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ミルクの優しさ
02 ー スイール村
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目を開けると、ドアップの超絶美形が視界に入るのは心臓によろしくない。
誠の目覚めは大変心拍数の高いものになってしまった。
お互いの熱を発散した後、アレクセイに洗浄魔法をかけてもらって体を綺麗にしてもらったが、その後の記憶が全く無い。ここが客室だということは分かるが、自分はなぜアレクセイと一緒に寝ていたのだろうか。
誠はアレクセイの長いまつ毛を見ながら、昨夜のことを思い出していた。
しかしいくら思い出そうとしても、二人の熱を解放した時のアレクセイの姿ばかりが頭を占拠してしまう。
性にはかなり淡白な方だと思っていたが、あんなふうに乱れるなんて今でも信じられなかった。
驚きはしたが、誠は妙に納得している。絆されてしまったのもあるが、アレクセイが己のツガイだからという理由が大きだろう。
遠野の妖狐は、己のツガイにしか発情しない。
だから誠はアレクセイに触れられても拒否反応が出ないし、言外に自分のモノだと主張されても嫌な気にならなかったのだろう。
「…もう本当に、認めるしかないのかね」
誠は小さく溜息を吐くと尾を少し振る。今後のことを考えると、少し憂鬱だ。
何しろ誠が立ち向かわなければならない相手は、遠野の始祖の片割れである諏訪なのだ。いつもは牡丹の尻に好んで敷かれているが、純粋な力比べだとあの牡丹でさえ勝率は五分か、少し切ると一族内で噂されている。
それに諏訪は、始祖の血が濃い遠野の運命を握っているのだ。ある程度は好きにさせてくれているとは言え、いつ自分を出雲の温泉宿に引き抜くかが分からない。「café 紺」でずっと働かせてくれるかもしれないが、今のままなら誠の進退はその二つしかない。
猶予はまだまだあるが、諏訪を納得させられる理由がない。誠の手持ちのカードは無いに等しい上に、家業を諦めきれないという最大の懸念材料がある。それが、誠がアレクセイに対して気持ちを吐露できずにいる理由だ。
「あーあ」
二進も三進もいかないとは、正にこのことだろう。
答えも出ない同じことを、グルグル考えてしまう。誠にとっては、それだけ本気の恋だった。
誠は自分を抱きしめながらまだ眠っているアレクセイの胸元に、頬を寄せてから目を閉じた。
アレクセイからはほんのり、ミントとジャスミンの匂いがした。
二度寝をしてしまったせいで、朝は散々だった。
せっかく酵母のスターターが育ったというのに、時間が無くて結局食卓に上ったのは市販の黒パンだったし、スープは地元のスーパーで買ったフリーズドライのコーンポタージュに適当に肉を入れたものだった。
何とかプレーンオムレツと生野菜のサラダを作ったが、これは最低ラインの朝食だ。誠が満足するものとは程遠かったのだ。
「くっそー…今日はぜってーパン作ってやる…!」
そんな闘志を燃やしつつ、誠は一人、厨房に立っていた。
スターターはこのスイール村の移動中に、せっせと育てていた。バッグに入れておくと時間も何もかも止まっているので、キャニスターを巾着に入れて、わざわざ買った紐で体に斜めがけにして持っていたのだ。
そこまでして育てたスターターだ。絶対に美味しいパンにしてやると、誠は意気込んでいた。
大きいボウルに、小麦粉とライ麦粉を同じ分量を計って軽く混ぜる。そこに蜂蜜を入れた水を入れ、ざっくりと混ぜた。この時に使った蜂蜜は、ミョート村のものだ。
誠は鼻歌を歌いながら、台に生地を乗せて捏ねること約十分。そして一時間ほど、一次発酵をさせる。
「…さて。この間に夕飯の下拵えっと」
誠は冷蔵庫の中からオーク肉の塊を取り出した。何でも昨夜の夜番の時に、空から落ちてきたらしい。それがレビだったら冗談だと思うのだが、アレクセイとオスカーが言っていたので間違いは無いはずだ。
どこの天空に浮かんでいる城のアニメだとも思わないでもないが、食材に罪はない。誠はありがたく使わせてもらうことにした。
「肉は丸●のぶーたーバーラー」
替え歌まで歌っている誠のテンションは高い。こうしてゆっくりと料理ができるからだ。
キャンプ飯はキャンプ飯で楽しいし美味いのだが、やはり誠は厨房に立つ方が好きなのだ。厨房の隙間から、客の笑顔を見るのが楽しみの一つというのも理由かもしれない。誠はアレクセイ達の笑顔を思い出し、ニコリと笑った。
オークはハニーマスタードポークにするつもりだ。「café 紺」ではハニーマスタードを作る時に、醤油を使う。この世界にあるかどうか不明だが、多分彼らは気にしないはずだ。
誠はしれっと醤油を混ぜた。
そしてメインはチキンのキャセロールだ。フランス語で鍋という意味なのだが、誠が作ろうとしているのは、トルコ料理の方のキャセロール。しかも、上にチーズをたっぷり乗せる。
もちろんチーズを使わないキャセロールのレシピは多数あるが、せっかくチーズが有名なスイール村に来たのだ。昨日買ったチーズを使わなくて、いつ使うのだというのか。
誠は材料を炒め、塩胡椒とバジル、クミンを入れた。
チーズを見た瞬間、本当はグラタンを作りたいと思った。けれど、彼らへの配慮は忘れてはならない。今は「café 紺」で料理をしているのではないのだ。
誠はこれでも一応、彼らの食文化に近いものを作ろうとしてた。
耐熱容器に材料を移し、上からチーズをかけると出来上がりだ。あとは食べる前に、オーブンでチーズが溶けるまで加熱すれば良い。それは皆が帰って来てから焼くことにする。段々と広がる、チーズの香りは食欲を唆るのだ。
作り終えたものを全てバッグにしまうと、後はスーパー俺タイムとなる。スイーツだけは、誰にも文句は言わせない。先程の考えとは矛盾するが、スイーツに関してはこの世界の食文化なんかクソ喰らえだと誠は思ってしまう。
誠はクリームチーズをドンと作業台に置いた。
「俺は作るぞ…チーズケーキを…!」
誠の目は座っていた。
パティシエのプライドが燃えている。
誠はチーズケーキを作りながら、パンの面倒も見ていた。ベンチタイム、そして最終発酵を済ませたパン生地は、しっかりとした弾力を持っている。
大きなパンが十個も並ぶさまは、圧巻だ。誠は満足したように頷きながら、パンを焼く準備をしたのだった。
昼過ぎになると、村の外で薬草採取を行った。
ついでにゴブリンの遭遇ポイントが近かったので行ってみた。ミョート村でオークの亜種と対峙した時に、通常の魔獣のレベルを確かめておけば良かったと思ったからだ。
けれど誠が思ったよりもゴブリンは手応えが無く、豆腐を潰すよりも簡単に討伐できてしまった。
「マジか。弱っ」
普段相手にしている妖怪や若手の神の方が、よっぽど手応えがある。
誠は早々にレベルを上げて、手応えと見入りの良い魔獣を倒そうと決めていた。
館に戻るとフラストレーションをぶつけるように、またスイーツ作りに取り組んでしまった。
「…ふぅ。あとは冷蔵庫で冷やすだけだな」
オーブンを使うので先に焼き菓子を作り、次にプリンを作ってしまった。質の良い牛乳がこの村には大量にある。きっと、作れという統括の神からの思し召しだろう。
誠が冷蔵庫を閉めたタイミングで、アレクセイ達が館に戻って来た。ついつい「ご飯にする?お風呂にする?それとも…」と言ってやりたくなるが、悲しいかなその冗談はこの世界では通じない。
誠は普通に、夕飯は何時にするか皆に聞いた。
「何これクッソ美味ぇー!」
皆の答えは、すぐに夕飯一択だった。誠は急いでキャセロールをオーブンにかけ、食事の準備をした。先に食べていてくれと出した、ハニーマスタードをかけたオークの評判は上々のようだ。
もはや叫び声と言っても過言ではないレビの賛辞は、皆で囲む食卓の一部になりつつある。甘酸っぱさに少しの辛さがあるハニーマスタードは、肉との相性が抜群だ。
付け合わせには、さっと炒めたほうれん草を盛っている。肉と葉物野菜は、一緒に食べると双方更に美味く感じ、肉も野菜もモリモリ食べてもらえるのだ。
皆がオーク肉に夢中になっていると、徐々に食欲を誘うチーズの焼ける香りが漂って来た。誠はソワソワしているアレクセイ達を見ながら、席を立った。メイン料理が焼き上がったのだ。
「今日のメインは、このスイール村特産のチーズを使ったキャセロールでーす。焼きたてだから、火傷に気を付けて」
皆がテーブルの真ん中を空けてくれたので、そこにキャセロールを置く。少し焦げ目が付いたチーズはフツフツと踊っていて、早く食べてくれと言わんばかりだ。
誠は皆に取り皿を渡すと、真っ先に取り分け用のスプーンでアレクセイの分をよそってやった。
「どうぞ」
「ありがとう、マコト」
余程この料理が気になるのか、アレクセイの尾は千切れそうだ。
「ああ…美味いな」
材料を炒める時に、みじん切りにしたニンニクで炒めてある。それにサイコロ状のトマトを加え、パン粉と牛乳を加えてあるのだ。牛乳とチーズのマイルドさの中に、トマトのさっぱり感。そしてスパイスが味をまとめている。
この料理を気に入ってくれるなら、グラタンやピザも皆の口に合うだろうか。誠は皆の表情を見ながら、そんなことを考えていた。
「マコトさん、何ですかこのパン!」
ほうれん草っぽい野菜を食べようとした時、ルイージの大声が誠の手を止めた。見ると、ルイージはライ麦パンを片手に僅かに震えている。
パンがどうしたとレビも一切れ取ったが、そのまま固まってしまった。ドナルドが意を決したように、パンを食べると、こちらもまた固まってしまった。
「あの…オスカー…?」
残るオスカーに、誠は目を向ける。するとオスカーは軽く頷き、パンを指でつんつんと突く。ゆっくり口に含むと、親指だけを立てた。
「お前らは何を驚いているんだ」
アレクセイだけは優雅にパンを一口サイズに千切り、うんうんと頷いている。
「さすがマコトだな。こんなに柔らかく風味の良いパンは、初めてだ」
「いやいや、班長!何で驚いてないんですか!」
「そうですよ!マコトさん、どんな魔法を使ったんですか」
アレクセイの感想に対し、犬系コンビが即座に反応する。
その間にドナルドとオスカーは、黙って二枚目のパンに手を伸ばしていた。
「マコトの料理の腕からして、推測できたことだ。それに俺は、以前マコトにパンの…スターターだったか?それを作るところを見ていたからな」
「スターター?」
レビが誠に向かって聞いた。
「スターターは、パンを柔らかくする酵母の元種。この国にも酵母があるけど、俺が作ってたのはライ麦に適してたやつだから、市販のパンとは食感が違うんだ」
「へぇ…適するもの、というのがあるんですね」
「そうそう。小麦粉のみのパンなら、ワイン酵母とかビール酵母でも良いんだけど、酵母の作り方とか小麦粉の精製とかでパンはかなり違ってくる…みたい。俺は菓子専門だから、そこの知識はあんま自信無い」
「酵母でですか。はぁ…パン作りは奥が深いんですね」
知的好奇心が旺盛なルイージが誠の話に食いついている間に、あんなに焼いていたパンは半分以上減っていた。それに気付いたルイージは、即座に何切も自分の皿に確保して、隣の席のレビを睨んでいる。
その様子を見ていた誠とアレクセイは、目が合うとフっと笑ってしまった。
今日の夕食も賑やかだ。誠はやっと少し冷めたキャセロールを食べながら、皆の笑顔を見て笑っていた。
誠の目覚めは大変心拍数の高いものになってしまった。
お互いの熱を発散した後、アレクセイに洗浄魔法をかけてもらって体を綺麗にしてもらったが、その後の記憶が全く無い。ここが客室だということは分かるが、自分はなぜアレクセイと一緒に寝ていたのだろうか。
誠はアレクセイの長いまつ毛を見ながら、昨夜のことを思い出していた。
しかしいくら思い出そうとしても、二人の熱を解放した時のアレクセイの姿ばかりが頭を占拠してしまう。
性にはかなり淡白な方だと思っていたが、あんなふうに乱れるなんて今でも信じられなかった。
驚きはしたが、誠は妙に納得している。絆されてしまったのもあるが、アレクセイが己のツガイだからという理由が大きだろう。
遠野の妖狐は、己のツガイにしか発情しない。
だから誠はアレクセイに触れられても拒否反応が出ないし、言外に自分のモノだと主張されても嫌な気にならなかったのだろう。
「…もう本当に、認めるしかないのかね」
誠は小さく溜息を吐くと尾を少し振る。今後のことを考えると、少し憂鬱だ。
何しろ誠が立ち向かわなければならない相手は、遠野の始祖の片割れである諏訪なのだ。いつもは牡丹の尻に好んで敷かれているが、純粋な力比べだとあの牡丹でさえ勝率は五分か、少し切ると一族内で噂されている。
それに諏訪は、始祖の血が濃い遠野の運命を握っているのだ。ある程度は好きにさせてくれているとは言え、いつ自分を出雲の温泉宿に引き抜くかが分からない。「café 紺」でずっと働かせてくれるかもしれないが、今のままなら誠の進退はその二つしかない。
猶予はまだまだあるが、諏訪を納得させられる理由がない。誠の手持ちのカードは無いに等しい上に、家業を諦めきれないという最大の懸念材料がある。それが、誠がアレクセイに対して気持ちを吐露できずにいる理由だ。
「あーあ」
二進も三進もいかないとは、正にこのことだろう。
答えも出ない同じことを、グルグル考えてしまう。誠にとっては、それだけ本気の恋だった。
誠は自分を抱きしめながらまだ眠っているアレクセイの胸元に、頬を寄せてから目を閉じた。
アレクセイからはほんのり、ミントとジャスミンの匂いがした。
二度寝をしてしまったせいで、朝は散々だった。
せっかく酵母のスターターが育ったというのに、時間が無くて結局食卓に上ったのは市販の黒パンだったし、スープは地元のスーパーで買ったフリーズドライのコーンポタージュに適当に肉を入れたものだった。
何とかプレーンオムレツと生野菜のサラダを作ったが、これは最低ラインの朝食だ。誠が満足するものとは程遠かったのだ。
「くっそー…今日はぜってーパン作ってやる…!」
そんな闘志を燃やしつつ、誠は一人、厨房に立っていた。
スターターはこのスイール村の移動中に、せっせと育てていた。バッグに入れておくと時間も何もかも止まっているので、キャニスターを巾着に入れて、わざわざ買った紐で体に斜めがけにして持っていたのだ。
そこまでして育てたスターターだ。絶対に美味しいパンにしてやると、誠は意気込んでいた。
大きいボウルに、小麦粉とライ麦粉を同じ分量を計って軽く混ぜる。そこに蜂蜜を入れた水を入れ、ざっくりと混ぜた。この時に使った蜂蜜は、ミョート村のものだ。
誠は鼻歌を歌いながら、台に生地を乗せて捏ねること約十分。そして一時間ほど、一次発酵をさせる。
「…さて。この間に夕飯の下拵えっと」
誠は冷蔵庫の中からオーク肉の塊を取り出した。何でも昨夜の夜番の時に、空から落ちてきたらしい。それがレビだったら冗談だと思うのだが、アレクセイとオスカーが言っていたので間違いは無いはずだ。
どこの天空に浮かんでいる城のアニメだとも思わないでもないが、食材に罪はない。誠はありがたく使わせてもらうことにした。
「肉は丸●のぶーたーバーラー」
替え歌まで歌っている誠のテンションは高い。こうしてゆっくりと料理ができるからだ。
キャンプ飯はキャンプ飯で楽しいし美味いのだが、やはり誠は厨房に立つ方が好きなのだ。厨房の隙間から、客の笑顔を見るのが楽しみの一つというのも理由かもしれない。誠はアレクセイ達の笑顔を思い出し、ニコリと笑った。
オークはハニーマスタードポークにするつもりだ。「café 紺」ではハニーマスタードを作る時に、醤油を使う。この世界にあるかどうか不明だが、多分彼らは気にしないはずだ。
誠はしれっと醤油を混ぜた。
そしてメインはチキンのキャセロールだ。フランス語で鍋という意味なのだが、誠が作ろうとしているのは、トルコ料理の方のキャセロール。しかも、上にチーズをたっぷり乗せる。
もちろんチーズを使わないキャセロールのレシピは多数あるが、せっかくチーズが有名なスイール村に来たのだ。昨日買ったチーズを使わなくて、いつ使うのだというのか。
誠は材料を炒め、塩胡椒とバジル、クミンを入れた。
チーズを見た瞬間、本当はグラタンを作りたいと思った。けれど、彼らへの配慮は忘れてはならない。今は「café 紺」で料理をしているのではないのだ。
誠はこれでも一応、彼らの食文化に近いものを作ろうとしてた。
耐熱容器に材料を移し、上からチーズをかけると出来上がりだ。あとは食べる前に、オーブンでチーズが溶けるまで加熱すれば良い。それは皆が帰って来てから焼くことにする。段々と広がる、チーズの香りは食欲を唆るのだ。
作り終えたものを全てバッグにしまうと、後はスーパー俺タイムとなる。スイーツだけは、誰にも文句は言わせない。先程の考えとは矛盾するが、スイーツに関してはこの世界の食文化なんかクソ喰らえだと誠は思ってしまう。
誠はクリームチーズをドンと作業台に置いた。
「俺は作るぞ…チーズケーキを…!」
誠の目は座っていた。
パティシエのプライドが燃えている。
誠はチーズケーキを作りながら、パンの面倒も見ていた。ベンチタイム、そして最終発酵を済ませたパン生地は、しっかりとした弾力を持っている。
大きなパンが十個も並ぶさまは、圧巻だ。誠は満足したように頷きながら、パンを焼く準備をしたのだった。
昼過ぎになると、村の外で薬草採取を行った。
ついでにゴブリンの遭遇ポイントが近かったので行ってみた。ミョート村でオークの亜種と対峙した時に、通常の魔獣のレベルを確かめておけば良かったと思ったからだ。
けれど誠が思ったよりもゴブリンは手応えが無く、豆腐を潰すよりも簡単に討伐できてしまった。
「マジか。弱っ」
普段相手にしている妖怪や若手の神の方が、よっぽど手応えがある。
誠は早々にレベルを上げて、手応えと見入りの良い魔獣を倒そうと決めていた。
館に戻るとフラストレーションをぶつけるように、またスイーツ作りに取り組んでしまった。
「…ふぅ。あとは冷蔵庫で冷やすだけだな」
オーブンを使うので先に焼き菓子を作り、次にプリンを作ってしまった。質の良い牛乳がこの村には大量にある。きっと、作れという統括の神からの思し召しだろう。
誠が冷蔵庫を閉めたタイミングで、アレクセイ達が館に戻って来た。ついつい「ご飯にする?お風呂にする?それとも…」と言ってやりたくなるが、悲しいかなその冗談はこの世界では通じない。
誠は普通に、夕飯は何時にするか皆に聞いた。
「何これクッソ美味ぇー!」
皆の答えは、すぐに夕飯一択だった。誠は急いでキャセロールをオーブンにかけ、食事の準備をした。先に食べていてくれと出した、ハニーマスタードをかけたオークの評判は上々のようだ。
もはや叫び声と言っても過言ではないレビの賛辞は、皆で囲む食卓の一部になりつつある。甘酸っぱさに少しの辛さがあるハニーマスタードは、肉との相性が抜群だ。
付け合わせには、さっと炒めたほうれん草を盛っている。肉と葉物野菜は、一緒に食べると双方更に美味く感じ、肉も野菜もモリモリ食べてもらえるのだ。
皆がオーク肉に夢中になっていると、徐々に食欲を誘うチーズの焼ける香りが漂って来た。誠はソワソワしているアレクセイ達を見ながら、席を立った。メイン料理が焼き上がったのだ。
「今日のメインは、このスイール村特産のチーズを使ったキャセロールでーす。焼きたてだから、火傷に気を付けて」
皆がテーブルの真ん中を空けてくれたので、そこにキャセロールを置く。少し焦げ目が付いたチーズはフツフツと踊っていて、早く食べてくれと言わんばかりだ。
誠は皆に取り皿を渡すと、真っ先に取り分け用のスプーンでアレクセイの分をよそってやった。
「どうぞ」
「ありがとう、マコト」
余程この料理が気になるのか、アレクセイの尾は千切れそうだ。
「ああ…美味いな」
材料を炒める時に、みじん切りにしたニンニクで炒めてある。それにサイコロ状のトマトを加え、パン粉と牛乳を加えてあるのだ。牛乳とチーズのマイルドさの中に、トマトのさっぱり感。そしてスパイスが味をまとめている。
この料理を気に入ってくれるなら、グラタンやピザも皆の口に合うだろうか。誠は皆の表情を見ながら、そんなことを考えていた。
「マコトさん、何ですかこのパン!」
ほうれん草っぽい野菜を食べようとした時、ルイージの大声が誠の手を止めた。見ると、ルイージはライ麦パンを片手に僅かに震えている。
パンがどうしたとレビも一切れ取ったが、そのまま固まってしまった。ドナルドが意を決したように、パンを食べると、こちらもまた固まってしまった。
「あの…オスカー…?」
残るオスカーに、誠は目を向ける。するとオスカーは軽く頷き、パンを指でつんつんと突く。ゆっくり口に含むと、親指だけを立てた。
「お前らは何を驚いているんだ」
アレクセイだけは優雅にパンを一口サイズに千切り、うんうんと頷いている。
「さすがマコトだな。こんなに柔らかく風味の良いパンは、初めてだ」
「いやいや、班長!何で驚いてないんですか!」
「そうですよ!マコトさん、どんな魔法を使ったんですか」
アレクセイの感想に対し、犬系コンビが即座に反応する。
その間にドナルドとオスカーは、黙って二枚目のパンに手を伸ばしていた。
「マコトの料理の腕からして、推測できたことだ。それに俺は、以前マコトにパンの…スターターだったか?それを作るところを見ていたからな」
「スターター?」
レビが誠に向かって聞いた。
「スターターは、パンを柔らかくする酵母の元種。この国にも酵母があるけど、俺が作ってたのはライ麦に適してたやつだから、市販のパンとは食感が違うんだ」
「へぇ…適するもの、というのがあるんですね」
「そうそう。小麦粉のみのパンなら、ワイン酵母とかビール酵母でも良いんだけど、酵母の作り方とか小麦粉の精製とかでパンはかなり違ってくる…みたい。俺は菓子専門だから、そこの知識はあんま自信無い」
「酵母でですか。はぁ…パン作りは奥が深いんですね」
知的好奇心が旺盛なルイージが誠の話に食いついている間に、あんなに焼いていたパンは半分以上減っていた。それに気付いたルイージは、即座に何切も自分の皿に確保して、隣の席のレビを睨んでいる。
その様子を見ていた誠とアレクセイは、目が合うとフっと笑ってしまった。
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