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バターの微笑み
03 ー 港街
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起きてきたレビ達も交え、夕食の場は賑やかなものとなった。パン作りは順番にレビ達に教えているが、レシピは他言しないという約束の元でだ。ローゼスとも同じ約束をし、秘密厳守でお願いした。
これは食文化を混乱させないためと、他人が勝手にギルドにレシピを登録しないためだ。いずれは広く公開したいと思っているので、その方法を考え付くまでは一旦保留としている。
しっかり寝てしっかり食べた面々は、しっかりと元気になっていた。まだ眠たくないと言うレビ達に食後のデザートを与え、食器類の片付けをドナルドに任せた誠とアレクセイは部屋に戻り、ソファにだらしなく座っていた。
「はー…」
思わず溜息が漏れてしまう。
疲れた。その言葉しか出てこない。
昨日今日と、長い一日だった。それはアレクセイも同じようで、珍しく手足を投げ出して座りながらも、誠の肩に頭を乗せていた。
「マコト」
アレクセイの声がいつもより近くて、こんな些細なことなのに胸がくすぐったくなる。
「何?」
「耳と尾は出さないのか?」
「狐の姿が見たいってこと?」
そう聞くと、アレクセイは誠の頭を撫でた。
「いや。俺達獣人と同じような姿だ。君は…最近眠りにつくと、耳と尾を出しているんだが…自覚が無かったのか?」
「え…」
そう言えば、と思い出す。
「み…見た?」
「ああ。何度もな」
クスリと笑うアレクセイに、誠はクラクラとしていた。完全な失態だ。寝起きのあの一度だけだと思っていたのに、自分はそれほどまでに無防備になっていたのかと思うと、恥ずかしくなる。
観念した誠が耳と尾を出すと、アレクセイは目を見張った。
「ああ…やはり美しいな」
「それはどうも」
美しい毛並みは妖狐の特徴でもある。褒められて悪い気はしない。けれど、やはりどこかくすぐったかった。照れ隠しに尾の一本でアレクセイの頬をくすぐってやると、そっと尾を取られてしまった。
「俺、本当は誰にも尻尾を触らせたくないんだ」
「そうなのか?だったら光栄だな。俺だけなんだろう?」
自信ありげに言って尾の先に口付けを落とすアレクセイに、誠は何も言えなかった。その通りだからだ。
口を尖らせた誠の機嫌を取るように、アレクセイは自分の膝に己のツガイを乗せた。
「…まいったな。本当は、君の故郷のことや、俺の家族のことを話したかったんだが」
「だが?」
「こうして生きていると思うと、何でもよくなってくるな」
落ち着いたら、生きている実感が湧いてきたのだろうか。甘えるアレクセイが何だか可愛くて、誠はアレクセイの好きにさせてやった。
自分を抱きしめる腕は優しく、やがてその手は背中を撫でる。尾の一本で頭を撫でてやると、アレクセイはクスクスと笑い始めた。
己にツガイができるとは思わなかったが、ここまで傍に居ても安心と甘い気持ちを与えてくれる存在なのかと不思議に思う。それと同時に、アレクセイの命が消えるというのは、自分が壊れそうになるくらいの恐怖を与える。そう思うと「ツガイ」というものが少し怖くなった。
けれど、きっとそれは誰もが乗り越えなければならない問題なのだろう。もっと強くなろう、心も体も。誠はそう自分に誓い直した。
「こうして頭を撫でられるのは、兄上以来だ」
ポツリとアレクセイが零す。
「オニーチャン?そんな仲良いんだ」
「そうだな。子供の頃は、本当の兄だと思っていた」
「へー」
常に人を喰ったような態度で、何かを含んでいるようなフレデリクも子供時代があった。それを考えても、全く想像ができない。
誠は棒読みでアレクセイの言葉を流してしまった。
「同じ家で育ったって言ってたけど、それにしては全然性格が違うよな」
「…そうだな。兄上が俺の家に来たのは俺が生まれた頃らしいから、王宮での教育が施されていたのもあるかもしれんな。でも、ああ見えても優しいところもあるぞ…身内とローゼスには」
「ああ…だったらアレクセイと性格同じなのか」
「そうか?」
「うん。アレクセイって身内にはちょっと優しくて、俺には激甘で、そんでもって他人には冷たいらしいじゃん。そういうトコは同じなんだなって」
他人には冷たいとは、レビをはじめとする、あの四人が口を揃えて言っていたことだ。顔を自分の胸に埋めているので表情は分からないが、アレクセイの耳はぴくりと反応している。これは情報源を話さない方が彼らのためだろう。
「…レビ達だな」
低い声が響くと同時に、アレクセイの腕に力が入る。
バレている。
誠はレビ達に心の中で合掌した。
「いや、まあ…ほら。明日からの予定って、どうなってんの?」
無理矢理話を変えると、アレクセイは溜息を吐いて誠に乗ってくれた。
「明日は休みだ。明後日からは通常任務に戻り、ライト達からの連絡が入り次第、次の町に向かう予定だ。…どうした?」
「ん?時間あったら、買い物に付き合って欲しいなって。あと、教会も行きたい」
この敷地内にあった礼拝堂は、瓦礫の山になってしまっているので使えない。それに夜中に教会デートというのも、洒落ているだろう。
そう考えていたが、アレクセイは教会という言葉に反応したようで、顔を上げた。
「教会?」
「そうだけど…もしかして騎士団って、教会側と仲が悪いとか?」
「いや、適当な距離を取っているが…教会か」
少し考えている様子のアレクセイに、誠は尾をその腕に回す。アレクセイの頬が少し緩んだのが見えた。
「マコトはもしかしたら、"料理番"という者なのか?」
「……」
否定は肯定。それをアレクセイは分かっているのだろう。
何も危害を加えないと自分に示すように、背中を撫でる手は優しかった。
「…そうなのか。王都の大神殿に、狐の化身だという料理番が降りる。そう神託が下っていた。ただ、それだけだ。俺らに任務ついでに探してくれと通達があったが…マコトはどうしたい?」
そう聞かれても、アレクセイが自分を手放すことはないだろう。誠はそんな自信があった。現にアレクセイの腕はいつの間にか、自分の腰をしっかり抱いている。
逃がさない。アイスブルーはそう伝えていた。
「…確かに俺は、"神様の料理番"ってやつだ」
「やはりか」
「うん。遠野一族は大体がその職に就いてんだけど…今回この国に出向に選ばれたのが、俺なんだ」
「聞いたことのない職業だったんだが…だからマコトは、あんなに料理が上手いんだな」
「いや…俺の故郷っつーか、住んでた世界の違いかな」
誠はアレクセイに少し離れてもらい、バッグからタブレットやレシピが書かれてあるバインダー、そして化繊を使った服やビニル袋入りの食品を取り出し、自分が地球という所から来たと説明した。
アレクセイは誠が出す物全てに興味を持っていたが、特にレシピに反応していた。今後作る約束をすれば、狼は満足げな表情になっていた。
「マコトは…こんなにも文化が違う世界から、たった一人で来たんだな」
誠の指を絡め取ったアレクセイは、しみじみと言った。
そのせいで更に身動きが取りづらくなったが、今はそんな軽い束縛が心地良い。全身で、帰るなと言ってくれているようだ。
「そうだけど、こっちに来た直後にすっげー綺麗で恰好良い銀色の狼に会ったからなぁ」
誠はニヤリと笑うと、アレクセイは目をぱちくりとさせた。
「そうか。そんなに綺麗で恰好良かったのか」
「ああ。一目で惚れたね」
「ほぉ…俺も一目惚れをした狐が居るんだが」
「そうなんだ。同じだね」
「俺達は、気が合うな」
そう言うと、二人はクスクスと笑い合った。
ひとしきり笑った後で、アレクセイは真剣な表情になる。
「料理番のことは、兄上に報告しよう」
「…うん」
「なに、心配するな。マコトは自由にしたいんだろう?だったら権力者に任せておけば良い。あのヒトなら上手い具合に処理をしてくれるだろう」
「ん。ありがと」
「ああ。処理が終わったら、兄上…いや、ローゼスにでも菓子をあげてくれ。そっちの方が兄上は喜ぶ」
「分かった。でも、どうするんだろう?」
「…恐らくだが、料理番が見つかったとだけ伝えるんじゃないか?」
「それだけ?」
誠が首を傾げると、アレクセイはそうだと肯定した。
「何か言われても、"この私の言うことが信じられないのかね"と、言い逃れられるだろう?あの兄上のことだ。王弟と部隊長という立場を大いに利用するに違いない」
「うっわ、チョー似てる」
フレデリクの声と口調を真似したアレクセイに、誠は笑ってしまった。
しかし、そこまで頼っても良いのだろうかと不安になる。けれどアレクセイは大丈夫だと誠を安心させた。
「任せられるところは、任せてしまえば良い。それに、兄上は頼られるのが好きなんだ。弟特権として甘えておけ」
「…弟として、か。それなら得意だわ」
そう言われ、誠は兄のことを思い出した。変わりは無いだろうかと、少し心配になる。
また手紙を出そう。誠は自らアレクセイに抱き付き、そんなことを考えていた。
これは食文化を混乱させないためと、他人が勝手にギルドにレシピを登録しないためだ。いずれは広く公開したいと思っているので、その方法を考え付くまでは一旦保留としている。
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「はー…」
思わず溜息が漏れてしまう。
疲れた。その言葉しか出てこない。
昨日今日と、長い一日だった。それはアレクセイも同じようで、珍しく手足を投げ出して座りながらも、誠の肩に頭を乗せていた。
「マコト」
アレクセイの声がいつもより近くて、こんな些細なことなのに胸がくすぐったくなる。
「何?」
「耳と尾は出さないのか?」
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そう聞くと、アレクセイは誠の頭を撫でた。
「いや。俺達獣人と同じような姿だ。君は…最近眠りにつくと、耳と尾を出しているんだが…自覚が無かったのか?」
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観念した誠が耳と尾を出すと、アレクセイは目を見張った。
「ああ…やはり美しいな」
「それはどうも」
美しい毛並みは妖狐の特徴でもある。褒められて悪い気はしない。けれど、やはりどこかくすぐったかった。照れ隠しに尾の一本でアレクセイの頬をくすぐってやると、そっと尾を取られてしまった。
「俺、本当は誰にも尻尾を触らせたくないんだ」
「そうなのか?だったら光栄だな。俺だけなんだろう?」
自信ありげに言って尾の先に口付けを落とすアレクセイに、誠は何も言えなかった。その通りだからだ。
口を尖らせた誠の機嫌を取るように、アレクセイは自分の膝に己のツガイを乗せた。
「…まいったな。本当は、君の故郷のことや、俺の家族のことを話したかったんだが」
「だが?」
「こうして生きていると思うと、何でもよくなってくるな」
落ち着いたら、生きている実感が湧いてきたのだろうか。甘えるアレクセイが何だか可愛くて、誠はアレクセイの好きにさせてやった。
自分を抱きしめる腕は優しく、やがてその手は背中を撫でる。尾の一本で頭を撫でてやると、アレクセイはクスクスと笑い始めた。
己にツガイができるとは思わなかったが、ここまで傍に居ても安心と甘い気持ちを与えてくれる存在なのかと不思議に思う。それと同時に、アレクセイの命が消えるというのは、自分が壊れそうになるくらいの恐怖を与える。そう思うと「ツガイ」というものが少し怖くなった。
けれど、きっとそれは誰もが乗り越えなければならない問題なのだろう。もっと強くなろう、心も体も。誠はそう自分に誓い直した。
「こうして頭を撫でられるのは、兄上以来だ」
ポツリとアレクセイが零す。
「オニーチャン?そんな仲良いんだ」
「そうだな。子供の頃は、本当の兄だと思っていた」
「へー」
常に人を喰ったような態度で、何かを含んでいるようなフレデリクも子供時代があった。それを考えても、全く想像ができない。
誠は棒読みでアレクセイの言葉を流してしまった。
「同じ家で育ったって言ってたけど、それにしては全然性格が違うよな」
「…そうだな。兄上が俺の家に来たのは俺が生まれた頃らしいから、王宮での教育が施されていたのもあるかもしれんな。でも、ああ見えても優しいところもあるぞ…身内とローゼスには」
「ああ…だったらアレクセイと性格同じなのか」
「そうか?」
「うん。アレクセイって身内にはちょっと優しくて、俺には激甘で、そんでもって他人には冷たいらしいじゃん。そういうトコは同じなんだなって」
他人には冷たいとは、レビをはじめとする、あの四人が口を揃えて言っていたことだ。顔を自分の胸に埋めているので表情は分からないが、アレクセイの耳はぴくりと反応している。これは情報源を話さない方が彼らのためだろう。
「…レビ達だな」
低い声が響くと同時に、アレクセイの腕に力が入る。
バレている。
誠はレビ達に心の中で合掌した。
「いや、まあ…ほら。明日からの予定って、どうなってんの?」
無理矢理話を変えると、アレクセイは溜息を吐いて誠に乗ってくれた。
「明日は休みだ。明後日からは通常任務に戻り、ライト達からの連絡が入り次第、次の町に向かう予定だ。…どうした?」
「ん?時間あったら、買い物に付き合って欲しいなって。あと、教会も行きたい」
この敷地内にあった礼拝堂は、瓦礫の山になってしまっているので使えない。それに夜中に教会デートというのも、洒落ているだろう。
そう考えていたが、アレクセイは教会という言葉に反応したようで、顔を上げた。
「教会?」
「そうだけど…もしかして騎士団って、教会側と仲が悪いとか?」
「いや、適当な距離を取っているが…教会か」
少し考えている様子のアレクセイに、誠は尾をその腕に回す。アレクセイの頬が少し緩んだのが見えた。
「マコトはもしかしたら、"料理番"という者なのか?」
「……」
否定は肯定。それをアレクセイは分かっているのだろう。
何も危害を加えないと自分に示すように、背中を撫でる手は優しかった。
「…そうなのか。王都の大神殿に、狐の化身だという料理番が降りる。そう神託が下っていた。ただ、それだけだ。俺らに任務ついでに探してくれと通達があったが…マコトはどうしたい?」
そう聞かれても、アレクセイが自分を手放すことはないだろう。誠はそんな自信があった。現にアレクセイの腕はいつの間にか、自分の腰をしっかり抱いている。
逃がさない。アイスブルーはそう伝えていた。
「…確かに俺は、"神様の料理番"ってやつだ」
「やはりか」
「うん。遠野一族は大体がその職に就いてんだけど…今回この国に出向に選ばれたのが、俺なんだ」
「聞いたことのない職業だったんだが…だからマコトは、あんなに料理が上手いんだな」
「いや…俺の故郷っつーか、住んでた世界の違いかな」
誠はアレクセイに少し離れてもらい、バッグからタブレットやレシピが書かれてあるバインダー、そして化繊を使った服やビニル袋入りの食品を取り出し、自分が地球という所から来たと説明した。
アレクセイは誠が出す物全てに興味を持っていたが、特にレシピに反応していた。今後作る約束をすれば、狼は満足げな表情になっていた。
「マコトは…こんなにも文化が違う世界から、たった一人で来たんだな」
誠の指を絡め取ったアレクセイは、しみじみと言った。
そのせいで更に身動きが取りづらくなったが、今はそんな軽い束縛が心地良い。全身で、帰るなと言ってくれているようだ。
「そうだけど、こっちに来た直後にすっげー綺麗で恰好良い銀色の狼に会ったからなぁ」
誠はニヤリと笑うと、アレクセイは目をぱちくりとさせた。
「そうか。そんなに綺麗で恰好良かったのか」
「ああ。一目で惚れたね」
「ほぉ…俺も一目惚れをした狐が居るんだが」
「そうなんだ。同じだね」
「俺達は、気が合うな」
そう言うと、二人はクスクスと笑い合った。
ひとしきり笑った後で、アレクセイは真剣な表情になる。
「料理番のことは、兄上に報告しよう」
「…うん」
「なに、心配するな。マコトは自由にしたいんだろう?だったら権力者に任せておけば良い。あのヒトなら上手い具合に処理をしてくれるだろう」
「ん。ありがと」
「ああ。処理が終わったら、兄上…いや、ローゼスにでも菓子をあげてくれ。そっちの方が兄上は喜ぶ」
「分かった。でも、どうするんだろう?」
「…恐らくだが、料理番が見つかったとだけ伝えるんじゃないか?」
「それだけ?」
誠が首を傾げると、アレクセイはそうだと肯定した。
「何か言われても、"この私の言うことが信じられないのかね"と、言い逃れられるだろう?あの兄上のことだ。王弟と部隊長という立場を大いに利用するに違いない」
「うっわ、チョー似てる」
フレデリクの声と口調を真似したアレクセイに、誠は笑ってしまった。
しかし、そこまで頼っても良いのだろうかと不安になる。けれどアレクセイは大丈夫だと誠を安心させた。
「任せられるところは、任せてしまえば良い。それに、兄上は頼られるのが好きなんだ。弟特権として甘えておけ」
「…弟として、か。それなら得意だわ」
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また手紙を出そう。誠は自らアレクセイに抱き付き、そんなことを考えていた。
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