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34 二人の茶会

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 一週間後、貴族用の牢の鉄格子の前にはゾフキロとムアコル侯爵がいた。牢だと思わせるのは鉄格子だけで、ベッドもテーブルセットも立派なものだ。食事も文官たちと同じものが与えられる。平民となったサビマナだが、ここにもレンエールからの温情が出ている。

 ゾフキロがサビマナに声をかけると、サビマナは俯いたまま一度頷いた。

 その日の昼過ぎ、二人を乗せた平民用の借り馬車が南の辺境伯領の城に向かって出立した。

 同じ日、王都の元ボーラン男爵邸で寝泊まりしていたボーラン一家が、バザジール公爵領に旅立った。二台の幌馬車に乗せられた荷物の中にはドレスやスーツや装飾品は含まれていない。その代わり、最新の農具がたくさん乗せられていた。
 馭者台に座る親子は満面の笑顔だ。馬車の中には夫人とたった一人残ったメイドが楽しそうに未来の話をしていた。

 まさかそのメイドの目的が子息の押しかけ女房であったことを知るのは、バザジール公爵領の牧場に着いてから一週間後になる。
 ちなみに、夫人は旅立ち前から知っていた。夫人は孫との生活を楽しみにしている。

〰️ 〰️ 〰️

 ゾフキロたちが出立して二週間がたった。サビマナもメイドとして雇ってもらえ、二人には夫婦部屋が与えられたと連絡が入っている。

 レンエールは四ヶ月前とは人が変わったように貪欲に勉強していた。

 そんなある日、レンエールの執務室という名の勉強部屋の扉にノックの音がした。
 バロームが出迎えに向かい相手を確認すると、なぜかバロームがレンエールに一言の断りもせず出ていった。
 レンエールは訝しみながらも、『誰かがバロームを迎えに来たのだろう』と考え、机のノートに目を戻して勉強に戻った。

 バロームが出ていった扉が閉まる音がすると、フワリと懐かしい香りがレンエールの鼻をくすぐった。

 レンエールは懐かしく芳しくとろけるような香りにガバリと顔を上げた。

 そこには金髪をハーフアップにし、流した髪は緩やかにウェーブがかかり見た目でふわふわで、少し垂れていて柔和さを表しているような新緑を思わせる黄緑の大きな瞳をした大変美しい少女と淑女の良いところだけをとったような女性が、微笑みをたたえて立っていた。

『女神だ……』

 レンエールは夢でも見ている気持ちになって、思わず女神の名前を呼んでしまった。

「リン……」

 学園に入学して以来、その名で呼ぶことはなかった。

「うふふ。随分とお懐かしい呼び名をおっしゃいますのね」

 鈴の鳴るような笑い声で、さらに目を垂らせて、淑女の鑑のように口元に手をやって笑顔を見せた。レンエールはまだ夢から覚めず、眩しそうにその様子をボォーと見ている。

「殿下?」

「あ、うん……」

「うふふ。お勉強、頑張ってるそうですわね。少しご休憩なさいませんか?」

「えっ!? あ、あ、そ、そうだな」

 レンエールが慌てて立ち上がった。一人でソファの方へと歩き出す。ハッとしてピタリと止まり振り返る。

「あの……なんだ……そのぉ……。バザジール嬢、よければ一緒にお茶でもどうだ……」

 レンエールはしどろもどろだし、自信も全く皆無である。

「ぷっ」

 ノマーリンは珍しく吹き出した。その自然な笑顔があまりにも可愛らしく、レンエールは目を見開いた。ノマーリンは目を俯かせてクスクス笑っているのでレンエールの表情には気が付かなかった。

 レンエールはノマーリンから視線を外すため急いでベルを探してそれを鳴らし、メイドにお茶の支度を頼んだ。
 ベルはいつものところにあるのだ。普段なら探すことなどないのに、レンエールはそれ程普通の状態ではなくなっていた。

 二人がソファに向かい合うように座り、メイドがお茶を用意し終わる頃には、さすがにレンエールも落ち着きを取り戻していた。
 だが、落ち着きを取り戻すと、なぜここにノマーリンがいて、一緒にお茶をしているのか、いや、してくれているのかが理解できず、口を開けなくなっていた。

 ノマーリンが美しい所作でお茶を口にした。

「美味しいわ」

 ノマーリンには、目元を緩めてお茶を楽しむ余裕があるようだ。それを見てレンエールも肩の力が抜ける。
 静かな時間が流れていった。

『お茶の味をこんなにゆっくりと楽しんだのは久しぶりだな。あの庭園でのお茶会以来か』

 レンエールは自然に微笑んでいた。
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