神様の料理番

柊 ハルト

文字の大きさ
28 / 150
ミルクの優しさ

02 ー スイール村

しおりを挟む
 目を開けると、ドアップの超絶美形が視界に入るのは心臓によろしくない。
 誠の目覚めは大変心拍数の高いものになってしまった。
 お互いの熱を発散した後、アレクセイに洗浄魔法をかけてもらって体を綺麗にしてもらったが、その後の記憶が全く無い。ここが客室だということは分かるが、自分はなぜアレクセイと一緒に寝ていたのだろうか。
 誠はアレクセイの長いまつ毛を見ながら、昨夜のことを思い出していた。
 しかしいくら思い出そうとしても、二人の熱を解放した時のアレクセイの姿ばかりが頭を占拠してしまう。
 性にはかなり淡白な方だと思っていたが、あんなふうに乱れるなんて今でも信じられなかった。
 驚きはしたが、誠は妙に納得している。絆されてしまったのもあるが、アレクセイが己のツガイだからという理由が大きだろう。
 遠野の妖狐は、己のツガイにしか発情しない。
 だから誠はアレクセイに触れられても拒否反応が出ないし、言外に自分のモノだと主張されても嫌な気にならなかったのだろう。

「…もう本当に、認めるしかないのかね」

 誠は小さく溜息を吐くと尾を少し振る。今後のことを考えると、少し憂鬱だ。
 何しろ誠が立ち向かわなければならない相手は、遠野の始祖の片割れである諏訪なのだ。いつもは牡丹の尻に好んで敷かれているが、純粋な力比べだとあの牡丹でさえ勝率は五分か、少し切ると一族内で噂されている。
 それに諏訪は、始祖の血が濃い遠野の運命を握っているのだ。ある程度は好きにさせてくれているとは言え、いつ自分を出雲の温泉宿に引き抜くかが分からない。「café 紺」でずっと働かせてくれるかもしれないが、今のままなら誠の進退はその二つしかない。
 猶予はまだまだあるが、諏訪を納得させられる理由がない。誠の手持ちのカードは無いに等しい上に、家業を諦めきれないという最大の懸念材料がある。それが、誠がアレクセイに対して気持ちを吐露できずにいる理由だ。

「あーあ」

 二進も三進もいかないとは、正にこのことだろう。
 答えも出ない同じことを、グルグル考えてしまう。誠にとっては、それだけ本気の恋だった。
 誠は自分を抱きしめながらまだ眠っているアレクセイの胸元に、頬を寄せてから目を閉じた。
 アレクセイからはほんのり、ミントとジャスミンの匂いがした。

 二度寝をしてしまったせいで、朝は散々だった。
 せっかく酵母のスターターが育ったというのに、時間が無くて結局食卓に上ったのは市販の黒パンだったし、スープは地元のスーパーで買ったフリーズドライのコーンポタージュに適当に肉を入れたものだった。
 何とかプレーンオムレツと生野菜のサラダを作ったが、これは最低ラインの朝食だ。誠が満足するものとは程遠かったのだ。

「くっそー…今日はぜってーパン作ってやる…!」

 そんな闘志を燃やしつつ、誠は一人、厨房に立っていた。
 スターターはこのスイール村の移動中に、せっせと育てていた。バッグに入れておくと時間も何もかも止まっているので、キャニスターを巾着に入れて、わざわざ買った紐で体に斜めがけにして持っていたのだ。
 そこまでして育てたスターターだ。絶対に美味しいパンにしてやると、誠は意気込んでいた。
 大きいボウルに、小麦粉とライ麦粉を同じ分量を計って軽く混ぜる。そこに蜂蜜を入れた水を入れ、ざっくりと混ぜた。この時に使った蜂蜜は、ミョート村のものだ。
 誠は鼻歌を歌いながら、台に生地を乗せて捏ねること約十分。そして一時間ほど、一次発酵をさせる。

「…さて。この間に夕飯の下拵えっと」

 誠は冷蔵庫の中からオーク肉の塊を取り出した。何でも昨夜の夜番の時に、空から落ちてきたらしい。それがレビだったら冗談だと思うのだが、アレクセイとオスカーが言っていたので間違いは無いはずだ。
 どこの天空に浮かんでいる城のアニメだとも思わないでもないが、食材に罪はない。誠はありがたく使わせてもらうことにした。

「肉は丸●のぶーたーバーラー」

 替え歌まで歌っている誠のテンションは高い。こうしてゆっくりと料理ができるからだ。
 キャンプ飯はキャンプ飯で楽しいし美味いのだが、やはり誠は厨房に立つ方が好きなのだ。厨房の隙間から、客の笑顔を見るのが楽しみの一つというのも理由かもしれない。誠はアレクセイ達の笑顔を思い出し、ニコリと笑った。
 オークはハニーマスタードポークにするつもりだ。「café 紺」ではハニーマスタードを作る時に、醤油を使う。この世界にあるかどうか不明だが、多分彼らは気にしないはずだ。
 誠はしれっと醤油を混ぜた。
 そしてメインはチキンのキャセロールだ。フランス語で鍋という意味なのだが、誠が作ろうとしているのは、トルコ料理の方のキャセロール。しかも、上にチーズをたっぷり乗せる。
 もちろんチーズを使わないキャセロールのレシピは多数あるが、せっかくチーズが有名なスイール村に来たのだ。昨日買ったチーズを使わなくて、いつ使うのだというのか。
 誠は材料を炒め、塩胡椒とバジル、クミンを入れた。
 チーズを見た瞬間、本当はグラタンを作りたいと思った。けれど、彼らへの配慮は忘れてはならない。今は「café 紺」で料理をしているのではないのだ。
 誠はこれでも一応、彼らの食文化に近いものを作ろうとしてた。
 耐熱容器に材料を移し、上からチーズをかけると出来上がりだ。あとは食べる前に、オーブンでチーズが溶けるまで加熱すれば良い。それは皆が帰って来てから焼くことにする。段々と広がる、チーズの香りは食欲を唆るのだ。
 作り終えたものを全てバッグにしまうと、後はスーパー俺タイムとなる。スイーツだけは、誰にも文句は言わせない。先程の考えとは矛盾するが、スイーツに関してはこの世界の食文化なんかクソ喰らえだと誠は思ってしまう。
 誠はクリームチーズをドンと作業台に置いた。

「俺は作るぞ…チーズケーキを…!」

 誠の目は座っていた。
 パティシエのプライドが燃えている。
 誠はチーズケーキを作りながら、パンの面倒も見ていた。ベンチタイム、そして最終発酵を済ませたパン生地は、しっかりとした弾力を持っている。
 大きなパンが十個も並ぶさまは、圧巻だ。誠は満足したように頷きながら、パンを焼く準備をしたのだった。

 昼過ぎになると、村の外で薬草採取を行った。
 ついでにゴブリンの遭遇ポイントが近かったので行ってみた。ミョート村でオークの亜種と対峙した時に、通常の魔獣のレベルを確かめておけば良かったと思ったからだ。
 けれど誠が思ったよりもゴブリンは手応えが無く、豆腐を潰すよりも簡単に討伐できてしまった。

「マジか。弱っ」

 普段相手にしている妖怪や若手の神の方が、よっぽど手応えがある。
 誠は早々にレベルを上げて、手応えと見入りの良い魔獣を倒そうと決めていた。
 館に戻るとフラストレーションをぶつけるように、またスイーツ作りに取り組んでしまった。

「…ふぅ。あとは冷蔵庫で冷やすだけだな」

 オーブンを使うので先に焼き菓子を作り、次にプリンを作ってしまった。質の良い牛乳がこの村には大量にある。きっと、作れという統括の神からの思し召しだろう。
 誠が冷蔵庫を閉めたタイミングで、アレクセイ達が館に戻って来た。ついつい「ご飯にする?お風呂にする?それとも…」と言ってやりたくなるが、悲しいかなその冗談はこの世界では通じない。
 誠は普通に、夕飯は何時にするか皆に聞いた。

「何これクッソ美味ぇー!」

 皆の答えは、すぐに夕飯一択だった。誠は急いでキャセロールをオーブンにかけ、食事の準備をした。先に食べていてくれと出した、ハニーマスタードをかけたオークの評判は上々のようだ。
 もはや叫び声と言っても過言ではないレビの賛辞は、皆で囲む食卓の一部になりつつある。甘酸っぱさに少しの辛さがあるハニーマスタードは、肉との相性が抜群だ。
 付け合わせには、さっと炒めたほうれん草を盛っている。肉と葉物野菜は、一緒に食べると双方更に美味く感じ、肉も野菜もモリモリ食べてもらえるのだ。
 皆がオーク肉に夢中になっていると、徐々に食欲を誘うチーズの焼ける香りが漂って来た。誠はソワソワしているアレクセイ達を見ながら、席を立った。メイン料理が焼き上がったのだ。

「今日のメインは、このスイール村特産のチーズを使ったキャセロールでーす。焼きたてだから、火傷に気を付けて」

 皆がテーブルの真ん中を空けてくれたので、そこにキャセロールを置く。少し焦げ目が付いたチーズはフツフツと踊っていて、早く食べてくれと言わんばかりだ。
 誠は皆に取り皿を渡すと、真っ先に取り分け用のスプーンでアレクセイの分をよそってやった。

「どうぞ」
「ありがとう、マコト」

 余程この料理が気になるのか、アレクセイの尾は千切れそうだ。

「ああ…美味いな」

 材料を炒める時に、みじん切りにしたニンニクで炒めてある。それにサイコロ状のトマトを加え、パン粉と牛乳を加えてあるのだ。牛乳とチーズのマイルドさの中に、トマトのさっぱり感。そしてスパイスが味をまとめている。
 この料理を気に入ってくれるなら、グラタンやピザも皆の口に合うだろうか。誠は皆の表情を見ながら、そんなことを考えていた。

「マコトさん、何ですかこのパン!」

 ほうれん草っぽい野菜を食べようとした時、ルイージの大声が誠の手を止めた。見ると、ルイージはライ麦パンを片手に僅かに震えている。
 パンがどうしたとレビも一切れ取ったが、そのまま固まってしまった。ドナルドが意を決したように、パンを食べると、こちらもまた固まってしまった。

「あの…オスカー…?」

 残るオスカーに、誠は目を向ける。するとオスカーは軽く頷き、パンを指でつんつんと突く。ゆっくり口に含むと、親指だけを立てた。

「お前らは何を驚いているんだ」

 アレクセイだけは優雅にパンを一口サイズに千切り、うんうんと頷いている。

「さすがマコトだな。こんなに柔らかく風味の良いパンは、初めてだ」
「いやいや、班長!何で驚いてないんですか!」
「そうですよ!マコトさん、どんな魔法を使ったんですか」

 アレクセイの感想に対し、犬系コンビが即座に反応する。
 その間にドナルドとオスカーは、黙って二枚目のパンに手を伸ばしていた。

「マコトの料理の腕からして、推測できたことだ。それに俺は、以前マコトにパンの…スターターだったか?それを作るところを見ていたからな」
「スターター?」

 レビが誠に向かって聞いた。

「スターターは、パンを柔らかくする酵母の元種。この国にも酵母があるけど、俺が作ってたのはライ麦に適してたやつだから、市販のパンとは食感が違うんだ」
「へぇ…適するもの、というのがあるんですね」
「そうそう。小麦粉のみのパンなら、ワイン酵母とかビール酵母でも良いんだけど、酵母の作り方とか小麦粉の精製とかでパンはかなり違ってくる…みたい。俺は菓子専門だから、そこの知識はあんま自信無い」
「酵母でですか。はぁ…パン作りは奥が深いんですね」

 知的好奇心が旺盛なルイージが誠の話に食いついている間に、あんなに焼いていたパンは半分以上減っていた。それに気付いたルイージは、即座に何切も自分の皿に確保して、隣の席のレビを睨んでいる。
 その様子を見ていた誠とアレクセイは、目が合うとフっと笑ってしまった。
 今日の夕食も賑やかだ。誠はやっと少し冷めたキャセロールを食べながら、皆の笑顔を見て笑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...