に。普通だと思いますけど」

 誠に対して怒ることもなく、フレデリクはただただ感心しているようだ。アレクセイが言った通り、フレデリクの世界はヴォルク家の家族とローゼスで回っている。それを垣間見た気がした。

「それで?お兄ちゃんに、何を伝えに来たのだね?」

 ベッドの縁に座り直し、フレデリクは嫌味な程に長い足を組んだ。誠はマグカップにカフェオレを注ぎ、その一つを渡してやる。
 疑いもせずに受け取ったのは、自分を信じているのだろうか。

「…うん、美味いな」
「そりゃ、どうも」

 誠も一口飲むと、両手でマグカップを抱えた。

「アンタに聞きたいことがあるんですけど」
「おや。もう私のことは、お兄ちゃんと呼んでくれないのか」
「あれは冗談で呼んでるだけだっつーの。…ミョート村でアレクセイから伝言のこと、聞いたよ。アンタ、いつから俺が妖狐だって気付いてたんですか?」

 誠が真剣な表情になったのを見たフレデリクは、ふっと笑った。

「ヨウコ、というのが何かは知らんが、私は魔力が多い…いや、多過ぎるのでね。ヒトの纏っている魔力の流れが見えるのだよ。しかし君は魔力ではなく、何か別の力が流れていたのを見た。それが狐のような姿をとっていた。それだけだよ」
「え…じゃあ、俺が妖狐だってのは知らなかったのか。っつーか、もしかしてカマかけた?」
「ああ。それが何か?」

 フレデリクの言葉に、誠は思い切り顔をしかめる。やはりこの義兄は、一筋縄ではいかない人物だ。

「…まぁいいや。アンタには俺のことで、ちょっと働いてもらわないといけないんで」
「"料理番"のことだろう」

 この男は、どこまで自分のことを知っているのだろうか。警戒心が少し強まったが、アレクセイと同じ笑い方をするものだから、誠は自分でも知らないうちに体から力を抜いていた。

「なに、簡単な推理だよ。その料理番は、狐の化身だという情報があったからね。九本の尾を持つ君が、その狐の化身だと思っただけだ。それに、私達が知らない未知の料理を作れるんだ。結びつけるのは、そう難しいことではない」
「なるほど…。それで?アンタに頼んでも良いんですか?」
「勿論。それが君の願いであり、アレクセイの願いでもあるんだろう?教会側の傘下に入りたくないのなら、私が手を貸そう」
「…じゃあ、お願いします」

 頭を下げると、フレデリクはぐしゃぐしゃと誠の頭を撫で回した。

「任せておきなさい。君にはアレクセイの命を救ってもらった恩があるが…」
「ああ。それとこれとは別って話でしょ?礼だったら、ローゼスに甘い物を渡してやれってアレクセイに言われてるから」
「そうだ。あの子は私の全てでね。それに、妙に君にも懐いているようだし…それが少し妬けるがな」
「フハッ」

 大袈裟に表情を作ったフレデリクに、誠は吹き出してしまった。

「分かりました。今度会う時までに、たくさん作っておきますよ」
「ああ。ローゼスも喜ぶ」

 フレデリクは空にしたマグカップを誠に返し、そこで真夜中の会談は終了となった。誠は戻る時に、わざとフレデリクの目の前で闇に潜り、そこから頭だけを出した。

「この術でここまで来たんだ。アンタはアレクセイの兄貴だし、個人的にも少し信用してるから、手の内を晒す」
「分かった。礼を言おう。そして、君の信用を損なわないと誓おう」
「ん。そんじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」

 誠は手を振り、今度こそ闇の中に消えていった。
 アレクセイの部屋に戻ると、ベッドにはアイスブルーが誠を捉えていた。先程と同じ構図だ。誠はしまったという顔をしながら、その隣に潜り込んだ。

「…一人で真夜中の散歩とはな」
「悪ぃ。どうしても、一対一で聞いときたかったんだ」

 誠がどこに行っていたのか分かっているのか、アレクセイは誠の髪を手櫛でなおしてから、体を自分の方に引き寄せた。

「兄上と仲良くしてくれるのは嬉しいが、少し妬けるな」
「あ…」

 誠は先程、フレデリクに頭を撫で回されたことを思い出した。あまりにも自然過ぎて、手を跳ね除けようとは思わなかったのだ。

「兄上は、あれで人たらしなんだ」
「…そうかも。でも、アレクセイの兄貴としか思えないよ」
「そうか」
「うん」

 それでも少し拗ねているのか、アレクセイの視線は厳しい。誠は機嫌を取るために、自分からキスをしてやった。
 それだけですぐに機嫌が治るアレクセイが、チョロくて可愛い。誠は笑いながらまたキスを仕掛けるが、すぐに主導権がアレクセイに渡ってしまった。それも嫌いではないのが、自分の困ったところだと、また新たな自分の一面を発見してしまったのだった。


 いつもより少し早めに起きた誠は、自分の耳と尾が出てしまっているのを自覚した。動こうにもいつの間にかアレクセイががっちりと抱き締めているので、動けない。誠は尾を使い、普段よりも穏やかな表情で眠っているアレクセイの頬をくすぐった。
 力が抜けたところで、スルリと抜け出す。物音を立てずに着替えて耳と尾を消した誠は、洗面所に寄ってから厨房へと向かった。
 厨房には防音対策のために結界を張っている。アレクセイに粗方自分のことを説明したのだ。もう料理で自重することもない。
 誠は生地を捏ねては作業台に打ち付けることを繰り返していた。寝かせている間に通常の朝食を作る。通常と言っても、誠基準のだ。レビ達の絶叫を想像しながら、誠は一人でニヤニヤとしていた。
 結界を解くと、途端に料理の匂いが広がっていく。起こさなくても、これが目覚まし代わりだ。誠がテーブルを拭いていると、一番早く降りて来たのは予想通り、アレクセイだった。

「おはよう、俺のつれない恋人さん」
「おはよ。つれないってさぁ…起こすの悪いと思って」
「起きた時にマコトが居ない方が、俺にとっては悪いよ」

 髪をかき上げながら言うアレクセイに、誠はよろめきかけた。朝陽が奇跡的な光量をもってアレクセイにあたっているのだ。今日は寝起きが悪かったのか、まだ気怠さを残している美丈夫に、そのエフェクトは反則だった。
 アレクセイは誠に近付くと、軽く抱き締めて頬にキスをした。

「甘い匂いがするな。今朝は何だ?」
「あ…今朝は…見てからの、お楽しみ」

 妻帯者(セクハラ、パワハラオヤジは除く)がモテるのは、妻を持ったことで生活が安定するので、余裕が出てくる、女性にがっつかない…などの理由があるとテレビで見たことがある。誠は女子社員ではないのだが、妻帯者に群がるその気持ちが少し分かった気がした。と言っても、その妻帯者は自分のツガイなのだが。
 何とか気を持ち直したところで、レビ達がゾロゾロと降りて来た。全員が席に着いたところで配膳をすると、レビとルイージ、そしてローゼスの瞳はキラキラと輝いていた。

「祈りを」

 今朝はフレデリクが祈りの合図を行っていた。各自食前の祈りを捧げると、一目散にナイフとフォークを手にし、フレンチトーストを切り分ける。そして、お約束のレビの絶叫が食堂中に響いた。

「…うっっっめぇぇぇえ!何だコレ、すげー柔らかいし甘いし、シナモンとの相性も抜群!」
「これは…バニラも使っていますか?ライ麦パンの酸味とシロップの甘さが合うなんて知りませんでした」
「美味しい…!」

 尾を振りながらも冷静に解説するルイージに続き、ローゼスも頬を上気させている。何とも賑やかな食卓だが、誠はそこに更なる爆弾を投下した。
 アイスと生クリームだ。
 その最強の組み合わせをアレクセイから順にトッピングしてやると、斜め向かいからことさらキラキラとした視線を感じた。甘い物好きなローゼスには、完全にヒットしたのだろう。
 これはオニーチャンへの、前払いだ。喜んで貰えたようで、誠はほっとしていた。

「マコト。これも神が食する物なのか?」

 アレクセイが尾を揺らしながら、誠に聞いてくる。

「そう。でも供えるのは違う種類のパンだし、アイスは手作りの物になるけど」
「…神?」

 食べる手を止めたオスカーが聞いてくる。
 誠としては食後にでも話そうと思っていたのだが、その予定は前倒しになったようだ。アレクセイを見ると、大丈夫だというように頷いていたので、誠はそのまま話すことにした。

「あー…俺がお尋ね者の、神様の料理番です」
「マジか!」

 怒られるかと思っていたが、レビの驚いた声に誠もびっくりする。

「すげー!だからマコトの料理って、こんな美味かったんだな」
「そうですね。でも私達は、陛下どころか神と同等のものを食していたなんて…。贅沢過ぎて、誰かに怒られそうです」
「怒るとしたら、班長よりも先にマコト君の新作食べた時じゃないか?しかし、大神殿に降りる予定じゃなかったの?」

 オスカーの疑問はもっともだ。そしてそれは、誠も聞きたいことの一つだ。

「いや…その予定だったんだけど、ルシリューリクのミスで、降りたの森だったんだよ」
「…マコトさん、もしかしてその森でサンダーエルクを倒しませんでした?」
「サンダー…エルク?」

 ドナルドの疑問に首を傾げていると、アレクセイからサンダーエルクの説明が入った。

「ああ、倒したわ。何か目があっただけなのに臨戦態勢取ってたからさぁ。一発でのしてやったわ」
「じゃあ、班長が貰ったサンダーエルクって、マコトから?え、ちょっと待って。じゃあ班長が森で会った狐って、マコトってことか?うっわー!何ソレ、完全に運命じゃねえか」

 一人でテンションがぶち上がっているレビに大丈夫かと聞くと、アレクセイ達からレビは恋バナが好物なのだと教えられた。人は見かけによらないと言うが、その通りだなと誠は思ってしまった。
 自分が違う世界から来たことも伝えたが、レビ達は「だから料理が美味かったのか」「班長のツガイが見つかって良かった」などの言葉を貰い、誠が狐の姿を見た時の反応とほぼ変わりがなく、拍子抜けしてしまう。

「それだけ今の先輩の小班って、先輩フリークなんだ」

 的確な回答をくれたのは、それまで殆ど黙って黙々と朝食を腹に納めていたローゼスだった。

「確かにアレクセイは慕われてるって思ってたけど、そんなに?」
「ああ。高位貴族だし学生の時から頭角を表していたらしいし、強いし。あとは冷たいって言われてるけど、僕みたいな小柄な団員の防波堤にもなってくれる。品行方正でもあるし。憧れてる団員は多いんだ」
「へー。そうなんだ。騎士団の鑑ってやつか」
「そうなんです。僕の騎士学校時代でも、部隊長と班長は伝説だったし、憧れている同期は多いですよ」

 力強く言うドナルドに、兄弟揃って人たらしかと誠は変に納得してしまった。
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